2013年12月30日

「ヘイ・ジュード」の訳詞決定版と『日陰者ジュード』【改】

 ビートルズの歌詞翻訳シリーズ、「ヘイ・ジュード」に挑戦することにした。
「決定版」とは偉そう過ぎだが、このブログの別の筆者に添削してもらい、書き直しては仕上げている。
 今回は、あらかじめ受験英語レベルの英文和訳でわからないところを質問。すると彼が、思いもよらぬ本を紹介してくれた。

『日陰者ジュード(Jude the Obscure)』。
『テス』のトマス・ハーディ(一八四〇〜一九二八)が、一八九六年に出した最後の小説だ。
 貧しい孤児だが向学心に燃え、大学に入ろうと古本を集めて勉強する若者、ジュードが主人公で、初体験相手の豚肉屋の娘アラベラ、そして従妹のスーとの、恋愛と結婚が物語のひとつの軸になっている。
 しかし……。
 長いよ〜! 暗いよ〜!
 いったいなんなのか、この「敗北小説」は。
 人生アウトにつぐアウト、それも、ファウルチップを捕られて終わりみたいな、みじめな敗北とペシミズムの波状攻撃! 主人公たちが際限なく議論、いや屁理屈の応酬を繰り返し、最後は全員が運命にもて遊ばれるかのように負けていく、という話なんですけど……。

       ♪

 まだウブなジュードを誘惑するアラベラは、典型的な肉欲爆弾! しかもデブ! ジュードは、ずっぽり筆おろしさせてもらったはいいが、アラベラの既成事実攻めで結婚に持ち込まれてしまう。ところがアラベラはすぐ別れ、離婚が成立しないままオーストラリアに去る。
 スーは、それなりにインテリで自立的な恋愛観の持ち主だが、そこに依怙地にこだわるわりには、社会的に許されない行為だという罪悪感に苦しみ、自分をわざわざ不幸に追い込みまくってジュードを悩ませる。
 そこへなんとアラベラが舞い戻り、おりあるごとにジュードを誘惑。しかもアラベラとの間には子どもが出来ていて、その子の名も「ジュード」だ。その子は「事実婚」状態のジュードとスーが引き取るはめになるのだが、法的に夫婦でない者に子どもがあると、世間から差別されることに気を回したジュード二世は、スーとジュードの間に出来ていた子を巻き添えに、自殺してしまう!

 ではジュードの目標、大学進学はどうか。
 大学のある街「クライストミンスター」に憧れて、住みもするが、かんじんの大学入学はあっさり門前払いなのだ。身分(階級)の低さゆえにだ。しかも、このくそ長い小説のたったワンシーンで、ですぜ。救われなさすぎる。
 あげくにジュードは病気になり、街のお祭りの喧噪の中で死んでしまう!

 登場人物に不幸をもたらすものが、しばしば性的抑圧であることや──とりわけ、スーが矛盾した極端な行動に走るのは、そのせいに違いない──神学を学んで聖職につきたいとも考えているジュードの純粋さを、その名も「Christ-Minster」という大学街が拒絶する仕立てなど、すべて、作中でジュードがいう「文字に殺される」こと、つまりヴィクトリア時代の社会制度や倫理に過剰に束縛された人の苦しみを描いているわけだが、この小説は「テス」同様、酷評だったそうだ。この作を最後にハーディは小説をやめ、詩に専念してしまったくらいだ。
 いまではイギリス文学を代表する作品のひとつに数えられているが、同時代のイギリスでは認めがたかったのだろう。当時の社会通念にチャレンジし過ぎたのか、それとも当時の感覚でも内容がまだるっこしかったのか。
 これは、明らかに前者の気配が濃厚である。というのも、この小説が世に出てからビートルズの「ヘイ・ジュード」までは七〇年ほどだが、ビートルズの時代になってもイギリスには、まだまだうっとうしい規範や階級の重石がずっしり載っかっていて、忍耐の爆発がビートルズのヒットをもたらした、ともいえそうだからだ。

 そこで「ヘイ・ジュード」の「ジュード」を、社会的抑圧の犠牲者である日陰者ジュード、あるいはその子の小ジュード──原文では「Little Father Time(小さな時の老神)」つまり幼いのに老人のように世間の重圧を知りつくし、子どもらしい覇気を持たぬ存在──をイメージして聴くと、「社会の暗雲はぼくらの宿命じゃない、自分で吹き飛ばすため歌おうよ、ナナナ!」という、ポジティブなメッセージソングに聴こえてくる。みごとなまでに! 
 面白いことに、歌詞の「her」──これをどう訳すかは悩みどころだが──には、ハーディの描いたアラベラもスーも、そのイメージがピタリとあてはまる。

       ♪

 さあ本題だ。「ヘイ・ジュード」の訳詞決定版をつくることにしよう。
 まずは、世界中の「ジュード」たちの、悲しみや苦しみに語りかけるように訳そうと考えた。
 いかにも「日陰者の歌」調で訳すと「昭和枯れすすき」みたいだから、「Obscure」を、居所のなさ、アイデンティティクライシスのようにとらえ、そのニュアンスを含ませてみようかと。
 一聴一読で歌詞の雰囲気がつかめる英語力はないので、海外のサイトをいろいろと見てみた。ビートルズの歌詞の意味を推測し合ういくつかのBBSには、なかなか読ませるものもあり、また、曲に実際に描き込まれているとされる人たちを追った、最近の海外の芸能ニュースも、つい読んでしまった。

 そんなことをしているうちに、はじめの考えは変わった。
 曲が作られた経緯にそって、ドメスティックに「小さく」訳したほうが、心にしみる気がしてきた。
 不思議なことに、メッセージソングのように訳すより、そう訳すほうが『日陰者ジュード』のイメージも、より濃く漂うような気がする。

131230_h.jpg
 
 曲の背景は、よく知られている。
 二十六歳のポール・マッカートニーが、五歳のジュリアン・レノン、つまりジョンの幼い息子を、元気づけるために作った。

 ジョンがヨーコとつき合い始めたことで、ジョンと妻のシンシアは険悪になり離婚、ジュリアンはシンシアのもとで育つことになる。両親の離婚もさることながら、ジョンに無視されていたという思いは、現在もジュリアンの心の傷になっているという。ジョンとのつながりは、ツアー先からたまに送られる絵葉書だけだったので、後年もビートルズ関連のオークションに絵葉書が出るたび、落札していたそうだ。

 シンシアやジュリアンと親しかったポールは、そのころ、自分でクルマを運転して会いに行った。帰りにクルマの中で作った曲らしい。
「ジュード」とはジュリアンのこと。最初はジュリアン(Julian)のニックネームで「Hey Jules」と作り始めた。しかし、響きがいいからと「Jude」に変える。ちょっとしたアイデアが素晴らしい効果になる、ビートルズらしい化学作用の代表例だ。
 ポップスの曲に歌い回しは大事だけれど、それにしてもいちばんのキーワードをあっさり変えたものだ。しかしそのおかげで内容がより抽象化され、聴き手の想像力をかきたてる曲になった。ちなみにジュリアン本人もかなり後まで自分のことだとは気づかず、出来た曲を聴いたジョンなどは、自分のことをいわれたと思い込んだほどだ。また「Jude」はドイツ語でユダヤ人のことなので──ポールはまったく知らなかったそうだが──曲の裏になにかメッセージがあるのではないか、という聴かれかたもしてきたらしい。

 さあ、それらはともかくとして、はっきり目に浮かぶ小さな光景を訳文にしよう。
 ポールが幼いジュリアンをクルマの助手席に乗せ、話しかけているイメージだ。
 子守唄のように訳せればいいがな──ポールも若いから、説教調ではなくて、なんとかジュリアンをなだめたい、俺まで悲しくなっちゃうよ、という雰囲気を出したい。
 そんなに小さい世界にしてしまっちゃあ、ビートルズ最大のヒット曲の訳詞決定版とはいえないじゃないか、という人にこそ読んでもらえる訳詞にしてみたいのだが。

       ♪

 いきなり行き詰まってしまった。
「Take a sad song and make it better.」の「it」は一行前の「it」か、それとも「a sad song」か。前者なら「悲しいときは悲しい曲を聴いたほうが気分がよくなるよ」くらいだが、どうも後者っぽい。添削してくれている、このコラムの別の筆者によると、聴いた感じは後者らしい。が、その場合は日本語にしづらい。
「her」にも、やはりおおいに困った。
「小さく具体的に」訳すなら、シンシアをさしていると思った。日本盤についているであろう対訳にはおそらく出てこない「お母さん」あるいは「ママ」でいくぞと考えたが、ヨーコのことじゃないかとも迷い出した。実際はヨーコは、ジョンと二人でニューヨークに行ってしまっていて、ジュリアンを引き取って継母になったわけではないから、やっぱりシンシアでいいのかな。
「So let it out and let it in, hey jude, begin,」をネイティブが聴くと、ここが「やらしく」聴こえるらしいが、本当かどうか。いずれにせよ意味をとるのは難しい。
 意外な難物もある。
 最初の「Hey」を日本語でどんな呼びかけ語にするかとても悩んだせいか、最後の「ナナナ」も、気にし出すと止まらない。
「ラララ」とか「アアア」という、ただの音とは思うが、なぜ「la la la」でなく「na na na」なのか。ポールは「ナナナ」と紙に書いていたそうだから、録音のとき思いつきでメロディに乗っけたのではなさそうだ。「la la la」や「yeah yeah yeah」と「na na na」でニュアンスの違いはあるのだろうか。
 この曲の二年ほど前、ウィルスン・ピケットのあまりにも有名な「ダンス天国」がポップチャートでも大ヒットしているから、ジョンがやったように「まねした」だけだろうか。「ダンス天国」の「ナナナ」はピケットのオリジナルアイデアではないから、「ナナナのいいとこ取り」をしたということのなのか──いやはや、きりがない。ともかくがんばって訳してみよう。


Hey jude, don't make it bad.
Take a sad song and make it better.
Remember to let her into your heart,
Then you can start to make it better.

Hey jude, don't be afraid.
You were made to go out and get her.
The minute you let her under your skin,
Then you begin to make it better.

And anytime you feel the pain, hey jude, refrain,
Don't carry the world upon your shoulders.
For well you know that it's a fool who plays it cool
By making his world a little colder.

Hey jude, don't let me down.
You have found her, now go and get her.
Remember to let her into your heart,
Then you can start to make it better.

So let it out and let it in, hey jude, begin,
Youre waiting for someone to perform with.
And don't you know that it's just you, hey jude, you'll do,
The movement you need is on your shoulder.

Hey jude, don't make it bad.
Take a sad song and make it better.
Remember to let her under your skin,
Then you'll begin to make it
Better better better better better better, oh.

Na na na
na na na na
na na na na
hey jude.

 なあジュード、ことを悪くするなよ
 悲しい曲が楽しく聴こえてくるようにさ
 ママをすなおに受け入れてあげなよ
 そうすればお前だってうまくいくようになるからさ

 なあジュード、こわがることはないさ
 ママを追いかけて、つかまえておくのがお前の役目なんだよ
 しっかり受けとめてあげているうちに
 お前だってうまくいくようになるんだから

 ジュード、つらかったらいつだってやめていいぞ
 世の中ぜんぶしょってしまうことはないからな
 自分でもぞっとするようなことをしたのにイキがるヤツはバカだって
 お前もよくわかってるだろ

 な、ジュード、俺まで落ち込ませるなよ
 お前にはママがいるんだから、さあ、いって抱きとめておくんだ
 心から受け入れてあげなよ
 そうすればお前だってうまくいくようになるからさ

 だから、なりゆきまかせでいいんだ ジュード、はじめよう
 いっしょにやってくれる人を待っているんだろうが
 やるのはお前なんだってこと 自分でわかってるんだろ
 な、ジュード、できるさ
 お前しだいなんだよ

 なあジュード、ことを悪くするなよ
 悲しい曲が楽しく聴こえてくるようにさ
 ママをすなおに受け入れてあげなよ
 そうすればお前だってうまくいくようになるからさ
 どんどん どんどん 
 どんどんどんどん どんどんどんどん ど〜ん

 なあ なあ なあ
 なあ なあ なあ なあ
 なあ なあ なあ なあ
 なあ ジュード


 ……不思議だ。自分が訳したのに、まるで自分に向かって歌われているようだ。(ケ)


ジュリアン・レノンは、一九八〇年代にイギリスでトップテンヒットを出すほど音楽で成功したが、近年は写真家としてのキャリアをスタートさせて、数年前にニューヨークで初個展を開いている。ちなみにポールの亡くなった奥さんリンダもカメラマンだったし弟や娘もそうだ。なおジュリアンは、ジョンとヨーコの息子、ショーンと親しく、バンドの写真も撮っている。U2を撮ったシリーズともども、ジュリアンのサイトで見ることができる。

■二〇二〇年八月二十四日、手直ししました。文脈は変更なく、いただいたコメントが無意味になるような修正はしていません。管理用

※「ビートルズの訳詞・決定版をつくる!」の記事一覧は→こちら←(複数の筆者が書いています)

posted by 冬の夢 at 01:46 | Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 ロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちわ、
「ヘイジュード」を『日陰者ジュード』と関連づけている人はいないかしら、と検索してました。
やっと、見つけました! 
よかったです。 
この歌、そうですよね、『日陰者ジュード』ヘの返歌と言うか、踏まえてますよね。
Posted by ノエルかえる at 2017年01月18日 16:55
70歳を超えたトーマス・ハーディのファンで、死ぬまでに彼の墓参りをしたいと思ってる者です。英語の教科書に出てた「ハーディのテス」で彼のファンになり、帰郷(The return of the native?)も読みました。運命に翻弄される主人公の必死の努力が悲しい。テス・アナベラ・ユウステーシアみんなハーディにかかると魅力的で抗えない女性だ。
Posted by 前田憲一 at 2020年08月22日 18:34
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