2017年03月23日

Peter Frampton − Something's Happening 元気が出る曲のことを書こう[19]

 Who said It's my year was it you there - can't go wrong
  今年は僕の年になるっていったの そこの君かい きっとそうだよな
 I see a new way you'll be in my play - sing my song
  僕と演奏してくれるっていうのが そのための新しい方法なんだ だから僕の曲を歌ってよ
 Where is the reason I keep teasing - if I knew
  からかってるわけがないだろ
 Now to see the new year not being blue here - all year round
  新しい年は、もうその場でメゲることなんかないんだ 年じゅうね

 Alright somethin's happening
  だいじょうぶ なにかが起きてるんだよ
 Hold tight it might be lightning
  しっかりつかまえなよ 雷光らしいぞ
 Turn up the lights somethin's moving
  明かりをつけろ なにか動いてる
 Can't sleep at night my heart keeps missing a beat
  胸の鼓動がわからなくなりそうで 夜も眠れないよ (中略)

 Ooh baby, don't ever let it bring you down
  ううベイビー ぜったい落ち込んじゃだめだよ
 Ooh baby, that's not the way I want it to sound
  ううベイビー ヘバった演奏はやりたくないぜ
 Ooh baby, don't catch me when I'm runnin' around
  ううベイビー 僕はそこらじゅう駆け回りたいのさ
 Ooh baby, I'll pick you up if your on the ground
  ううベイビー 君が地面にヘタってたら助け起こしてやるよ (リフレイン)

 この曲は「Frampton Comes Alive!」の、二枚組一枚目のA面一曲目。つまり、ステージのオープニングソングだ。
「Frampton Comes Alive!」は、一九七六年の年初早々に発売されるや、加速度的に売れ全米一位、同年春にはプラチナ・ディスクに。三曲ものシングルヒットも出た。アナログLP二枚組のライブ盤がそこまで売れるのは、当時はとても珍しかった。

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 もちろん「Frampton Comes Alive!」の歴史を知らなくとも、たまらなくワクワクする一曲目だが、ロックの歴史に残る名ライブ盤のひとつと知って聴くと、イントロのコードが鳴っただけで、ウォーミングアップ抜きで客席の熱狂の仲間入りをしている。
 
 演奏上むずかしいことは何もない。メロディはシンプル、歌の音域もさほどでない。
 が、フランプトンはけっして突出した歌手でなく、この程度の曲でもギリギリっぽい。しかしそのおかげで、期待感でうわずっているように聴こえ、むしろ嬉しい。ライブ盤のよさだ。
 そして、フランプトンのギターソロ! いまどき中学生でも弾かないようなホノボノとした「お祭りフレーズ」で、思わず微笑がもれる。いまだからそう聴こえるのではなく、昔も、そう思った。だいたい、この盤では、昔よく日本の洋楽公演の客をバカにしていわれた「お祭り手拍子」を、アメリカの聴衆もしている。
 いずれにしても、昔もいまも「Frampton Comes Alive!」を「ださい」とはぜんぜん感じない。

「Something's Happening」は、初球ヒットでスタジアムを盛り上げる役目の一番打者ソングなのに、いかにも七〇年代っぽい、のんびりしたテンポだ。そこがいい。地面にヘタっているところへ歩み寄り、助け起こし、手を貸してゆっくり歩ませてあげる、まさにその感じだ。ライブ全編、速い曲でもこの程度なのだが、飽きはしない。
 最高なのはブリッジの「Alright somethin's happening」からの、たたみかけるような四つ打ちとコーラス。ゾロゾロはびこったヘコミ虫たちが逃げ出すのが目に見えるほど気持ちが晴れあがる。洗濯洗剤のコマーシャルみたいだけどね。

 ところで「Frampton Comes Alive!」がとつぜん爆発的にヒットした理由は、発売から四十一年たったいまも、はっきりとはわからないようだ。

 この盤のジャケット写真にもその感じがあるが、フランプトンは一九六〇年代末のデビュー当時、ティーン・アイドルだった。しかし当人はその路線は嫌いだったそうで、スティーブ・マリオットとハード・ロック・バンド、ハンブル・パイを結成する。
 えっ、ピーター・フランプトンってハンブル・パイだったっけ! と驚く人はロック好きにも意外に多いはず。実際、ややソフトな音楽を志向したフランプトンは、ロック男道路線を進んだハンブル・パイからは早々に抜けている。
 せっかく王子さまルックスなのにアイドル扱いはイヤ、はいいとしても、ハードロックはムサいアンチャンの専門職時代。中途半端なポジションになってしまったのか、「Comes Alive!」までのフランプトンはほとんどチャート圏外でジミにやっている、さして耀くところがない存在だった。

 ところが「Frampton Comes Alive!」が爆売れし、フランプトンは文字通り一夜にして、過去のキャリアをはるかに超えるスーパースターに。
 発売時点ではフランプトンは売れていないのだから、人気スターのヒット曲がライブ演奏で聴けるから買いたいという売れかたはありえない。発表ずみで、しかもヒットしなかった曲で構成されたステージ録音の、LP二枚組。どう考えても売れるはずがない。

 いまでは、本人を含め当時の制作関係者たちの回想を調べて読むことができるから、およその「個別事情」はわかる。幸運も手を貸して、それぞれのギアがベストのコンビネーションになったということだろうか。

 そのあたりを、ざっとまとめると、こうだ。
 @当時のフランプトンは、レコードの低迷にめげずライブを続け、どんなローカルな所も回った。草の根ファン層がかなりできていた。
 A当初は一枚盤の予定だったが、サンプルを聞かされたレコード会社の創立者兼プロデューサーはひとこと「残りの曲はどうした」。いいものは逃さず、迷わず二枚組を決めた「耳」があった。
 B一般のLP二枚組より価格を低くしたので、若い音楽ファンに「おトク感」があった。
 C販促・宣伝を精力的に行った。とくにラジオへの営業。
 Dフランプトンは親しみやすい人柄で、販促に積極的に顔を出し、DJや小売店と仲良くなる。好印象がプッシュにつながった。
 Eレコード会社の規模がまだ大きくなく、この盤のプロモーションに集中できた。大きな収益をもたらしたフランプトンの契約を後年カットしたのも同じ会社ではあるが……。
 F当時のハイティーンは新しいスターを求めていた。フランプトンはもちろん新人ではないが。当時のティーンエイジャーは熱心にラジオを聞く世代でもあった。
 
 ここからは想像だが、Cとも関連し、心に翳りなく明るい将来を感じたい気持ちが、一九七〇年代半ば、戦後アメリカの「戦争を知っている子どもたち」にあったのではないか。ブルーノートや、ひずんだ音を強調し過ぎない、明朗なメジャーキーのロックが聴きたい、と。
 そこへ「Comes Alive!」というタイトルの盤をもたらしたのが、イギリス人のフランプトンなのである。
 それが、当時の若い世代の感覚にピッタリ合ったのではなかろうか。そうだとしたら、まあ、ご都合主義っぽいけれども、気持ちはよくわかる。

 かくして「Frampton Comes Alive!」は、絵に描いたようなシンデレラ・ストーリー、じゃない「王子さま」ストーリーか、それをもたらしたわけだが、残念ながら「続編」は、なかった。
 フランプトン自身、あちこちですでに語っているが、急激な上昇の後にクールダウン期間をおかなかったのが敗因だ。「つぎ」を急ぎすぎ、プレッシャーで結果が出なかった。にもかかわらず、安ピカな仕事も受けたりしたのがいけなかった。せっかくの大セールスにも、手元に残ったものは少なかったらしい。数年後には「Frampton Comes Alive!」のジャケット写真でも持っているトレードマークのギターを、輸送機事故で中米で失ってしまう。運の尽きというやつだ。

 しかし、いまのフランプトンは、むしろ楽しそうだ。
 近年もライブ演奏を続けていて、やっぱり「Somethin's Happening」をオープニング曲にしているようだ。心なしか歌が上手くなっている気さえする。
 往年の王子さまも、さすがに美しい金髪は……いやいや、フランプトンの目を見てほしい。「Frampton Comes Alive!」のころからすこしも失われていない、その嬉しげな耀きを。

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「Frampton Comes Alive!」の三十五周年記念ライブのリハーサルで、ひさびさにかつてのメンバーも加わったバンドで「Something's Happening」を練習したら、バンド全員に自然と大きな笑みが広がったという。
 演奏するほうにも聴くほうにも微笑が浮かんでくる、すばらしい「きざし」を感じさせる曲。そんな曲を作り、演奏し続けられていることでフランプトンは存分に報われているというのは、こじつけすぎかな。

 そうそう、失われてしまったトレードマークの黒いレスポールだが、なんと三十一年後の二〇一二年、フランプトンのもとに戻ってきた。どうした経緯か、カリブ海のキュラソーのラウンジミュージシャンが長年、使っていたのだという。紆余曲折あって帰ってきた楽器は一九五四年製造のモデルだが、オリジナル製造元のギブソン社が修理することになった。それもいい話だな。米1
 かくして「Frampton Comes Alive!」で弾いた、フランプトンの分身のようなギターはよみがえった。「Somethin's Happening」は、このギターにむかって歌っている曲のようにも思える。

 ピーター・フランプトンは一九七五年、アメリカのサンフランシスコで初めて大会場のトリをとったときも、この曲をオープニングにした。
 自分らはドツボるんじゃないかと、ものすごく緊張したそうだ。
 しかし七〇〇〇人の観客は熱狂でフランプトンたちを迎えた。
 この曲のシングルも、曲がはいったLPも、ヒットはしていない。「Frampton Comes Alive!」からシングルヒットした三つの曲※2にも、この曲は、はいっていない。(ケ)


※1 フランプトンが、そのようすをYouTubeにアップしている。
   www.youtube.com/watch?v=ll018kpTfc8
※2「Show Me the Way」「Baby, I Love Your Way」「Do You Feel Like We Do」。はじめの二曲は「Frampton Comes Alive!」のひとつ前の盤からシングルカットされてもいるのだが、そのときはヒットしなかった。

【参考】
 音楽誌「billboard」サイトのインタビュー記事、音楽ウエブサイト「musicradar」のインタビュー記事ほか。
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2017年03月21日

クラーナハと国立国際美術館(大阪)

 先日、大阪の中之島にある国立国際美術館に「クラーナハ展」を観に行った。
 クラーナハを初めて知ったのは、ご多分にもれず、大学生の頃だったと思う。その頃はこの画家の名前も「クラナッハ」と表記され、アクセントも「ナッハ」の方に置かれていた。こんな瑣末なことはどうでも良さそうだが、今後は「クラーナハ」で統一されていくのだろうか。なるべく現地の発音に近づけようというのは、それはそれで正しいことなんだろうけど、「正しさ」をこのように見せつけられると、なんだかシラケてしまうのは、こちらの性根が捻じ曲がっているからだろうか……いや、ホント、本当にどうでもいいんだけど、実はこんなことが気になってしようがなくなるような、かなり特有の気になる臭気が国立国際美術館の展覧会場に満ち満ちていたってことが書きたいわけで……
 
クラーナハといえば、彼のヴィーナスには画集で見たときからぶったまげた。それまでは「ヴィーナス」と聞けば、すなわち「美の女神」というわけで、真っ先に思い浮かべるのは『ミロのヴィーナス』:
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そしてボッティチェッリの『ヴィーナスの誕生』:
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その他にもジョルジョーネの『眠れるヴィーナス』とかティツィアーノの『ウルビーノのヴィーナス』だとか、要するに、「いかにも色っぽい美人!」と相場は決まっていた。
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ところがである。クラーナハの描くヴィーナスときたら、これだ!
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まだ1枚目の方は蓼食う虫にでも免じて情状酌量の余地はあるが、2枚目の方ときたら、いったいどこをどうしたらこれが『ヴィーナス』になるのか? ともかく、初めて見たときには「醜い!」と思わずにはいられなかった。「だいいち、ウェストの位置が完全に狂っているじゃないか!」と憤慨したものだ。が、正直に言えば、醜悪と感じつつも、異様なエロティシズムだけは十二分に感じ取ることができた。ジョルジョーネやティツィアーノの描くヴィーナスもそれなりに猥褻ブツとして名を馳せているが、クラーナハが表現する猥褻は、イタリア・ルネサンスのそれとは完全に異質に思われた。今もそう確信する。

クラーナハにはいまだ中世の匂いがする。あるいは、盛期ルネサンスを飛び越えて、マニエリスムスにイッてしまった感がある。さらにはデカダンスの匂いも。つまりは、「悪」の匂いだ。クラーナハが描くヴィーナスは「美の女神」というよりは「男を誘惑する悪女」であり、「性愛に潜在する悪」の権化だ。したがってクラーナハのヴィーナスには悪魔の随身である蛇や猫の連想が強く働く。

確かに全てのヴィーナスには多かれ少なかれ「男を誘惑して堕落させる悪女」の面影がある。だが、威風堂々たる『ミロのヴィーナス』は別格として、イタリア・ルネサンスの巨匠が描くヴィーナスたちには、「こんな女に騙されるなら本望だ」と心から言えるような、ある意味で(というか、全ての意味で)どこかしら「健康」な側面がある。つまり、ヴィーナスが単に「美」だけではなく「愛」の女神でもある側面が確かに描かれている。したがって、彼らのヴィーナスは、男(アダム)を誘惑して堕落させたイブの変奏というだけではなく、「第二の、堕落とは全く無縁の、人類の母としてのイブ」とも見なされる聖母マリアの(遠い)変奏にもなっている。

ところがである。クラーナハの描くヴィーナスときたら! どこを探しても、それこそ彼女の臍の穴を覗き込んでみたところで、聖母マリアの面影なんぞは一片たりともない。そんな女に懸想したことを生涯にわたって悔やみつつ、しかし生涯にわたって骨抜きにされてしまう、そのような恐ろしさがつきまとっている。

しかし、ヴィーナス(マリア)礼賛はそこそこにして、問題は第一に大阪国立国際美術館のお粗末さだ。いや、文句を言う前に、平日の午後4時頃に行ったのだが、あまりに閑散としていて、大いに拍子抜けしたことを最初に記しておこう。会場が空いていること自体は、自分の都合だけをいえば、大いに喜ばしい。混んだ展覧会にはもはや身体がついていかない。しかし、泣く子も黙るはずのクラーナハですよ! 滅多に見られない板絵なんですよ! 世界史の教科書にも載っている巨匠ですよ! 会場にたどり着く前には内心「めちゃくちゃ混んでいるんだろうな。もしかしたら入場制限か?」と案じていたのに、閉館間際だったということもあるのか、部屋によっては冗談抜きで貸切状態で鑑賞することができた。個人的には随喜の涙だったわけだが、この展覧会、大赤字なのではないかと心配にもなる。そして、大阪はこんなんで大丈夫なんですかね……が、問題は別のところ。何がお粗末だったかといえば、5時閉館というのは、「けっこうな早仕舞だな。これでは平日に仕事をもっている大人が来館することは不可能だ。来場者が少ないのは当然か」と案じられるにしても、まあ仕方ないと理解はできる。これを「お粗末」と言っては、むしろこちらに問題がある。だが、まだ最後の客が絵を見ている時間に(つまりは閉館の5時前に)早々とギャラリーショップを閉め始めるのはいかがなものか! 事実を事実として書き残しておくのだが、ぼくが絵を見終わり、最後の展示室を後にして売店に入ったときには、まだ数人の(熱心な)観覧者が展示室に残っていた。ところが、すでに売店ではカードやカタログなどの関連グッズに埃よけのシーツが被せられ、「もう閉店ですよ」というオーラを撒き散らしていた。特に何か買いたいと思っていたわけではなかったにしても、なんともモヤモヤした気分で会場から立ち去ることにした。いや、追い出された。

坊主憎けりゃではないのだろうが、他にも気に障ることがいくつもある。例えば、「なぜ地下3階まで降りなければならないのか?」とか、「そのくせ、なぜコインロッカーは1階にしかないのか? だったら、コインロッカーの表示をもっと大きくしておいてくれ」とか、他にも細々。

とはいうものの、当日モヤモヤした最大の理由は『クラーナハ展――500年後の誘惑』という企画そのものにあった。確かにこちらの落度なのだろうが、こちらとしては「単なるクラーナハ展」と思って出かけたものだから、展示作品を見ているうちに、「えっ、なんか急にデッサンが上手になったぞ!」と思うと、よく見たらクラーナハではなくデューラーの作品だったなんてことがあった。まっ、同時代の巨匠の作品が比較の上で並んでいるのは便利なこともあったのだが、さすがに500年後の現代作品が突如顔を出すと、「これはいわゆるキワモノ展なのか」と思わずにはいられない。

この頃は(といっても、あまり企画展には行かなくなってしまったけれど)、学芸員がやたらに頑張っているせいか、色々と才気走った企画展が多いような気がする。かなり前に見た『フェルメール展』もそうだったか。学芸員によるインスタレーションもどきの展示を見ると、「いったい何を見に来たのやら?」と考えこまされる。それが美術館の目論見なのかもしれないが、それは余計なお節介ではないか。単に制作時代順かジャンル別に、作品を見やすいように並べていてくれる方がずっとありがたい。それなのに、日本では滅多に観られないクラーナハの絵を観に行って、ピカソや森村泰昌の作品を見せられると、せっかく寿司を食べに来たのにカレーライスを出されたかのような気分にさせられる。(もっとも、最近はそんなお店もあるらしいから、要するにこちらが爺になって、最近のセンスについていけないだけなのかもしれない。)

要するに、久々に展覧会に行って、国立国際美術館の閑古鳥が鳴いている様に驚き、クラーナハの隣に森村泰昌が並んでいるのに驚愕し、お客の面前で店仕舞いのシーツを被せるギャラリーショップに面食らって、それ以来、なぜかモヤモヤしているってこと。でも、きっと会期中にもう一度イソイソとクラーナハのヴィーナスに会いに行くことになることは間違いない。ヴィーナス、恐るべし。   (H.H.)
posted by 冬の夢 at 01:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 旅・徘徊・発見 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2017年03月18日

NRBQ−I want you bad 元気が出る曲のことを書こう [18]

 なあ、バンドやんないか。
 といって、ベビーブーマーのハイティーンが何人か集まったとする。
 せ〜の、で出した最初の音、それがそのまんま五十年続いている、そんなプロのバンドがあるのだろうか。
 ある。
 米ケンタッキー州ルイズヴィル出身の仲間を軸に、一九六七年にフロリダでスタートしたロックバンド、NRBQ!
 ロックを音楽学校で習うのが当たり前になり、そこらの高校生が高速フレーズを楽勝で弾いてみせたりするいまの時代に、いったいどこのアマチュアおやじバンドだみたいな、けっつまずいたような、ちょっとヨレた、行き当たりばったり感いっぱいのライブをいまも続けている。
 どういうタイプのロックをやっているかというと、ベースはカントリー風味のロックンロール。ロカビリーみたいなやつだ。一九五〇年代のやつですね。そこへビートルズふうのポップなブリッジが顔を出す。そしてジャンプやジャイブ、つまりコミック調のビッグバンドジャズ、あのウキウキする調子も追加。なるほどバンド名に「カルテット」(New Rhythm and Blues Quartet)とつけているのは、ジャズへのこだわりかもしれない。
 歴代メンバーには、脱退後にカントリーミュージックの重鎮作曲家になったのもいるし、バンドの曲が全米で大人気だったアニメ「シンプソンズ」の挿入曲になりもしたのに、ぜ〜んぜんビッグでない。同時期にデビューした「クリーム」は三十七年後に、解散コンサートをやったのと同じロイヤル・アルバート・ホールを満員にしたけれど、NRBQは五十年後のいまも、全米各地のクラブを月三ペースほどで、こつこつ回っている。
 わたしは行ったことがないが、二十年も前から、日本へも何度か演奏しに来ているそうだ。ちょっとしたライブスペースなら埋められるくらいの数は、熱心なファンがいるらしい。それもいい話だが、東京ドームや日本武道館には縁なんかないけど、聴きたいやつがちょっとでもいるなら日本へ行き、いつもの調子でライブをやろうぜっていうところが素晴らしい。
 だから、とにかくライブがいい。楽器をジャカジャカ鳴らしシンプルな曲を歌うのが、ロックの楽しさなんだぜと教えてくれるバンドだ。やる曲はその場で決めているみたいだし、歌詞やコーラスも、まあこんな感じだよな、ってふうにやっている。青筋立てて一音のミスもなく弾いたり歌ったりし、豪華な照明やギミックをピタリと合わせた「ロック」を、ありがたがって拝聴するのが心底バカらしくなってくる。
 だからといって、いわゆる「ヘタウマ」なのかといったら、とんでもない。
 リズム!
 リズムが素晴らしい。
 だからこそ「ヨレ」が心地いいのだ。
 そしてどれか一曲といわれたら、迷わない。「I want you bad」だ!

Lately, it's been driving me mad
 近ごろさ アタマがヘンになってんだ
'Cause you're the best thing, that I've ever had
 ってのも おまえが最高なワケよ これまでで
And I want you
 だから おまえがほしい
Oh, I want you bad
 くそ めちゃくちゃに

Come on, let's give it a whirl
 ひっかき回そうぜ
'Cause we can shake up, the whole wide world
 ってのも 俺たちなら 世界中ガクガクいわしてやれるもんな
And I want you
 だから おまえがほしい
Oh, I want you girl
 ああ おまえがほしいんだ

I'm runnin' out of things to do
 ほかにやることが なくなっちゃうんだ
I've got no other plans, but you
 おまえ以外は なにも思いつけないから

Never, you'll never be sad
 悲しくなんか 絶対にさせないぜ
I'm gonna make you, feel so glad
 俺が 喜ばせてやるからさ
And I want you
 だから おまえがほしい
Oh, I want you bad
 ああ めちゃくちゃに   (以下略)

 イントロのギターとリズムを聴いた瞬間に、このバンドのファンになった。歌が流れたとたん、ワクワク感が止まらなくなった。なんて単純で、いい歌詞なんだろう。そしてサビの歌詞二行目、Bm → G → A7! 女を口説くならこのコード進行ですよ!
 そこそこカッチリまとまっている「AT YANKEE STADIUM」(一九七八年)──ヤンキースタジアムライブという意味の題はもちろんジョークで、スタジオ盤である──に収録のテイクが聴きやすいが、一九九六年の東京でのライブを収録した盤「Tokyo: Recorded Live at on Air West Tokyo」(一九九七年)がいい。全盛期のメンバーではないのだけれど、この盤のほうがはるかにノリがよくて、バンドらしさがバッチリ聴けると思っている。
「I want you bad」はこのライブCDでは一曲目、つまりライブのオープニング曲なのだが、あまりにユルい演奏でカクっとくる。こんなんで最後まで持つのかよ!
 いやいや、しつこいが「とんでもない」! 
 あっという間にCDは終わり、つぎはいつバンドに出会えるだろうと、このライブ会場(東京・渋谷ですかね)に集まった、多くはないがけっして少なくはないファンといっしょに別れを惜しんでいる。二十年も前の盤なのに、回しているあいだは不思議に、わが身の疲れも老いも、忘れている。(ケ)
 
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posted by 冬の夢 at 22:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 ロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする