2020年11月12日

ドナルド・トランプとジョー・バイデンのソングプレイリスト

 遅きに失した感もあるけれど、こういう話を書いてみよう。
 ジョー・バイデンとドナルド・トランプの「プレイリスト」について、つまりこの二人が、大統領選の選挙運動で、それぞれどんな曲をキャンペーン・ソングに使ったかということだ。
 彼らの選挙活動をずっと追っていたわけではなく、この文で掲げるリストはBBCが10月24日に報じた「米大統領選2020:トランプとバイデンの選曲からわかること」※1を参考にしている。音楽ファンならリストを見ただけでなるほどと思い、ウケたりすると思うが、音楽にはくわしくないけれど興味がある場合、BBCの解説を見ていただきたい。

       

 アメリカでは、人気歌手やバンドが支持する政党や政治家を公表することはふつうだし、政治キャンペーンに出演して演奏することも多い。これはかなり古くから行われていることだそうだ。
 いっぽう、著作権登録された曲は政治活動に自由に使えるそうで、支持しない政党や政治家の宣伝に自作曲が使われた作者は、不満の表明や、使用しないよう依頼はできるが、使うのを禁じることはできないらしい。
 そのため、意にそまない政治宣伝に使用された時点では、はっきりとは拒否の表明をしなかったが、それ以後むしろ反対陣営の政治キャンペーンに積極的に演奏で参加するようになった歌手もいる。かつてロナルド・レーガンに「Born in the U.S.A.」を使われたブルース・スプリングスティーンは、その代表例といっていい。
 また今回、ドナルド・トランプに「Y.M.C.A.」をキャンペーン会場でキメ打ちのように使われ続けてきたヴィレッジ・ピープルのケースでは、オリジナルメンバーで歌詞の共作者のヴィクター・ウィリスが、ことし六月ごろから曲を使わないように求めていた。
 ところがウィリスは二月には、曲の使用を支持はしないが、使用は完全に合法であり、グループの曲はあらゆる人に開かれていて、誰もがY.M.C.A.ダンスができる、というコメントを発していたのだ。キャンペーンでの使用料収入や、新しい聴取者が増える可能性が、非常に大きいからだろうか。いまさら説明の必要もないが、ドナルド・トランプその人が選曲にかかわったのだとしたら、間違っても「Y.M.C.A.」を選ぶはずはなく、支持者の多くも拒絶反応を示すはずだが、いまでは、そういうわけでもない曲なのだろうか。亡くなった西城秀樹の「ヤングマン」の聴かれかたと同じように。
 詳細に調べておらず申しわけないが、もっと複雑な事情があるかもしれない。おそらくアメリカでは、複数の音楽出版社や代行団体が音楽著作権ビジネスに関係しているはずで、日本のように一団体がほぼ支配的に音楽著作権の管理を行ってはいないと思うので。
 ちなみにJASRACこと日本音楽著作権協会では、「選挙運動における音楽利用のご注意・ご案内」として、選挙運動に登録曲を使いたい場合、かならず著作者の同意が必要だとしている。ただそれは、芸術家が政治的信念にもとづいて作品の使用許可あるいは拒否を表明するための規定というより、音楽と政治はべつ、音楽に政治を持ち込むな、という慣習のあらわれのようにも感じる。
 ご存じのとおり、政治的メッセージことに政府や社会を批判する主張を、固有名詞など「じかの言葉」で表現した曲は、テレビやラジオ、あるいは公共のBGMとしては流されないし、昔からそれが暗黙の了解になっているから──よく知られているとおり放送局には公然たる内規がある──もし自民党や菅義偉を「じかの言葉」で称賛する曲がヒットチャート曲として聞こえてきたら、それはそれで異様な感じがするはずだ。それが日本の大衆音楽と実際の世の中との距離感なんだと思ってきた。いまはどんな曲があるのか知らないが、かつて日本にもプロテストソングというものがあったが、そういう曲も含めて。

       

 さて、前説はいいかげんにきりあげ、BBCのレポートから二人のプレイリストを掲げてみよう。
 いくつかの曲をピックアップして詞の内容を検討する解説は、BBCが行っているので、レポートそのものを見ていただくとして、日本でもヒットした曲があるから、曲調を思い出して実感してみた。なるほどアメリカ人って、こういう曲でムラムラくる、じゃない、国民的高揚感を感じるのね、ってことをだ。
 もっとも、選挙の声援のための曲だから当然とはいえ、こういうのばかりではしんどいんじゃないんですか、という気もする。むなしくなってこないのかね、というひねくれた気持ちになってしまう。
 分断や差別の問題をいつも意識し、アイデンティティをくり返し再確認しながら、ひたすら前進していなければならないということは、つねに分断され、差別し差別されて、心の置き場所があやふやなまま、休みなく進歩しろといわれているのと同じだ。
 だったら、いまの日本にいてよかったと思えるのか──それは、いまは書く気がしない。

ドナルド・トランプ

Queen / We Are The Champions
Elton John / Tiny Dancer
Luciano Pvarotti / Nessun Dorma
Lee Greenwood / Proud To Be An American
Survivor / Eye Of The Tiger
Laura Branigan / Gloria
The Village People / Macho Man
Lynyrd Skynyrd / Free Bird
James Brown / Please, Please, Please


ジョー・バイデン

Four Tops / Reach Out (I'll Be There)
David Bowie / Heroes
Diana Ross / I'm Coming Out
Sam Cooke / Good Times
Staple Singers / We The People
Bruce Springsteen / We Take Care Of Our Own
Lady Gaga / The Edge Of Gloly
Bill Withers / Lovely Day
Stevie Wonder / Higher Ground
Zedd & Alessia Cara / Stay

 リストをくらべて選曲意図やセンスを評したり、バランス感覚を採点したり、二人の候補のキャラクターを曲に結びつけたりすることは、やってやれなくはないが、あきらめた。調べなくても知っている曲もいろいろあるけれど、そうかんたんに「こうですよ」とはいえないので。

 トランプ陣営が選んだサヴァイヴァーの「Eye Of The Tiger」は、映画『ロッキー』シリーズの何作目かのテーマ曲だから、いかにもと思うし、レイナード・スキナードは、(南部州の人種差別問題を曲にして批判している)ニール・ヤングなんて南部の人間にしてみりゃ関係ないぜと歌ったり、ファンが南軍旗を振り回したりするバンドだから、なるほどという感じだが、レイナードの南部賛歌ひとつとっても、あのキッスの仮装のようなコスプレ≠セという説もあるから、話はかんたんではない。
 それでいうなら、ジェイムズ・ブラウンはコテコテのファンクなので黒人へ配慮した選曲かといえば、ブラウンは1972年の大統領選では、もともと民主党のヒューバート・ハンフリーと親しかったのに、一転して共和党のリチャード・ニクソン支持に回っているのだ。しかし当時のブラウンの突拍子もない転向≠ノは彼なりの大局判断があったとされているから──今回の大統領選に出馬した、もとトランプ支持者のカニエ・ウエストも同じ意図だとは、さすがに思えないが──ジェイムズ・ブラウンの曲についても、かんたんに断言することができない。
 トランプの大統領就任式で自分の曲「God Bless the U.S.A.」を熱唱したリー・グリーンウッド──トランプ自身も感極まったように唱和していた──は、星条旗ルックで歌ったりする困ったさんなので、これはまあ当然といいたいところだが、今回、バイデン支持を表明したビヨンセがこの曲をカバーしてもいる──同時多発テロにおけるニューヨーク市警・消防遺族援助基金へ寄付するために2011年に発売──ので、この曲を典型的トランプソング≠セと紹介するのもまた、むずかしいのだ。日本ではほとんど洋楽ヒット曲として登場することがないが、アメリカではとてつもなく大ヒットする曲がたくさんある、カントリー・ミュージックのことをよく知らずに、この曲を説明するのも、むずかしい。

       

 書けないといいつつ、すこし書いてしまったついでに、BBCのレポートからまたネタを借りると、トランプはローリング・ストーンズ、エルトン・ジョン、エミネムのファンなのだとか。BBCには「明らかに片思いの」と断じられてしまっているが。
 いっぽうバイデンが好きなのはトラディショナルの「Shenandoah(おお、シェナンドー)」で、この曲のチーフタンズ版がお気に入りだという。ヴァン・モリソンが歌っているやつかな。バイデンはアイルランド系移民の子孫だ。
 この話からは、じつはそれなりにサブカルチャーに浴しているのはトランプのほうで、バイデンのほうは、いかにもおじいちゃん≠ェ好きそうな、古き良きアメリカのイメージを愛しているらしい──ジョン・デンバーの「Take Me Home, Country Roads」にも「Almost heaven」な「Blue ridge mountain, Shenandoah river,」と歌われている──ということがわかる。

 2016年の夏、共和党大統領候補に正式指名されたドナルド・トランプがクイーンの「We Are The Champions」をテーマ曲に登場し──プロレスの選手のように──以後おそらくテーマ曲のように使って、メラニアの登壇場面などでも流したことに、ひどい違和感があった。それがきっかけで、これほどまでに洋楽それもとくにアメリカとイギリスの音楽が好きで聞いて、いろいろな影響を受けてきたというのに、最近そうした音楽が──歌詞のないジャズさえも──ほとんど聞けなくなってしまった。
 感染問題が深刻の一途をたどっている気がするので、せめて、知らなかった「元気が出る曲」を見つけて、聞いて楽しんだり、紹介したりしたいとも思うけれど、いいなあと思う曲を見つけると、とくにアメリカの曲の場合、いそいで作曲者や演奏者の政治傾向を調べてしまったりする。音楽というものを、疑ってかかっている。

 ところが、アメリカの政治家たちが政治キャンペーンにヒットソングを使っていることは、知っていたがさほど意識していなかったし、現代のアメリカ歴代大統領で、誰でもいいからなにかテーマ曲が思い出せるかといわれても、なにも記憶にない。
 政治キャンペーンに音楽がもたらす力は、せいぜいムード作りにすぎないという説もある※2。音を楽しむ、それが音楽だ、という気持ちも大切にしたいとは思っている。
 それでもなお、この四年間のトランプ治世は、ほとんど回復不可能なほどの音楽との断絶を、自分にもたらした。
 それが不幸なことなのか、それとも、よりよく米英の大衆音楽を聴ける姿勢がようやくできたとすべきなのか、いまの時点ではよくわからない。もう年寄りなので、バイデンの「おお、シェナンドー」ではないが、誰が何といおうと好きだからと、古い曲を聴き続ければいいのだが、そうしていると「しっぺ返し」をくらうような気もして、気が進まない。(ケ)

201112st.JPG 
ブルーリッジ・マウンテンから見たシェナンドー川(戦前の絵はがき)
public domain item



※1 ”US election 2020: What we can learn from Trump and Biden's musical choices”
   BBC News; 2020-10-24
※2 ボーリング・グリーン州立大学(米オハイオ州)政治学科のディヴィッド・ジャクソンが2016年に同州で行った調査では、当時の大統領選挙に有名人の支持が寄与した率は、むしろ低かったという。→こちら

■ ドナルド・トランプはヴィレッジ・ピープルのヴィクター・ウィリスに、「Y.M.C.A.」の使用をやめてほしいというメッセージを出された──トランプの政策には反対だが、たんなるトランプ嫌いではないことを表明、ファンからの非難が殺到していることを理由にあげ、著作権法上拒否できないことを述べている──ほか、ローリング・ストーンズから「You Can't Always Get What You Want.」の使用をやめなければ訴訟を起こすと通知された。そのほか曲の使用に反対したのは、以下の奏者たち──ニール・ヤング、アデレ、アエロスミス、ファレル・ウィリアムズ、リアンナ、ガンズ・アンド・ローゼズ、フィル・コリンズ。


posted by 冬の夢 at 23:59 | Comment(0) | 時事 国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする