2019年09月30日

Japan earn stunning win over Ireland! 〜 勝つと信じる者の勝利

 リーチ・マイケルは試合後のインタビューで、「勝因は?」と訊かれて、「絶対に勝つというメンタリティ」と答えた。
 観客のひとりに過ぎない私に欠けていたのはこれだった。日本が勝つとはほんの少しも信じていなかった。見苦しい言い訳をするならば、それはたぶん私だけではない。これまでのラグビー日本代表の国際試合を見てきた人たちにとって、アイルランド代表に勝つことは信じるどころか想像も出来なかった。
 しかし、フィールドにいた選手たちはほんの一瞬も勝利への確信を手放すことはなかった。勝つと信じることは自分自身を信じることでもある。そして自分を信じるためには自分の限界を超えることが必要だ。ラグビーワールドカップ2019日本代表の選手とスタッフ全員がその限界を超えて、「アイルランドに勝つ」と信じたこと。それが19対12の勝利を呼び込んだのだった。
 同時に大いに反省させられたのは、ラグビーをスキルの巧拙の総体でしか見ていなかったこと。もちろんハンドリングエラーは少ないほうが良いし、スクラムを互角以上に組むことで有利にボールを確保出来る。しかしそれ以上にラグビーのゲーム展開に必要なものがある。それは戦略とマインド。スポーツの試合を決するのは、ゲームプランをどう組み立てるかであるし、選手の意識をどこまで統一し集中出来るかにある。そんな基本的なことを見落としていた自分が恥ずかしい。

 日本代表がアイルランド代表と戦うにあたって立てたプランの第一が陣地を取ること。つまりボールを出来るだけ相手陣に運ぶことを優先した。開始直後から22mライン内側のマイボールをロングキックでタッチに蹴り出したのはそのためだ。相手ボールのラインアウトになったとしても、ボールを自陣ゴールラインに近づけさせなければ良い。アイルランドがボールを保持し突進してきても、激しいタックルで応酬し、前にボールを運ばせない。手詰まりになったアイルランドのその後は、フォワードで前に出られずハイパントを蹴る、または、反則をして日本ボールのスクラム、あるいは、ブレイクダウンで日本にターンオーバーされる、のいずれかになっていた。

 それでも試合巧者であるアイルランドにしてみれば、スタンドオフの意表を突いたキックパスから2トライを奪ったわけなので、日本の手強さに手を焼きながらも確実に試合のリード権を手に入れていた。かたや日本代表は開始直後のゴロキックの弾み方が悪く、松島幸太郎はインゴールでトライを取り損ね、ゴールポスト正面からのペナルティキックを田村優が外してしまうなど、ゲーム運から見放された展開になっていた。
ところが、それは前半20分過ぎまでのこと。結果から言えば、アイルランド代表は21分にトライ後のコンバージョンキックをジャック・カーティが決めた後、ゲーム終了まで無得点のまま日本に完封されたのだ。
 ここで日本代表に発動されたのが、もうひとつのゲームプランである選手交代。予想しなかったことだがナンバー8のマフィが負傷退場し、控えに回っていたリーチ・マイケルに代わった。これが見事にハマる。ゲーム内容は均衡していながら得点で離されるイヤな展開からはうって変わって、地道に互角に戦い続けて、ゲームの流れは確実に日本代表に傾いてきたのである。

 これこそがマインドの部分。控えに甘んじ、キャプテンをラブスカフニ選手に託したリーチ・マイケルが全力かつ猛然とタックルを仕掛ける。その存在そのものが日本代表のブーストとなって、全選手のエンジンを最大出力状態化する。タックルへの意識が高まり、アイルランドの突進をことごとく最小限に食い止め、ボールを奪えば、フォワードが短いパスを素早く繋ぎながら前に前にとジワジワ陣地を進める。アイルランド代表は追い詰められるようにしてペナルティを犯し、緊張から解き放たれた田村が次々にペナルティキックを決めた。後半に入るとアイルランドは防戦一方。福岡堅樹の左隅へのトライは、四年前の南アフリカ戦の逆転トライほど劇的ではなく、取るべくして取った、圧倒的攻勢の当然の帰結だった。

 視点を変えれば、戦略とマインドは、日本戦に臨むアイルランド代表に最も欠けていた点だったかも知れない。
 アイルランドにとっての天王山はスコットランド戦。予選プールの覇権を争う初戦においてアイルランドは100%の力を出し切ってスコットランド代表を粉砕した。アイルランドの選手たちはスコットランド戦に照準を合わせて自らをモチベートしたに違いない。そしてそのピークで得た完勝に十分満足したであろう。それはすなわち次に控える日本戦を、甘く見たわけではなかろうが、対スコットランドほどには意識統一するのが難しかったということに他ならない。
 さらに日本の気候への対処。9月下旬とは言え、蒸し暑いコンディションは予想出来たはず。スコットランド戦で全力を振り絞った後のダメージは大きく、かつ日程も日本より短いとあらば、スコットランド戦先発陣の疲労度は相当なものだったろう。レギュラー争いを意識させることも踏まえて、あえてスコットランド戦でサブに回った選手たちを先発させる手もあり得た。
もちろんアイルランド代表監督はそんなリスクは侵さなかった。なぜなら監督をはじめ、選手もスタッフもまさか自分たちが日本代表に負けるなどという事態を考えもしなかったからだ。

 「勝利を信じた」日本代表と「負けるとは思いもしなかった」アイルランド代表。
 自分たちの設定した目標を強靭な意志を持って実現させるのだと信じることの重要性。それを日本代表の全員が誰よりも先に気づいていた。そしてラグビーとは、そうした意識や、相手を上回るための戦略や、選手たちのコンディション、局面局面での判断、そのうえでの身体機能の実際化など、幾重にも重なったファクターで成り立っている競技なのだ。
 その総合力を自らのものとして、単なるフロックではなく盤石の戦い方でアイルランド代表を破った日本代表に、懺悔するとともに拍手喝采を送りたい。
 四年前の南アフリカ戦でフルバックをつとめた五郎丸選手は「ラグビーに偶然はない。すべては必然なのです」と言った。もうラグビー日本代表に「番狂わせ」という言葉は似合わない。日本代表の真の実力を如何なく発揮して、ベスト8進出を勝ち取ってもらいたい。(き)


ラグビー03.jpg



posted by 冬の夢 at 23:03 | Comment(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2019年09月23日

ラグビーワールドカップ2019 〜 決勝予想はニュージーランド対アイルランド

 ラグビーワールドカップが始まった。日本が南アフリカに勝ってしまったイングランド大会からはや四年。光陰矢の如し。これから先にワールドカップを見られる回数は、今まで見てきた回数に及ばないのだろう。惜しむような気持ちで待ちわびていた開幕だ。

 日本対ロシアの開幕戦を皮切りに始まった予選プールの試合は粒揃い。特にニュージーランド対南アフリカ、アイルランド(※)対スコットランドの二試合は準決勝あたりで見たい強豪同士のぶつかり合い。期待を膨らませながらのTV観戦と相成った。
 そしてその膨らんだ期待を軽く一蹴したうえで、ラグビーの現在進行型モデルを指し示してくれたのが、ニュージーランドと南アフリカの一戦。これが決勝戦だったとしても不思議がないほどのハイレベルな好ゲームだった。

 序盤は南アフリカの攻めをニュージーランドが受ける形。しかしニュージーランドは単なる受け身ではない。守っていてもいつでも攻撃に転じられることに一意専心。南アフリカのほんのひとつのミスを見逃さずに強襲。奪った最初のトライは南アフリカのアタック中に起きたハンドリングミスからのターンオーバーを起点としたものだった。敵のミスをトライに結びつけてしまうのがニュージーランドの抜け目のなさ。だからこその受け身なのである。
 しかし南アフリカもただでは起きない。後半、攻めを意識し過ぎたニュージーランドの防御網。ラック前方が手薄になったところを南アフリカのフランカーが難なく突破してトライ。さらにたたみ込むようにしての攻撃が続く。左に展開すると見せかけて、中央にいたスタンドオフにパスを戻しての意表を突いたドロップゴール。これで4点差に追い上げる。しかし、さすがに60分過ぎからはニュージーランドがペナルティキックを二本決めて、南アフリカを突き放し、23対13で接戦を制したのだった。

 ワールドカップが始まって以来、全大会に出場しているニュージーランドの戦績は44勝6敗。この恐るべき勝率に立ち向かうのはどの国か?その答えがアイルランド対スコットランド戦にあった。
 個人的に言えば、これまでのアイルランドは際立った特徴に欠ける小粒な印象しかない。世界ランキング1位と言われてもピンと来ず、スコットランド戦はこれまでに両国が繰り広げてきた肉弾戦の果てにスタミナ切れでアイルランド惜敗という先入観しか持ち得なかった。
 ところがところが。この試合を見てアイルランドの強さにぶったまげてしまった。強さの元はディフェンスの堅牢さ。スコットランドがラックサイドを突いてもバックスに展開してもゲインラインを突破出来ない。それはアイルランドの防御網に見事なほど穴がないから。スコットランドの選手が果敢に挑んでも強靭なタックルに見舞われ地面に叩きつけられる。さらにアイルランドはタックルしてもすぐに立ち上がってディフェンスラインに戻る。スコットランドは攻撃に人数をかけているので、必然的にアイルランドの防御陣の方が常に数的有利を保っていた。
 スコットランドが本調子でなかったせいもあるだろう。ノックオンやパスミスが散見され、そのたびにアイルランドが大きく陣地を進める。スコットランド陣22メートルラインを超えたらあとは簡単。ブレイクダウンでボールを奪われることなくフェーズを重ねてジワリと前進。低い姿勢でタックラーを弾き飛ばしてインゴールに潜り込んでトライだ。

 ミスにつけ込むニュージーランドとタフなディフェンスを継続するアイルランド。この一戦をぜひ日本で見てみたい(もちろんチケットは入手不可能なのでTV観戦ですが)。両チームが予選プールを1位で通過して決勝トーナメントを勝ち上がれば、その対決は決勝戦で実現される。現時点でのワールドカップにおける最高のタイトルマッチになることだろう。

 さて、日本代表は大会初戦となるロシア戦を30対10のスコアで勝利した。前大会が始まる前までは、勝利はわずかジンバブエ戦の1勝のみという体たらくであったのだから、「勝って当然」の試合を勝ち切ったのは誠に喜ばしいことだ。
けれどもニュージーランドとアイルランドの勝ちっぷりと比較すると、なんともぬるくてたるい勝ち方でしかなく、とてもベスト8に進むべきチームには見えない。
 前回大会での日本の躍進には五つのポイントがあった。

 @ハンドリングミスをしない
 Aスクラムとラインアウトでマイボールを保持
 Bタックルを決める
 Cブレイクダウンで反則しない
 Dキックを互角に蹴り合える

 ところが初戦のロシア戦は、どれも今ひとつピリッとしなかった。誰もが緊張し過ぎていたせいか、特にハンドリングミスは目を覆うばかり。ロシアが蹴ったキックをしっかりキャッチ出来ていなかったし、パスミスも多かった。タックルも決まってはいたが、一発必中は少なかった。ロシアだからワントライで済んだのであって、ニュージーランドクラスの対戦相手ならあっという間に50点くらい取られていただろう。
 次戦は最強のアイルランド。ロシア戦のような状況なら、たぶんコテンパンにやられるだろう。いや、五つのポイントを完璧にこなしたうえでベストを出し尽くしても、世界をあっと言わせた南アフリカ戦のようなアップセットは200%ないはず。しかしスコットランドがアイルランドに負けたほどにやられなければ、善戦が見えてくる。狙いは7点差以内に食らいついて、負けてもボーナスポイント1を獲得すること。予選プールAの1位はアイルランドで決定同然だから、2位に入るにはスコットランドを超えなければならない。そして、今大会のスコットランドならそれは不可能ではないかも知れない。

 まだ始まったばかりだけれども、以下はラグビーワールドカップ日本大会雑感。

 ■スタジアムが美しく見える。
 TVを通じて見るとスタジアムはどれも見栄えがする。普段Jリーグやプロ野球で見慣れているスタジアムなのにワールドカップでは美しさが際立つ。何が要因かと言えば、色彩ではないか。広告看板が排除されていること。各スタジアムで統一された装飾が施されていること。そして芝生の緑。いつもより照明が明るく設定されているという説もあるらしいから、明度も関係しているかもしれない。特に今までのところでは、観客席が球技場仕様にせり出した札幌ドームの美しさが目を惹く。本来は野球場だから、かえって形状に歪みが出て近未来的な造形に見える。

 ■横浜の芝生は大丈夫か。
 運営コストの関係なのか、予選プールごとに試合会場を同じにしているのか、ひとつのスタジアムで続けて複数の試合を開催して、間を置くようなスケジュールになっている。たぶんスタジアムの芝生の状態を維持するための措置なのだろう。それにしても横浜国際競技場の芝生はたった二試合が行われただけなのに荒れ方がひどい。決勝戦は横浜が舞台。激しいスクラムやタックルに、荒れた芝生が水を差すようなことにならないか。秋到来で涼しくなれば、芝生の根の張り方も変わってくるかも知れないが。

 ■イングランドのユニフォームの白。
 各国のユニフォームを見ていると、最近は原点回帰してきているようで、中でもイングランドのユニフォームの白さがシンプルで素晴らしい。一時期、肩にラインを入れたりして、そのシンプルさが台無しになっていた。今大会では、シャツの襟と裾にほんの少しだけデザインが入っているが、ほぼ真っ白で胸には赤いバラ。見ているだけでホレボレする。
それに引き換え我が日本代表の桜のジャージーはますます醜くなってきた。赤いキャタピラ柄に金色のトリミング。横縞ならばアルゼンチンの白と水色のトラディショナルな均整さを見習ってほしい。さらには栄養ドリンクの商品名。長年ラグビーを支援してきた企業姿勢には感服するが、ユニフォームに文字を入れることへの反感の大きさに気づいてほしい。

 ■日本テレビは「声なし」にしてほしい。
 スポーツ中継に限ってはNHKの右に出るものはいない。特にラグビーは年季の入り方が違う。かたや日テレは野球中継専門局だから、アナウンサーの絶叫調と特定選手のスター扱いは聴くに耐えない。おまけに解説に起用されている元ラグビー選手たちの話の引き出し方が下手すぎる。みんな一流のプレイヤーたちなのに知性がないように見えてしまう。滅多にない好ゲームのニュージーランド対南アフリカ戦でも誰一人ひとりとして南アフリカの良質なプレーに目を向けない。せめてアナウンサーなし・解説なしで歓声だけの副音声モードを設定してほしい。

 ■わかりにくいスクラムのレフェリング。
 TV観戦していると反則のたびにレフリーが下したジャッジがテロップで表示される。その中で「オフフィート」というペナルティの呼び方はこれまであまり聞かなかった。調べてみると、ラグビーの根本に関わる反則で、「ボールを前に投げないこと」と並んで「立ってプレーすること」がラグビーの二大原則。前に投げるのが「スローフォワード」だとすると「オフフィート」は立っていない状態でボールに関与すること。ラック内の反則にオフフィートが加わってわかりやすくなった(とは言っても「ハンド」との違いは不明だが)。
かたやわかりにくいのはスクラムでの反則。スクラムが潰れるとどちらかのチームに「コラプシング」や「イリーガルスクラム」などが告げられる。この反則がどのようにしてジャッジされるのかがよくわからない。たぶんプロップの肩や腕の組み方と力の掛け方の問題なのだろう。しかし選手たちはあくまで押すプレーをしているのであって、「潰す」動きには見えない。スクラムの安全性を確保するためのレフェリングとは言え、勝敗を決する場面においてはチームも観客も納得出来るジャッジが可能なのか甚だ疑問である。

 雑感と言いながら、愚痴のようになってしまった。歳を取るとついついくどくどと不平不満を述べてしまう。四年に一度の祭典が、日本で行われている僥倖をまず喜ぶ気持ちに切り替えよう。その中で日本代表にはエキサイティングでワンダフルな好試合を期待したい。そして、次の記事では「日本代表のベスト8進出を喜ぶ」というタイトルを掲げたいものである。(き)


ラグビー01.jpgラグビー02.jpg


(※)EU離脱問題の渦中にある英国であるが、アイルランドラグビー協会(IRFU)の歴史は、アイルランドがアイルランド共和国と英国北アイルランドに分断される以前に遡る。よってラグビーの世界においてはアイルランド代表は国境を越えてアイルランド島全土から選出されている。



posted by 冬の夢 at 22:28 | Comment(3) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2019年09月22日

レンタルDVD店と古書店があいついで閉店した地元商店街の感想

 この週末までに、近くの駅商店街からレンタルDVD店と古書店が消えた。

 いまどき家の近くに商店街があるというだけで、すごいことなのかもしれない。さほど大きな商店街ではないものの、シャッターを閉じたきりの店はなく、店の入れ替わりも多いほうだ。活気がある、というべきか。

 寂しい、とは思っていない。

 レンタル店には週一度は行っていたが、いうまでもなくTSUTAYAで、店員もよく変わり、愛着があったわけではない。株式会社TSUTAYAは業績回復のため店舗整理と業態変更を急ピッチで進めていると思われ、いま住んでいる東京某区では、この2年で6店が閉店している。ひとり寂しがったとて、どうなるものでもない。

 古書店も、コンビニふうの店構えで、単行本より文庫やコミック、ゲームやトレカのユーズドを買取・販売するFCショップだ。週遅れの漫画雑誌を買うくらいで、あまり行ったことがなく、閉店なんですねと声をかけると、さばさばしたような反応だった。

 どちらも、かつて同業店を駆逐し、世代交代した店なのだ。
 つまり、オタクっぽい青年がキネマ旬報を読みながら店番しているレンタルビデオ屋──話を作りすぎ!──や、ぜんぜん口をきかないガンコそうなジジイがいつも坐っているので、エロ本はむしろそこで買う古本屋──これはホント!──みたいな店は、チェーン店の前に、姿を消していった。
 そして、FC店のメリットだった、店舗数拡大による品数の多さ、サービスの均質化やポイント、キャンペーンなどの付加価値はそのまま、無店舗という事業形態によってさらなる集約化をものにした、通販や配信のものとなった。つぎの世代交代が起きたのだから、まさに、時の趨勢というしかない。
 それにしても、この、うすら寒いような気持ちは、なんなのだろうか。

190923bM.JPG

 ひとりぼっちでいたい人が、巷間あまり見あたらないものを探して立ち寄る場所、それがレンタルソフト店や古書店だったのかもしれない。営業形態はどうあれ。
 ひとりが好きな人は、器用に立ち回れないことが多いから、自由になるおカネが足りない場合も多いのではないか。それでもサイフと相談しつつ、それなりに元気よく未知の楽しみを探して回遊できる、そういうところなのだ。そして、気軽に行ける街に、案外と、ひとり好きの人たちがいるらしきことに気が休まって、出かけたくなることが、とても大きい。
 なんのことはない、わたしのことだけれど。

 万人に好まれなくとも、熱心な目利きの視線が一度なりと注がれたものを手にとり、わが目も向ける楽しさ。
 古びたものや、ひと目では分かりづらいものが、あちこちにけっこう存在しているのは、都市ならではのこと。それらを巡回している、会うことも話すこともない「ご同輩」たちの存在を感じられるのも、都市だからこそだ。
 古本や昔の映画が並んでいるお店が、急になくなっていってしまうと、つらくとも、腹立たしくとも、世間にあまり流されずに生息している「お仲間」たちの影もまた、みな消えてしまったように感じる。

 商店街から、ふたつの店が消えるいっぽう、おなじ商売の店がふたつ、ほぼ同時に開店した。
 ご存じ、タピオカドリンク。
 先月、台湾に住んでいる友だちに尋ねてみたら、地元では太るからと飲まない人がいたり、月二度と決めたりしてますよ、と教えてくれたタピオカドリンクの店だ。ほかの商店街でも開店準備中のところを、いまもよく見かける。(ケ)

Originally Uploaded on Sep. 24, 2019. 00:21:50
posted by 冬の夢 at 00:05 | Comment(0) | 日記 旅・徘徊・発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする