2017年01月27日

「大阪城=前方後円墳」という説を知っていますか?

「○○○○という説を知っていますか?」というのは、インターネットの客寄せ常套句のひとつ。
「まとめ」と称してネット上の既存情報を巧妙に切り貼りし、アクセスを稼いで、連動する広告収入などを得る。
 パクリだと抗議されない程度に元の文をいじって貼りつける係は、「キュレーター」なのだそうだ。「ハリター」ではなく。キュレーターって美術館や博物館の学芸員のことだと思っていたんですが。

 このブログも、書くうえで多くの情報を、ネットからも得ている。
 現在、三人の筆者で書いているけれど、とりわけわたしの文は書籍、雑誌のほか、内外のネット上の情報も調べて書く場合が多い。自説の背景をよく知りたくて「調べて書く」癖があるから。
 自説を書くことが目的で、元ネタの「パクリ売り」ではない。論文みたいで読む人はうっとうしいだろうと思いつつも、引用や参考の出所は注記するようにしている。当然だが、問題が起きる前から「まとめサイト」の孫引きはしていない。
 ──というようなことを書いておこうと思ったり、書いてみるとなぜかイイワケっぽくなるのは、結局のところ自分も「ネットに書いている」せいなのだろうか。なんだかくやしいような気持ちだ。

 ほんとうは、つぎのひと言からスタートしたかったんです。
 前置きが長くてすみません。始めます。

「大阪城=前方後円墳」という説を知っていますか?

 いきなりなにごとかというと、大阪城は前方後円墳(古墳)の跡に築城されたのではないかという、びっくりするような説をベースに、豊臣秀吉をめぐるさまざまなナゾのひとつに迫ろうという本に出会った。
 ネット上だけで販売される「電子ブック」だ。ネット上といっても「まとめ」の風説ではなく、きちんと版元がある、昨年暮れに出たばかりの「本」なのだ。

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パソコンやスマホなどから試し読みができ、購入すると同じツールで全部読めるというサイト、
「YONDEMILL」に登録されています。
yondemill.jp/contents/20670?view=1&u0=3

『古墳と秀吉 「大坂城=前方後円墳説」からの探究』(蒲池明弘/桃山堂/二〇一六年)という本で、出発点としている説は、京大人文科研教授だった藤枝晃が提案したもの。この人は、飛行機の窓つまり空から俯瞰したら、大阪城と大仙陵古墳(仁徳天皇陵)が「そっくり」だったという経験から思いついた。古墳が戦国時代の城塞の礎に使われた例が各地にあるからだ。 
 あまりに壮大な説なのと、藤枝は敦煌などアジアや中国史の研究者で日本の歴史・考古学者の専門家ではないので、マスコミに採りあげられたり、ネットで話題になったりする「おもしろネタ」の域にとどまるものだったようだ。
 この本の著者は、その「おもしろネタ」から「面白く説き起こす」ことで、知られざる豊臣秀吉の一面を掘り起こそうとしている。

 豊臣秀吉は、信長のゾウリをホカホカに温めただとかの、さまざまなエピソードで人がらを知られているけれど、その多くは伝説だ。そもそも、歴史ドラマや小説などに共通したイメージで描かれてきた戦国武将たちが、本当はどんな人だったかは、確かなことはほとんどわからないのだ。
 しかし、秀吉には「こういう人だった」といえる史的事実もあるそうで、そのひとつが「都市造営・土木建築においてすぐれた指導者」であったこと。ことに大阪城は、それ以前に規模・技術で前例がないという点でも、現代の大阪再開発に比肩する平野部での一大建設事業だった。遺構によって建築史家も認めているそうだ。しかも秀吉は、大阪城築城に自ら采配をふるったそうで──指令の書状が残っている──なぜ秀吉に土木技術の専門知識があったのか、ということは大きな疑問になっているという。
 
 著者は、古墳築造技術集団だった古代民族「土師氏」と、秀吉がどこかでつながっていないか追い、実家や嫁、家臣も含め、地縁・血縁・係累からその流れを推測したり、知識人ではまったくなかったはずの秀吉と天満宮とのかかわりにも、その流れを探ろうとする。古墳建設術が軍事拠点(城)造成術へつながり、その一端に、秀吉は縁を持つのではないかと。さらに、秀吉の治水事業者としての面にスポットを当て──イタリアの古代ローマ人やマフィアの例を思い出すまでもなく「支配者」の要諦だ──水をめぐる秀吉と古墳とのつながりを発見しようともしている。「おもしろネタ」を無理に検証しようとか、それに乗っかってことさらな大ボラを吹くとかではなく、秀吉の秀吉たる一面を、土木事業者・建設技術者の姿として照らし出そうとする熱心な作業だ。

 歴史・考古学の専門家ではない著者は、机上の研究のみにとらわれず──もちろん、さまざまな史料への目配りもきかせているが──思いつくたび現場を訪れ、地勢を感じ、宮司さんらの話を聞いたりすることで、話を進めている。そこが面白い。読む楽しみが、そこにある。
 この版元から出ている、ほかの執筆者による「おもしろネタ歴史本」でも、必要に応じてこの人が補強取材を行った文を付す場合があり、そのような本作りはメディアの書評でも評価を受けている。

 それもそのはず、著者の蒲池明弘さんは、この本の版元で、古事記、火山や、戦国武将のナゾをテーマにした本を出している桃山堂の代表かつ編集者だが、もとは読売新聞の経済担当記者。桃山堂は蒲池さんの「ひとり出版社」で、立ち上げてちょうど三年目。退職して執筆業ののち、ご自身の興味がある領域で本を作ってみたいということで始められたそうだ。
 執筆者という立場での場合、読者との興味の共有を大切に書くいっぽう、現場主義のネタ集めと検討を重んじ、その伝えかたが上手く、しかも対象に適度な距離をとる──テーマである「古墳説」の真偽にも一定の距離をおき、秀吉を検証するキーワードとして使っている──のも上手いという蒲池さんのふしぎな筆力は、ナルホドそうかと納得。
 小規模出版というと、かなりの意識や経験を持つ一家言ありそうな主宰者が多そうだし、一流新聞社の花型部門出身ということで、コワイ人のような気がするけれど、手さぐりで本作りの経験を重ね、デジタル知識がほとんどない中で電子出版というフォーマットに出会うなど、まったく気負わず、ゆるやかに進めているところも好感が持てる。
 これは、蒲池さんが書いている「桃山堂ブログ」で知ったことで、そもそもなぜ豊臣秀吉をめぐる本をシリーズ出版するようになったかといういきさつなどは、ほとんど爆笑!──でも、あの「読売」も二十年前はまだ、シャレがわかる会社だったんだなと嘆息もするが。

 さて、この桃山堂という版元を、なぜ知ったか。
 時代劇マンガ週刊誌を読んでいて調べたいことが出てきたので、ネット検索をしていたら目的とは違う流れで出くわした。
 気になったのが、代表で編集者、ときに著者でもある蒲池さんの名。
 間違ったらすみませんと前置きしておそるおそる版元にメールしてみると、やっぱり、卒業後ほどなく一度か二度会ったきりで、長年、音信のなかった大学時代の同級生だった。
 フェイスブックなどはしていない、どころか、携帯電話を持ち歩かないから、デジタルでのこういう経験はなかった。

 それはともかく。
 この『古墳と秀吉 「大坂城=前方後円墳説」からの探究』は、専門研究の領域では軽んじられた全国の伝説・伝承から豊臣秀吉のナゾを書き起こす、電子書籍シリーズ「秀吉伝説集成」の一冊。二〇一六年一二月に、これを含む五冊が同時に電子ブックになった。内容には好みがあると思うが、なにせ「安い」ので、よかったら一読ください。わたしがいったって説得力はないけれど、蒲池さんの人となりは保証します。(ケ)

※ シリーズの一冊『尾張中村日の宮伝説』も「YONDEMILL」に登録されている。
  yondemill.jp/contents/20669?view=1&u0=3




posted by 冬の夢 at 01:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸・読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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