2020年10月31日

秋立ちぬ 21.2 c.


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東京 千葉 神奈川 群馬 愛知
Tokyo, Chiba, Kanagawa, Gunma, Aichi


(ケ)


Originally Uploaded on Nov. 01, 2020. 23:20:00
2020 (c) 趣味的偏屈アート雑誌風同人誌 請不要複製


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2020年10月29日

たまには詩で(も) #16 ××総理に捧ぐ

   パンツも履けない××総理に捧ぐ

誰もが知っているだろうことを物識り顔に語ること
言わずもがなのことをあえて口にすること
それを野暮の極みと心得て
少しは物事に通じているはずの面々が
そろいもそろって案山子のように
乙に澄まして黙り込んでいる間に

いっそう愚かな、臆病なくせに威張りたがりの連中が
無知蒙昧を錦の御旗に
自らの無恥を高らかにかき鳴らし
どこかの場末で
いかにも都合良くお手軽に洗脳されて
オウムや九官鳥も鼻白む威勢の良さで
ひどく不潔で狭苦しい鳥カゴに閉じ込められた御見識とやらを
ネットの書き込みや報道番組で繰り返す
飽くことなく死ぬまで
臭い唾(つばき)と汚いフケを撒き散らし

こうして世論とやらが作られるのなら
ド阿呆や大嘘吐き、ペテン師の出来損ないが
こともあろうか大臣に、
しかも総理大臣になるのも当然だ
案山子やオウムがロバやエテ公を拝むのは仕方あるまい

それでも
どこかに「おかしいよ、××総理はパンツも履いてない」と
見たまま、見えたままの真実を告げる
子供の一人くらいはいてもいいはずなのに  

(H.H.)



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2020年10月26日

『名建築で昼食を』というTV番組と村野藤吾の名建築

 土曜深夜にBSテレ東で放映されていた『名建築で昼食を』。カフェづくりを夢見る若き女性と建築模型士の中年男が名建築の前で落ち合い、見学した後にランチをするというだけの番組。池田エライザ演じる春野藤の覚束なさと田口トモロヲが演る植草千明のなにげなさが混じり合って、強いることなく急くことのない脱力した緩慢さが魅力になっていた。
 全十話において紹介された「名建築」は以下の通り。

アンスティチュ・フランセ東京
自由学園明日館
ビヤホールライオン銀座七丁目店
東京都庭園美術館
目黒区総合庁舎
国際文化会館
山の上ホテル
武相荘
国際子ども図書館
江戸東京たてもの園

 有名な建築物なら他にもたくさんあるのだろうが、おいしいランチを食べられるところは限りがある。名建築に昼食をからめたことで、次はどんな場所が取り上げられるのかが毎週の愉しみになっていた。また藤と千明さんのふたりが訪問すると必ず誰かが待ち構えていて、その建築物の歴史や背景を説明してくれるのも嬉しい仕掛け。学芸員なのか管理人なのか館長なのか何ひとつ明かされないのに、卒然として現れ端然とした解説をしていつの間にかいなくなる誰か。建築物への愛だけがそこはかとなく残されるようだった。

名建築.jpg

 とは言うものの名建築は愛だけで維持出来るものではない。地面の上に資材を組み合わせて構築した建物に生活インフラの配管・配線を敷設し、照明器具や家具などを備え付けたものが建造物だとするならば、そこには必ず耐用年数の限界がある。『名建築で昼食を』に登場した建築物はほとんど昭和期に作られたものだから築後で言えば五十年以上。人工的な建造物は完成した後は一日一日朽ちていくばかり。耐用年数という寿命を持つ点においては、人工的であるとともに生物的でもある。よって名建築と呼ばれる建築物は、どれも大切にメンテナンスされ、長く生きながらえてきたものたちなのだ。
 最終話に出てくる「東京たてもの園」は、そうした建築物をひとつの場所に集めた建築のテーマパーク。ホームページを見ると「東京たてもの園」が開設された経緯が次のように紹介されている。

 東京の歴史をふりかえると、江戸の昔から火事・水害・震災・戦災などにより、多くの貴重な歴史的建造物が失われてきました。現在もまた、社会・経済の変動に伴って、こうした文化遺産が失われつつあります。
 東京都は、1993年(平成5)江戸東京博物館の分館として、敷地面積約7haを擁する「江戸東京たてもの園」を建設しました。当園では、現地保存が不可能な文化的価値の高い歴史的建造物を移築し、復元・保存・展示するとともに、貴重な文化遺産として次代に継承することを目指しています。


 こうした取り組みを知ると「東京都エライ!」と快哉の声を上げたくなるわけだが、「現地保存が不可能な文化的価値の高い歴史的建造物」の多くが次々に取り壊されているのが現実だ。

 『名建築で昼食を』の第五話に出てきた目黒区総合庁舎は村野藤吾(※1)の設計。かつての千代田生命保険本社ビルで、1966年に竣工するも2000年に千代田生命が経営破綻して目黒区に売却。大規模改修の後に目黒区役所として再活用されている。このような再生は稀有な事例であって、村野藤吾の名建築のいつくかは時代の趨勢に飲まれるようにして消え去っている。特に商業施設は、時の移ろいにつれて建造物の価値よりも立地条件や建物の効率性が重要視されるようだ。
 そごう大阪店は、ヴォーリズがゴシック様式で設計した大丸とともに心斎橋筋のランドマークであった。しかし縦縞が美しい名建築は、そごうの破綻によって建て替えられてしまう。同じ百貨店で言えば、名古屋の丸栄。日本建築学会賞を受賞した建物はタイルによる壁画が特徴的だったが、こちらもテナントビルへの業態転換のためつい最近取り壊された。はたまた横浜磯子の丘の上に建っていた横浜プリンスホテル。半円を描くホテル棟の中に設えられたホールの天井は、村野藤吾お得意のアコヤ貝で装飾されていた。こちらもプリンスホテルのリストラ策で解体撤去されて、跡地は不動産会社へ売却。今、磯子の丘に屹立するのは大規模分譲マンションだ。
 村野藤吾は建築家としてこのような未来を予測していたのだろうか。長命だった村野がその死の十年前に応えたインタビューで、建築物の将来について次のように語っている。

 あのときはたしかに、「この建築は10年後が設計である。いまはただ竣工しただけの話で、本当の設計は10年後だ」と申し上げました。10年後にこのエフェクトが出るんだという見通しで(中略)このごろ行って外を見ますと、本当にいい色になったなアという気がいたします。(※2)

 これは広島に建てた世界平和記念聖堂についての発言。建築家でありながら、いや建築家だからこそ「資本論」を研究していた村野である。その視点から十年後における建物の見え方の変化まで計算していたことが伺える。けれどもそんな村野とて五十年後の未来予測は不可能だった。建設を発注したクライアントの消滅。土台となる土地自体の売却。地球温暖化による風水害の常態化。このような経済的社会的環境的与件は、建築家の見通しをはるかに上回りながら変化している。
 そんな中で村野藤吾が設計した建造物の中でも際立って美しい箱根プリンスホテル本館(現 ザ・プリンス箱根芦ノ湖)。1978年竣工だから今年で築後四十二年。コロナ禍で旅行業界全体が瀕死の状況にあるものの、芦ノ湖畔に建つこの建造物だけはなんとか残してもらいたいものだ。

村野01.JPG
丸栄本館[現存せず]


 なんだか悲観的な話題ばかりを並べてしまった。実際には今の世の中が名建築にとって受難だけの時代かと言えばそういうわけでもない。名建築だからこその新しい街づくりと建造物を融合させる動きも確実にある。
 村野藤吾が設計し1959年に竣工した横浜市庁舎。横浜市は馬車道に新市庁舎を新設し、行政機能を2020年6月に移転させた。必然的に村野の旧市庁舎は御役御免となったのだが、取り壊しはせず好立地を生かして保存活用することに。関内駅前に建つ名建築は、その内部をホテル・商業施設に変えて外観が残されることになった。また、1951年に坂倉準三が設計した神奈川県立近代美術館(現 鎌倉文華館鎌倉ミュージアム)は、国の重要文化財(※3)に指定される予定。鶴岡八幡宮の一角に佇むこの建物も2016年3月の閉館以降紆余曲折があったが、地元の保存運動に後押しされての結果だ。こうした例が少しでも増えて、壊すばかりではない世の中になってもらいたいものである。

 建造物は人間と同じで寿命があり、永遠の存在ではない。しかし名建築には設計者のみならず施工者、使用者、見学者など、さまざまな立場の人びとの思いが込められている。はるか遠くから眺める外観から床のタイル一枚に至るまで、建造物を構成する要素のひとつひとつに人びとを魅了してやまない吸引力が宿っている。『名建築で昼食を』では最後に池田エライザが「行きましょう!名建築」と田口トモロヲを誘う。誘われた田口トモロヲを羨むばかりではあるけれど、誘ってくれる人がいなくても、ふらりと見に行きたくなるのが名建築なのである。(き)

村野02.JPG
旧 横浜市庁舎


(※1)村野藤吾(むらのとうご・1881年5月15日〜1984年11月26日)

(※2)「村野藤吾 ー 建築とインテリア ひとをつくる空間の美学」展覧会カタログ(2008年8月2日〜10月26日/松下電工汐留ミュージアム)より。

(※3)国指定重要文化財に指定されると、現状変更や譲渡には文化庁長官の許可が必要になるなど所有者に保存のための義務が課せられる。


posted by 冬の夢 at 21:18 | Comment(1) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする