2018年03月29日

あまりに薄っぺらな、ぼくらの大学ランキング

 3月29日の朝日新聞(ネット版)のニュースで知ったのが、イギリスの教育専門誌『タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)』が「世界大学ランキング日本版2018」というのを公表したらしい。それによると、国内の大学で総合評価で優っていたのは、東大(87.7)=京大(87.7)>東北大(86.3)>東工大(85.6)>九大(85.0)…となり、私大では10位に慶応(77.7)、11位に早稲田(77.5)、そして秋田の国際教養大学が76.1ポイントで12位になっている。

 世界の大学ランキングなるものが公表されていることは以前から知っていた。イギリスのケンブリッジ大学やオクスフォード大学が上の方にランクインされていたことと、日本の大学としては東大がベスト50にも入っていなかったことくらいはぼんやりと覚えいてる。そしてそのときも内心では「アホか!」と感じていた。

 そう感じたのには理由が二つある。一つは、このランキングにいったいどんな意味があるのか? それなりにもっともらしいデータを掻き集め、もっともらしいデータ解析を行えば、当然何らかの順位付けは可能になる。しかし、例えば、東大=京大>東北大>東工大と並べることに何の意義があるのだろうか。それがそのまま大学の格付けになっているだろうことはわかる。アホらしく感じるのは、「そんな格付けをして何の意義があるのか?」ということだ。全く同じ感想を、実はミシュラン・ガイドにも感じる。自分が一番好きなお店は、幸いにもミシュランには載っていない。いつまでも載らずにいて欲しい。自分の一番好きな日本酒も、あまり有名になって欲しくない。そして、たとえミシュランが一顧だにしなくても、そのお店、そのお酒に対するこちらの愛着には何の影響もない。

 大学ランキングに対してアホらしいと感じる二つ目の理由は、この調査に協力しているのがベネッセだという点にある。ベネッセ! 教育と受験を喰いものにして、そのくせそれを「文化事業」と嘯いている会社だ。教育事業を経済活動として営み、教育を商品化してお金を稼ぐことを非難しているわけではない。それはそれで立派なサービス業になり得るわけだから。しかし、現に存在する受験産業には、申し訳ないが「文化」と名乗る資格はない。アホみたいな暗記学習を無批判に強制する、狂気じみた受験システムの現状を全面的に受け入れた上でしか受験ビジネスは成立しない。それは、つまるところ、ベネッセは文科省と同じ穴の狢であり、文科省と軌を一にして、日本の教育の荒廃に力を貸している言っても過言ではない。
 (おそらく、少し探れば、文科省とベネッセの癒着じみた事実はいくらでも出てくるはずだ。一例をあげれば、近年文科省は「教育の質の第三者チェック(つまりは民間業者テスト)の必要性」を声高に主張し、ベネッセや河合塾といった大手予備校・受験産業業者は試験料を稼いだ上に大量の基礎データを入手し、自社の教材開発に活用できる。当然、文科省官僚の天下り先にもなるだろう。)

 イギリスの教育専門誌『THE』はこのような受験産業と協力して、もっともらしい、一見すると客観的で信頼性の高そうな「格付け」を作り上げる。もちろん統計学のあれこれを利用して、それなりに「科学的」なデータ解析を行った上で。しかし、少し考えてみれば(いや、大して考えなくても)わかりそうなことだが、文学部から医学部までを取り揃えたいわゆる総合大学、あるいは本質的には複数の大学の連合体であるようなウルトラ・マンモス大学(例えばオクスフォードやケンブリッジ)と、外国語学部だけ、あるいは人文学部だけ、あるいは看護学部だけの単科大学を一緒に並べて論じることに、いったいどんな意義があるのか、はなはだ疑問だ。そもそも正当性さえもが疑わしい。仮に素晴らしい教師陣が揃った、学生の満足度の極めて高い家政学部単科の大学があったとしても、その大学が高い評価を得ることは難しいだろう。おそらく、実際にその専門誌を繙いてみれば、分野別のランキングや、その他の細々とした分析結果も掲載されているかもしれない。しかし、本質は同じことだ。

 何が言いたいのかといえば、つまりはこんなランキング評価は、その正当性や意義を疑い始めたら切りがないということ。それなのに、このランキングは今後大いに「活用」されることだろう。「ついに京大は東大に肩を並べた」だとか、「秋田の公立大学に過ぎない(秋田県民の皆さま、ごめんなさい!)国際教養大学の躍進を見よ!」だとか。バカバカしい。
 
 このバカバカしさの根底にあるのは、本来比較できないもの、比較すべきでないものを比較して、あろうことか順位付けまでするという倒錯的行為と、そのような倒錯的行為を平然と実践する、実践しても何の痛痒も感じない鉄面皮的感性だ。そして、このバカバカしさの表層に浮かぶのは、このランキングを真に受けて、一喜一憂とは言わないまでも、このランキングを折りに触れて話題にすることだ。この手の輩はいずれは人間を喜々として順位付けし始めることだろう。なんだか世の中がどんどんと薄っぺらになっていくような気がしてならない。 (H.H.)
posted by 冬の夢 at 23:03 | Comment(0) | 日記 話題・意見・世相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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