2020年01月31日

三田誠広『偉大な罪人の生涯』をぜひ読んでほしい

 三田誠広と言えば、私たちの世代は『僕って何?』で芥川賞を取った若手作家という認識しかなかったはず。その遠い昔の記憶以降は、実家が「コピーのミタ」の創業者だとか姉が女優の三田和代だとか周辺情報しかキャッチしてこなかった。だから三田誠広のことはほとんど忘れていたし、まだ小説を書いているのかも知らなかった。
 ところがあるとき、たまたまネットで知ったのだ。三田誠広がドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の続編を書いたのだと。すぐにその組み合わせが理解出来なかったのは、単なる知識不足。後で知ったことだが、三田誠広は若いときからドストエフスキーを耽読していて、小説家としてデビューしたときに真っ先にしたことは編集者のツテで埴谷雄高に会うことだった(※1)。
 その情報を仕入れながら、実はしばらくの間ほったらかしにしていた。なぜならその本は作品社と言うマイナーな出版社からハードカバーで出されていて、一冊数千円もすると言う。興味はあるが『僕って何?』のイメージが先行してしまい、高価な本に手を出す気がしなかった。そしてほとんどその存在を忘れかけていたとき。ここ一年ほど通っている図書館に、たぶん数ヶ月先におさらばしなければならない事情となった。そうであればこの図書館でしか借りられないような本を物色してみるかと、日本文学の棚を「あ行」から順番に舐めるように見て回った。そこで辻邦生あたりに引っかかって、今や文庫本では絶版になっている本を借りそうになる。いやいや、まだ「た行」だ。もう少し辛抱して全部見てみよう。そう思わなかったら行きつかなかった。不思議なものだが、本との出会いとはそんなものだ。「ま行」の途中に三田誠広の本が並んでいて、黒っぽい背表紙が数冊並んでいる。そこで私は卒然と発見したのだ。『偉大な罪人の生涯』を。

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 『偉大な罪人の生涯』は三田誠広が2014年に発表した長編小説。副題として「続カラマーゾフの兄弟」と名付けられている。ドストエフスキーが好きな人ならすぐにわかるのだが、「偉大な罪人の生涯」とはドストエフスキーがその人生の最後に構想していた畢生の大作の仮題であり、『カラマーゾフの兄弟』はその前半部分に相当する小説であった。ご存知の通り『カラマーゾフの兄弟』は冒頭に置かれた「著者より」にも明記されているように、アレクセイ・フョードロヴィチ・カラマーゾフの伝記として続けて書かれるべき第二の小説から十三年前に遡った物語なのだ。
 第二の小説を書く前にドストエフスキーは死んでしまったから、もちろんこの世に「続カラマーゾフの兄弟」は存在していない。もしドストエフスキーが生きていて、続編を書いたらどんな作品になっていたのだろうか。この命題は多くの作家たちの想像力を刺激してきたわけで、評論家も含めて様々な憶測がなされてきた。続編を夢想することは作家と読者の双方にとってある種の愉楽であったはず。なにしろ作者のドストエフスキーはいないのだから何をどう考えても正しい答えはない。答えのない問いは、無責任に無限に霧散する夢魔を呼び起こす。それはドストエフスキー好きが必ず行う儀式のようでもあった。そしてそれは密かに隠れて開かれる。なぜなら公にした途端、猛然たる批判に晒されることは必定。そうではない、そんなもんではない、その程度で続編などとは言わせない、そういう輩がドストエフスキーを語る資格はない云々。だからわざわざ全否定の渦中に身を投ずる作家はいなかった。「続カラマーゾフの兄弟」などと名乗りを上げる勇者は、これまで世に出てこなかったのだ。

 そんな現代文学における難題に真っ向から挑みかかったのが三田誠広であった。三田誠広はドストエフスキーを評論として論ずるのではなく、小説として書き直すことでその真髄に迫る試みを行なっていた。ドストエフスキーの『罪と罰』を解体して、検察の立場からラスコーリニコフを追い詰めていく『[新釈]罪と罰 スヴィドリガイロフの死』。その同じ作業を『白痴』と『悪霊』を題材にして繰り返していたのだ(※2)。その全く新しいドストエフスキー論シリーズの総仕上げとして、三田誠広が取り組んだのが『カラマーゾフの兄弟』。そして前三作はあくまで原典を「新釈」したうえでの改作であったのだが、『カラマーゾフの兄弟』だけはドストエフスキーによって書かれなかった「続編」を創作してみるという手が残されていた。そこで三田誠広は、あえてこの作品にだけ「続カラマーゾフの兄弟」という直球のサブタイトルをつけたのだった。
 図書館から借りた『偉大な罪人の生涯』は、1500枚にも及ぶ原稿をハードカバー化した重たい書籍だった。それを鞄に入れて持ち歩き、通勤電車の中で読む。朝の都心行きの電車で読む。乗り込んですぐに読む。目的地に着くギリギリまで読む。いつもはボッーとしているだけの帰りの電車でも読む。続けて読む。もっぱら読む。ひたすらに読む。
 そして、読み終えたとき。ひとつの小説にこれだけ入り込んだのはいつ以来だったろうか。小説に没頭する。物語に耽溺する。登場人物に無我夢中になる。こんな読書体験を、こんな歳になって出来るとは予想も期待もしていなかった。読むことに耽って、のめり込んで、ハマって、傾倒する。本を読むとはこんなにも人の心を奪うものなのか。それほどまでに私は『偉大な罪人の生涯』を貪り読んだのだった。

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 物語は『カラマーゾフの兄弟』から十三年後が舞台。廃墟となっていた修道院を再建し、農場や工場を併設しながら共同生活を営む集団がいる。彼らは自ら「黒よもぎ団」と名乗る教団で、その中心には長老チェルノマーゾフ師が君臨している。その長老こそがカラマーゾフの三男アリョーシャだった。アリョーシャは首都ペテルブルクにいたコーリャを呼び寄せる。コーリャが列車の中で乗り合わせたザミョートフは検察官で、アリョーシャの教団の調査に行くと言う。教団にはある疑いがかけられていたのだった…。

 「チェルノマーゾフ」という名前にピンと来る人は、『カラマーゾフの兄弟』の中の特別に印象的なイリューシャのエピソードを思い起こすだろう。イリューシャの母親は、アリョーシャのことをカラマーゾフではなく間違えて「チェルノマーゾフ」と呼ぶ。『偉大な罪人の生涯』では、アリョーシャはその呼び名を自分の長老名として用い、ゾシマのような威厳を込めて呼ばせているという設定だ。また、イリューシャの友人であり、少年たちのリーダーであったコーリャ。年少の頃から社会主義者を自称していたコーリャは、今では雑誌に論文を発表する新進気鋭の青年評論家である。一方で検察官ザミョートフは、三田誠広が新釈シリーズで創造した人物。十年ほど前には予審判事ポルフィーリーの配下として、殺人を犯したラスコーリニコフを追求したことになっている。
 このようにして『カラマーゾフの兄弟』の様々なパーツが分解され解剖されたうえで、ドストエフスキーの作品世界が再編集され再構築された小説となっている。原作に詳しい人ならより楽しみは増すし、そうでない人にも丁寧な解説を加えながら手招きをするようにして迎え入れる準備が整えられている。
 いつもならば読了した人たちに向けてネタバレのオンパレードを書き連ねるのであるが、今回だけはこの記事をきっかけにひとりでも多く『偉大な罪人の生涯』を読んでいただきたいので、種明かしは厳禁としたい。アリョーシャがなぜチェルノマーゾフ師と呼ばれるようになったのか。「黒よもぎ団」とは何なのか。そして冒頭から登場するコーリャ・クラソートキンは何を企んでいるのか。『カラマーゾフの兄弟』の登場人物たちを巧妙に配置しながら一気に数日間の出来事を語り切る小説をまずは堪能してもらいたい。

とくに今回は続編なので、原典に細部を縛られることがない。自由に話を展開できる。しかし、わたし自身が生きた20世紀末の日本がこの続編には反映されるだろう。そうでなければ自分が書く意味がない。これはあくまでも日本文学だとわたしは考えている。

 三田誠広本人がこう述べている通り、『偉大な罪人の生涯』は自由な発想で「続カラマーゾフの兄弟」を展開している。ドストエフスキー研究家の亀山郁夫が続編について多くの評論を出しているし、亀山本人が『新カラマーゾフの兄弟』(※3)という小説を書いているから、日本においてはここ十年くらいはある種のカラマーゾフブームが起こった時期だと言って良いだろう。けれども前述したように三田誠広は、小説を通じたドストエフスキー論に早くから着手していて、このブームに乗っかったわけではない。それでも三田誠広とて江川卓の労作である『謎ときカラマーゾフの兄弟』(※4)はたぶん熱中して読んだだろうし、「謎ときシリーズ」での推論には興味をそそられたはずだ。また、埴谷雄高に心酔していたとあれば、『死霊』に頻出する長広舌についても書き手として大いに触発されたのではなかったろうか。しかしながら本作における三田誠広の書き方は、ドストエフスキーや『死霊』をなぞるようなことはせずにあくまで自分のスタイルに拘っている。

ドストエフスキーの原典は冗長なやりとりが多い。19世紀の小説だし、もともとロシア人はおしゃべりなので、冗長な会話にリアリティーがある。日本人はそれほどしゃべらない。しゃべらなくても相手が空気を読んでくれるという国民性だからだ。わたしが書いているのは、日本の読者を対象とした日本の小説(たとえ舞台がロシアでも)なので、日本人の感性に伝わるようなスタイルで書きたいと思う。

 ドストエフスキーは蛇が身体を巻きつけるようにして読者をねっとりと籠絡する。その締め付け力は圧倒的であると同時に時間感覚に乏しく、ひとりの人物がいつまでもくどくどと似たようなことを話し続ける冗長さがある。時計の回り方が明らかに違っていて、それが独自の時空間を形成していることがドストエフスキーのドストエフスキーらしさである。ドストエフスキーが癲癇持ちであったことは有名だが、発作の際には意識が飛んだ一瞬を永遠のように感じたりしたこともあったようだ。また、その副作用として自分の中に浮かんだ概念を猛然と紙に文字化して書きたくなる症状を抱えていた。ハイパーグラフィアと呼ばれるその病は、残されたドストエフスキーの直筆原稿を見るとよくわかる。紙一面が隙間も余白もなくぎっしりと微細な文字で埋め尽くされていて、とても常人のものとは思えない。
 それに比べると三田誠広のスタイルは、「日本人の感性に伝わる」ような温和さがあって、大変に読みやすい。数ページも続く独白はないし、会話が会話として成立している。ドストエフスキーや埴谷雄高の作品では、読んでいるうちに誰が話しているのかわからなくなるようなおしゃべりが続く。それに対して三田誠広は話し手が明快に読み取れるように丁寧に書かれている。
 そのように読みやすい一方で、逆に言えば『死霊』の首猛夫のような強烈な個性を持った狂言回しはいない。『偉大な罪人の生涯』はある人物が語り手になって物語を伝え聞かせる構成を取っていて、その語り口は一見凡庸に思えてしまう。ところが、この語りに本作の大きな特徴がある。いや最大にして最高のトリックを語りに潜ませているのだ。「序」から始まる小説の冒頭で「誰がこの物語を語っているのか」が説明される。ドストエフスキーの場合、それは三人称で書くための報告役でしかない。かたや『偉大な罪人の生涯』では、「この報告をしようとしている私は誰なのか」をあえて伏せて語りが始まる。そして、物語が大きな山場を迎えたとき、語り手が誰かが明かされる。それを知らされたときの驚愕と肚落ち感が爆撃的に凄い。「えー!」と仰天して「そうか!」と得心する。この部分においては、三田誠広は本歌取りをしているうちにドストエフスキーを超えたと言って良いだろう。語り手については、三田誠広も書き進めながらかなり悩んだ末にこの手法論に辿り着いたようだ。試行錯誤した結果、物語は見事なまでにドラマティックな盛り上がりを見せるに至った。これもまた『偉大な罪人の生涯』の読みどころのひとつである。

 このような書き方やスタイルを持つ『偉大な罪人の生涯』のメインモチーフは何であろうか。それは作中でアリョーシャとイワンが対峙する場面で会話の中で提示され、明らかになる。かつてイワンが語り聞かせた「大審問官」のお話。大審問官とキリストは何を意味していたのか。今ここにいる二人はどちらがどちらなのか。そしてイワンがアリョーシャに問いかけ、アリョーシャが間髪置かずにその問いに対する答えを出す。

「簡単な問いだよ。アリョーシャ、おまえはいったい何ものなのだ」
「ぼくも簡単に答えましょう。ぼくもカラマーゾフの一族ですよ。そうとしか言いようがありません」

 この問答に触れて、ドストエフスキー作品を読んできたすべての読者は、喉元に切っ先を突きつけられたように感じるのではないだろうか。すなわち、読者であるおまえはこれまで『カラマーゾフの兄弟』をどう読んできたのか、という根本的な命題だ。
 私が最初に『カラマーゾフの兄弟』を読んだのは大学生のとき。『カラマーゾフ』に行く前にドストエフスキーの長編はすべて読まねばならぬと思い込み、『罪と罰』から始めてつまらない『未成年』を読み終えた後でやっとのことで辿り着いた。イワンの「ワ」に濁点が振られていた米川正夫訳の岩波文庫版だ。そのとき「三兄弟の中で一番好きなのは誰?」と聞かれたら、どう答えていただろう。きっと間違いなく「アリョーシャが好き」と回答したはず。まだ何もわかっていない未熟者には、アリョーシャが汚れない清らかな正直者に見えていたのだから。
 次に読んだのは三十代半ば。新潮文庫の原卓也の翻訳で再読したときは、学生のときよりもはるかに深く引き摺り込まれ惹きつけられた。ひとつの小説の中にいくつもの物語が重層的に存在していて、そのひとつひとつが単独作品としても成立してしまう。ノヴェル・クラスターとも呼ぶべき複雑に統合された構造の巨大さにのしかかれながら、次男イワンに猛烈な印象を受けた。知的に高邁でありながら感情的にはほぼ蒙昧な非現実的夢想家。虚無的である一方で虚心への憧れを捨てられない中途半端な無神論者。ほぼ自我を分裂させたイワンが悪魔の訪問を受けるシークエンス(※5)は、読んでいて心底震えがきた。
 そして最近では、亀山郁夫訳の光文社古典新訳文庫を発売と同時進行で読み下した。三回目だったからなのか、翻訳との相性が良くなかったのか、このときの読後感はそれまでとは違い、妙に薄っぺらいものだった。しかし不思議なことに三度目にして初めて長男ドミートリーの魅力に気づいたのでもあった。直線的な誠実さ。曲がらない実直さ。裏のない表。影が出来ないほど正対に直立した姿。嘘が平気で罷り通り、陰口が当たり前の会社員生活に浸り切った私には、ドミートリーが随分と眩しく見えた。純粋であること、混じり気のないことは、人生においては真に有り難い。その体現者たるドミートリーを発見したのが三回目の再読だった。

 そして今回、三田誠広の「続編」を読んで思う。アリョーシャとは何者だったのだろうか。大学生の頃からぼやぼやと歩き続けているうちに私は人生の夕暮れ時を迎えているが、まだ陽が昇ったばかりのときに漠然と思っていたアリョーシャの無垢な清らかさは、本作ではほんの1ミリも感じない。『偉大な罪人の生涯』に出てくるアリョーシャは、まるで対極に位置している。それは清濁合わせ呑む腹黒さを秘めた野心家であり、ごうつくばりであり、好色家である。なぜそうなのかは本作を読んでもらうしかない。そして、そう思った途端にこれらの形容詞はそのままカラマーゾフ家の族長たるフョードルに当てはまるのではないかと気づく。三田誠広がアリョーシャ本人に言わせている「ぼくもカラマーゾフの一族ですよ」という台詞。ここに漆黒の闇があり、奈落の谷がある。
 さらにはドストエフスキー作品におけるアリョーシャのポジショニングは、三田誠広の新しい視座によって従来とは大きな位置変更がなされている。アリョーシャは、ドストエフスキーが創造したキャラクターの中では『白痴』の主人公であるムイシュキン公爵の延長線に置かれているような気がしていた。同じような見方をすれば、ドミートリーはラゴージンから出た線の上にいるし、イワンは『悪霊』のスタヴローギンに遡るべき人物であったはず。ところが『罪と罰』『白痴』『悪霊』の三作を別の作品として書き直す過程で、三田誠広は登場人物たちの系譜をあらためて俯瞰することになったのだろう。物語の終盤に出てくる女性革命家は、少女の頃に出会った青年にアリョーシャが似ていると呟く。そして、その青年を「ニコライ…。確かニコライ・スタヴローギンという名前だった」と思い出すのだ。
 これまで『カラマーゾフの兄弟』の読者の中で、「アリョーシャ=スタヴローギン」の等式を思い浮かべた者がいただろうか。怯懦な聖人たるアリョーシャが、少女を凌辱して平然としている陋劣なスタヴローギンの末裔であったという型破りの発想。この一見奇抜な思いつきも『カラマーゾフの兄弟』の続編という形で敷衍されることによって、読者はすんなりと受容出来てしまう。聖職者の仮面の下に隠された独裁者の本質。光を浴びるようでいて、その分より黒々としたダークサイドを抱えるカリスマ。三田誠広が掘り進めて行った末に到達したアリョーシャの姿は、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』自体を揺り動かすようなアンチテーゼを投げかけている。それが『偉大な罪人の生涯』が描きたかった本当のテーマだったのかも知れない。

わたしは何かをじっくりと考えているわけではない。憑依したドストエフスキーの霊に従って書き進めているだけだ。こういうことは考えすぎてはいけない。閃いたことを、神のお告げだと信じて先に進むしかない。

難しい作業だが、原典のキャラクターのムードを再現できれば、キャラクターが自動的に動き出して、ドストエフスキーが憑依して物語がオートマチックに進展することになるはずだ。


 三田誠広は再三自分のノートにこう書いている。三田誠広が神秘主義者であるかどうかは知らないが、あらかじめ物語全体を決めてから書き始めたのではないのだけは確かだ。書いているうちに次々に新しい発想が押し寄せてくる。その勢いに任せているうちに、ドストエフスキーが創造した人物たちがそれぞれに動き始める。そのプロセスを「霊」「憑依」という言葉で表現しているのだと思う。
 あえて指摘するならば『偉大な罪人の生涯』において決定的に欠けているドストエフスキー的要素は「ポリフォニー」であって、物語がほとんど教団の修道院の中だけで進行する構成は「ドストエフスキーの霊」から見たら満足が行かない部分だろう。また、登場人物の中でも女性の描き方が平板なのも惜しい点だ。グルーシェニカとカテリーナの再会などは、ドストエフスキーならば清白と莫連の両極に振れる女たちがその本性をぶつけ合う修羅場にしたはずだ。
 しかしながら、そんな小さな欠点をあげつらうのはよそう。ドストエフスキーに使嗾させられた小説家が日本に現れて、高度にドストエフスキーらしい日本文学として作品化したのが、この『偉大な罪人の生涯』なのだ。そしてそれは作品世界を駆け抜ける読書の愉悦に溢れている。その尊敬に値する仕事を賞賛すべきであって、本稿の目的はこの記事をきっかけに『偉大な罪人の生涯』をどこかの誰かに読んでもらうことなのだ。本を手にした途端、その重さに怯むことは間違いない。でもめげずにページをめくっていただきたい。そこには日本語で新しく書き下ろされたドストエフスキーの世界が広がっている。その世界を母国語で読める私たちは、世にも格別な幸運に恵まれたのである。(き)

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(※1)「18歳のときに(中略)当時、神のごとく尊敬していた埴谷雄高と、じかに会って5時間くらい話をすることができた。これはわたしの生涯の最大のイベントだといっていい」(「三田誠広のHOME PAGE」より/本文中の引用はすべてその中の「カラマーゾフ創作ノート」より)

(※2)『[新釈]罪と罰 スヴィドリガイロフの死』(2009年)、『[新釈]白痴 書かれざる物語』(2011年)、『[新釈]悪霊 神の姿をした人』(2012年)はいずれも作品社から出版された。

(※3)『新カラマーゾフの兄弟』は2015年に河出書房新社から上下巻で出版された亀山郁夫の初めての小説。もちろん未読です。

(※4)江川卓著『謎ときカラマーゾフの兄弟』は1991年に新潮選書として出版された。「十三使徒」や「鞭身派と去勢派」など多くのキーワードが謎解きされる。中村健之助著『ドストエフスキー人物事典』(1990年・朝日選書)とともにドストエフスキー解説の名著だと思う。

(※5)マンガ家の萩尾望都は、この悪魔を換骨奪胎したうえで『残酷な神が支配する』に登場させている。




posted by 冬の夢 at 00:31 | Comment(0) | 文芸・読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2020年01月27日

カワセミカメラマンになれるかなと思ってみたこと

 近所の公園に、大きい池がある。
 駅まで行くのに脇を通るので、池端の木々や、集まる鳥、水面から透けて見える鯉などが、日々表情を変えるのを見る。そのたびに、すこしずつ季節が過ぎていく。

 池の一角に、近ごろ急に、中高年カメラ族が殺到するようになった。
 週末の混みかたが目立つが、平日の日中もけっこう来ている。
 押し合うほど並んだ三脚、バズーカ砲のような望遠レンズつきの高級一眼レフ。サッカーのシュートや短距離走のゴールを狙う、スポーツ専門のプロカメラマンのようだ。機材のレベルはほとんど変わらないのでは。多少カメラの知識があるので通りすがりに見ると、カメラとレンズで百万円コースの人もいる。

 望遠レンズが、こぞって向けられるのは、池の縁から十メートルの中州あたり。
 ということは、えらく小さなものを撮っているわけで、何を撮っているかは、しばらく分からなかった。撮っている人に聞けばいいんだが、ちょっと怖い。
 で、カメラ集団が撮ろうとしていたのは、これ。

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 カワセミです。
 わたしのカメラだと、ズームしても画面上にマメツブくらいにしか写らず、上の写真のように部分拡大するとボケているが、集まった皆さんの望遠レンズなら画面いっぱいに写る。「百万円コース」の機材だと解像度がすごく、レンズ口径が大きいので、より高速なシャッターが切れて、飛ぶなどの動きもクッキリバッチリかと。
 カワセミを撮るんだ、とわかったので、なぜそのようなカメラ機材なのかは、いま書いた通りわかったが、わからないこともある。調べてみたが、はっきりしない。

 なぜカワセミなのか、だ。池にはほかにも、さまざまな鳥がいるのだが。
 なぜ集団で同じものを撮るのか、ということも、よくわからない。近所の公園にこんなに集まるからには、全国に何人のカワセミカメラマンがいるかと思うと、気が遠くなる。

 被写体としてカワセミは格別に美しい、ということらしい。たしかに目を凝らして見ると、羽根の青い輝きと、おなかのオレンジが、野鳥にしては目立ちすぎるほどキレイだ。いっぽう、飛んだり、水に突っ込んだりする動きには、力強さがあるという。
 となると、静止の美を撮るにも、高速な動きをキャッチするにも、高性能カメラと撮影技能が必要だろうから、写真趣味としてはレベルが高い領域で、満足度も違う、ということだろうか。
 カワセミは近所の公園にも来るので、アウトドア的な遠出なしで野鳥の美を写せるのも、人気の理由のようだ。毎日見ていると、カワセミがとまる細枝には支材がついているものがある。公園管理事務所が撮影スポットとしてサービスしているのだろう。

 桜や富士山、鉄道列車やモデル撮影会と、同じ被写体を写した写真を競うアマチュア対象の写真コンテストは多々ある。ということは、カワセミコンテストがいろいろ催されているのかもしれない。だとしたら納得だ。
 生態調査や研究だとか、日本画の写生画のように観察力や描写力を究めるとか、あるいは「カワセミカレンダー」の制作元から変化をつけたカワセミ写真を撮る仕事を受けたとか、そういう場合の緊張感がまったくないところで、美しい鳥を手軽に撮って、先端機材の性能を自慢でき、コンテストで入選したりもする。写真を撮ることを射撃と同じ「シューティング」というように、ハンティングと同じ感覚も求められていそうだが、もちろんターゲットを傷つけることもない。「趣味です」といえば誰にでも通じるし、いいなぁと素直に思う。

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 ここ何年かのうちに、写真を鑑賞することを離れ、撮ってみるようになったのだけれど、なにが難しいといって、誰も撮らないような写真を撮ることだ。いまさら写真を撮るなら、そういうものを撮りたいが、難しい。

 難しさの筆頭は、鑑賞者だったこれまでに見た写真の、影響を受けないよう撮ること。
 これは、あっさりあきらめた。名作と同じような写真が撮れるわけがないし、モノマネだろうと何だろうと、影響を受けて当然ということにした。
 第二には、こちらのほうが難しいかもしれないが、誰も撮らないような無意味なものを撮る気なら、撮ることで何をしようとしているかが分かっていないと、いくら撮っても、鑑賞者の目で見ると「写真になっていない」ことだ。

 撮るとき凹むこともある。
 外出して撮ることが多いが、意味がないような建物や空地など、撮って害があるとは思えないものにカメラを向けているときに限って、誰何されたりトラブルになったりする。見ず知らずの人を正面からいきなり撮って怒られるならともかく。
 非道徳的なことはしていないし、「インスタ」目的のネーチャンらのほうが、よほど野蛮な撮りかたをするじゃね〜かと思うが……。

 それでは写真が楽しめないでしょう、といわれたら、たしかに楽しんでいない。
 カワセミ写真のほうが、よほど楽しそうだ。
 しかし、その集団に加わって撮ってみたいとは、思えない。(ケ)
posted by 冬の夢 at 14:09 | Comment(0) | 写真 カメラ・写真家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2020年01月23日

新春浅草歌舞伎「祇園一力茶屋の場」 〜 米吉のおかるの色香

 年始の歌舞伎公演は、歌舞伎座・新橋演舞場・国立劇場・大阪松竹座と盛りだくさん。稼ぎどきとあって、巧みに人気役者が各劇場に配分されていて、確かに三等席はあっという間に売り切れてしまう。最近は週末の土日にしか芝居見物に行かれなくなってしまい、残っているのは2万円近い一等席だけ。あまりにバカ高いので、一等席を避けて空席を探していると、浅草歌舞伎の二等席が空いているのを見つけた。演目を見るとなんと『仮名手本忠臣蔵』の七段目をやると言う。そうして確保しておいたチケットを持って浅草まで赴くと、その日は「みなさん着物を着て芝居を見に来てください」と銘打った「着物の日」。干支の子がデザインされた手拭いを粗品でもらって、はじめての浅草歌舞伎見物と相成った。

 まずは『絵本太功記』の十段目「尼ヶ崎閑居の場」。吉右衛門や橋之助時代の芝翫で何度か見ている演目だが、いつも必ず眠くなってしまう。実家に行き着いた武智光秀が真柴久吉と間違えて実母を刺してしまう。そこへ出征した息子十次郎が虫の息になって帰参して云々。ほぼ毎回寝ながら見ているので、大まかにしか覚えていない。今回もそう。歌舞伎とは面白くもあり、つまらなくもある。初見の人がこの演目を見たら、二度と芝居見物など御免だと思ってしまうだろう。案の定、斜め前の着物のご婦人は頭が膝に付くくらいに突っ伏して熟睡なさっていた。そうなる気持ちに共感しながら、こちらも何度も意識を失いがちに。光秀を演るのは歌昇。背が低い役者なので、狭い舞台では余計にバランスが良くない。なぜそう見えるかと言えば動きが全くないから。この「太十」と呼ばれる芝居は、役者がほとんど動かない。初演は人形浄瑠璃で上演されたと言う。文楽で『絵本太功記』は見たことはないのだが、こんな動きのない人形では人形遣いも遣り甲斐がないだろうなと余計な心配をする。もちろんそのような見方は玄人からすれば軽薄なのかも知れない。動きが少ないからこその台詞回しの難しさなどもたぶんあるのだろう。それでも実際何回見ても退屈だし、眠気からは逃れられない。見物する側が苦労して睡魔と戦わなければならないなんて、絶対におかしい。いくつかの演目が並ぶ興行形式だから仕方がないのだけれど、これからは「太十」が演目に入っている月は見に行かないことにしたい。

 幕間には、眠気を追い払おうと、雷門の手前の菓子屋でお土産用に買った人形焼きをつまみ食い。そして次に出るのは本日のお目当てだった「祇園一力茶屋の場」。お馴染みの『仮名手本忠臣蔵』の七段目。馴染みだからと言うわけではなく、「太十」と比較して見ると芝居としての面白さが際立って見えた。緩急が効いた台本の面白さ、硬軟善悪が混ざったキャラクターの立ち具合、上下左右まで効果的に使う舞台の活用法、そして亡君の仇を討つと言う思いの濃さと重さ。
 上演時間はほぼ同じくらいなのに、芝居としての面白さに溢れていて、舞台に引き込まれているうちにあっという間に一時間半が経過している。これこそが芝居のあるべき姿だと思う。見物をある時間だけ別の世界に連れて行ってくれる。その引力の強さは、台本の良さと役者の巧さが織り合わさって出来た磁場があってこそ。『仮名手本忠臣蔵』の台本自体は言わずもがな、浅草歌舞伎を続けてきた若い役者たちの成熟ぶりが見物客を大いに惹きつけた。

 その中心にあったのが中村米吉のおかる。七段目のおかるは玉三郎と雀右衛門で見たことがあるし、文楽では吉田簑助が遣った人形でも見た。いずれも熟した女の色香が匂い立つようだった。それを思い起こすと米吉はまだ若く熟してもいない。けれどもわざわざ浅草歌舞伎を見に来た最大の動機は、米吉のおかるを見たかったから。国立劇場で『仮名手本忠臣蔵』の通しがかかったときに、加古川本蔵の娘小浪を演じたのを見て、こんな可憐な女形がいたんだと金脈を発見したような気がした。その後も注目し続けていたところへ、ようやく主役についたのが今回のおかる。果たして米吉のおかるは、十二分に期待に応えてくれたのだ。美しさはもちろん合格点。そして遊女の色香も及第点。しかも今後の伸びしろを感じさせる得点だった。見物を惹きつけたのは、その声。明瞭な台詞が甘くて艶やかな声にのってくる。そこに濃厚な色がついていて、熟れた匂いが漂う。ほんの少し媚びた感じがして、声の媚態にそそられる。玉三郎では尊厳があり過ぎて手が届かない感じだし、雀右衛門は年増の可愛らしさが優るようで入れ込むまでは行かない。でもこの米吉のおかるはその声で見る者を虜にする。小さめの劇場だから余計に直截に感じられたのかも知れない。
 おかるの兄平右衛門は巳之助が演る。これまであまり印象に残らない役者だったから、今回の平右衛門は役との相性の良さが出ていて予想外の収穫だった。お世辞にも顔は良いとは言えないし、立役を張る柄があるとも思えない。平右衛門のような脇で光るタイプなのだろう。早逝した三津五郎とは違う道を模索してもらいたい。
 そして問題は由良助役の尾上松也。まだ早いのではないかとほとんどの見物が予想した通りで、全く由良助の感じがしなかった。悪く言えば、役を形だけで真似ているように見えてしまう。台詞の言い方や所作などを一生懸命勉強したのだろう。しかし役者は稽古をした裏を見せてはいけない。舞台に立ったら、由良助そのものにならなくてはならない。そんな目で見ると、今回はまだまだであって、舞台の上には役にもがく尾上松也だけがいた。米吉のおかるよりも難易度ははるかに高いはず。チャレンジ精神は良しとして、またどこかで由良助になり切った松也を見てみたい。

 かように見どころの多い七段目を堪能すると、こうした演目こそが芝居見物の醍醐味であるとしみじみ実感する。歌舞伎を見始めるのなら、ぜひこの七段目からにしてほしい。「太十」で突っ伏して寝ていたご婦人もさぞや満足していることだろう。と思って見たら、七段目の一時間半、かのご婦人は突っ伏し角度が浅くはなったもののずっと首を垂れて熟睡状態のままだった。
 新春に歌舞伎見物に行く。着物を着て行く。それだけで満足してしまったのかも知れない。でもこうした楽しみ方ももちろんあり。どういう見方をしようが、それは見物ひとりひとりの自由なわけで、ご婦人が目を覚ますような舞台を提供するのが役者たちの使命なのでもある。(き)


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posted by 冬の夢 at 21:43 | Comment(3) | 伝統芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする