いい曲だった、と記憶は告げるが、どういう曲かは思い出せない。
でも、おりにつけ、ふとよみがえる。
ぜんぶつなげると名曲になりそうだが、それじゃ「作曲」じゃなく「盗作」だ。
最近、偶然わかった曲が、またひとつ。
近年は、あまり聴かないジャンルだし、いま(二〇二〇年三月下旬)こんな事態になっているせいでは、かならずしもないが、身にしみた。ハミングしたくなる。
最初にレコードになったバンド演奏でなく、ギターの弾き語りに近い小編成で再録した版を、たまたま聴いた。その身近さが、よかったのだと思う。
Everybody likes a celebration
Happy music and conversation
But I'd be lyin' if I said, I didn't have the blues
In the corner there's a couple dancin'
From the kitchen I can hear her laughin'
Oh, I wish, I was celebratin' too
誰だって祝いごとは好きだよね
楽しい音楽と会話がさ
でも もしぼくが落ち込んでなんかないよっていったら
それはウソになる
部屋のすみでカップルが踊っていて
キッチンから彼女が笑っているのが聞こえる
ああ ぼくもいっしょにお祝いができたらな
I know this night won't last forever
I know the sun's gonna shine sometime
I need some hope for a bright tomorrow
To show this heart is gonna mend just fine ★
わかってる こんな夜が永遠に続くなんて けっしてない
わかってる 太陽はいつか輝くことを
明るい明日への希望がちょっとほしいんだよ
この心が立ち直っていると知らせてくれるね
So pardon me for my disposition
Wish, I didn't have to sit and listen
She's playin' the same old songs on the stereo
She's been lyin' since the day I met her
I'd be better off to just forget her
Oh, I would rather be lonesome or go
こんな性格のぼくを 許してもらいたいな
こんなふうに坐らされ聞かされたくはなかったんだ
彼女がステレオで昔と同じ曲をかけているのを
会ったその日から 彼女はぼくに嘘をいっていた
彼女を忘れるため ここからいなくなったほうがいいんだ
ああ ひとりになるか 出て行くかしたいよ
repeat ★
Such a ridiculous situation
Pretending there's nothing wrong
She's comin' on with the invitation
I wonder, who is takin' her home
このばかげたシチュエーションときたらね
なにもおかしいことはないふりをしてさ
彼女は招待されて来たわけだろ
いったい誰が彼女をつれてきたんだろう
repeat ★
Dialogue 1979
マイケル・ジョンソン。
一九四四年、アメリカ・コロラド州の田舎町生まれで、同州のデンヴァー育ち。大学で音楽を学んでいたとき、コンテストで優勝したのをきっかけに、本格的に演奏活動をはじめた。
フォーク・トリオへの参加にはじまり、一九七〇年代にはソフト・ロック、いまでいうアダルト・コンテンポラリーのシンガーとして、ヒット曲を出した。一九八〇年代にはレコード会社移籍をきっかけにカントリー・ミュージックへシフト、そのジャンルでまたヒットする。トップスターというわけではないが、長く活動してきた人だ。
日本ではAORに分類されて、一九七〇年代の盤がマニアックに聴かれているらしいが、アメリカでは、AORという区切りがないし、カントリーのヒット曲があるから、もっとひろく知られている人かと思う。
若いころは、いかにも白人中流層にウケそうな、素朴な好青年ふうのルックスで、トップテンヒットも出していたので、テレビの人気者になってもおかしくなかったが、プロダクションを縮小し制作も兼ねるようになり、バンド演奏でヒットした曲も、ギターの弾き語りスタイルに変えてライブ活動を続けた。
余談だが、テレビでも人気の歌手といえば、最初のフォーク・トリオに、有名になる前のジョン・デンヴァーがいた。
ジョンソンによると、デンヴァーはなにごとも自分でするタイプで、スタイルやステージのやりかたなど、演出はみな自前だったそうだ。ジョン・デンヴァーといえば、あの丸メガネだが、あれも演出で、デンヴァーが買いに行くのにジョンソンはつき合ったとか。
当時まだアマチュアが多かった現場で、アマチュアを抑圧せずプロとして演奏活動をするやりかた、そのためのコミュニケーション術は、デンヴァーから学んだという。しかしデンヴァーは、田舎出の気さくなお兄さんというイメージとは違い、かならずしも親しみやすい人ではなかったそうだ。
♪
いわば「アンプラグド」版の「This Night Won't Last Forever」は、一九九七年の『Then & Now』で、再演されている。ベタなカントリー・アンド・ウエスタン調でないところがいい。クラシックギターだろうか。柔らかい伴奏が気持ちいい。
けっして突出した個性がある歌いかたではなく、絶唱派でもないけれど、歌も弦も、おだやかなミドルレンジで鳴っている。それがむしろ、曲の輪郭をきっちりと描く。
ひとりで弾いて歌っている近年のライブを見ると、かつての好青年の姿はさすがに見当たらないが、カドの丸い親しみやすい歌声は変わらず、なによりギターひとつでする伴奏がいい。
楽器の構えかたや美しい運指、クラシックギターをよく使うのを見て、もしやと思い調べると、本格的に音楽活動をする前に、一年ほどスペインのバルセロナでクラシックギターを習っている。
音楽教育を受けているからいい、というのではなくて。
ジョンソンはフォークやカントリーの弾きかた、つまり譜面でなくコード(和音)に対応した基本フォーム(押さえかた)で弾いているし、譜面を追うのでなくリズムで弾いている。
そのかわり、お決まりのフォームだけをジャカジャカ鳴らすのではなく、クラシックのギター曲にもよくある、和音の美しい動きを感じさせる運指も使う。それが曲にぴったりだ。
Then & Now 1997
この曲に、なぜ聴きおぼえがあるかは、どうしてもわからなかった。
曲を作ったのは、やはり日本ではAORに分類されているビル・ラバウンティで、自演のレコードも出している。
意外なことに、作者のラバウンティもカヴァーしたジョンソンも、似た編曲で録音しているが、ヒットしたのはジョンソンのほうだった。
それはともかく、どちらの版も当時、聴いた記憶は浮かんでこない。
ということにしておけばよかったが、つい調べを重ねたところ、ラバウンティの演奏が、一九九〇年ごろ、日本の「トレンディ・ドラマ」のBGMに採用されたことがあるそうだ。それを何かのおりに耳にしたのだろうか。
フジテレビジョンの番組で、いまテレビをよく見る人には想像できないかもしれないが、同局が、お笑いと「トレンディ」で破竹の勢いだったころのことだ。
あの当時、なぜ社名をコールサインでいうのか「シーエックス」「シーエックス」とうっとうしく、不快なことまで思い出しそうだ。これ以上調べると曲までキライになるかもしれないから、やめよう。
ちなみに「トレンディ・ドラマ」は、見たことがないとはいわないが、通して見たシリーズはひとつもない。
テレビ番組の話題で時代感覚を共有したり世代確認をしたり、ということがある。呑み会とかでね。
このブログでも、昔の放送やCMのことも書かれている。
わたしは長い間、テレビを積極的に見たことがあまりないし、ここ六、七年はテレビを持ってさえいない。だから、テレビのニュースの話題をすることもむずかしい。しかし、実害を感じたことはあまりない。
♪
歌詞を訳していたら、やや困ったことに気がついた。
オリジナルのビル・ラバウンティ版と、このマイケル・ジョンソン版では、歌詞が若干違う。
場面設定やストーリーはほぼ同じだが、オリジナル歌詞は一般論、つまり、にぎやかな場にとけこめない、ネクラな性格の主人公が、明るい気持ちを取り戻していく歌だ。
このジョンソン版、歌詞をきちんと聞き取れないままに、そういう歌だと思い込んだ。
が、ジョンソン版の歌詞をあらためて見ると、オリジナル歌詞にはない「元カノ」が描かれている。
パーティに呼ばれてきたら、なんと元カノがいた、って設定よね、この歌詞。
それじゃ誰だって、キマリが悪いというか、いたたまれない、でしょう!
となると、題名にもなっているBメロの「I know this night won't last forever」が、おさまりづらいというか、せっかくのこの部分が、安っぽい感じになりませんか? ベタにセンチメンタルなカントリー・ミュージックでない感じの演奏で、いいと思ったのに……。
くそ、こうなったらジョンソンのギターを練習して、ラバウンティのオリジナル歌詞で自分で歌うか(笑)と思ったが、困ったことにラバウンティの歌詞にも、ちょっとひっかかる部分がある。
Suddenly, a strange vibration
From my head to my toes
Filling me with a warm sensation
Somebody's letting me know, yeah
とつぜん、えたいの知れない震えが
ぼくの脳天から足先まできた
あたたかな歓喜でぼくを満たしたんだ
ある人がぼくにわからせてくれてるんだ、いえぃ
この部分は、ジョンソン版ではカットされている。
わたしにも、おさまりがよくない。唐突だし、ちょっと怖い気さえする。
♪
わたしは、この歌の主人公のように、社交的でなく、わいわいにぎやかな場が苦手な性格。
勤務していたころは、業務関連の宴会や会合では陽気なお調子者に変身する技が身についた。
そういう席の帰途は、演技を忘れて本来の自分に戻ろうと、たいていべつの呑み屋に立ち寄り、深更さらに飲酒を重ねていた。
おかげでいま、基礎疾病はあるわ、トシはくっているわ。感染症が重症化した病歴などもあり、日々なんとなく怯えていなければならない。
マイケル・ジョンソンの「This Night Won't Last Forever」を、いま一度、回してみた。歌われているストーリーには、ちょっとひっかかってしまったわけだけれど、それでもやっぱり、身にしみた。(ケ)
Michael Johnson 1944/08/08 - 2017/07/25,
※公式HPのプロフィール、ディスコグラフィー
米マサチューセッツ州、ミルトン・アート・センターによるインタビュー
を参考にしました。
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