2016年03月31日

THE SZUTERS − LIFE GOES ON 元気が出る曲のことを書こう [4]

 Why does it have to be so complicated?
 Can't you see that I'm your dream come true?
 But every time I try to work it out
 It's nothing new
 I get from you
 Life goes on

  どうして そんなにややこしくなくちゃいけないんだい
  わからないかな きみの夢はかなったんだ それは僕なんだぜ
  なのに いくら僕がうまくいくようにしたって
  きみときたら まったく いつもの調子なんだからな
  こんな人生がつづいていくのかね

「だ、だ〜ん」でいきなりサビ始まり。歌詞一行目「わぃだずぃはとびそこんぷりけいてぇ〜」と、ピックアップコーラスがしびれるカッコよさ。ひずませたギターの音で、あえて半音進行や開放弦コードを使うのは、いまでは珍しくもないけれど、曲にぴったりだ。
 直後のイントロには急転、ハードロックなリフがガシガシ。うん、いい! Aメロにはいってからの歌伴奏、二台のギターの音使いの組み合わせも最高だ。一九九八年の盤「AMERICAN POP」の一曲目。
 聴いたとたんそれと知れるビートルズ伝承派。八〇年代から活動しているバンドだから、伝承派の先輩バンド、チープ・トリックを経由してか。チープ・トリックの出世作「at Budokan」のもじりに違いない「Not quite at Budokan」(『武道館まではいけてない』って感じかな)という盤も出しているから、追っかけているに違いない。
 
 So if you take a trip to understanding
 Then cast to see from there to parts unknown
 How will we ever see the grand finale
 Of the picture show
 We've come to know
 And life goes on...

  だからさ ことが分かるようになりたいんなら
  そこいらのことから 知らない些細なことまで 見つけなきゃだめってことさ
  どうすれば僕らには この紙芝居のすてきな結末がわかるんだろう
  もう わかっているんだよな
  そして 人生はつづく…

「キレる」というのが当時の流行。若者特有の傾向のようにいわれたが、わたしからすれば、大人もキレ出した。仕事先で面罵されたり、エンドレスなクレームを受けるのがふつうになったのが、このころからだったような気がする。わたし自身が「ケンカっ早い」社員だと疎まれるようになったのも、当時だろう。これには不本意な面がある。わたしは手当たり次第に喧嘩をふっかけていたのではなく、あいてがバカな上司の場合に限ってであったし、喧嘩ではなく「お前はバカだ」と当人に明言していただけ。しかも当時よりはるか以前からそうしていた。まあ、いずれにしても疎まれますけどね「会社」じゃ。
 とにかく、九〇年代終わりごろのわたしが、ひどく殺伐とした気分だったことは間違いない。
 曲の歌詞は、カップルの行き違いを描いているのだが、歌詞の一行目、ピックアップコーラスの「Why does it have to be so complicated?」が、その設定を離れて、泣き出したいほど胸にしみ、この曲を聴きたくていったい何度、CDを取り出したことだろう。

 ズーターズは、オハイオ州クリーブランド出身のズーター兄弟、マイクとC.J.を中心にした四人組。兄弟とも歌えてリードギターが弾ける。リードボーカルはおもに兄のマイクだが、CDの一曲目は弟のC.J.が歌っている。声が似ているから違和感がないし、コーラスが美しい。ギターのソロもC.J.で、ヴァン・ヘイレンやポール・ギルバートみたいなフックの効いた技で、明朗快活なフレーズを弾き倒す。

 ビートルズの伝承で必須なのは、メロディや構成のひねりだけでなく、どこか胸が痛むような歌詞だ。
 せつなさ、わびしさ。
 バーやカフェで、つまらないことで言い争いになり、相手に出て行かれてしまった後の気まずさ。
 この曲も、せっかく恋人になれたのに、そこから気持ちがいつもすれ違う様子を歌っている。男の子の目線で歌われているが、俺たち、こんなことで行き詰まっていられないはずだろ、という、自分にもいいきかせるような感じもうかがえる。

 ズーターズは売れなかった。ほとんど。
 この曲が入った盤「AMERICAN POP」は、そのタイトルにもかかわらず、アメリカでは発売されていない。その時点で十五年近く活動しているカッコいいバンドなのに、メジャーデビューできなかったのだ。ジャケット写真の宇宙飛行士が持っているのはなんと、ひとつ前のデビュー盤。涙ぐましいようなジャケットなのである。

「わからないんだよね」
 と、マイク・ズーターはいっている※。メンバー交代をし「マグナ・ファイ」と名前も変えて活動し出してからのこと。残念なことに、このバンドも売れていない。
 バンドが演奏する小さなクラブでのライブを見に来た客たちは、口をそろえて「最高のバンドなのに、どうして売れてないの」と聞いてくるそうだ。
 どこで間違えて、売れないままなのかがわからない。わからないまま、バンドを続けていることが、とてつもないフラストレーションだという。わからなさの中ですれ違う、男の子と女の子の気持ちを描いた歌詞に、その気持ちを託してもいるそうだ。
 新規まき直しのたびに違うジャンルが流行してしまってタイミングが悪いのか、マーケティングとプロデュースに問題があるのか。音楽ビジネスの面からは理由があげられるのかもしれない。しかし、結成から三〇年を超える間に、似たような音楽で彼らの後から出てきて大ヒットしたバンドもあるのだから、説得力がない。
 オハイオ州クリーブランドは、ロックンロール発祥の地だそうで、元祖パワーポップバンドとして大ヒットしたラズベリーズも、クリーブランドのバンドだ。そのような土地で生まれたバンドなのに、二〇〇二年に「マグナ・ファイ」になり、兄弟がべつべつに活動するようになった、という話題以降、これといった話も聞こえてこなくなった。さびしい……。(ケ)

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※ www.youtube.com/watch?v=66Gv_-VKzGo


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2016年03月28日

Everything But The Girl − driving 元気が出る曲のことを書こう [3]

 エヴリシング・バット・ザ・ガール。
 バンドの名前がいい。
 好きな盤は、五作めの「language of life」(一九九〇年)。早いうちからのファンにはあまり評判がよくなかった盤だけれど。

 小さな部屋のベッドに坐って壁にもたれ、ギターをそっと鳴らして歌う感じが、バンド本来の魅力。トレイシー・ソーンとベン・ワットの男女二人組だが、ふたりの距離が近いのか遠いのか、よくわからないところがいい。実際には学生時代からのカップルで、子どももいて、バンドを解散した後に入籍もしているけれど、お互いを見つめて永遠の愛を絶唱する、なんてスタイルではぜんぜんない。部屋のベッドに坐ってソーンが歌い出すと、ワットがリビングルームでポロンとピアノを鳴らす、そんな感じだ。なんとか以上かんとか未満、みたいな、関係があってないようなところがいいのだ。そういえば、バンドといわず「ユニット」といい出したのも──あまり好きないいかたではないが──彼らあたりからではなかったか。

「language of life」が発売された一九九〇年前後の日本でも、似たような男女関係がもてはやされていた。といってもあれは、より条件がいい相手探しのテクニック。条件とはもちろん経済的なこと。男女がつまみ喰いを繰り返しては、おしゃれな関係、といっていたにすぎない。
 もっともそれから四半世紀、経済さえなんとかなれば、ほかのことはどうでもいいという社会ができ上がったいま、「いたにすぎない」などといっている自分は、負け組で当然だとは思う。

 さて、元気が出る曲、それは1曲目の「ドライヴィン」。
 いま聴いても、曲に出てくるクルマがウチの前に止まりドアベルが鳴るのを、お茶をいれて待とうと立ち上がる自分の姿が思い浮かぶ。待つ側が男で、クルマを飛ばしてくるのが女だというのがいい。
 ヘタった心はいつしか、ベースラインに明るく合わせ、はずんでリズムを「くって」みたりする。それじゃ不整脈だな……。
 
 その、リズムや音使いがすごくいいベースを弾くのは、ジョン・パティトゥッチ。チック・コリア・エレクトリック/アコースティック・バンドで猛烈なテクニックを連発した名手だ。ソーンのピックアップボーカルの後の、イントロ2コーラス目直前のベースはシンプルだが、すばらしくカッコよく、ここを聴くだけで、めげた気分の半分は回復する。
 サビの後の、マイケル・ブレッカーのソロも天下一品。亡くなるまでに何百曲、いや何千曲のポップソングでソロを吹いたか知らないが、勝手にベストテンにはいるソロに決定。曲の雰囲気はもちろん、ソロの前のブリッジの歌詞にぴったりの解放感。聴くたびに気持ちが上向く。
 ほかにも、全米フュージョン、コンテンポラリージャズ選手権のようなトップミュージシャンがずらり。とりまとめ役はトミー・リピューマ。ウエス・モンゴメリーばりのジャズ・ギター奏者だったジョージ・ベンソンを「ブリージン」でおしゃれに大変身・大ヒットさせた人といえば、なるほど、である。
 ただ、このプロダクションのおかげで、イギリスの田舎町のタウンハウスで奏でられていた感じの音楽が、アメリカ製のおしゃれなアダルトコンテンポラリーに「大変身」してしまったわけだから、賛否があったのは当然だ。ジャケット写真や動画などビジュアルを担当したのは、いまや大御所のファッション写真家、ニック・ナイトで、まさに「おしゃれ」の極致だが、いま見ると、気まずいほど古く感じる。
 ことに困るのは動画。オン・ザ・ロード・オブ・アメリカ、な仕立てだが、いくらなんでもこの設定は違う。
 この曲は、せいぜいクルマで十分ほどの隣町から、町と町の間のヒースの野っぱらを突っ切る県道を飛ばしてくる曲。雨曇りの日、相手は紅茶を沸かしながら待っている、そういう曲だ。
 
Oh loverboy
 ねえ あなた
To you I belong
 わたしはあなたのものよ
But maybe one day you'll wake
 でもある日 あなたは目をさまし
and you'll find me gone
 わたしが出て行ってしまったことを知るかも
But loverboy
 でもね
If you call me home
 俺の家にもどってこいといってくれるなら
I'll come driving
 車でもどってくる
I'll come driving fast as wheels can turn
 思いきり飛ばしてもどるわよ
Oh loverboy
 ね あなた
I know you too well
 あまりにあなたのことを知っているし
And all of my lonely secrets
 わたしだけの秘密も
To you I tell
 みんな教えてしまったの
The highest of highs
 とっておきのいいことから 
The lowest of lows
 最悪に悪いことまでね
I'll come driving
 車でもどるわ
I'll come driving fast as wheels can turn
 飛ばせるだけ飛ばしてもどるわよ
Stretching away as far as my eyes can see
 荒れ野や暗い彼方へ目を届かせながら
Deserts and darkness, my hand on the wheel
 ハンドルを握って
loverboy, please call me home
 だから 帰ってこいといって
A girl can get lonely out here on her own
 若い女って 出て行っても一人でやれてしまうものなのよ
You see
 わかるでしょ
Some days I find the old ways
 ときどき 馴れ合いになっているのが
Frighten me too easily
 やけに恐ろしくなるのよ
I leave my key and say
 そうなると、家のカギをおいてこういうの
"I'm too young"
「わたしまだ若いからこの暮らしは無理」
But loverboy
 でもね
If you call me home
 もし帰ってこいといってくれるなら
I'll come driving fast as wheels can turn
 飛ばせるだけ飛ばして車でもどるわ

 小さな町の高校を出て隣町の文具店に勤める若い女と、その町ではそこそこイカしていた配管工の若い男との話だ。週末のパブで知り合い、いっしょに暮らして数年。女が二つ三つ歳上。
 理屈で議論し合うような、都会の高学歴・高収入カップルの話ではない。
 ふたりの生活や将来は、背伸びしなくても見渡せてしまう。そのためか、相手よりひと足早く、若さの終わりが来ると感じている女はふと、いまの生活と将来から出て行きたくなる。女の気持ちのほうが切実だ。

 逃げ出すといっても、隣町の実家。
 数日すると男は電話する。
 女は電話を待っている。
 見慣れたヒースの荒れ地を走る県道。わずかでもその彼方に視線を届かせようとしながら、女は思い切りアクセルを踏んで戻ってくる。たぶん父親の古いモーリスか何かで。
 小さな、いらだち、わずかな衝動は、いつか破局に至るかもしれない。それを癒すことは男には出来ない。女に電話するたび、男は紅茶を沸かしながら待っている。

 エヴリシング・バット・ザ・ガールはビッグになり過ぎてしまったと、二人のメンバーはのちに語った。その思いからかどうか、ピアノの伴奏だけのアコースティック・バージョンが後年、録音され発表されている。テンポを落とし、ソーンの声が深く響き美しい。ただ、歌詞の雰囲気はオリジナル版のほうが伝わるように感じる。

 かつて、この曲を、当時の彼女に聴かせた。
 自分は「ペーパードライバー」で、運転できるのは彼女だった。
 予想もしない反応に驚かされた。
 この曲のようなことを思っているなら、あなたは身勝手だ、と。
 素人女の送迎用にBMWが人気というばかばかしい時代だったが、思うに、そういうこととはぜんぜん違うところでの「いらだち」があったんだろうな、彼女には。
 いまとなっては、詫びることはできないけれど。(ケ)

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2016年03月27日

五代目中村雀右衛門襲名披露 三月歌舞伎座公演『鎌倉三代記』〜 先代雀右衛門の『野崎村』を振り返る

今月の歌舞伎座は、芝雀が五代目雀右衛門を襲名する披露公演。夜の部に「口上」がつくので普通ならそちらを選ぶところだが、あえて昼の部に行ったのは、三姫もののひとつである『鎌倉三代記』を見たことがなかったから。
そして、やっと見た時姫はなんとも眠かった。お昼のお弁当を食べたあとで、しかも朝イチの『寿曽我対面』に続いて出たのが『女戻籠』と『俄獅子』の踊り二本立て。ここで完落ちした後で、半覚醒的状態のままに『鎌倉三代記』が始まってしまった。
こういうときの義太夫狂言は本当に困ってしまう。『寿曽我対面』が見せる舞台と衣装の豪華絢爛さがあるわけではないし、世話物のようにわかりやすい筋に引き込まれることもない。主体的に芝居に傾注しなければ、丸本ものの世界には入っていかれない。
なんとか集中しようとして三階席から上体に力を入れ直すものの、周りを見渡せばそこには首を横や後ろに倒して熟睡している見物たちの姿。そんな中で大きな図体を小さな座席に埋めながら双眼鏡で舞台を注視する外国人男性がひとり。熱心さが前傾姿勢に伺われ、でもあれじゃ後ろの席の人の邪魔になるなと思ったが、案の定、後列の女性はしっかりと目を閉じて眠っていて、外国人男性が大柄だろうがどうだろうが全く関係ないのであった。

そんな訳で、『鎌倉三代記』は靄に包まれたような印象になってしまったのだが、一箇所だけ鮮烈なシーンがあった。
襲名披露公演ということで竹本も最高の配役でのぞんでいて、前段は愛太夫、後段は葵太夫が出てくる。とりわけ葵太夫は床が廻って登場すると大向うさんから「葵太夫!待ってました」の声がかかるほどの人気者。
藤三郎に身をやつしていた中村吉右衛門が実は佐々木高綱であったと再登場する場面。紆余曲折あって高綱が「そのうれしさ」と感極まる。通常なら吉右衛門が台詞として思い入れしながら喋るか、もしくは葵太夫が語りの中で謡い上げるかのどちらか。それをここでは、吉右衛門と葵太夫がユニゾンで「そのうれしさ〜」と合唱する。今まで見た芝居の中で役者と太夫が絡むシーンはあっても、一緒にひとつの台詞をユニゾンするなんてことは初めて。そして、それが見事にハマっていた。
文楽においては、太夫しか語る人がいないので、当然出来るはずがない演出で、歌舞伎の義太夫狂言の中の工夫として創造されたのだろう。ユニゾンではなく、太夫と役者が交互に一文字ずつ掛け合いでつなぐ演出もあるそうだ。中村吉右衛門と竹本葵太夫のふたりで見られた滅多にはない演じ方。靄が瞬間消え失せて、その中で閃光が一瞬だけ差したように感じられて、幸せな気分を味わえた。

新・雀右衛門は芝雀のときと何も変わることなく、初役の時姫を演じていた。女形としては玉三郎のような華やかさには欠けていて、例えば「助六」の揚巻のような役は向かないタイプ。逆に秘めた思いが内面からにじみ出る世話物の娘役などにニンがある(※1)。しかし、雀右衛門を継いだからには、既定路線の繰り返しだけでは済まされない。踊りの大役も見ることは少ないが、「道成寺」や「鏡獅子」への挑戦も必要だろう。福助の復帰が待望されている中で、玉三郎を脅かすような活躍を期待したい。

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さて、新・雀右衛門が誕生したところで、先代雀右衛門のことを振り返っておきたい。
筆者が芝居見物を始めた頃、既に先代雀右衛門は八十歳を超えていて、もちろん歌舞伎界の最長老であった。ところが舞台での美しさはまったく歳を感じさせないものだったので、筋書に載った老人そのものの近影に驚愕した覚えがある。女形とは、顔だけではなく身体全体で表現することにより、周囲に纏う空気感まで変えてしまうものなのだと、はじめて教えてくれたのが雀右衛門だった。
当時、歌舞伎界で人間国宝に認定されていた役者は六人。雀右衛門を筆頭に藤十郎(当時・鴈治郎)、富十郎、芝翫、又五郎、田之助という錚々たる顔ぶれだ。
そのうちの五人が揃って出演した奇跡のような舞台を見たことがある。平成十七年二月の歌舞伎座公演『野崎村』(※2)だ。
心中を主題とした、いわゆる「お染久松」もので、大店のお嬢様のお染が雀右衛門、そのお染と恋仲になってしまった奉公人の久松が藤十郎。帰郷する久松との祝言を心待ちにしている田舎の娘が主役のお光で、芝翫がやり、お光の父親を富十郎、後家のお常は田之助がつとめた。
人間国宝五人が揃ったうえに、このときの『野崎村』は両花道を設えた豪華な舞台。久松が乗った籠が花道を去るのに対し、上手の仮花道ではお染を乗せた舟がスルスルと流れていく。舞台では出家を決めたお光が見送り、お染・久松・お光の三人が完璧な三角形を作って幕になる。特に籠かきのふたりが歩調を合わせるために杖をトントンと床につきながら進むその音。杖が刻むリズムが御簾内の太鼓と相俟って、両花道を引っ込む主人公たちのBGMになり、ミュージカルのような効果を出す大団円となっていた。芝居を見ていながら、違った時空に意識を持って行かれるワープ感で全身が総毛立つような体験だったと、いまでもよく思い出す(※3)。

五人の中での最年少が田之助で、当時七十二歳。設定上は一番若い雀右衛門は八十五歳であったはずだが、そのときの雀右衛門は舞台に咲くあえかな花のような佇まいであった。
その秘訣は頬のライン。先代の雀右衛門は顔の形が見事なV字型でその底辺に小さな顎が付いている。その顔を化粧で塗ると麗しく儚げな美しさが出現する。化粧は役者自らが施す技術だし、目を見開いたり口をすぼめたりするのも演技でコントロール出来る。しかし、顔の形だけは生まれもった原型なので、変えることは出来ない。そして、最も素のままが見た目に出てしまうのが頬のシルエットなのである。
お光を演じた芝翫は、素朴で一筋な心情を見事に表現していて、大根を刻みながら久松の帰還を待ちわびる姿が今でも甦ってくる。でも、その芝翫の顔はエラが張ったホームベース型。だから芝翫はお姫様役が似合わなかった。
そして、新・雀右衛門も同じくホームベース型。なぜか父親のV字型の顔は受け継がず、体型もほっそり型ではなくどっしり型。よって、先代雀右衛門の路線をなぞるには大きなハンデを負っている。
けれど、それを乗り越える芸が新・雀右衛門にはあるはず。変えられない顔や体型を芝居の型を研ぎ澄ますことで変えていく。そんな新しい女形の境地を開いてほしいと、先代雀右衛門の『野崎村』を振り返って思うのであった。(き)

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(※1)仁(ニン)とは歌舞伎でよく使われる言葉で「観客の誰もが感じることが出来る雰囲気、らしさ」のこと。
(※2)『新版歌祭文』(しんぱんうたざいもん)の上段後半部分。歌舞伎の世界を題材にした宮尾登美子の小説『きのね』の主人公の名は「光乃」。奉公先の付き人から「お光ちゃんか。じゃあ、野崎村だな」とあだ名をつけられる場面が印象的だ。
(※3)この公演の六年後、五人の人間国宝のうち三人が続けて亡くなった。
五代目中村富十郎 2011年1月没(81歳)
七代目中村芝翫 2011年10月没(83歳)
四代目中村雀右衛門 2012年2月没(91歳)



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