2017年10月25日

新明解・政治とはなにか 【改】

「多くの大学には政治学部とか政治学科がある。」
 このブログの別の筆者が、そういう出だしの文を書いている。「『政治』について何かしらのことを知っているはずだし、」とも。

 アタマが痛い!
 まさにその「政治学部とか政治学科」に通ったからだ。卒業しているからには「学士さま」だ。ハァ!
 なのに、「政治とは」と聞かれたら、正直、答えにつまる。
 政治ってなんですか? なんのためにあるの? なぜ必要なの?
 このところ、このブログに、改憲勢力がどうだ投票率がどうだと書いている「学士さま」のわたしは、バケの皮がたちまち剥がれ、崖っぷちに追い詰められる。クエッ!

       ♪

 大学でまともに勉強しなかったから、即答できないのはアタリマエ。しかたないので、いまさらだが自分なりに「政治とはなにか」考えてみようと思った。

 現代の学問の常として、「政治学」も細分化されている。
「政治学部とか政治学科」に入学すると、分化した政治学のさまざまな分野が科目になっている。「政治過程論」とか「政治思想史」とかね。くそ、勉強しなかったくせに科目名だけ記憶にあるとは!

 で、どの科目でも最初の講義でたいてい、先生が学生たちに、これからやる「政治ナニナニ学とは、どういうガクモンか」を説明した気がする。
 それは当然としても、こと「政治とは何か」という基本の定義となると、「政治学部とか政治学科」に入学した学生たちに伝わるよう説明されたことは、あまりなかったようだ。
 もっとも、何十年も前の話だ。いまの大学は学生に親切だから、授業案内やオリエンテーリングで、きちんと説明するのかもしれない。

       ♪

 ただ、はじめから「そもそも政治とは」とひとことで説明してしまうのは、どうか、とも思う。
 すでに存在しているものとして、政治をさまざまな角度から研究するのが政治学で、「そもそも何か」ということは、くわしく調べることで浮き上がってくるのだ。「政治とは何か」という問いに、確実な答を見い出すため、分業で調べているのが「政治学部とか政治学科」なんですよ、ということではなかろうか。
 これは「パンダ学」にたとえるといい。
「そもそもパンダとは何か」という命題は、「すでにそこにいるパンダ」を、さまざまな角度から調べ尽くすうちに解決する。「そもそもパンダとは何か」に答えるためにも、「パンダ学」は必要だ、というわけだ。

 ひとことでいうと「帰納的定義」ということになると思うが、もっとかんたんに、政治によって社会をいとなむ現代人にとって「政治」が抑圧装置でなく、幸福・自由・正義が実現されるための仕組みとして機能するように、まず、人が集まって社会をいとなむ上での幸福や自由や正義とは何か検討する、ということだ。そうすれば「政治ってなんですか」への答が、ぐっとリアルに現われるはずだ。

       ♪

 だからってこのニセ学士さま、いまさら勉強のやり直しなんて、できっこない。だいたい、自分が通った大学をいま受験したら、たぶん合格せん(笑)。

 そこで、「政治」ということばの意味について、「」と「」、ふたつの漢字の由来から、まずは、まっすぐに意味を受け取ってみようと思う。
 漢字の多くは、ひとつの字に読みと意味が同時にあり、その形が直接間接にイメージを宿してもいる。この素晴らしい記号の助けを借りれば、「政治」という字を見れば、その根本の意味が思い浮かぶはずでは。しかも明快に!

 というわけで、さっそく調べはじめたら、いきなり問題にぶつかった。
 それは、漢字の字源研究にまつわる問題だ。

 漢字研究の大家といえば、とにかくこの人だ。大部の辞典であまりにも有名な、白川静。
 この人の解説に頼ればいいと思い、さっそく『常用字解』を用意したら、白川の解釈は現在では批判的に読むことも、かなり必要になっているらしいのだ。
 その点を調べだすと、本題がどこかへ行ってしまうので、たまたま白川の最大の批判者だった藤堂明保の『漢字源』も持っているので、両者の解説を並べつつ、「」と「」の由来を見てみよう。

171025s1.JPG
正は城郭で囲まれている邑を攻めて征服するの意味」。「攴(攵)はうつ、むちでうつの意味である。政とは征服した人びとに税を出すことをむちで強制することをいう」「もとは貢ぎ物や税金を取ることが、政治(まつりごと)、治めることのおもな内容であった。政は『おさめる、まつりごと、政治』の意味に用いる」。(『常用字解』から)

正とは止(あし)が目標線の一印に向けてまっすぐ進むさまを示す」。政は攴(動詞化された記号)と音の「セイ」とで、「もと、まっすぐに整えること。のち、社会を整えるすべての仕事のこと。」(『漢字源』から)

171025c1.JPG
台は耜(すき)の形であるムに口を加えた形で、農耕の開始にあたって、耜を祓い清め、豊作を祈る儀礼をいう。治はそのことを水に及ぼして、水を治める儀礼をいう字であろう。しばしば大河が氾濫し、洪水の被害に苦しめられた中国においては、水を治めることは政治上の重要な仕事であったので、「世を治めること、まつりごと、政治」の意味となった。」(『常用字解』から)
 ──図(篆書体)のとおり「口」は「くち」ではなくて、「神への祈りの文である祝詞を入れる器の形」。なお、この器型(さい)を含んだ多数の漢字を祭祀・呪術的に読み解くのが白川の漢字学のひとつの特徴でもある。

古人は曲がった棒を耕作のすきとして用いた。以の原字は その曲がった棒の形で、工具を用いて人工を加えること。台は「口+音符ム<=以>」「ものをいったり、工作をするなど作為を加えること。治は」「河川に人工を加えて流れを調整すること。以・台・治などはすべて人工で調整する意を含む。」(『漢字源』から)

 ううむ……これでは、どちらの語源解説をとるかで「政治」という漢字のイメージはかなり違ってしまう。まさに、解釈の政治的傾斜だ。

 しかたがないので、ふたつの解説をとり入れながら、一幅の絵を見るように字をじぃっと見て、浮かんでくるイメージを自分なりに書きおこしてみることにする。
 それじゃ「念視」みたいなもんじゃないかって? たしかにそうだ。学問的な意味はない。政治というものが「いま、そこにある」ものである以上、こうあってほしい、という願望によってイメージされた「祈視」だともいえる。以下、赤字で書いてみた。

171025pt.JPG
正なるを求め行止を懼れず道を進む。
ときに誤れる者、ときに疲れたる者を、
攴(たた)いて正し、また救ふ。
水を治め、地を耜(す)き耕してその実りを集め、傲らず与える。
これ政治の本道なり

(ケ)



『常用字解』白川静・平凡社・二〇〇三
『漢字源』藤堂明保:編・学習研究社・電子辞書版
なお、中国古書にも「政治」の文字はあるものの、日本でできて中国へ逆輸入された「和製漢語」だという説もあるようだ。

※ 二〇二〇年三月三日、手直ししました。管理用



posted by 冬の夢 at 17:08 | Comment(0) | 時事 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く:ペンネーム可・アドレスは表示されません
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: