2017年01月26日

追悼・松方弘樹 〜 影の代表作『新・日本の首領』シリーズ

映画俳優の松方弘樹が亡くなった。
享年七十三歳と聞いて、意外と若かったのだなと感じたのは、芸能界での活動が長かったからだろう。松方は、時代劇ものに数多く出演した剣戟役者の近衛十四郎の息子で、昭和三十五年に東映映画でデビューしている。翌年、東映創立十周年記念の『赤穂浪士』で大石主税を演ったのが十八歳のとき。前髪の美少年剣士といった風情が、若き日の松方弘樹にぴったりと合っていた。
それから大量の映画やTVドラマに出演しているが、残念ながら見たことがあるのは『仁義なき戦い』くらい。菅原文太の広能に松方弘樹の坂井が殴られる。仁王立ちする文太にピントが合った画面の手前に、ズレたサングラスをかけ直す松方がピンボケで映る。そのショット以外で松方は一切映画の中でサングラスを外さない、という有名な映像のことしか覚えていない。
たぶんあえて印象に残さない見方をしていたのだろう。何と言っても、私は松方弘樹のことが大嫌いだったのだから。

その理由は、かつて妻子ある身で女優の仁科明子と不倫関係になったうえに、離婚を成立させて強引に彼女と結婚したから。私は仁科明子の大ファンだったのだ。
仁科明子は歌舞伎俳優岩井半四郎の娘。端整な顔立ちをしていて清潔感があったから、NHKのドラマにも出ていたし、東宝映画ではツルゲーネフの原作を映画化した『はつ恋』の主役を射止めていた。そんな仁科明子がグラビア雑誌の走りとも言える「GORO」(※1)の巻頭を飾ったことがある。当時の雑誌カテゴリーで言えば、「プレイボーイ」や「平凡パンチ」が色物系セクシーモデルのヌードや水着写真を売り物にしていたのに対し、後発の「GORO」はアイドルを被写体にして発行部数を伸ばしていた。そのときのアイドルとは歌手やTVタレントのことだったので、「GORO」に女優の仁科明子が登場したのは、ちょっとした衝撃であった。薄いニットセーターを着て横たわる仁科明子の上半身を撮った折り込みのグラビアページは、切り取って大切に保管していた。ああ、あの写真はどこへやってしまったのだろう。惜しいことをした…。
元に戻って、そんな可憐な仁科明子を私たちから強奪したのが松方弘樹であって、確か松方側の離婚が成立するかしないかでもめたのではなかったか。新聞か雑誌の片隅に、離婚が認められ仁科明子と籍を入れたという記事を見出したときは心底がっかりした。それ以来、松方弘樹と仁科明子に関することはすべて、あえて避けるようになってしまった。苦い失恋の記憶に触れないようにするのと似た気持ちとともに。
だから、松方弘樹の代表作は何かと問われても、何ひとつ思いつかない。見ていないのだから仕方ないし、実際のところ、NHKの大河ドラマ『勝海舟』(※2)で渡哲也の代役をつとめたあたりが俳優としてのピークだったのかも知れない。

そんな松方がオールスターキャストの中で主役を張った作品がある。十年ほど前に作られた『新・日本の首領』シリーズだ(※3)。その出演者たちを列記してみよう。
松方弘樹、宍戸錠、津川雅彦、梅宮辰夫、岡田眞澄、千葉真一、山城新伍。映画全盛期の日活や東映を切り回していた大御所たちだ。
宅麻伸、ガッツ石松、片岡鶴太郎、風間トオル、小西博之、勝野洋、中野英雄、的場浩司、赤井英和。TVドラマを中心に活躍するバイプレイヤーたちが脇を固める。
白竜、木村一八、竹内力、清水健太郎、力也、哀川翔、小沢仁志。映画でもTVでもなく、レンタルビデオ店向けに製作されたいわゆるVシネマでしかお目にかかれない裏のスターたちも勢揃い……。
そうなのだ。『新・日本の首領』シリーズは、普通の劇場用映画ではなく、Vシネマとして作られたのであり、そのシリーズ全九本を通して主役を張ったのが松方弘樹なのである。

実はVシネマの作品は、ほとんど見たことがない。レンタルビデオ屋に行くと大量の作品タイトルが目に入ってきて、どの映画も同じようにつまらなく見えてきてしまう。何かの拍子に借りることになったとしても、時間が作れずに見ないまま返却、というのがいつものパターンだった。
『新・日本の首領』は衛星放送の有料チャンネルで放映されたのを録画して見た。たぶんつまらないんだろうなと思って見たのであるが、これが意外とそうでもない。いや、シリーズものなのでそれぞれの作品がわざと中途半端な終わり方で作られていて、すぐに次作で続きが見たくなる。麻薬のような仕掛けのビデオ映画なのだ。
物語の基本設計は、東映ヤクザ映画の実録物を踏襲している。大阪を地盤とする辰野会が京都や四国の組との抗争を勝ち抜き、西の盟主としてのし上がる。それが関東の義仁会との軋轢を生み、東西の組による全国規模の覇権争いに発展していく。
なので、会長を筆頭に、若頭だの組長だの副本部長だの舎弟だのと、いろんなランクのヤクザが出てくる。松方弘樹は、辰野会と盃を交わした上村組の組長からはじまって、シリーズが進むうちに若頭に指名され、最後には辰野会会長にまで駆け上がる。言わばヤクザの出世物語であり、「島耕作」でもある。

企画としては確かに面白いが、それだけでは売れない世界だったのだろう。『新・日本の首領』はそんなVシネマ業界に「オールスターキャスト」という、かつてのメジャー映画会社が俳優の顔触れを競い合った手法をはじめて取り入れたシリーズであった(他は見ていないので推測ですが)。
先に掲げた俳優たちの名前をよく見てほしい。日活アクション活劇の悪役スターナンバーワンだった宍戸錠が二代目会長にどっかりと座る。二代目が手打ちを頼む広島ヤクザの会長は、日活で売り出し松竹でも活躍した津川雅彦。二代目の義兄でヤクザの抗争を裏で利用しようとする建設会社社長が、松方と同じ東映ニューフェイス出身の梅宮辰夫。ほとんど似た来歴の山城新伍は、建設業界から支援を受ける次期与党総裁候補を受け持つ。
こんな重石があるからこそ、少しチャラめの宅麻伸やボクサー出身とは思えないほど味を出すガッツ石松がいても、俳優陣がしっかりと締まるのだ。Vシネマの世界ではトップ俳優の哀川翔や小沢仁志も、彼らだけではとてもオールスターキャストとは言えないものの、中軸の俳優が安定しているので端のほうに名を連ねることが出来る。
そして、これこそがVシネマ業界の生産性向上活動そのものなのだが、『新・日本の首領』シリーズは明らかにシリーズ化を前提とした製作工程を組んで作られている。と言うのも、これだけの出演者の現場撮影を行うのは、スケジュールを調整するだけでもひどく手間がかかってしまう。だから、予め「オールスターキャスト」路線を決め、松方弘樹以下の大物俳優を「一挙に集合させて数話分をまとめ撮りしている」はずなのだ。なにしろ初代会長の葬儀シーンなどは、組長以上の俳優が全員揃っていなければ撮れない。逆にこれだけのメンバーがひとつの画面に納まっているから、Vシネマ界では異色の豪華絢爛さが醸し出されたのである。集めたのだったら、一気に撮ったほうが良い。だったら一話だけでなく、何本にも使えるようにまとめて先撮りしてしまおう。
道理でシリーズ第一作は、ほとんどの俳優が勢揃いしているのにその大半は活躍する場面がない。「1」で出番のない宅麻伸は「2」で準主役扱いに昇格し、同じく千葉真一は「3」で哀愁漂う演技を見せる。組長の中でも長老格でもある岡田眞澄が台詞をまともに口にするのは「4」がはじめてだ。これらは、シリーズとして編集された後の話であって、撮影は一挙に済ませたのだと思われる。

そうした企画力が本作をVシネマでも傑出した作品に押し上げた原動力であり、その作り方の前提になっているのが脚本の出来の良さである。
脚本も同様に、第九作まで一気にまとめて書かれたのだろう。出演者の出番を順不同に撮るためには、脚本は最後まで完成していなくてはならない。そんな無理矢理仕事を依頼され、そのオファーに対して必要十分以上に応えるうまい脚本があったからこそ、『新・日本の首領』は、衛星放送で繰り返し再放映される作品になったのだった。
脚本を書いたのは石川雅也。『ミナミの帝王』シリーズも彼の脚本でスタートしているから、Vシネマ業界にあって必ずヒットを飛ばすことが出来る職人的脚本家である。『新・日本の首領』シリーズにおける実録風ナレーションの使い方や複雑な抗争関係をシンプルに組み立てる物語の骨格づくりには、シナリオライターとしての熟練技が感じられる。主役級だけでなく、末端の登場人物にまでドラマを割り当てていて、全体を俯瞰しながら「オールスターキャスト」らしく、隅々の出演者までキャラが立つように設計されている。Vシネマなのに、と言うと失礼かも知れないが、構築力の全体感がある。だから、登場シーンの少ない的場浩司が演じる口のきけない用心棒ヤクザが印象に残るのだし、屋台でラーメン屋を営む哀川翔がヤクザを捨てたという設定が立ち上がって来るのだ。
オールスターキャストと脚本のうまさ。『新・日本の首領』がVシネマにおいて際立った一級娯楽作品に仕上がった成功要因は、俳優松方弘樹と脚本家石川雅也の二人にあるのだった。

松方弘樹の訃報はあっという間に巷間に広まった一方で、実はよく知られていないのだが、脚本を書いた石川雅也も昨年秋に亡くなっている。Vシネマの脚本から遠ざかっていた石川は、発表に向けてこつこつと短編小説を書きためていたと言う。その矢先の唐突な死であった。
Vシネマに大きな足跡を残した二人が相次いで逝ってしまった。Vシネマは映画製作業界における影のような存在ではある。しかし、その中でも『新・日本の首領』シリーズだけは二人の代表作として長く記憶に留めておきたい。
松方弘樹、石川雅也両氏のご冥福を衷心より祈るものであります。(き)

松方弘樹 1942.7.23〜2017.1.21
石川雅也 1961.12.21〜2016.9.25


首領.jpg

(※1)「GORO」は、小学館が1974年に創刊した男性向け雑誌。写真家篠山紀信による「激写」シリーズは本誌に掲載されていた。

(※2)『勝海舟』は昭和四十九年のNHK大河ドラマ。主役が渡哲也から松方弘樹に代わったのに加えて、脚本も倉本聰が途中降板した因縁の作品である。

(※3)『新・日本の首領』は第一作「波涛編」が2004年に製作され、第九作「完結編」まで約二年の間にビデオ映画としてリリースされた。


▼べつの筆者による記事「『県警対組織暴力』追悼そして継承 松方弘樹の遺言」は→こちら


posted by 冬の夢 at 10:20 | Comment(0) | TrackBack(0) | 映画 邦画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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