2020年10月12日

たまには詩でも #15 思い出すこと

   1
波がゆっくりと満ちるときは
比較的自由な三拍子
誰も気にしない自然で微妙なクレシェンド
ときおり見せる不意打ちのような高まり
ありきたりの波の戯れと戯れる人の陽気な叫び声
それから静かに訪れる夕暮れ
お互いに別れを告げ
賑やかだった浜辺から人影が消えていき

夕暮れの西の空が
鮮やかな茜色から痛々しくも蒼ざめた紫色へ
そして色彩を失った闇の中へ
抗いようのない確かさで移っていく

一度は刻まれたはずの言葉も
満ち潮に洗われた砂浜の文字のように
ありきたりの波の戯れに飲み込まれ
かき消され
もう跡形もない


   2
夜の夢の中に置き忘れた小さな思い出の欠片
砂浜に流れ着いた木片かガラス片のように
日に日におじいさんとおばあさんになっていく
ぼくたちにとって
若い日の思い出はいったい何の役にたつのだろうか
日ごとに遠のいていく
日ごとにかすれていく
あの陽ざしと影と笑い声

耳元で囁く雨音の微妙で不規則なリズム
途切れなく、途切れがちに
目を開ければ
すでに雨模様の朝であることを知るばかり
昨夜の天気予報はこの雨が長くは続かないことを
なぜか嬉しそうに告げていた
目を開ければ
すっかり馴染みの、そのくせ奇妙で仕方のない世界が消え
その代わりに
やはりすっかり馴染みの、そのくせ奇妙で仕方のない世界が待ち受けている

(H.H.)
posted by 冬の夢 at 01:55 | Comment(0) | 作品(詩・小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする