2016年01月25日

ブルックナー、ブラームス、ベートーヴェン、ヨッフム、スイトナー、サヴァリッシュ、メニューイン、ヴァント……みんなちがって、みんないい 2

(できれば1から読んで下さい)

シューマンはベートーヴェンの第4交響曲を「北欧神話の二人の巨人(第3番『英雄』と第5番『運命』)に挟まれたギリシアの乙女」と称したらしいが、ブルックナーやブラームスの交響曲を聴きまくった後で聴いたときの感じは、なるほどその通りで、溢れんばかりに健康的な若々しさを纏った朗らかな青年や少女たちが夏の草原を駆け抜けるような音楽だ。『フィガロの結婚』の序曲にもどことなく似ている。要するに、チャーミングな曲というしかない。(とはいえ、現代のせっかちな耳には不必要に長大と聞こえかねない序奏とそれに続く第一主題は、「乙女」というにはいささか重量感がありすぎるかな……)

そうなると、これまた例の「取っ替え引っ替え」が繰り返される。そして、ついに大発見! いや、すでに多くの人々にとってはとっくの昔から周知の事実で、ただぼくだけが知らなかったことに過ぎないのだが。CD棚の片隅にギュンター・ヴァントが北ドイツ放送交響楽団を指揮したCDが長年(もうかれこれ15年もの間)鎮座していた。この大指揮者の評価が日本で高まったのは1990年代だったろうか。ともかく随分な高齢になってから急に有名になったような記憶がある。特に彼のブルックナーは決定版のような扱いだった。しかし、当時はブルックナーに対しては不感症だったので、我家のCD棚に忘れ去られていたのはモーツァルトの「ポストホルン・セレナード」とベートーヴェンの第4交響曲がカップリングされた2001年のライブ録音。今では廃盤になっているらしいこのCDも、当時は鳴り物入りで宣伝されていた。このCDを購入したときの目当ては第4交響曲の方だったはず。おこがましいことに、その演奏でこの高名な指揮者が創り出す音楽の質を自分なりに見極めよう(聴き分けよう)としたのだろう。そして、そのとき「やたらと筋肉質の演奏だな」という印象を得て、そのまま「どうやらヴァントはぼくの好みではないね……」と判断し、その後はほとんど触れる機会もなかったというわけだ。それがこの正月に聴いたときには、本当に決して誇張ではなく、座っていた椅子から思わず飛び上がらんばかりに感動した。いや、させていただいた。かつて「筋肉質」「マッチョ」「いかつい」といった紋切り型文句でレッテル貼りした音楽は、「均整の取れた」「理知的な」「抑制の利いた」「清潔な」しかし極めてヒューマンな音楽になっていた。それにしても、ワインじゃあるまいし、本棚に長期保存している間にCDの音楽が熟成するはずがない。変わったのはこちらの耳だ。あるいは音楽を聴くこちらの態度だ。

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こうして、ヴァント先生の素晴らしさを堪能し、今度はベートーヴェンの第4交響曲を手元にある20枚以上のCDであれこれと聴いていると、言うまでもないことかもしれないが、高名なオーケストラは、なるほど確かにそれなりにふくよかな音を奏で、マイナーなオーケストラは幾分痩せ気味な音色になるという傾向が確認できる。ところが、ここでちょっとしたパラドクスが生まれる。というのは、痩せた音色には痩せた音色ならではの不思議な味わいがあり、ペーター・マークが指揮するパドヴァ・ヴェネト管弦楽団やメニューインが指揮するシンフォニア・ヴェルソニアが演奏する第4番には本当に他には代えがたい魅力がある。多くのクラシック音楽好きからは「フフン」と鼻で笑われるのかもしれないが……ジュリーニの、はたして水が本当に動いているのかと怪しく感じるほど悠々とした大河の流れにも似た長大なブルックナーも美しいけれど、晴れた早朝の森の中にひっそりと存在する湖を想起させるレーグナーのブルックナーも捨てがたいのと同じことだ。あるいは、あえて突飛な喩えを用いれば、マリリン・モンローの魅力と田中絹代の魅力を比較しても仕方ないし、そのような単純な比較がはたして可能なのかということにもなるだろう。

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(メニューインの全集、5枚セットで1,000円くらいだった!)

さらに、例えば、ティンパニの聞こえ方とか、木管(フルートやオーボエ)と弦のセクションの音量バランスとか、ちょっとした内声部の響き方の違いなどに思いを馳せている間に、ふともう一つの興味深いことに思い当たった。「しかし、これらの違い、各セクションのバランスや、例えばフルートの音量や音色、あるいはオーケストラ全体の音色などは、指揮者の意図ももちろんあるだろうし、各演奏家の個性や技量も深く関係するにしても、そもそもマイクのセッティングや録音技師のミキシングの問題もあるだろう。設置したマイクの本数だって影響しているはずだ。いや、その前に、もっと単純かつ重大な要因として、こちらの再生装置の性能や性質といったものがある。事実、ヘッドフォンを取り替えだだけで、音色はこんなに顕著に変化するではないか!」実際、ヘッドフォンを交換すると、聞こえる音楽の音色は激変してしまう。先刻まで耳障りだったフルートは不思議に沈んだ音色にもなるし、ティンパニの響きはスティックを持ち替えたのかと感じられるほどだ。

とすると、良い演奏・悪い演奏といったことを考えるときに、いったい人々は何を聴いていることになるのだろうか? オーディオ装置を取り替えるだけで印象が変化しかねないのだとしたら。そういえば、カラヤンという往年の大指揮者は録音技師に対してもかなり注文をつけた指揮者だったと耳にしたことがあるし、また別の有名な指揮者はレコード録音を酷く嫌悪したとどこかで読んだ記憶がある。ということは、自分たちの音楽が録音に際して大きく脚色される危険性を演奏家自身が強く意識していたということだろう。

気がついてみれば当たり前のことだ。そもそも、実際のコンサートであっても、座る席によって音の響き方は違うし、会場が異なれば、これまたそれだけで全然違う響きになってしまう。だからこそ、熱心な音楽ファンは会場にまでこだわるわけだ。そして、確かに同じ日に同じ演奏を聴いたのに、一人が「あのフルートがもう少し頑張っていれば世紀の名演奏だったのに!」と言うのに対して、もう一人が「木管は良かったよ! 問題はむしろコントラバスだったのでは」と返答するような事態だって、必ずしも小説やマンガの中だけの話ではないだろう。

「そうは言っても、テンポだけはかなり客観的な問題ではないか? 速い演奏と遅い演奏では、どうしたって半ば生理的な好き嫌いの反応が生じてしまうのではないか?」という問題を再び蒸し返すつもりはない。ただ、20代の頃は、曲のテンポ設定は決定的に重要な要素、おそらく最重要な問題だと自分自身も強く思い込んでいた。「この曲をこんなに速く演奏する指揮者はアホだ」とか、「この楽章を遅く演奏する指揮者なんて、もう二度と絶対に聴かない」とか、そんなことを額に青筋浮かべて喋り散らしていたような気がする。それを優しく、しかし決定的に窘めてくれたのはメニューインだった。メニューインがシューベルトの「グレート」(彼の二つあるハ長調の交響曲のうちの長い方)を指揮したのをライブで聴く機会があった(オーケストラは新日本フィル)。それが、とてつもなく速い、いや、異常に速い演奏で、最初はほとんど悪い冗談と感じられるほどの違和感を覚えたにもかかわらず、曲が進むに連れて、その速さにもそれなりの説得力があることが、それこそどうしても否定しがたい説得力があることが次第に明らかになっていった。(その日以来、メニューインは、他の誰が何を言おうと、ぼくには偉大な音楽家の一人となっている。)ちなみに、そのとてつもなく速かった「グレート」の演奏は、新日本フィルの演奏者たちの間でも伝説になっているらしい。そりゃそうだろう。多くの指揮者たちが、健康とはいえ年の頃は80歳くらいの老人の足取りで始める冒頭のアンダンテを、メニューインは若さと元気に溢れる青年のアンダンテにしてしまったのだから、フィナーレのallegro vivace「元気いっぱいのアレグロ」では、他の指揮者たちの演奏でもエンジン全開で走らなければならないところを、メニューインの指揮では「もっと、もっと、ずっと速く!!!」と急かされるわけで、おそらく弦のセクションでは「そんなこと、音符をすっ飛ばさないと弾けません!」という事態になっていたに違いない。だから、あの演奏がどれほど痛快であったにしても、もしかしたら、もう二度とあんな「非常識な」演奏には巡り会えないかもしれない……ともかく、その体験以来、自分のテンポ感覚というものも決して絶対ではないことを肝に銘じている。

そうなると、とりあえずは意味のありそうな結論は二つだろうか。一つは、こと芸術に関しては何かを嫌いになっている暇なんてない。何かを否定している時間があるなら、その時間を使って別の何かを肯定している方がずっといい。もう一つは、金子みすゞにならって、

鈴と 小鳥と それから私
みんなちがって みんないい

深呼吸して、こう呟いてみる。  (H.H.)
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2016年01月24日

ブルックナー、ブラームス、ベートーヴェン、ヨッフム、スイトナー、サヴァリッシュ、メニューイン、ヴァント……みんなちがって、みんないい 1

(タイトル同様に、本文もあまりに長いので2回に分けました−−続きは後日)

正月休みは例によって(?)ひどい音楽中毒症にかかっていた。(いまだに尾を引いている。)ブルックナーの交響曲7〜9番をあれこれ取っ替え引っ替え聴き続け、その合間にブラームスの第4交響曲をひたすら聴き続けるといった年末年始で、除夜の鐘さえも聞かずに過ごしてしまった。(つまりは、2016年は煩悩の塊ということか。)ブルックナーはジュリーニ、ハイティンク、ザンデルリンク、ヨッフム、スイトナー、等々、世に「名盤」と言われるものからさほど評価の高くないものまで、手当たり次第に聴いていた。これらの演奏を聴き重ねている内に少々気になることが生じたので、いい機会だから確かめようと思い、ブラームスの4番をやはり同じ指揮者たちで聴き比べることに至り、そして次第にいつもの泥沼へ……

何を確かめたかったのかというと、指揮者や演奏家によって音楽がそんなに変わるのかどうかということ。言葉を換えれば、そもそも自分に演奏の良し悪しが分かるのかどうかということ。結論を先に言ってしまえば、指揮者や演奏家が変われば、当然ながら、聞こえてくる音楽はかなり違う。そのくらいのことはわかる。しかし、それがはたして「良し悪し」と関係するかと言われると、それは全くわからない。判断できない。さらに言えば、「好き嫌い」さえわからないと告白したいくらいだ。

「お前は自分が好きな音楽の好き嫌いさえわからないのか!」と言われると、それこそ返す言葉もないが、この年末年始に考えていたことは、つまりはそういうことだ。実は常々考えているのだが、芸術は料理ととても似ている。(というか、料理も立派な芸術だと言った方がいっそう真相に近いのかもしれない。)先ず、「どの料理が一番好きか?」という問いに対して、明確な答を持っている人がどのくらいいるだろう? 「刺身が好き」とか「ステーキが好き」とは言ってみても、それは「美味しい刺身が好き」ということだろうし、「美味しいステーキが好き」ということであり、しばしば「まずい刺身よりは美味しいお好み焼きの方が好き」となることは簡単に予想がつく。となると、「刺身が好き」という最初の発言には、実は全く意味がないことになる。結局行き着く先は「美味しい料理が好き」ということになってしまうから。全く同じように、音楽に話を移してみても、「好きな音楽が好き」という同語反復に陥るのがせいぜい関の山ではないか。

いっそうの難問は、この「好き嫌い」というのが極めて主観的な判断であり、時と場合によって大きく揺れ動いてしまうという経験的事実だ。美味しいと思っている料理が、必ずしもいつも美味しく感じられるわけではない(風邪をひいただけでも味覚は変わり、こちらの空腹状態によっても大きく左右され、一緒に食べる仲間によってさえも全く別の料理になってしまう)。逆に、普段は特段美味しいとも思っていなかった料理が何かの折りに思いがけず美味しく感じられるということも、決して稀なことではない。音楽も同様で、それまであまり面白くないと思っていて本棚の片隅に積年の埃と一緒にしまい込んでいたCDをちょっとした気まぐれに聴いてみたりすると、その演奏が思いの外に美しく聞こえて吃驚仰天するということがある。実はこの正月はそんなことのオンパレードだった。例えば、ヨッフムのブルックナー8番(ベルリン・フィルとの、いわゆる旧版)。以前からブルックナーの大ファンを自称する友人から強く薦められていたにもかかわらず、一度聴いただけで、以後ずっと敬遠していた演奏だ。なのに、何の気なしに聴き始めた途端に今度は夢中になって聴き惚れてしまった。それまでどうして敬遠していたのか不思議に思えてきたほどだ。

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ヨッフム+ベルリン・フィルのブルックナー8番

それで、例によって「悪魔の声」(いや「天使の声」というべきか)が囁き、500円ほどで手に入るブルックナーのCD(主に中古)を正月早々買い漁ることになった。それがレーグナー(ベルリン放送響)だったり、スイトナー(シュターツカペレ・ベルリン)だったり、カール・ベーム(ウィーン・フィル)だったり……(「〜だったり……」で終わることからご推察できるように、このリスト、実はまだまだ後が続く……我ながら恐ろしや)。

ちょっとした試しに、ブルックナーの7番と8番(のいくつか)を速めの演奏から遅めの演奏の順に並べてみよう:

交響曲第7番ホ長調
レークナー    18:53//18:51//9:18//12:01 (59:03)
スイトナー    18:58//21:17//10:20//12:35 (63:10)
ベーム      19:42//24:10//10:26//12:03 (66:21)
ジュリーニ    20:22//24:08//10:35//12:31 (67:36)

交響曲第8番ハ短調
レークナー    12:30//13:15//26:17//22:41 (74:43) ハース
スイトナー    15:35//14:45//27:01//22:59 (80:10) ハース
ベーム      14:56//14:31//27:53//23:00 (80:20) ノヴァーク 
ジュリーニ    17:06//16:24//29:23//24:40 (87:33) ノヴァーク
(※ベームとジュリーニはウィーンフィルとの共演盤)

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(N響の指揮者でもお馴染みだったスイトナー) (往年の超有名指揮者カール・ベーム)
  
こうして並べてみると、ジュリーニとレーグナーの差がいかに著しいか、一目瞭然だ。7番では、8分33秒、8番にいたっては12分50秒もの差がある。実は8番の方には何かと小難しい「版問題」というものがあり、要するに、細かく言えば、複数のスコアが存在していて、その中のどの版を指揮者が採用するのかというのが、ブルックナーの音楽を考えるときには避けて通れない大問題らしい。困った(?)ことに小節の数も若干異なっていると聞く。しかし、12分を越える演奏時間の差は、大方の交響曲なら優に1楽章分、ハイドンならばまるまる1曲分にさえ相当する(場合もある)くらいだ。

さすがにこれほど違えば、その両方を好きだというわけにはいくまい。先入観の常としてはそうだろう。ところが、実際に聴いてみると、日頃はジュリーニの、聴く人によっては耐え難いほど遅い演奏に十分に慣れた(聴き惚れた)耳でも、ブルックナーにしては快速かつ軽量級のレーグナーの演奏もそれなりに大いに楽しむことができた。念のためにこの一文を書きながらもレーグナーの8番を聴いているのだが、もし仮にこの演奏を実演で聴けたなら、非常に充実した体験になったことだろうと確信できる。ジュリーニで聴く8番の第3楽章は「あの世の海」「あの世の浜辺」という感じがする。レーグナーで同じ曲を聴くと、我ながら奇妙な喩えだと思うが、よく磨かれた清潔なガラスケース越しに中世の色鮮やかな彩色写本、例えば有名なBook of Kellsを一人静かに眺めているような気分になる(きっとこれは自慢できることだと思うが、ぼくは事実このアイルランドの至宝をかなりの長期間一人静かに、もちろんガラスケース越しにだが、眺めることができた−−ただ、その頃のぼくはそれがどれほど凄い特権なのか、それが十分にわかっていなかった−−愚人救われがたし)。とすると、つまり、12〜13分もの演奏時間の差があるにもかかわらず、その両方の演奏がそれぞれに楽しめるのだとしたら、演奏技術の巧拙以外のいったい何が演奏の良し悪しを決めるのだろうか?

どうやら指揮者や奏者の違い、彼らの楽曲解釈の違いは、例えば外国語で書かれた小説の翻訳の違い、翻訳小説の出来・不出来の違いとは全く異質のもののようだ。翻訳であれば、数ページ読んだだけで、「この翻訳はダメだね」とかなりの確信を持って言える(ような気がしている)。しかし、それは要するにその翻訳が「間違っている」からだ。客観的な間違いであるがゆえに、こちらも相当の確信を持って「間違っている」と言えるのであり、間違っている限りは、ダメな翻訳と断言できる。ところが、音楽の方は、音程を外したり、勝手に編曲したり(ジャズは言うまでもなく、クラシックでもある程度のアドリブの余地は残されているようだが、それは「勝手に編曲する」のとは微妙かつ本質的に違うことだ)、フレーズを飛ばしたりすることを除けば、テンポやダイナミックスの違いは決して「客観的な間違い」ではない。だから事は難しい。

こんなことを真面目に考えながら携帯プレーヤーをあれこれと操作していたとき、ふと指先があらぬ方向にすべって、これまでの文章が全て「前書き」になってしまいかねない事態に遭遇した。勿体ぶらずに言えば、聴くべき音楽ファイルを選び間違えて、その結果、予期せぬ(つまり、ブルックナーではない)曲がヘッドフォンから流れてきたというわけだ。そして、それがとてつもなく、何とも形容しがたくチャーミングに、文字通りに一瞬魔法にかけられたのかと思うほどにチャーミングに響き渡った。ベートーヴェンの第4交響曲の第4楽章! 「この超絶に美しい音楽を奏でているのはいったいどこのどなたでございますか?」と携帯プレーヤーに尋ねてみると、「ペーター・マーク指揮、パドヴァ・ヴェネト管弦楽団」と書かれていた。言うまでもないことだが、自分でわざわざ携帯プレーヤーに録音したくらいだから、前々からこの指揮者は好きな指揮者だったし、ベートーヴェンの第4交響曲も第2交響曲と同じくらい好きな曲だった。が、それが「こんなに!」チャーミングな曲であるとは、実に情けないことだが、今の今まで全然わかっていなかった。 (H.H)
(※ 続きはこちら→) 

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(知る人ぞ知る、ペーター・マーク)

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2016年01月20日

鶴岡八幡宮には「カマキン」がよく似合う 〜 神奈川県立近代美術館のこれから

※通称は「カマキン」でした。「カマビ」と間違って思い込んでおりましたので訂正します。

古式ゆかしき鶴岡八幡宮。源平池の向かって左側が平家池で、その水面にモダンな佇まいを映して建つのが神奈川県立近代美術館。坂倉準三が設計した建物は鎌倉館にあたり、鎌倉別館と葉山館が後になって別の場所に建てられた。
この鎌倉館は「カマキン」と通称されていて、平成二十八年三月をもって閉館が予定されている。その最後の展覧会が『鎌倉からはじまった。1951ー2016』(※1)。昨年の春からスタートした三部制の展覧会は、現在から開館まで時間を逆回しして美術館の歴史を振り返る構成だ。その『PART3 1951ー1965 「鎌倉近代美術館」誕生』を見に行った。
会期終了まであとわずかとなった休日とあって、切符売り場には行列ができ、館内も多くの人で賑わっていた。でもそれがちっとも不快じゃない。絵が好きな人たちが、好きな絵を見に来ていて、実は絵が好きな人は世の中にたくさんいる。そんな好ましい賑わい方だった。
都心で開催される大量動員の展覧会では、絵を見ることさえ、チケットを買って会場に入った行列の流れそのままの順番通り。ひとつの絵をじっくり見ようとして立ち止まることは許されないし、ちょっと離れて眺めて見るなんて絶対に無理。絵より人の数の方が圧倒的に多いのだから当たり前だ。
ところがカマキンは混雑しているけれど、人の流れが全然違う。陳列順にきっちりと進む人もいれば、ササーっと飛ばしながら自分のお気に入りの作家のところで立ち止まる人もいる。作品に顔を近づけて細部に見入る学生、真ん中のソファ(座面のヘタレ具合は半端ではない)に腰掛けて行き交う人越しにひとつの絵と向き合う壮年の男性、絵の前で作品にまつわる思い出を語り出す女性二人組……。
美術好きの人たちが思い思いの休日を過ごしに美術館にやって来た、というだけのことだが、そこには美術館に相応しい熱気が立ち込めていた。たぶん、それはカマキンがこの地にオープンしたときと同じ、静かなる熱さであったのだろう。

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神奈川県立近代美術館が建てられたのは昭和二十六年(1951年)。美術館の歴史をひもとくと、その経緯は「1949年に県在住の美術家、学者、評論家たちが集い、第二次大戦後の混乱と再生の時代に、文化芸術の指針を示す活動の必要性を感じて美術館建設を目指し、神奈川県美術家懇談会を設立したことに端を発した」(※2)のだと言う。敗戦からまだ数年しか経たない時期に、美術館を、しかも近代美術館を建てようとしたのだから、その志に驚くしかない。
神奈川県は鶴岡八幡宮から賃貸借契約で土地を確保(これが今日の問題につながることになる)し、美術館の建物はコンペでその設計者を決めることになった。選ばれたのは坂倉準三。ル・コルビュジエに師事した坂倉は、師が提唱した建築の原則に従って、ピロティを活用した建物をつくった。
二階部分を柱が支え、一階は外部空間と一体になった構造。天井から自然光を採り入れた二階で絵画を展示し、一階は開放された空間の中で彫刻を置く。そうした坂倉の意図はともかくとして、この建物の魅力は八幡宮の環境に溶け込んだナチュラルな存在感だと思う。木々の高さを超えずに横に広がる建物は、森の中に軽く浮いているように見える。コンクリートよりも大谷石の肌触りが印象に残り、モダンなフォルムと色遣いは森や平家池の緑と相性がいい。
今月がそうであるように、手水でお清めをして八幡宮に詣でたあと、破魔矢を携えながらカマキンに寄って所蔵品の展示を見る。そんな楽しみ方がごく当たり前の流れになっているところが、八幡宮にあるカマキンの魅力だったのではないだろうか。

そのカマキンが閉館する。
最大の理由はカマキンが建つ土地の賃貸借契約期間が終了すること。戦後の混乱期に神奈川県が鶴岡八幡宮と交わしたのは、六十五年間の定期借地契約。当時は永遠と思われただろう六十五年という年月が経ち、現実としてその期限を迎えてしまったのだ。
六十五年の歳月を建築物の耐久期間として捉えてみると、これはもうかなり危険水域まで来ていると言わざるを得ない。事実、建物の細部を見るとヒビ割れや腐食が否応なしに目につく。
では、次の世代に向けて、いっそのこと建物を解体して建て直し、カマキンを再生させるのはどうかと考えるのであるが、しかし、建て直すことは不可能なのである。
鶴岡八幡宮境内は国の史跡に指定されており、史跡は地方公共団体の教育委員会管轄下に置かれる。当事者である神奈川県教育委員会は、カマキンについて以下のような発表を行っている。

・鶴岡八幡宮境内は、昭和四十二年に国の史跡に指定され、鎌倉市教育委員会が策定した史跡の保存管理計画では、「史跡の中では、宗教活動あるいは史跡にとって重要不可欠なもので、かつ、史跡にそぐうもの以外の現状変更は認めない」とされている。
・そのため、建設後六十年以上を経過し、老朽化が顕著な建物を美術館として改修することは難しいため、県は、鶴岡八幡宮との借地契約が満了する平成二十八年三月末で、美術館としての活動は終了することとしている。
・借地契約では、契約満了後に県が建物を除却し、更地にすることになっているが、建築関係団体等から、故坂倉準三氏が設計した近代美術館の建物について保存要望があることから、現在、県と鶴岡八幡宮で借地契約終了後の建物の扱いについて、協議を行っている。(※3)


要するに、新しい美術館を建て直すことは、鶴岡八幡宮が国の史跡であるから出来ないということらしい。一方で「美術館として改修することは難しい」というのは曖昧な表現だが、たぶん神奈川県としては、鎌倉別館と葉山館を使えば十分な美術館活動が継続できるというのが本音なのだろう。老朽化した建物が使用に耐えず、かつ、その敷地が借り物であって契約満了を迎えたとなれば、普通に考えれば更地にして八幡宮に返すのが妥当な流れである。
ところがそうならないのは、カマキンがあまりに八幡宮に似合っているからなのだ。
上野公園の中に国立西洋美術館があるのと同じように、鶴岡八幡宮に県立近代美術館が併設されていることに違和感を持つ人は皆無だろう。逆に、カマキンが忽然とその姿を消してしまった図を想像してほしい。それは思い浮かべることすら怖ろしくなる光景であって、平家池の向こう側はポッカリと抜けた虚無となり、参道の左へ折れる小径の先には何もない空地が広がることになる。
坂倉準三の作品価値があるから建物を残すべきだとする建築学会的な論議もある(※4)ようだが、ことカマキンに関しては、本質はそれではない。あくまで市民レベルの生活者視点で考えたときに「なくなることが想像できない」くらい八幡宮の境内に馴染んでしまった建物をあえて取り壊すことはないではないか、という素朴な感覚の話だ。それは周辺住民であろうと、たまにしか訪れない美術愛好家であろうと、同じように感じるのだと思う。
幸いにも、カマキンは美術館としての活動は終えるが、その建物は残されることがほぼ確実な状況になっている。土地の賃貸借契約が終了した後、神奈川県が建物を鶴岡八幡宮に移譲し、協同して耐震工事を行う。その建物を「鶴岡八幡宮は、宗教活動の中で文化的な施設として社会貢献も視野に入れた活用を図っていく方向で検討している」(※5)そうである。とりあえず、ひと安心というところだ。

老若男女幅広い動員で溢れかえった会場は、カマキンへの想いをそれぞれのやり方で伝える空気で満たされていた。
親子が揃って中庭にあるイサム・ノグチのコケシの彫像と並んで記念写真を撮っている。出口付近にはカマキンへの思い出コメントコーナーが設置されていて、子どもたちがカラーペンで熱心に書く様子がある。ピロティの柱を写真におさめる学生がいるその二階では、いつもは空いている喫茶室が満席になっていて、老夫婦が並んで待っている。
もちろん、展示内容も充実している。最後の展覧会に相応しく、六十五年に及ぶカマキンの美術品収集活動の集大成とも言える作品が並んだ。特に、松本竣介の「立てる像」と古賀春江の「窓外の化粧」「サーカスの景」の前には、立ち去り難く絵を眺める人々が多く見られた。
最後の展覧会を開くにあたって、カマキンの館長は次のように語っている。

そのときようやくタイトルが、はじめはぼんやりとですが、徐々にはっきりと浮かんできました。
「鎌倉からはじまった。1951-2016」
「さようなら」「さらば」「グッドバイ」とお別れの言葉をかけるのではなく、この美術館に命を吹き込んできた尊敬すべき先輩たち、そして、美術を愛し、この美術館を支援してくれた方々と、その出発の意義をもう一度、展覧会というかたちで確認し、それを踏まえて未来を模索していきたいと考えたのです。(※2)


建物の主が、神奈川県から鶴岡八幡宮に変わるカマキン。美術館ではない何かになっていくのだろう。また、八幡宮を訪れたとき、境内をそぞろ歩きながら、池越しにカマキンを眺めてみたい。ごく自然にカマキンの未来を見つめていきたいと思うのである。(き)


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(※1)『鎌倉からはじまった。 1951−2016』
    PART1 1985−2016「近代美術館のこれから」 平成二十七年四月十一日〜六月二十一日
    PART2 1966−1984「発信する近代美術館」 平成二十七年七月四日〜十月四日
    PART3 1951−1965「鎌倉近代美術館」誕生 平成二十七年十月十七日〜平成二十八年一月三十一日
(※2)神奈川県立近代美術館HP「館長からのメッセージ」より。
(※3)神奈川県HP「県立近代美術館鎌倉館の建物調査結果について」(平成二十七年一月二十三日記者発表資料)より。
(※4)一般社団法人日本建築学会は、神奈川県知事宛てに「神奈川県立近代美術館の保存活用についての要望書」を平成二十五年十二月十九日付で提出している。
(※5)平成二十七年九月十一日の神奈川新聞は「八幡宮に移譲、保存へ 県立近代美術館鎌倉本館」という記事を掲載した。





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