2015年03月23日

新東名でライスシャワーを見かけたこと

最近高速道路の接続線が次々完成して車を運転するには便利が良くなった。特に首都高速湾岸線と渋谷線を結ぶ新中山トンネルが出来て中央環状線が文字通り環状化されたことが大きい。常磐道や東北道から都心の渋滞にはまることなく東名に抜けられる。
その恩恵を受ける車のひとつが馬匹運搬車。その名の通り、馬を運ぶ輸送車両だ。
中央競馬会主催の競馬は正月を除いた毎週土日に開催される。関東と関西では真夏以外は必ず週末に競馬があり、注目馬が出走する重賞レースの多くは日曜日に開かれる。
競走馬を所有、育成する厩舎は茨城県美浦と滋賀県栗東のトレーニングセンター周辺にあるので、例えば京都競馬場のG1レースに出走する場合、美浦に所属する関東馬は、開催直前に京都まで輸送されていなければならない。その輸送を担うのが馬匹運搬車である。
ぱっと見は大型観光バスのようであるが、車内は運転席と厩務員席と馬房スペースに分かれ、馬六頭を収容できる。敏感で臆病な馬の移送ストレスを減らすため窓は塞がれ、密閉された室内はエアコンで最適温度を維持。以前なら都心を抜けるのに渋滞し東名高速ではトラックの爆音に晒されていたが、美浦から京都までは常磐道・中央環状・新東名が繋がってノロノロ運転も少なくスムーズな道程となった。
先日、筆者が新東名で車を走らせていると背面に「競走馬輸送中」と表示した馬匹運搬車が見えてきた。開催中の阪神競馬場に行く途中なのだろう。中は見えないもののもちろん馬を乗せているはずなのできわめて安全運転。こちらは追越車線で追い抜くが、しばらく走るとまた前方に運搬車。いつのまにかまた抜かれていたんだと錯覚してしまうくらいに全く同じ型、同じデザインの車が何台も美浦から阪神に向かっているのだ。こんなに似ていたらどの厩舎の馬をどの車に乗せたかわからなくなってしまう。そう思いながら追い越し際に車体を見ると、むべなるかな側部に赤い文字で車両ネームが表示してある。その車は「ライスシャワー」だった。

ライスシャワー。1991年にデビューした黒鹿毛の牡馬。父リアルシャダイ、母ライラックポイント、母の父マルゼンスキーの長距離血統。翌年のダービーでは全くのノーマークから二着に入って万馬券の立役者となり、秋の菊花賞では三冠がかかるミホノブルボンを破りクラシック初制覇を遂げた。古馬になった春の天皇賞でも本命メジロマックイーンの三連覇を阻止し、「関東の刺客」と呼ばれる。その後は勝てないレースが続いたが、七歳(当時の数え年、現在の六歳)の春に二年ぶりに天皇賞優勝。そして、ファン投票一位に選ばれた宝塚記念に出場し、レース中に骨折。予後不良となった。
「予後不良」とは競馬用語で安楽死処分のこと。サラブレッドは細い足で強靭な肉体を支えるため、骨折の具合によってはほとんど生き延びられない。ライスシャワーは左前足を粉砕骨折しており移動することも出来ず、横たわったままの状態でその場ですぐに安楽死措置が取られた。落馬した主戦騎手の的場均と担当厩務員がライスシャワーの最期に立ち会ったという。

あまり博才もなく、職場の付き合い程度でしか馬券を買わないので、競馬で儲けた記憶はあまりない。その中で唯一と言っていいほど的中したビッグレースがライスシャワーが復活勝利した天皇賞だった。前哨戦の京都記念、日経賞で続けて一番人気に推されるも着外。天皇賞では前の年の菊花賞で二着に入った岡部幸雄鞍上のエアダブリンに注目が集まり、ライスシャワーは四番人気に落ちていた。春の天皇賞が行われるのは淀の坂で有名な京都競馬場。先行集団につけたライスシャワーは第3コーナーの坂を終えたあたりでスパートをかける。常識破りの早仕掛けだが、末脚勝負では勝ち切れないと読み切った的場の作戦だった。しかし、第4コーナーを回った直線、足色が落ちてくる。そこへ襲いかかるのが蛯名正義のステージチャンプ。猛烈な追い込みでほぼ同時にゴールする二頭。うなだれる的場と片手を挙げてガッツポーズの蛯名。結果は逆で、10pの差でライスシャワーが勝ったのだった。
当時は栗東トレセンに坂路調教が導入された効果で関西馬全盛期。ライスシャワーは美浦飯塚厩舎所属の関東馬。京都での競馬には輸送の負担もあるし、長い間勝てないレースが続いていた。だから余計に晴れやかな天皇賞戴冠であったし、二ヶ月後の悲劇が哀れでもあったのだ。

「ライスシャワー」とは言うまでもなく、教会での結婚式を終えた新郎新婦に列席者がお米を振りかけて祝う習慣のこと。競走馬の名前は馬主の名を屋号にする場合もあれば、普通名詞をそのまま使うときもある。シンザンやシンボリルドルフなど、もうこれしかないというような見事な名前がある一方で、大半の馬は実に下らない馬名をつけられて一勝もあげないまま消えていく。その点でライスシャワーは単なる普通名詞の馬で終わってもおかしくない命名だ。けれども牡馬にしては小さなこの馬は「ライスシャワー」という文字に特別な意味を持たせた。いくばくかの人たちがライスシャワーと聞くと結婚式の風景ではなく、京都競馬場の長い坂を思い浮かべるのだ。そして、その坂には栄光に向けて早いスパートをかけた姿とつんのめりながらも騎手を踏まないように倒れた姿が二重に映し出される。競走馬に感傷など不要だと言う人も多いが、シロウト競馬をやっていた数年間の中で胸の奥に最も深く刻まれてしまったライスシャワーという馬を忘れることは出来ない。

馬匹運搬車には車体ごとにG1レース優勝馬の名前がつけられているらしい。ライスシャワーを見かけたあとにキングカメハメハを追い越したし、サービスエリアではアイネスフウジンがいた。関東から京都への輸送でライスシャワーに当たると競馬関係者たちの間ではどう受け止められているのだろうか。「こりゃいい」なのか「かなわんな、せめて元気で帰ってこいや」なのか。
天皇賞の勝利と宝塚記念の事故から二十年。今でも人びとの思い出の中にライスシャワーは生きている。(き)


ライス.JPG


posted by 冬の夢 at 00:04 | Comment(1) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 語呂合わせ、裏読み買い、というのがあります。時事馬、世相買い、なんていいかたもあるらしい。二〇〇一年の有馬記念はマンハッタンカフェとアメリカンボス、本当だから面白いわけです。ずいぶん昔、有馬記念の放送ゲストが有馬稲子で、これはもうライスだね、と「裏読み派」が力説していたのを思い出す。しかしいま、調べてみるとライスシャワーは有馬では勝ってない、っスよね……。だいたい本当に有馬稲子がゲストだったこと、あるのか……。
Posted by (ケ) at 2015年04月21日 13:37
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