2020年09月09日

国民の危機に届く総裁候補のことば─石破茂,菅義偉,岸田文雄【追記あり】

 二〇二〇年九月八日に、十四日に予定の自民党総裁選挙、つまりつぎの総理大臣が決まる党内選に、下馬評どおりの三人が立候補したことは、お知らせするまでもないだろう。
 三人は立候補を届け出た党本部で、同日午後、所見発表演説会に出席、それぞれ二〇分ずつ意気込みを語っている。

 このブログで最近「危機に届くことば」を、いくつか紹介してきたが、自分の感想をつけくわえて紹介したくなったら全文紹介が原則だと痛感するようになった。感想をいいたいときは全文を読み、聞く方法があれば聞いておくことが必要だ、ということでもある。
 ただし、計一時間以上に及ぶ三人の演説の「全文」を書き起こすのはさすがにつらい。だから今回はなし! 
 そこはそれ、自民党の話だからインターネットで全文記事はすぐ見つかるし、動画も楽勝で見られる。自民党の公式ウエブサイトに至っては、がっくりくるほど素晴らしい発信力かつ見やすいデザイン。調べたいことがあったら迷わずアクセスしていい。このブログなんて蟷螂の斧どころか、そのカマキリにはさまれたらこっちが「痛てっ」ってなっちゃう程度の、波及力しかないのに。

 さて、三人の演説をすべて見たり読み直したりしているうちに、自分の感想が、ただひとつに集約されたことに気づいた。
 三者の誰もが、安倍晋三よりは、ましだ!
 もちろん突っ込みどころはいくらでもあるし、この男がなっても仕方ないが長くやらせるのは危ない──そもそも前任者の最大の問題は「いたずらに長くやりすぎた」ということだった──という発言も拾える。
 しかし、どう聞いても読んでも、安倍晋三がこれまでに発した、それも、ゆるがせにできない場面なのに嘘さえ平然とまじえて語られた、軽薄な「ことば」たちの数々とは違う気がした。
 どこが違うのだろう。使われた単語やフレーズ、言い回しなどは、さして違わないように思えるが。

 安倍晋三が辞意を表明した八月二十八日、テレビ局の街頭インタビューを動画ニュースで見た。※1
 めずらしく印象的なことをいっている市民がいて、それがキーワードではないかと、いまのところ思っている。
 テレビの街頭インタビューには仕込みがあるんじゃないかという、いつまでたっても解決されない問題は、ここではおいて、阪神地域のドラッグストアの前でマイクを向けられたおじさんが、訥々と、こんなことをいっていた。
 
 不誠実な感じがするんですよ、だから、もうちょっとあの、誠実に政治に向き合うような人が、あの、総理大臣になったらええと思います。

 おっ、大阪にもアホでない有権者がおるやん、と思いながら見たが、神戸の三宮センター街でした、すいません! あと、わたしも「おじさん」です。歳が近い人かもしれん、失礼!
 それはいいとして、不誠実、まさにそこだ。
 発することばが軽ければ軽いほど、すなわち不誠実なら不誠実なほど、聞く者たちは昂揚感に酔った。このブログでも別の筆者がおもに指摘してきたが、それが安倍晋三の治世における「鼓腹撃壌」の正体だったことは間違いない。
 この総理大臣にとって幸運だったのは、一部の官僚がでっちあげるイベント的な政策を、それを飾り立てるキャッチコピーとともに、彼らがいうがままに美味しいことばで「いたずらに長く」述べていればよかったことだ。この政権がときどき「強さ」を誇示しようとして訴えかけた「国難」も、同じ政権の末期にわたしたち国民をほんとうに襲っている、日々の生活はもちろん生命にもかかわる危機とは、違っていたのだ。
 
 このブログではいまから七年ほど前、今回の長期政権の初期に、こんな指摘もしている。
 それは、広告代理店的な発想や、ものづくり、あるいは世の中の見かたから、わたしたちは、もはや逃れることが出来ないのだろうか、ということだった。元・広告代理店社員の対談本から、広告代理店という組織では自覚なく「思考停止」を重ねる行為が日常化していることを知り、それが広告とメディアの共同作業によって、社会に浸透し尽くしている状況を不安視した。誠実でない「ことば」が、かくもまかり通るようになったのは、わたしたちもまた、思考停止に慣れてしまった結果なのだ。
 一国の指導者でありながら、ほとんどあらゆる発言の機会において不誠実なことばをもてあそんだうえ、それらを自分自身のことばとして述べることすらなかった男は、キャッチフレーズを唱えたくらいではとうていunder control≠ノならない国難に直面したとき、ほとんど自動的に玉座からすべり落ちることになった。
 ということは、この時点で後継者になろうとする者は、よほどのバカか、よほどの策士──そもそもいま、なんのために策を弄する必要があるか──でもない限り、不誠実な軽いことばを発することは、とうていできない。そこが、立候補した三人のことばを「安倍よりは、まし」と感じる理由なのだろう。

 知られているとおり、昨年末で一〇八万六千人いる自民党員の意見は今回の総裁選には反映されず、結果は派閥力学で見えているようなところもあるから、所見表明とは、三者の主張発表というより、政権維持のための「おためごかし」だったといったほうが正しいかもしれない。
 ただ、これだけは、わたしもあらためて心にとめようと思う。
 石破茂、菅義偉、岸田文雄、三人とも「安倍よりは、まし」なのだとしたら、安倍でなくても、三人もいたではないか。「ほかに誰がいるの」「安倍さん以外にやれる人がいない」──そういう「思考停止」だけは、今後しないようにしたい。
 
 と、書いていたら、メディア各社が調査している安倍内閣の支持率※2が、この八月末から急上昇していることを知った。各社の結果がほぼ近いので、調査方法の違いは誤差の範囲だろう。
 とりわけ驚くのは、朝日新聞が九月二日と三日に行った調査のなかの「安倍首相が辞任を表明しました。あなたは、安倍首相の7年8カ月の実績をどの程度評価しますか」という問いに、「大いに評価する」17%、「ある程度評価する」54%と、回答者の七割が評価判断をしていることだ。
 このブログは本格的には二〇一三年に始まっており、まさに安倍長期政権下で書かれてきたブログだ。といっても書いている三人の筆者には政治に対する気持ちの温度差があるだろうし、政治の渦中にいた筆者はいないとも思うが、それにしても、こういう数字を目の当たりにすると、じぶんがすごしたこの期間は、どれほど大きな空白だったのだろうと、怖ろしい気持ちにさえなる。(ケ)

200909Ld.JPG 
自民党公式ウエブサイトのトップページより



※1「Nスタ」(TBS)8月28日放送分(動画配信)
  www.youtube.com/watch?v=JPGsd8h3MYQ
  YouTube の公式アカウント動画のコメントを見ると、いまさらながら、日本はすごい国だと感じる。

※読売新聞社(2020年9月4〜6日)内閣支持率 52%
 JNN定期調査(9月5日、6日)内閣支持率 62.4%
 共同通信(8月29日、30日)内閣支持率 56.9%

【参考】日本経済新聞/産経新聞/東京新聞/自由民主党公式サイト www.jimin.jp


【追記・二〇二〇年九月十二日】

 この三者が、二〇二〇年九月十二日に東京・千代田区の日本記者クラブで行った公開討論会と質疑応答(同クラブ主催)の全編を見た。
 二時間強の全編紹介は、これまたお許しください。仕事で頼まれない限りできない。
 結論は、本文と同じ。
 三者とも、すくなくとも安倍よりは、ましだ。
 なぜ、そういうかというと、それぞれに、いかなる援護者なり助言チームなりを抱えているかは不明だが、発言や質問への応答に、その人なりの筋がある。政見への賛否は別にして、まともな思考力で「ことば」を発している、ということ。
 そんなことは基本じゃないか、といわれたら、もちろんそうなのだが、あらためて思うに、あの上すべりで、お砂糖がたっぷりまぶしてあって、場合によっては、話しはじめるやいなや、どうせウソだろ、と思わざるを得なかった安倍晋三の「ことば」とは、いったい何だったのだろう。よくわからない。
 この点では、ほかの二者とやや異なり、アベノミクスや安倍外交を絶賛し、その継承を朗らかに主張する菅義偉は、同じ席で、それと同じくらい陰鬱に、安倍政権の失点を隠蔽するごまかし発言もせざるを得ないわけで、技術論・構造論を別にすれば原則的に政治運営の方向に大きな差異がない三者──誰がやっても同じ、なり手がいない、というつもりではない──のうち、明らかにもっとも「不利」を感じさせる内容だったのだが、結果は初めからわかっているので、指摘してもむだだろう。
 なお菅は、質疑応答の最後に、噂されている、橋下徹・元大阪府知事、元大阪市長の入閣は本当かと聞かれて「知らない」「首相になったら考えること」と、苦笑しながら答えてしまった。よく知らなかったのだが、安倍、菅、橋下、そして松井一郎・大阪市長で、何度かメシを食っているそうだ。
 よく、選挙はふたを開けてみるまで云々(でんでん)とよくいわれるが、選挙したわけでもないままに開けてびっくりの──多くがたぶん手を打って喜ぶ──組閣人事、そしてこの自民党支持率下での総「選挙」結果と、感染問題の行方はまったくわからないのに、政治については、さきのさきまで筋書きが見えてしまう。二時間以上も公開討論会なんかにつき合うんじゃなかった。録画をスピード再生したので、その三分の二くらいの時間ですが。(ケ)

posted by 冬の夢 at 16:37 | Comment(1) | 時事 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする