2016年04月19日

『魔法使いサリー』の泣ける話、または東映動画、あるいは「魔法のマンボ」

「マハリークマハーリタヤンバラヤンヤンヤン〜」
考えてみれば何語なのかよくわからないのに、多くの人がスラスラと歌える呪文の言葉。誰もが知っている『魔法使いサリー』のオープニングテーマだ。昭和四十一年の初放映以降、再放送が繰り返され、リメイクもされているから、世代を超えて愛され続けている。その成り立ちはもちろん、印象深く泣ける話の数々やいつまでも耳に残る音楽など、『魔法使いサリー』だけは今でも特別なTVアニメだ。

原作は、横山光輝が雑誌「りぼん」に連載した少女マンガ。その人気に目をつけてTVアニメ化したのが東映動画株式会社。劇場用長編アニメーション映画を製作していた東映動画は昭和三十九年に『狼少年ケン』でTVアニメに進出したばかり。女の子をターゲットにした『魔法使いサリー』は「魔法少女」ものの嚆矢となりアニメ界の代表的ジャンルを創った。東映動画にとっては金脈を掘り当てたも同然であった。

「日本のディズニー」を目指して設立された東映動画の生い立ちを振り返っておこう。
東急電鉄で五島慶太の側近として辣腕を振るった大川博は、グループの映画会社東映の社長に登用される。すぐにその経営の立て直しに着手し、松竹や東宝と肩を並べるまでに成長させた。アメリカ本土を視察した際にTV時代の台頭を予感した大川は、帰国するとすぐにTV向けコンテンツの製作に乗り出す。昭和三十一年に日動映画という小さなアニメ製作会社を買収し、東映動画を立ち上げたのだった。
この東映動画が長編アニメーション映画に加えてTV向け30分枠用アニメを量産していくのだが、その過程で多くのアニメーターたちが発掘・育成されることになった。ディズニーから学びながらも、日本独特のマンガチックでコミカルな動画やキャラクター設定は、東映動画が確立したものだ。
東映動画の初期を支えたのが森康二。日動映画出身の森は初の長編アニメ『白蛇伝』で原画を担当した後、『わんぱく王子の大蛇退治』で作画監督に昇進。そのままの勢いで大傑作『長靴をはいた猫』を完成させた天才アニメーターだ。その森康二の下で動画と原画の主要メンバーとして働き、東映動画の裏の頂点と言われる『太陽の王子 ホルスの大冒険』で作画監督になったのが大塚康生。大塚の元で新入社員としてシゴかれたのが宮ア駿で、二人とも東映動画退社後は『ルパン三世』シリーズを産み出すメンバーとなる。ここから先は、もう何の説明も要らない日本を代表するアニメーターの系譜につながっていくのだ。
人物像をよく知るわけではないが、大映の永田雅一のクセの強さに比べると東映の大川博は実直そうなサラリーマン社長風でもあり、自ら案内役として登場する『安寿と厨子王丸』の予告編では、そのモッサリとしたしゃべり方にイラつきを感じるほどに切れ味は鈍い。そんな大川も東映動画がその後の日本のアニメーション発展に欠かすことが出来ない礎になるとまでは予想していなかったに違いない。

さて『魔法使いサリー』に話を戻すと、昭和四十一年から四十三年にかけて全109話が作られた。基本的に一話完結形式で、サリーを中心によっちゃんとすみれちゃん、カブや三つ子たちが絡みながら物語が進んでいく。原作マンガを読んだことはないのだが、脚本執筆者の中に佐藤純弥(※1)や辻真先(※2)の名前が登場するから大半はオリジナル脚本だったのだろう。「お茶目でお転婆、慌てん坊」のサリーが主人公だから、そのほとんどは明るい学園もので笑いとギャグがいっぱいなのだが、「ときにはセンチになるけれど」と言う通り、たまに涙腺を刺激して止まない哀しく切ないエピソードが挟み込まれる。そして、それは当時の子どもたちに強烈なインパクトを残すような哀切さであったので、誰もが語り合いたくなるほどに今でも胸の奥底に登場人物とともに大切に保管されてしまっているのである。

まずは「ポニーの花園」。
サリーのクラスに外国人の女の子ポニーが転校してくる。言葉や慣習に戸惑うポニーは、クラスに馴染もうと校庭の一角に花壇を作るが、いじめっ子たちにその花壇をメチャクチャにされる。ポニーは自分の気持ちをわかってもらいたくて、雨に打たれながら花壇の手入れをして体調を崩し、入院してしまった。サリーたちはポニーの回復を祈りながら、ポニーの花園を丹精込めて世話をし始める……。
どれだけいじめられても日本人の優しさを信じて自ら歩み寄ろうとするポニーのいじらしさ、健気さ。最後にはいじめっ子たちも花の世話を手伝う姿が描かれ、悪者はいないことになっていて、それなら最初から異邦人差別などするなよと思う。その一方で、自分こそが転校生を異端と決めつけ、率先して仲間外れにしていたのではないかという悔恨が頭を擡げる。
ポニーが作った花壇に花が咲き誇るイメージで物語は終わる。アニメではポニーは退院してクラスのみんなに迎えられるのだが、心象としては無数の花々がポニーの死を暗示していたように記憶されており、自分の心の狭さが他人を死に追いやるのだという罪悪感だけが残滓となるのであった。

続いて「みにくい人形」。
サリーのクラスで人形製作の宿題が出される。クラスメイトのマンゾウは不器用でうまく人形が作れない。たまたま知り合った病気の女の子の母親から友だちになってあげてと頼まれたマンゾウ。女の子はマンゾウが宿題用にやっと作った馬の人形を気に入った様子で、マンゾウはそれを女の子にあげてしまう。翌日、宿題を提出出来ずに先生から怒られそうになるマンゾウのところに女の子の母親が現れる。女の子はマンゾウが作った馬の人形を抱きしめながら昨夜亡くなったのだった……。
こんな哀しい話をTVアニメで作って何の得があったのだろうか。カブと三つ子の追いかけっこでいいじゃないか。そして、病気の女の子を死なすなんて、子ども向けにはあまりに残酷だ。たぶん、TVの前で大泣きしたに違いない。あの女の子が最期の夜に見た馬と戯れる夢。ああ、あまりに哀しくて思い出すだけで悪夢に出て来そうだ。

最後は「ポロンの子守唄」。
サリーとカブと一緒に暮らしていたイタズラ娘のポロン。自分には両親がいないことを寂しがるポロンだが、実はポロンは生まれたばかりの頃に本当の両親と離ればなれになった人間の子どもだった。そんな折、実の両親が現れ、ポロンを引き取りたいと申し出る。家族として暮らしてきたサリーは、魔法使いの世界から人間界に戻すため、ポロンの記憶を一切合切消してしまう。ポロンはサリーやカブのことを忘れて、両親の元に帰って行く……。
おいおい、昨日まで末の妹のように可愛がっていたポロンがその記憶を失くして、今日からは他人になるのかよ。放映後半から登場したキャラクターだが、その可愛らしさからすっかりレギュラーメンバー化していたポロン。「パパパのチョイナ」の歌と相俟って親密な気分でいたところなのに、突然にポロンではない女の子に変わる。いつか自分も周囲の人から忘れられてひとり寂しく打ち捨てられるのではないか。そんな怖れがトラウマとなったまま消えないでいる。

こうして話を反芻するだけで、どんどんと哀しい気持ちが渦巻いてくる。子どもの頃、マシュマロのように真っ白でフニャフニャだった感受性が、『魔法使いサリー』の背後に隠された「いじめ」や「死」や「別れ」という棘をまともに喰らったのだ。柔らかだった精神は今では真っ黒に汚れて、何をされても痛みを感じないように訓練されてきたけれど、その棘だけはいつまでも抜けずに刺さったまま、心のうちに持っている。それは痛いようであり疼くようであり、同時に懐かしく郷愁を誘う傷付き方でもあったのだった。

サリー2.jpg

こうした陰鬱な記憶は『魔法使いサリー』のダークサイドだけを取り上げた話であって、基本特性は楽しく明るく斬新なアニメなのだった。その大きな要素だったのが、小林亜星作曲の音楽で、アニメーションが音楽と一体化されて設計されており、それは一種のミュージカルコメディとなっていた。毎度お馴染みのカブと三つ子のケンカのシーンで流れるBGMは今も頭の中で完璧に再現されるほど脳壁に染み付いている(「タララッタタラタラ〜」というアレです)。
さらに印象深いのはエンディングロールの名曲の数々。「魔法のマンボ」「三つ子の唄」「パパパのチョイナ」はどれもアニメソング界のスタンダードナンバーと言っていいだろう。特に子どもにとってインパクトがあったのは「魔法のマンボ」。パンチの効いたボーカルの間に入る「ウーッ!」の声。幾つになっても口ずさんでいた唄をYouTubeで見つけたときは涙ぐみそうになった(ならないって)。
そのようにして再見したときに初めて知ったのは、歌っていた前川陽子が当時十六歳であったということ。あまりに巧いし発声もジャズっぽいから弘田三枝子(※3)のような人なのかと思い込んでいた。初期のTVアニメの主題歌は児童合唱団によるものと決まっていたのだったが、ひとりだけやたらと歌唱力がある前川陽子が注目されてソロをとることになったらしい。その最初が「ひょっこりひょうたん島」で、前川陽子がなんと十三歳のときのこと。
『レインボー戦隊ロビン』(※4)のヒロインを歌った「すてきなリリ」も、後に倖田來未が歌うことになる『キューティーハニー』のテーマソングも全部この人。今でも現役のジャズシンガーとして活躍している。
もう話が止まらなくなるわけだが、「三つ子の唄」はアテレコを担当した声優が交代で歌う楽しい曲。歌い手が代わるときにひと言台詞が入って「おやつあげないわよ」とか「ホントかしら?」とか「ちぇー、しょってら」とかそれぞれのキャラクターごとの個性がそのまま出ている。
けれど、ずっと謎だったのは、三つ子が入れる合いの手。よっちゃんが「気は優しくておしとやか、そのうえ美人で力持ち、勉強嫌いが玉にきず」と歌った後、三つ子たちの台詞は「みぞ、れだ」にしか聞こえなかった。「みぞれ」って何だろう、と思っていたところ、ネットで「三つ子の唄 歌詞」で調べたら「いいぞ!ねえちゃん」となっている。もともと耳は悪いほうだったが、数十年間「ぞ」しか聞き取れていなかったことに、今更ながら驚いたのであった。(き)

サリー1.jpg

(※1)佐藤純弥の代表作は『新幹線大爆破』(昭和五十年 東映)。日本公開は興行的に失敗したが、フランスで話題になり大ヒットした。
(※2)辻真先はアニメ脚本家で、後に推理小説家。関与した作品を並べるとそのままTVアニメの歴史になる。
(※3)弘田三枝子が歌った『新ジャングル大帝 進め!レオ』のエンディング曲「レオの歌」(作詞辻真先、作曲冨田勲)は、たぶんアニメ史上最高の名曲であって、これに匹敵するのは『あしたのジョー』の「力石徹のテーマ」(作詞寺山修司、作曲八木正生)くらいではなかろうか。
(※4)『レインボー戦隊ロビン』(昭和四十一年放映開始)はモノクロ作品だったのでTVがカラー化された後は全く再放送されなかった。いきなりサビから入る服部公一作曲のテーマソングが忘れがたい。



posted by 冬の夢 at 23:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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