2015年12月27日

手塚治虫『ガラスの脳』〜 おまじないのキスの表と裏

手塚治虫の代表作はまぎれもなく『鉄腕アトム』なのだろう。けれども、『アトム』をまともに読んだことはないし、TVアニメもしっかりと見てはいない。
昭和四十年代が幼少期であった人たちの手塚体験は、何はさておき『ジャングル大帝』だったはずだ。家には白黒テレビしかなかった頃で、たぶんどこかで記憶がカラーに上書きされているのだが、『ジャングル大帝』のオープニングタイトルの美しさは半端ではなかった。一斉に飛び立つ鳥や木の枝をつたう小動物の動き。男性ハミングだけの主題歌。当時の子どものアフリカ観は『ジャングル大帝』とほぼイコールだった。

アニメではなく手塚のマンガはどうだったかと言えば、すぐにこれとは出てこない。それもそのはずで、昭和四十年代はマンガ作家としての手塚治虫の低迷期に相当する。『ブラックジャック』と『三つ目がとおる』が連載されてヒットを飛ばすのは四十年代の終盤あたり。それまでの手塚は少年マンガ誌に連載を持たず、たまにしか登場しない過去の作家というポジションにいた。
それでも、不定期に掲載される手塚の短編はどれもハズレなく印象に残るものだった。蝶の採集に熱心な少年が胡散臭い中年男にからまれるとか、菅笠を被った猫が踊るシルエットとか、雪に静かに埋もれる狼の剥製とか……。それが『ゼフィルス』であり『おけさのひょう六』であり『ロロの旅路』であったのだと確認したのは、後になって単行本や全集ものに収録されたのを再見したときだった。
どれも読み切りものなので、たまたま掲載されたのを読んだだけ。毎週マンガ誌を定期購読するようなこづかいは持たなかったし、気が散りやすい子どもだったからか読む雑誌が決まっていたわけでもない。
振り返ると、掲載誌は『ゼフィルス』が週刊少年サンデー、『おけさのひょう六』はマガジン、『ロロの旅路』はジャンプ。マガジンとジャンプは企画もののひとつとして掲載されたので、低迷状態にあった手塚が唯一少年誌にマンガを発表できたのは、週刊少年サンデーのみだったようだ。それにしてもいつ掲載されるかわからないし、こちら側もサンデーファンという訳ではなかった。だから、偶然そこに載っていたので読んだといった具合の接し方だ。
そんな中で、『ガラスの脳』に出会ったのだった。

『ガラスの脳』は、老妻の最期を看取ったばかりの老人が手記をしたためる場面から始まる。
妻の由美は、列車の脱線事故に遭った母から生まれた。母は由美を出産した直後に亡くなり、助かった由美は昏睡から覚めないまま、病院で育てられる。そこへ風邪をこじらせた幼い雄一が入院してくる。雄一は眠り続ける由美を起こそうと、童話で見た通り由美にキスをする。退院しても高校生になっても病院に通いキスを続ける雄一。するとある日、そのキスによって由美は十七年の眠りから突然目を覚ました……。

マンガしか読まない子どもだったから、次々と現れる人気作品に目が行く。贔屓のマンガは単行本を買って繰り返し読んだ。当時の単行本なんて紙も製本もいい加減そのもの。あまりに何回も読むからページがバラバラと取れてきたりしたが、それでも大事に本棚にしまってあった。
それに比べると少年誌は場所を取るので、次の号が出る翌週にはすぐに捨てていた。処分方法もわからないので、たぶん親が勝手に片付けていたのだろう。
ところが、『ガラスの脳』は何度も繰り返し読んだ記憶がある。それも時を置いて。
捨てられずにいつまでも読めたのは、『ガラスの脳』が掲載された少年サンデーが祖父の家にあったからだ。近くで買ったのか、自分で持っていったのかは定かではないが、何気なく祖父の家に置いたままにしたのだろう。たまにしか来ないバカな孫の持ち物だと思ってか、祖父か祖母がその掲載誌を取っておいてくれた。だから、祖父の家に行く度に『ガラスの脳』を読むことが出来たのだ。

『ガラスの脳』は読む度に不思議な気持ちにさせられるマンガだった。
単行本で持っていたのは、当時の子どもの鉄板アイテムであった『巨人の星』、同じ野球ものでもかなりマイナーな『父の魂』、西部劇なのに日本人を主人公にした『荒野の少年イサム』といったあたり。少年マンガと言えば、スポーツものかギャグマンガか、せいぜいアクションものがあるというくらいのバラエティーしかなかった頃だ。
そんなラインナップと比べると『ガラスの脳』は、突出して大人びている。
このマンガでは「キス」が重要なモチーフだが、キスシーンは少年マンガではタブーに近いものだった。それを可能にしたのは、幼い雄一が由美を起こしたいばかりに童話を真似てキスするという動機設定だったのだろう。顔を真っ赤にした雄一は、そのおまじないのようなキスを続ける。純化されたキスなら高校生でも許されるという仕掛けになっている。
奇跡的に目覚めた由美は、二時間で一歳ずつ急激に成長する。肉体的には十七歳の女性なのだが、頭脳は生まれたばかりなのだ。目を覚ました日は、言葉も喋れずヨチヨチ歩き。でも、次の日には会話が出来るようになり、公園で少女のように遊び回る。天真爛漫に雄一にじゃれついていた由美は三日目になって、急に恥じらいを見せる。それは思春期を迎えたしるしなのだが、由美が突然に雄一を異性として意識する場面に、妙に心がウズいてしまった。このマンガを読んだ時の自分がそのような年頃だったのだろう。自分でも理解しがたい感情を『ガラスの脳』は、早回しにしてわかりやすく見せてくれているようでもあった。
さらには、五日目の夜、雄一と由美は恋人として結ばれる。ページの半分を使って描かれたベッドの上の二人。裸のまま目を閉じて互いに抱き合っている。腰から下は白いシーツで見えないが、上半身は何も纏っていない。その抱き合い方やむつみ方は、激しい交感のあと静かに山頂から二人して下ってくる心地良い余韻の愉しみを表している。と今なら言えるが、子どもにはそんなことは全くわからない。けれどもこのベッドシーンは穢らわしさがなく、おまじないのキスの延長線上にあるものなんだな、という程度にひとり得心していた。
実は、繰り返し読んだ最大にして唯一の理由がこのベッドシーン。ほかの少年誌は捨てられても全く惜しいと思わなかったが、『ガラスの脳』が載った少年サンデーだけは永久保存版にしたかった。それが、期せずして祖父の家で実現していたわけである。
それは子どもらしいエッチなことへの背徳感を伴う興味ではあったのだけれど、よくよく考えるとただそれだけでもなかったのだった。

五日目の深夜十二時、由美は雄一に抱かれながら再び昏睡状態に陥る。自分がまた眠りに落ちてしまうことを由美は知っていた。目を覚ますことのない由美を雄一は一生の伴侶として添い遂げる。亡くなった由美を解剖すると、その脳はガラスのように美しく透明に輝いていたのだった。

たぶん手塚には、作品の中で雄一の台詞として紹介される十七年ゼミ(※1)を人間に置き換えてみようというアイディアが閃いたはずだ。そのワンアイディアをこんなロマンチックなメルヘンに仕立ててしまう手塚の才能には心底畏れ入る。しかも、手塚にとってはあまたある短編マンガのひとつにしか過ぎないのだ。六十歳で亡くなる直前まで「アイディアだけは湯水のようにあるんだ」と語っていたそうだから、ストーリーづくりの天才としか言いようがない。
十七歳の女性が突然に目覚めてわずか五日間の人生を送る。手塚がさらに天才性を発揮するのは、その五日間に深淵なエロティシズムを潜ませたことだ。メルヘンの裏側にぴったりとくっついているエロティックへの偏向性。それは手塚作品に共通する重大なエレメントである。

四日目、由美は雄一に好きな男性を告白する。相手は病院の院長先生。しかし、由美を暖かく見守っていたはずの院長は、目を覚まさないまま成長する由美の身体を夜な夜な秘かに弄んでいた(※2)のだった。看護師からその事実を聞かされた雄一は院長を叩きのめし、由美との結婚を決意する。

ストーリーとしては、雄一と由美を五日目までに急いで結びつけるための設定と受け取れる。でも、話の運び以上に、意識のない若い女体を凌辱するイメージは強烈だ。しかも少年マンガ的には常に正義の味方であるはずの医者が主犯なのだ。子どもには思いもつかない展開だが、同時に読んでいる側にも「そんな手があるのか」という妙な共犯意識が頭をもたげてくるのも事実である。
そして、昏睡中の女性に対して本人が知らないうちになされる行為という意味においては、雄一がするおまじないのキスも、レベルは違うものの同じベクトル上にあることになる。
さきのベッドシーンで、深夜十二時直前に二人がキスを交わすコマには、顎の下の方から見上げるように由美の顔が描かれている。そのアングルは、身体をまさぐりながらその反応を確かめるために男が女の表情を見上げる視線に似ている。そんな意図をもって、このメルヘンのクライマックスを描いていたとしたら、手塚治虫のエロ嗜好はもはや変態的と断言できるだろう。同時に、このようは発想は禁じるべきであるものの、昏睡する由美と半生を共にした雄一に、ネクロフィリア的なダークサイドがないとは言い切れないのでもある。

次第にヨレてくる少年サンデーを飽きもせず繰り返し手に取ることになったのも、少年マンガには珍しい恋愛ものを読むという以上に、その背後に潜む奥深い大人の世界を覗き見する隠微な悦びがあったからに他ならない。『ガラスの脳』は、出来ることなら絶版にしておいてもらいたい。それほど個人的な作品に思えるのである。(き)


ガラスの脳.jpg


(※1)北アメリカにのみ生息するセミで、13年または17年の周期で大量発生する。周期ゼミ、または素数ゼミと呼ばれる。
(※2)クエンティン・タランティーノ脚本・監督の『キル・ビル』(2003年 アメリカ映画)には、重傷を負い昏睡状態にある主人公の女性(ユマ・サーマン)が病院の警備員に凌辱される場面が出てくる。途中で主人公が四年振りに覚醒し、警備員はその場で殺されるという設定。

【初出掲載】
『ガラスの脳』週刊少年サンデー1971年2月21日号
『ゼフィルス』週刊少年サンデー1971年5月23日号
『ロロの旅路』週刊少年ジャンプ1973年3月19日号
『おけさのひょう六』週刊少年マガジン1974年4月21日号

『ロロの旅路』は、週刊少年ジャンプが創設した第一回愛読者賞のチャレンジ作品。投票によって選ばれた十人のマンガ家が読切短編を週替りで発表して得票を競うというもの。繰り上げ参加した望月三起也が第一位になり、手塚は第二位だったと記憶する。

『おけさのひょう六』は、長い間手塚と絶縁状態にあった週刊少年マガジンとの関係修復をきっかけに掲載された作品。このあと、手塚はマガジンで『三つ目がとおる』の連載を開始した。



posted by 冬の夢 at 20:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | マンガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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