2014年12月25日

田村隆一「命令形」について:命令と祈り

 臆面もなく自らの不徳を「告白」すれば、子どもの頃から「詩を読むのが好きだ」と自認していたくせに、そのくせ数十年もの長い間、田村隆一という詩人の存在に気がついていなかった。そんな名前の有名な詩人がいることはもちろん承知していた。しかし、その詩人が自分にとって重要な詩人であるということを知らなかった。詩人との出会いは、魅力的な女性との出会いとも似ている。つまり、早すぎる出会いは残念ながら完全な不毛に終わる。こう考えれば、田村隆一との遅すぎる出会い(彼の没年は1998年で、ぼくは生前の彼を全く知らない)については「仕方ない」と自らを慰めることもできようか。たとえ生前の彼を知らなくても、ぼくの手元には1,500ページにも及ぶ『田村隆一全詩集』(思潮社)が残されているから。

 それにしても「自分にとって重要な詩人」とは、我ながら奇妙な言い種だ。何よりも、自分で言っておきながら、かなり自己チューな匂いがする。しかし、この重要な側面はさておいて、「詩人の重要度」はいったいどうやって測定されるのだろうか。また、仮にそのような測定法・測定術があるとして、はたしてこのぼくにそれが使いこなせるというのだろうか。しかし、それこそかなり傲慢な言い方になるのだが、多分ぼくはその測定法を経験的に知っている。単純に言えば、「考えるに値する面白い疑問を与えてくれる詩人」が「重要な詩人」ということになる。というのは、そうであるなら、その詩人の作品を読むことを通して、読者は自然に「考える」ことを余儀なくされ、その思考を通して、多くの、自分自身にとって大切なことを発見するだろうから。
 
 例えば、田村隆一に「命令形」という詩がある。

   命令形

ゆき
ゆき
もっと ふりなさい

狐のような女の詩人が歌いながら
ぼくの夜の森から出ていったが
この歌の命令形が好きだ

追ってゆきなさい、詩人よ、まっすぐ追って
夜の奥底までもゆきなさい、
束縛をとき放つあなたの声で
喜び祝えと、われわれにすすめてください。

ライオンのような詩人が
心の病をいやす泉をもとめて
死せるアイルランドの詩人に祈った命令形が好きだ

人は人に命令できない
命令形が生きるのは

そして詩の構造の光と闇の
谷間にひびく
人間の言葉


 しみじみと、あるいは深々と、「いい詩だ」と思う。
 雪に向かって「もっと ふりなさい」と命じたのは、詩人の岸田衿子だと注に記されている。また、「ライオンのような詩人」と言われているのがオーデンであり(田村がおそらく大好きだった)、「死せるアイルランドの詩人」はイェイツのことであることも同じく注記によって明らかにされている。この詩を初めて読んだとき、「ゆき ゆき もっと ふりなさい」という、いかにも女王然とした言い方が確かに面白いと思った。しかし、それがどうしてイェイツの死を悼んで書かれたオーデンのエレジーと並べられているのか、それが不思議だった。
 不思議だと感じることから思考が始まる。そして、「人は人に命令できない」、「命令形が生きるのは(…)人間のことば」と書かれていることで、オーデンの有名な “August 1968”の一行を思い出す:
「人喰い鬼は(人間の)コトバが使えない」
つまり、田村のコトバを追いかけていくと、「人は人に命令できない、すべきではない。それなのに、それにもかかわらず、ヒトのコトバには『命令形』がある。それはいったいなぜだ? しかも、ときに命令形は喩えようもなく美しい。それはいったいなぜだ?」という、まことに奇妙な疑問に行き着く。そして、やはり田村のコトバを追いかけていくと、「死せるアイルランドの詩人に祈った命令形」という語句にあらためて出会うことになる。そして、ついでながら、「出会い」が常に「発見」であることも知る。
 「…に祈った命令形」。そうか! 祈りとは命令形でされるのか! そうだ! 祈りはいつも命令形でされるのだった! 「神よ、哀れみ給え!」 実際、西洋語では命令文と祈願文はよく似ている。心からの祈り、心からの願いを表すために、ヒトは命令形を使う。そのとき、おそらくはそのときだけ、命令形は美しさを取り戻す。命令形が具現する光と闇。その両者の間の領域こそがヒトのコトバの領域ということになるのだろう。
 しかし、要は田村隆一のこの詩は美しい。 (H.H.)
 

(同人の書いた「久坂葉子と阪神大震災」という興味深い記事の中に命令形に関する言及があり、実はそのことについて何か《コメント》しようと思ったのだが、ご覧の通りに長くなりそうだったので、別の記事として書くことにした次第。このブログはそもそもの発祥が「同人誌」だったので、こんな使い方も悪くないだろうと勝手に考えている。H.H.)

posted by 冬の夢 at 23:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸・読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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