2015年07月28日

再び吉田秋生:しかし、今度は『海街diary』、いやオーデンの詩か?

我ながら懲りないというべきか、同人のレビューに刺激されて吉田秋生の『ラヴァーズ・キス』を読み、その中に出てくるベートーヴェンの『テンペスト』について書き散らかしたばかりなのに、今度は『海街diary』に出てくるオーデン(W.H.Auden)の詩について書いてみようと思う。

2巻で完結する『ラヴァーズ・キス』と違って、『海街diary』は6巻もあり(しかもまだ完結していない)、読み通すのに時間もお金もかかってしまった。読んでいるうちに「これはなんだか、段々と鎌倉の身辺雑記みたいになりつつあるのではないか?」と、正直なところ、作品から気持ちが離れかけもしたのだが、第6巻にオーデンの詩の一節が出てきて、ちょっとだけ目が覚めた。そのエピソード自体はさほど出来がいいとは、今なお思えないでいる。作中人物の「すずちゃん」の言葉を借りれば「胸がモヤモヤする」と言ってもいいか。何か重要なものが足りない。刺身のワサビか、カレーのカルダモンか、何かそれに類する、つまり、エッセンスが足りない。そう、100円のアイスクリームのような味わいと言えば近いかもしれない。それなりに食べられるけれど……

だが、今日はマンガ作品の批評ではなく、その中で出てくるオーデンの詩だった!
オーデンは特に大好きな詩人ではないけれど、このブログではすでに2回も登場してもらっている何か特別な縁があるのかもしれない。

『海街diary』第6巻の「地図にない場所」というエピソードの中で、オーデンの "Twelve Songs"という連作の7つ目の詩が言及される。小学校で苛められた経験を持つ男子大学生(美大でデザインを勉強中)が鎌倉の奥まった処にある作家(刺繍)のアトリエを尋ね、苛められていた子どもの頃に「地図にない場所」へ逃げたいと考え、その場所を地図!で探そうとしたという「失敗談」を語りつつ、「その頃、こんな場所が身近にあったら、もっと楽に過ごせたかもしれない」と述解するのを聞いた、おそらくはやや年長(2〜3歳?)に設定されている女流刺繍作家が「『立ち上がって たたみなさい 君の悲嘆の地図を』 イギリスの詩人オーデンの詩です。私は学校に行けなかった3年間、この詩に何度も救われました」と応える形で。

吉田秋生のマンガ作品について言えば、この「地図」の扱い方は実はかなり巧妙に計算されている。というのは、この男子大学生は恐るべき方向音痴で、ついには知らない場所を歩くときでも地図を持ち歩かない人物らしく、その意味で、彼はすでに「立ち上がって、彼の悲嘆の地図をたたんで」いるというわけだ。そのためにこの人物を方向音痴に仕立て上げたのだから、吉田秋生という人はかなりの凝り性なのだろう。

だが、今日はマンガ作品の批評ではなく、その中で出てくるオーデンの詩だった。(2回目!)

ぐずぐずせずに全文を引用しよう:

VII.
Underneath an abject willow,
Lover, sulk no more:
Act from thought should quickly follow.
What is thinking for?
Your unique and moping station
Proves you cold;
Stand up and fold
Your map of desolation.

Bells that toll across the meadows
From the sombre spire
Toll for these unloving shadows
Love does not require.
All that lives may love; why longer
Bow to loss
With arms across?
Strike and you shall conquer.

Geese in flocks above you flying.
Their direction know,
Icy brooks beneath you flowing,
To their ocean go.
Dark and dull is your distraction:
Walk then, come,
No longer numb
Into your satisfaction.
 (March 1936)

(日本語訳)
痛々しくも惨めな柳の木の下にいる、
恋する人よ、もう仏頂面はよしなさい:
思いの後には行いが直ちに続くはずなのだから。
思い悩むのは何の役に立つ?
君の唯一無二の、君を意気消沈させる場所が
結局君を冷たくしてしまうのなら
立ち上がって
君の寂寥の地図をたたみなさい。

陰鬱な塔から
野を越えて届く鐘の音は
愛が必要としない
この近辺に広がる愛のない夕闇のために鳴らされているのだ。
生きとし生けるものは愛することができるのに
なぜぐずぐずと手をこまねいて
敗北に屈しているのか?
立ち向かえ、そうすれば君が勝者になるのだ。

頭上を飛ぶ雁の群れは
行くべき方角を知っている、
足下の凍った小川も
目標の海へと流れていく。
暗く鈍重なのは君の苦悩なのだから、
さあ、一歩を踏み出し、
無気力を後に行きなさい
君の思いを叶えに。


日頃「英語ならわかる」と豪語している割には何とも不様な翻訳だ……いじましくも注釈を付けると、柳の木は英詩では悲哀の象徴で、恋に悩む男が身を寄せるには相応しい場所といえる。難しいのは4行目のWhat is thinking for?という、聞きようによっては全く当たり前の表現だ。拙訳ではWhat is thinking (good) for? と理解したのだが、口の中で繰り返していると、自分でも段々とわからなくなってくる……「何のために、何を求めて、何の代わりに、etc.」 さらに言えば、この疑問文が反語なのか、それとも純粋に疑問なのか? 反語だとしても、thinking(考えること)を全否定して、Bob Dylanのように "Don't think twice, it's all riight."といったノリで、「くよくよせずに、さあ行動だ!」ということなのか、それともthinkingの効用も多少は評価した上で「もう十分考えたのだから、後は行動だ」ということなのか……

さらに難しいのは次の5行目のstation。拙訳ではとりあえずnurse stationとかpolice station、いや、もっと普通?にrailroad stationとして使われる「居場所」みたいな意味で理解しているのだが、この語の元来の意味は「姿勢、立ち止まった姿勢」みたいな意味であり、そう思えば、your unique and moping stationは、彼が思い悩んでうずくまって、しゃがみ込んでいる姿勢のこととも取れる。つまり、「その場所が君を意気消沈させるのなら、さあ立ち上がって出発しよう」とも読めるし、「いつまでもクヨクヨしていることが君を意気消沈させるなら、さあもう思い悩むのは止めて、行動しよう」とも読めるというわけだ。もちろん、この二つの読みを重ねることが「より正しい読み」ということになるのだろうが、残念ながら日本語には移せない。少なくともぼくの言語能力では。

第2連の鐘の音は主に弔いの音を連想させる。だから、第2連3行目のthese unloving shadowsのshadowsは死者を十分に連想させるけれども、ここでは太陽の死を意味する「夕闇」という意味で理解した。theseは「この辺」の意味になっているけれども、「近頃」の意味でもあるだろう。この詩が書かれた時代(戦争)を思えば、unlovingさえもが文字通りに「愛することができなくなった死者たち」というような響きさえしてくる気がする。

第3連は自分でも一番納得の行かない翻訳になっている。つまり、十分に理解できていないのだろう。先ず5行目の倒置文の効果が腑に落ちていない。とりあえず、確信に満ちた動きを示す雁の群れや凍った小川に対して、「君のdistractionはdarkかつdullだ」と理解することにしたのだが(だからdullは鈍重という訳になってしまった)、普通は「錯乱」とか「気を散らす」みたいな意味で使われるdistractionがよくわからない。拙訳は「君の錯乱、君が錯乱していること」となっているのだが、あるいは「君を錯乱させるもの、君の気を散らすもの」と理解した方がいいのかもしれないと、今なお悩んでいる。もしもこのように理解するのなら、「君の気をちらすもの」とは、当初の「愛の悩み」を飛び越えて、第2連で濃厚に暗示された「死」の方へ傾くことになるだろう。つまり、「死を思い悩むことはない。雁の群れも、凍った小川も、いや全てのものがその最終地点へ向かうのだが、しかし、歩き続けられる限りは歩き続けろ」ということになるのだろう。

詩としては悪くない。いや、なかなか面白い。どうせなら、吉田秋生は、当然ながらこの詩を全部、もしかしたら "Twelve Songs"の他の詩も含めて、たとえ日本語訳を通してであっても、ご存知だったろうから、もう少し長く作品中で引用してくれても良かったのに。一世代前の萩尾望都や大島弓子のようなマンガ家であれば、おそらく丸ごと全部この詩を引用していたことだろう。そういえば、大島弓子のマンガに「リベルテ144時間」という作品があり、その中でエリュアール(Paul Elluard)の "Liberté"という詩が使われていて、それでこの大詩人の存在を初めて知ったという事件もあったことを思い出した。

吉田秋生のマンガを読んでオーデンの詩を読む若い人が増えたらいいな。いい詩がたくさんあるから。 (H.H.)



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posted by 冬の夢 at 04:02 | Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸・読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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