2020年07月30日

溝口健二『残菊物語』と明治期の歌舞伎

 二代目尾上菊之助が主人公の『残菊物語』。溝口健二の映画は数本しか見ていないが、長回しや移動を多用したショットが特徴だということは、本作においても明らか。そして、太平洋戦争が始まるわずか二ヶ月前の昭和十四年十月に公開されたこの映画は、歌舞伎のバックステージものとしても多いに興味をそそられる。座席をひとつ飛ばしにして観客が密にならない工夫をしている神保町シアターに見に行った。

 映画としては、依田義賢(※1)の上手い脚本で見せる。二時間二十六分の長尺なのに、長さをまったく感じさせない。映画の中での時の流れが観客の感覚を支配しているからである。その流れを生み出すのが溝口健二の演出。横移動を基本とするトラッキングショットが独特な時間の流れを表現する。移動撮影の具体例をあげると、菊五郎邸を庭から横にゆっくりと舐めていくショット。日本家屋の開放性を利用して、客間から賄い場、居間へと画面が転換していく。あるいは名古屋駅のホーム。女房お徳を探す菊之助がそわそわとホームを歩くのを汽車の客室越しに映す横移動。この場面はオールセット。よく見ると客室はとても汽車とは言えない掘立て小屋に椅子を置いただけの安普請なのだが、移動するキャメラの真ん中にいる菊之助に観客の視線が引きつけられる。
 一方で俳優の演技をじっくりと捉えるのがフィックスショット。舞台で芝居をする菊之助と奈落の神棚で願をかけるお徳。客席が拍手喝采となって、お徳はやっと菊之助の念願が叶ったと笑みを浮かべて天に感謝する。と、その次の瞬間。笑みは消えて、お徳の顔に絶望が表れる。菊之助が舞台に立つためには自分と別れなければならない。菊之助の成功は自らの身の引き際でもある。その引き裂かれた思い。お徳を演る森赫子(※2)がその気持ちを台詞なしで表現する。溝口健二は基本的にフルショットしか使わないので、俳優は全身での演技が要求される。それだからここでのお徳は、視線や表情だけでなく、手や足の動きと姿勢で喜びから哀しみへの転落を伝えている。

 本作の主人公は二代目尾上菊之助。しかし、溝口健二の視点は限りなく女房お徳に寄り添っている。お徳は菊之助の義弟の乳母であった。周りの者は皆、菊之助が家長菊五郎の養子だからおべんちゃらばかり言う。そんな中でお徳だけが菊之助の芝居を正当に批判する。その正直さに惚れて菊之助はお徳とともに家を出るのだが、結局のところ家柄がなければ世間では通用しなかった。上方歌舞伎から旅廻りへと身を落とし、五年間苦労した末に、お徳の仲介でやっとのことで帰参を許される。しかし身分違いのお徳が女房では父・菊五郎が認めない。お徳は自ら菊之助のもとを去り、旅巡業で壊した身体のまま息絶える。
 お徳は、菊之助を支える糟糠の妻であるとともに、菊之助のプロデューサーでもあった。誰もが遠慮して口にしない芝居の不出来を直言して芸を磨かせる。それでいて常に夫を励まし鼓舞して舞台に向かわせる。自ら直談判して元の菊五郎一座に戻れるよう取り計らう。お徳は単なる薄倖な女ではなく、自分の手で菊之助という役者の花を咲かせた陰の立役者なのだ。『残菊物語』のタイトル通り、菊之助という役者を独り立ちさせて世に残したお徳が、この映画の本当の主人公なのであった。

残菊1.jpg

 しかし、現実にはその菊は残らなかった。
 映画のうえでは役者として大成し大阪に錦を飾った菊之助。けれども実在した菊之助は芝居の歴史に名を残すことなく消えてしまった。その経緯はこうだ。
 二代目菊之助は明治元年に植木職人の子として生まれた。義理の叔母は横浜の富貴楼という料亭の女将お倉。お倉は伊藤博文などの政治家と親交があり、その人脈は芸の世界までに及んでいた。そこでお倉と知り合った五代目菊五郎は、お倉の甥を養子に貰う。五代目菊五郎は九代目團十郎とともに明治期の歌舞伎を代表する役者。菊五郎には男の子がいなかったので、顔の良い養子を必要としていた。お倉の甥が三歳になるのを待って菊之助を二代目として襲名させる。もちろん自分の跡取りにするつもりだ。美貌の菊之助は菊五郎の後ろ盾もあり、花街の人気者であったが、あろうことか義弟の乳母りゑと関係を持ってしまう。
 そのりゑと出奔し菊五郎から勘当されたのは『残菊物語』で描かれた通りなのだが、菊之助の運命を変えたのは義弟の乳母ではなく、実は「義弟」そのもの。映画でもお徳が抱く乳飲み子は「こう坊」と呼ばれて可愛がられていて、菊五郎家に戻った菊之助は子ども部屋でひとりで遊ぶこう坊に「私のことを覚えているかい」と話しかける。この子こそが菊五郎にやっとのことで出来た実子・寺嶋幸三。後の六代目菊五郎だ。

 幸坊が生まれたのは明治十八年。菊之助とお徳の出会いもその直後だから、この年を基軸にして『残菊物語』に出ていた歌舞伎役者がどんな位置にいたのかを見ていこう。
 菊之助の養父である五代目菊五郎は、明治期の歌舞伎を九代目團十郎とともに隆盛に導いた人物。現在でも歌舞伎座の五月公演は「團菊祭」と銘打って開催されていて、九代目團十郎と五代目菊五郎の功績を称えるために昭和十一年から続くお祭りだ。五代目菊五郎は単なる過去の大物に留まらず、芝居にその足跡を残している。例えば誰もが知っているあの「白浪五人男」。「弁天小僧」とも呼ばれるこの芝居は、若き菊五郎の姿に触発された河竹黙阿弥(当時は新七)が菊五郎のために書き下ろした新作歌舞伎だった。そんな菊五郎は明治二十年、團十郎とともに明治天皇を前にした天覧歌舞伎で「操三番叟」を披露。『残菊物語』でも菊五郎がブラックタイの正装をして出かける場面が出てくる。社交界へ出入りしていたのは、天覧歌舞伎実現に向けたロビー活動だったのかも知れない。
 かたや単身大阪に乗り込んだ菊之助が身を寄せる座頭役者は、二代目尾上多見蔵(おのえたみぞう)。江戸時代末期から明治期にかけて長く活躍した人気役者だったそうだ。明治十九年に八十七歳で亡くなったと記録にあるから、『残菊物語』の流れとぴたり一致する。ちなみに最後の舞台は中座だったが、映画で菊之助が大阪で凱旋興行を打つのは角座。大阪には他に浪花座、朝日座、弁天座があり、これら五つの芝居小屋をまとめて「五つ櫓」と呼んだそうだ。
 多見蔵の死とともに旅廻りの一座に放り出された菊之助が、たまたま名古屋で巡業に来ていた「福ちゃん」と出会う。沢山の女性たちが楽屋口で出待ちをする場面も出てきた人気役者の「福ちゃん」は、当時の中村福助。名古屋では養父の四代目中村芝翫に頼み込んで、自分の役を辞退してまで菊之助の復帰に尽力する。菊之助を「菊ちゃん」と呼び、菊之助からは「福ちゃん」と呼ばれる福助は、後に五代目中村歌右衛門を襲名する。明治から戦前まで長きにわたって歌舞伎界に君臨する大立者だ。菊之助が大阪へ落ちていく時期、福助は既に天覧歌舞伎の「勧進帳」で義経を演っている。だから『残菊物語』の名古屋公演で菊之助に役を譲ったことを怒る見物客も大勢いたことだろう。その悪条件の中で喝采を浴びた菊之助がどれだけのプレッシャーのもとで舞台に立ったのか。時代背景をつつくほどに面白味が増す映画なのである。

 『残菊物語』に出てくる芝居は「東海道四谷怪談」「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」「連獅子」の三演目。「四谷怪談 砂村隠亡堀の場」は「戸板返し」が有名で、顔ハメ看板のように戸板に顔だけを出し入れするからくりも描かれている。伊右衛門、直助と立ち回りする与茂七。これを演る菊之助がいかにも下手に演じていて、見ていてももどかしいくらいだ。名古屋公演で菊之助が奮闘するのは「関の扉」の傾城墨染(すみぞめ)のお役。ぶっかえって桜の精になるところで拍手喝采となる。そして東京に帰ってからの芝居が「連獅子」。長唄連中の雛壇が左右に割れて石橋(しゃっきょう)がせり出す舞台装置や親子獅子の衣装の草摺が唐風なのは現在の演出と異なるが、明治期における「連獅子」はこんなふうだったのだろうか。また、舞台が広くなっているのは、新装なった歌舞伎座での公演という設定なのだろう。第一期歌舞伎座は明治二十二年十一月の開場。舞台の間口は、守田座の十一間に対して歌舞伎座は十三間(24m弱)。映画で菊之助が東京に戻るタイミングにも符合するし、横長の舞台に向けて観客が沸く客席の絵はいかにも大劇場という感じがする。
 このように劇中劇としての歌舞伎の演目を振り返ると、舞台を見る視点は常に役者の全身が映るフルショットの構図であることに気づく。キャメラのポジションは、客の頭越しであったり、花道の床スレスレであったりするが、切り取られた映像はどれも役者の演技をまるごと捉えている。溝口健二のスタイルは、歌舞伎を題材とするには全く好都合であったろう。

 『残菊物語』は菊之助の復活とお徳の死で終わった。しかし養父の菊五郎が音羽屋の後継者として選んだのは、当然のことながら実子の幸三。五代目菊五郎は、息子を九代目團十郎に預けて徹底的に芸を仕込んでもらう。自分の元においていては甘やかしてしまうと思ったのだ。五代目菊五郎が亡くなった後、幸三は明治三十六年に尾上菊五郎の名跡を六代目として継ぐ。そのとき二代目菊之助は、すでにこの世の人ではなかった。明治三十年、菊之助は三十歳で早逝。旅廻りでの苦労が寿命を縮めたのだと噂されたが、やがて人びとは二代目菊之助の存在自体を忘れてしまう。『残菊物語』は、フィクションとして二代目菊之助の名残となったのだった。(き)

残菊2.jpg(※3)


(※1)依田義賢(よだよしたか 1909年〜1991年)は溝口健二作品で多くの脚本を書いた。『スター・ウォーズ』シリーズのヨーダのモデルになったと言われている。

(※2)森赫子(もりかくこ 1914年〜1986年)は松竹から新派に移った女優。本作ではその痩身と高い声がお徳にジャストフィットしている。

(※3)「歌舞伎シリーズ第1集 62円切手記念切手シート 平成三年発行」から「鏡獅子 六世尾上菊五郎」 / 筆者(ケ)から貰った歌舞伎の切手の中にあった。◇切手の写真は解像度を低くしてあります。

(※)明治期の役者については「歌舞伎 家と血と藝」(中川右介著・講談社現代新書)、「歌舞伎ハンドブック 改訂版」(藤田洋編・三省堂)を参考にした。




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2020年07月28日

小説:二人だけの話 #4 (最終回)

(これは『二人だけの話』#4です。)#3はこちら#2はこちらで、#1はこちら


 「もしかしたらだけど、妊娠しちゃったかもしれない」
 今日子は努めて冷静な口調で波瑠に告げた。
 「今日子さんが?」
 さすがに驚いた様子で波瑠が聞き返した。今日子は無言で肯いた。
 「『もしかしたら』ってことは、まだ検査はしていないってこと?」と、少し間を置いてから波瑠が小さな声で尋ねた。
 「なんで急にそんな小さな声になるのよ。誰にも聞こえないってば。部屋の中なんだから」
 「それはそうだけど、ついつい、何か重大な話だと思うとね」
 真面目なんだか冗談交じりなのかよくわからない、いつもと変わらない口調だった。今日子にはその口調がいつにも増して好ましく感じられた。
 「うん。まだ検査はしてないけど、来るはずの生理がもう三週間もなくて、こんなことこれまでになかったことだから……」
 今日子が全てを言い終わらないうちに波瑠が言った。
 「今は病院に行かなくても、たしか市販の薬で確かめられるんだよね。とにかくそれで確かめようよ。ぼくが買ってこようか?」
 (やっぱりこの人はかなり変わっている)
 今日子は思わず笑ってしまった。
 「さすがに男の人が買いに行くのは変じゃない? それじゃ、待っている間に私の方が恥ずかしく感じてしまうかも。一緒に行こうよ」
 薬局への道すがら、今日子は実は最初から二人で検査薬を買いに行き、波瑠のいるところで妊娠の結果を確かめたいと思っていたことを打ち明けた。それを聞いた波瑠は、「そりゃそうだよね。二人のことだから」と、いかにも当然といった調子で応じ、そのくせ、その後は普段よりもずっと口数も少なく、今日子から見てもかなり緊張した顔つきになっていた。
 
 念のために検査薬は二種類買ってみた。薬局のレジでは二人で並んでいたので、お金を払うとき、若い女性店員が意味ありげに二人を見回した。しかし、波瑠は支払いの直前まで熱心にパッケージの説明書きを読んでいたので、その視線に気がついたのは今日子の方だけだった。家までの帰り道は二人とも押し黙っていた。
 テーブルの上に並べて置いた二種類の検査薬を前にして、
 「どうしようか? 先にご飯にする? もう六時半だし、先に食べておいた方が気兼ねなく、思いっきり食べられるかも。夕飯なら、もう冷蔵庫の中に用意してあるけど」
 二人とも口に出すことはなかったけれど、それでも、仮に本当に妊娠したのであれば、二人が背負うことになる荷がそれなりに重いものになることくらいの覚悟はついていた。しかし、今日子の提案を波瑠は言下に退けた。
 「いや、もしも今日子さんの準備ができているなら、先に検査しようよ。で、きちんとはっきりしてからの方が絶対に気兼ねなく、美味しくご飯が食べられると思う。どっちになってもね」
 波瑠にそう言われると、今日子にも確かにその通りだと思われてきた。と同時に、妊娠検査薬の使用法の微妙な点が脳裏に浮かび、思わず顔が赤くなるのがわかった。妊娠の判定は尿で行う。それだけならまだいいのだが、どんな結果であっても二人で一緒に確認しようと約束した以上、その結果を波瑠に示さなければならない。波瑠がトイレの中までついてくることはありえないし、たとえ変わり者の度が過ぎて、そんな非常識を言い出したとしても断固拒否するだけだが、それでも自分の尿のついたスティックを波瑠に見せるのかと思うと、それはトイレの中にまで入ってこられるのと同じくらい恥ずかしいことに感じられて仕方なかった。説明書きによると、尿に数秒浸した後に、さらに一分ほど放置すると結果がわかるらしい。二人で一緒に確認しようとするからには、結局のところ、最初に自分が一人で検尿の仕方にならって尿を採取し、妊娠検査スティックを然るべく使用した後で、波瑠をトイレに呼び寄せ、二人でスティックの変化を見守り、結果を確かめるしかないと覚悟を決めた。
 「じゃあ、セットできたら呼ぶから入ってきてね。でも、呼ぶ前に入ってきたら絶交だからね」
 「そんな変態的なことをするわけないでしょ! そんなことより、検査薬の使い方、間違えないようにね。浸ける場所と、特に時間ね。片一方は二秒が最適で、五秒以上はかえって診断が不安定になるって書いてあるよ。時計持っていく?」
 「それよりも、私が『スタート』って言うから、そしたら波瑠が大きな声で、私に聞こえるようにカウントしてくれない? 今から予行演習しようか」
 そう言って、今日子はトイレの中に入り、扉を閉めた。そして「スタート」と言ったが、離れた場所にいる波瑠には聞き取りにくいようで、上手く行かなかった。しかし、そうは言っても、ドアのすぐ向こうに立っていられるのはどうしても嫌だった。そこで結局、スティックを尿に浸す直前にトイレのドアを開け、波瑠の声を合図にスティックを尿に浸し、数秒後に尿の後始末が終わったところで、波瑠にトイレの中に入ってもらい、検査結果を二人で見つめることにした。

 こんな、赤の他人の目で冷静に眺めたら児戯にも等しい大騒ぎ−−しかし、実はかなり深刻な−−をした結果は陰性、つまり、今日子が妊娠している可能性は限りなくゼロだった。検査薬の能書によると、正しく使えば95%以上の正確さがあるらしい。とすれば、二種類の検査薬がそろって陰性を示した以上、疑いの余地はなかった。しかし、それでもなお不安を払拭できなかった二人は、購入した検査薬の一つが二個入りのパッケージだったこともあり、その残った一つを使って三回目の検査を念のためにしてみたのだが、結果はやはり陰性だった。
 「ごめんなさい。私の早合点で大騒ぎしちゃって」と、気が抜けると同時に、相当に疲労した今日子が申し訳なさそうに言った。
 「謝ることなんてないよ。でも、なんか、すごく珍しい、貴重な経験をした気がする」
 二人はあらかじめ今日子が用意していたミートソースのスパゲッティを食べながら話していた。
 「私はなぜかすごく疲れたわ。というか、少し気が抜けちゃったみたい」
 「子ども、欲しかったの?」と、波瑠は真顔で訊いた。
 「結婚もしていないのに、そんなことあるはずないじゃない」
 今日子も真顔で返事をした。それからこう付け加えた。
 「でも、もしも本当に妊娠していたら産むつもりだったわ。波瑠はどう思っていた? 正直に言ってね」
 「正直に言うとね、ぼくは、今日子さんに結婚を申し込むつもりだったよ。未婚の母にさせるわけにいかないし、ぼくが父親であるのはまちがいないんだからね」
 「結婚? そうか、そこへ行きますか。やっぱり波瑠は波瑠だね」と、今日子は半ば呆れ、半ば感動していた。
 「それでね」と、波瑠が再び真面目な口調で話し始めた。
 「ぼくも今日子さんに言わなきゃいけないことがあるんだ」
 「言わなきゃいけないこと?」
 (今さら私に何を言わなきゃいけないんだろう? まさか田舎で就職することにしたなんてことかしら?)と、一瞬今日子は不安を感じた。母親ができることなら息子に地元で就職してもらいたいと願ったとしても、それも当然だろう。そんな不安が波瑠にも伝わったのか、
 「そんなにびっくりするようなことではないんだけど」と、言い訳のような前置きをしてから続けた。
 「就職することに決めました。というか、ついさっき決めたことなんだけど」
 これもまたいかにも波瑠らしい物言いだったので、今日子は少し困惑した。
 「『決めた』っていっても、就職するところがなかったら、いくらなんでもそう簡単に就職できないと思うけど」
 「実はね、フランス大使館の現地採用スタッフの仕事はもう見つけてあって、採用通知も受け取っているんだ。とりあえず、卒業したら、その仕事をしようと、さっき覚悟を決めたところ。明日には正式に返事をしようと思う」
 「フランス大使館って、それすごくない? 本当?」
 「別に全然すごくないんだけど……今日子さん、外交官と混同しているでしょ? そうじゃなくて、フランス大使館が『フランス語のできる日本人事務員募集』みたいな求人をしていて、それに採用されただけなんだよ。まあ、大使館の事務・雑用係みたいなもんだと思う。契約も二年ごとだし」
 今日子はそれまで大使館に「現地採用」というのがあることも知らなかったが、波瑠の話を聞けば聞くほど、実は案外と良い就職先なのではないかと思えてきた、とりわけ波瑠のような「変わり者」にとっては。二年ごとの更新が必要という点を度外視すれば、労働条件はフランスの労働協約を基準にしているとのことで、そこだけを取り出せば、日本の標準とは文字通りに雲泥の差だった。そんな仕事をどうやって見つけたのだろうと興味津々に尋ねると、大学のフランス人教授が紹介してくれたという返答だった。その先生の知人が長年その任に就いていたのだが、来年には辞めたいと考えていて、先生のところに誰かいないかと相談に来たらしい。それで、特に波瑠にだけというのではなく、フランス語を専攻している学生たちに「こんな求人があるのだが」と教えてくれたわけだ。波瑠が言うところでは、優秀な学生に限ってすでに就職先が決まっていたから、それが幸いしたのかもしれない。しかし、今日子は波瑠の話を聞きながら、彼が採用されたのはもっと別の理由にちがいないと確信した。
 当然のことながら、大使館での面接の日、波瑠の出で立ちは性懲りもなく、例の一張羅、キャメルのブレザーだった。それしかないのだから仕方ない。大使館に到着し、中に通され、ロビーのようなところで待っていると、年の頃三十歳くらいのフランス人男性が現れた。その人は派手な緑のスーツを着ていたが、それがやたらと似合っていて、さすがの波瑠もびっくりした。あらためて見回してみると、ピンクのシャツを着ている人もいれば、かなり短いスカートを着用している女性もいる。日本のお役所の雰囲気とは著しく異なっている。そして、カルチュラル・アタッシェだと自己紹介したそのフランス人と、もう一人、日本人の事務局長を交えた三人で面接が行われた。
 面接の中身は、波瑠のフランス語とフランス文化に関する理解を確かめるのが主で、面接前に波瑠が恐れていたような、志望動機や、今に至るまで就職先が決まっていない理由についてはほとんど話題にもならなかった。それよりも、ときおりフランス人がわざと意地悪しているのではないかと思えるような早口で話し、そのたびに聞き返さなければならないことに気疲れした。が、それでも面接は比較的順調に進み、最後に事務局長から日本語で「結果は二、三日の内に電話でお知らせします」と言った。そのときを見計らっていたかのように、面接室に面した中庭に一羽の烏が舞い降りてきて、例の素っ頓狂な声で鳴き始めた。タイミングがタイミングだったので、波瑠も事務局長も思わず苦笑いしたのだが、フランスの文化ではそれは特に面白いことではないのか、フランス人書記官は対照的に真面目な顔をして、
 Sur une branche morte / un corbeau s’est posé-- / crépuscule d’automne. と呟いた。
 それを聞いて波瑠は、
 「芭蕉の句ですね。ご自分で訳されたのですか? crépusculeというのが洒落てますね」と、思ったとおりのことを口にしたのだが、そのときはそのフランス人だけではなく事務局長までもが振り向いた。
 波瑠はその反応に逆に驚き、これもまた思ったとおりに
「あれ、ちがいましたか? 芭蕉の『枯枝に烏のとまりたるや 秋の暮れ』かなと思ったものですから」と言い訳がましく口にした。すると、フランス人書記官は今度は満面に嬉しそうな笑みを浮かべ、
 「そのとおりだ。しかし、残念なことに、自分の訳ではない」と言った。

 「よくそんな俳句を知っているね? というか、よくフランス語で言われて、わかるものね?」と、この話を聞かされたときは今日子も驚かずにはいられなかった。
 「たまたまだよ。フランス文学の詩の授業で、マラルメがエドガー・ポーのRaven = 大鴉という詩をフランス語に訳したという話のとき、先生がついでにこの芭蕉の俳句も紹介してくれたんだ。烏はフランスでもイギリスでも、そして日本でも不吉な鳥と思われているのが面白いと言ってね。そのときついでに、フランス語では枯枝のことをbranche morteというと教えてくれたから、面接のときにもすぐに思い出したってわけ」と言った。
 そんな偶然に恵まれたなら、波瑠がフランス大使館に就職するのは、ほとんど必然のようなものではなかったのかとさえ今日子には思われた。そう思うと、彼の名前もまたその仕事に向いていると信じられた。
 「それで、就職するってどうして今日決めたの? というか、せっかくそんな面白そうな仕事に決まりそうになってるのに、どうして躊躇っていたの?」
 「フランス大使館の話は、突然降って湧いたようなことだったから、最初は『とりあえず行っておくか』という程度で、実は相変わらず『そもそも何のために、どうして仕事をしなければならないのか?』って、やっぱりわからなくて。それがわからないと、本当にちゃんと仕事を続けることができるのか、自分でも不安になるというか、自信がなくなるというか…だから、大使館からどうぞと言われても、なんて返事をしたらいいのか、どうしても決めかねていて、ずるずる時間だけ迫っていたところ」
 「それがね」と、波瑠は話を続けた。
 「今日子さんから『妊娠したかもしれない』と言われたとき、『もうしそうなら、否が応でも自分もその子の親になるんだ、そしてそういうことなら、今日子さんにすぐにでも結婚を申し込まないといけないし、それなら当然ご両親の許可も貰わないといけない。となれば、絶対に何かちゃんとした仕事に就いていないと話にもならないだろうな』と思った途端、今までずっとわからなかったことが、全てすっきりとわかったような気がしたんだ」
 「何がわかったの?」と、波瑠の話の流れが見えず、焦れったそうに今日子は重ねて尋ねた。
 「どうして、なぜ人は働くのか、働けるのかってことがわかったんだよ」
 「どういうこと?」
 「ぼくはね、ずっと『どうして自分は就職しなければならないのか?』がわからなかったんだ。生きていくためには何らかの労働をして、ある程度のお金を稼がないと生きていけないってことくらいはわかっていると思うよ、さすがに。でも、『自分が生きていくためだけなら、特に今就職する必要なんて何もない、今就職しなければならない必然性もない』としか思えなかった。それで、ご存知のとおり、就活にもどうしても身が入らなくてね。でも、さっき、突然わかったんだ。そうか、人は自分のためではなく、他人のために働くんだなって。ただ家族を養うとか、そういうことだけじゃなくてね。もちろん家族を養うというのもとても大切なことだろうけど。ぼくも、もしかしたら親になるのかもしれないと思って、『それなら仕事をしなければならない』とごく自然に考えたくらいだから。それにね、今さらだけど、とにかく、好きな女性と愛し合うためにだって、それが子どもが生まれるかもしれないということと繋がっているのなら、ちゃんと真面目に、真剣に恋愛するためだけにでも、多分仕事に就いていた方が本来はずっといいんだろうなと思ったよ。動物だって、ちゃんと成長して、自分で食べ物を集められるようになり、自分で子育てできる程度になってから初めて恋のシーズンを迎えるわけだから、人間だって同じようなものなんだよ、きっと。
 でもね、ぼくが『仕事は自分のためではなく、他人のためにするものなんだ』と言ったのは、家族や子どものためというだけではなくて、本当に全ての仕事は他人のためなんだってことがすとんと腑に落ちたってこと。例えば、医者の仕事は病人のためだし、先生の仕事は生徒のため、料理人の仕事はお客さんのためだろう、って。そして、大使館の仕事は、その国に住んでいる自国民と、自分の国に興味関心を持っているその国の人たちのためなんだろうね。そう思ったら、『なんだ、それならぼくでも十分働ける』と思えたんだ。でも、それよりも何よりも、今度また同じようなことがあって、もしも本当に子どもができるようなことがあっても、そんなに困らないようにしておきたいと思ったんだよ」
 波瑠が一生懸命に話せば話すほど、今日子としてはどこか話についていけないような気もしていたのだが、いよいよ波瑠が、
 「いっそのことぼくたち結婚しようか」と言い出したときにはすっかり呆れてしまった。
 「そんな、何かのついでみたいな申し込みには答えたくもないわ。それに、私も今決めたの」
 「何を?」と、今度は波瑠が心配そうな顔をして聞き返した。
 「来年も学生を続けるってことを。だから、少なくとも今年や来年は誰とも結婚できないわ」
 今日子の軽い口調に安心した波瑠は、今度は真面目なのか冗談半分なのか判然としないいつもの調子に戻って言った。
 「でも、学生結婚ってのもあるよ」と。  (了) 

(H.H.)
posted by 冬の夢 at 00:20 | Comment(0) | 作品(詩・小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2020年07月26日

小説:二人だけの話 #3

(これは『二人だけの話』#3です。)#2はこちらで、#1はこちら

 大体こんな話を今日子はした。波瑠はその間、ときおりちょっとした質問はしたものの、ずっと真剣に耳を傾けていた。そして、話し終わって少し照れくさそうにしている今日子に向かって言った。
 「やっぱり今日子さんはすごいよ」
 それを聞いて今日子は本心から驚いた。
 「どこが? 今の私の話、ちゃんと聞いてくれていたの?」
 「すごく真剣に聞いてたよ」
 「だったら、結局私も波瑠と同じで、どうしたらいいのか悩みまくりだってことはわかったでしょ? それのどこが、どうすごいっていうのよ?」
 「ぼくとは全然ちがう。本当に、ちょっと自分でも情けないほど。もう大人と子どもくらいの差を感じたよ」
 「それ、真面目に言っているの? 私が年上だってことを当てこすっているわけじゃなしに?」
 「とんでもない! それにぼくは今日子さんが二歳年上だなんてこと、ほとんど何も気にしてないというか、そもそも人の年齢にほとんど何の興味もないというか……」
 「そうそう、そうでした。波瑠がそんなことを気にしたり、まして当てこすったりするような人じゃないなんてこと、よーっく知ってました」
 波瑠は今日子の言葉を聞き流すようにして、その日一番の真剣な表情と口調で言った。
 「今の話を聞いていて、今日子さんがすごく真面目に、真剣に生きてきたんだなって思ったんですよ。好きな絵を我慢していた受験のときも、そしてそのときの嫌な気持ちを繰り返さないようにしたことも、そして、今悩んでいることも。おかげでぼくに何が足りないのか、すごくよくわかった気がする。本当に話してもらってよかった。とても参考になりました」
 今日子は波瑠の思いの外に真剣な調子が少し気恥ずかしく、半ば無意識に、まるで逃避先を求めるかのように、およそ場違いなことを思っていた。
−−波瑠はいったいいつまでこのちょっと変な丁寧語交じりの話し方を続けるのだろう? 私が年上だってことを気にしてないって言いながら、本当はすごく気にしてるんじゃないかしら?−−
 「それでどうするの?」
 「それをもっと真剣に考えてみる」
 それがあまりにきっぱりとした口調で、そしてそう言う表情があまりに真剣だったので、今日子もそれ以上この話を続ける気にはなれなかった。

 ところが、そんなことがあったにもかかわらず、その後も波瑠は以前と特に変わった様子を示すわけでもなく、もちろん新しいスーツを買うなんて素振りを見せることもなく、充実した大学生活の最後の冬を過ごしていた。
 一方で今日子にしても、専門学校の二年間が終わろうとする今、将来どころか、さし当たって来年をどうするのか、身の振り方を決めなければならなかった。波瑠に相談してみようかと考えなかったわけではないが、おそらくはその相談相手の方がいっそうややこしいことになっているだろうと思うと、それも自然と躊躇われた。それに実のところは、相談するまでもなく、波瑠の言いそうなことは簡単に予想がついた。波瑠はおそらく何の逡巡もなく、「せっかくしてみたいと思うことがあるのに、そしてそれをすることが可能なのに、それをしないのはもったいない」なんてことを言うにちがいない。それはありがたい励ましではあるけれど、今日子の現在の悩みに対しては特に参考になりそうもなかった。と同時に、そしてやや遅まきながらも、なぜ波瑠が就職の悩みを自分にはあまり話してくれないのか、その理由もわかったような気がした。それは、彼が悩んでいないからでは決してなく、また自分の助言を必要としていないとか、他人の助けを借りたくはないとか、そういうことでもなく、むしろすでに自分一人で十分過ぎるほどに悩んできたので、考えるべきことはもう何もない、残っていることは、自分の考えたことを実行するかしないかということだけなのだろう。
 今日子の場合、言ってみれば自分自身の奇妙な、理不尽とも言えそうなプライドとの、かなり不毛な争いに悩んでいるだけだった。つまり、彼女自身はこれからもとにかく絵は描き続けていきたいと思っていた。二年間の専門学校での日々は決して無駄ではなく、むしろかなり充実していた。技術も向上したし、ほんの時折ではあるが、お金の入る仕事も見つけられるようになってきた。同級生の多くは、二年間の正課が終わったら、研修生という肩書きで単年ごとに学生の身分を延長することにしており、「普通」なら今日子もそうするのが極めて自然な成り行きだった。が、彼女はその「普通」を躊躇っていた。理由はごく単純なもので、「二年間と決めていたのに」ということだけだ。
 いったいいつまで今のような生活を続けるつもりなのか。それが彼女の不安の核心だ。もし仮にもう一年延長するとして、そしたらその翌年はどうするつもりなのか? またさらに一年延長するのか? だとしたらその次は? 自分はいったいどうしたら満足するのか。それがわかっていないのなら、それならいっそのこと今止めてしまっても同じだろうし、その方が両親だって安心するのではないか。
 今日子はこんなことを考えながらその年の年末を迎えようとしていた。そして、クリスマスのシーズンに至って、さらにもう一つ、思いもしなかった難題が突然彼女の上に降りかかってきた。最初のうちは何でもないと思っていた。しばらくすると、少し気にはなったけれども、やはり以前にも似たようなことがあったことを思い出し、自分を安心させた。しかし、来るはずの生理が二週間近くも遅れるのは、今日子には初めての経験だった。生理不順で悩んでいた友人は半月くらいの変動はよくあることだと言っていたから、十日以上遅れたからといって何てことはないと思えなくもなかったが、それでも日が経つにつれ、次第に気懸かりは募る一方だった。そして、二週間が過ぎても何の変化も感じられない事態になり、とうとう「もしかしたら妊娠したのかもしれない」という「不安」を払拭することができなくなってきた。
 それは確かに「不安」だった。初めての出来事、全く未知のことを前にして不安にならない人はいないだろう。身に覚えがないわけでは決してないのだから、もちろん責任は全て自分と波瑠にある。そんなことは百も承知していた。けれども、こうなることを予期していたのかと言えば、その答は明白だ。
 しかし、一方では、今日子自身も驚いたことに、彼女は自分でも不思議なほどに冷静でいられることができた。全く予期していなかった不意の妊娠−−しかも未婚で−−という事態が迫っているにしては、自分が予想外に落ち着いていられることが不思議だった。もっと取り乱してしかるべきなのではなかろうか。
 大学生の頃、周囲の女子学生たちが「失敗した」とか、中絶費用にいくらかかったとか、そんな噂話が聞こえてくるたびに、今日子はそんなことにだけはなるまいと強く思っていた。しかしそれは彼女の貞操観念の問題ではなく、言ってみればいっそう古風な倫理観と関係していた。今日子は結婚という制度に対しては、それがかなり時代遅れの制度であると感じていた。フリーセックスがいいとも思ってはいなかったが、いわゆる結婚と同棲を区別する根拠は何もないと確信していた。しかし、中絶に対しては、彼女はどういうわけか、心理的かつ生理的な反発を感じてしまうのだ。頭では避妊も中絶もある点では同じような問題であり、中絶は女性の重要な権利だと理解できた。しかし、我が身に置き換えて生々しく想像した途端、彼女は自分でもぎょっとするほど「保守的」になるしかなかった。つまり、中絶は快楽殺人に匹敵するほどの人道的犯罪に思えてしまうのだ。
 それを愛と呼ぼうとも快楽と呼ぼうとも、ともかく自分たちの欲望に促されて何ごとかを為し、その結果生まれた命を自分たちの勝手な都合で殺すというのは、今日子にはどうしても受け入れられなかった。おそらくこの考え方のために、彼女は恋愛に対しても幾分かは臆病にもなっていたはずだ。
 そんな彼女であったのだから、妊娠の可能性に対する不安が人一倍大きいのが当然であろう。それはそのまま未婚の母になることを意味したのだから。彼女自身、いつかそんなことになったなら、自分は大いに取り乱すにちがいないと何度も想像したことがある。それなのに、今日子は意外にも落ち着いている自分が不思議だった。
 「もしも本当に妊娠したのなら、当然ながら、今のような学生生活を続けることは絶対に無理だ。学校は辞めるしかない」
 こう考えるのは悲しく、また情けないことでもあった。そして、こんな事態になってようやく自分が学校を続けたいと思っていたんだということに気がつく自分に呆れもした。学校を辞めて実家に帰ることになったとしたら、両親は何て言うだろうか。そもそも、子どもの父親は? 波瑠と結婚するのだろうか?
 ここまで考えてようやくもう一人の当事者である波瑠に伝えなければならないことに思い至った。すると、考えようによっては極めて当然なことに、しかしまったく別様な考え方によっては極めて不思議なことに、今日子は心の中が少しばかり軽く、明るくなったことを感じた。
 「『子どもができちゃった』と言ったら、波瑠はいったいどんな顔をして驚くだろう? どんな反応を示すだろう?」
 それは今日子にも全然想像できなかった。しかし、何の根拠もなかったにもかかわらず、なぜだか絶対に不愉快なことにはならないだろうという確信のようなものを感じていた。
 すると、また面白いことに(そう感じてしまう自分を「面白い」と思えるだけの余裕と冷静さがそのときの今日子にはあった)、今度は俄に波瑠に対して少々腹が立ってきた。責任は両者に等分にあるはずなのに、この三週間悩んでいたのは自分だけで、波瑠の方は相変わらずに暢気な時間を過ごしているにちがいない。それではあまりに不公平だ。一刻も早く波瑠にも伝えよう、伝えたい!
 しかし、何を伝えようというのだろう? 
 「もう三週間も生理が来ないの、どうしよう?」と言うのでは、いかにも女々しく、自分一人では何も考えることができない甘えん坊のような感じがする。「妊娠したかもしれない」と単刀直入に言うのも少し違う気がする。そして、やはり自分は妊娠したのかもしれないという可能性が怖くて、それを確かめることが怖いのだなと、あらためて今日子は思い知らされた。さらには自分の、自分たちの計画性と責任感の欠如に対して、何とも言えない嫌なものを感じずにはいられなかった。そして閃いた。
 「そうだ、波瑠と一緒に確かめることにしよう!」
 そう思った彼女はすぐに波瑠にメールを書いた。
 「今日は一日家にいるので、なるべく早く来て下さい。ぜひ二人で相談したいことがあります。もしも忙しくて時間がないようなら、『今日は無理』と必ず連絡を下さい。待ってます」
 メールを送ってからしばらくすると、「五時には行けます」という返事が届いた。今日子はできれば検査薬も二人で買いに行きたいと思った。(まだ続く)

(H.H).
posted by 冬の夢 at 22:51 | Comment(0) | 作品(詩・小説) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする