2015年11月28日

フレッド・アステアの"They Can't Take That Away From Me"(誰にも奪えぬこの想い)

"They can't take that away from me"は、1937年のアメリカ映画『踊らん哉』(※1)の挿入歌。ジョージ・ガーシュインが作曲し、兄のアイラが詞をつけた。
歌ったのは、もちろんフレッド・アステア。ジンジャー・ロジャースと共演したミュージカル映画は、1930年代の人気シリーズのひとつだった。二人の組み合わせは、後にフェデリコ・フェリーニが『ジンジャーとフレッド』で作品にするくらい、映画史上最高のコンビとなった。
『踊らん哉』に限らず、「アステア・ロジャース映画」にはスタンダード・ナンバーとして長く歌い継がれる楽曲が数多く登場する。その中でも別格なのが、"They can't take that away from me"で、同じ年のアカデミー編曲賞にノミネートされている。

アステア1.jpg

スタンダード・ナンバーの大半は「好き」とか「愛してる」という内容の歌なのだが、あえて"love"という単語を使わないタイトルが付けられることが多い。今様に言えばコピーライティングの一種に近く、いかに"love"を使わずに愛の歌であることを表すかに作詞家の腕が試されたのでもあった。
わかりやすい例は、"I've got you under my skin"あたり。邦題は「あなたはしっかり私のもの」となっているが、本来のタイトルのニュアンスはもっと肉感的だ。
そんな中で、"They can't take that away from me"というタイトルはかなりいい線を行っているのではないだろうか。タイトルのキーフレーズは"that"。これが何を指すのかが、歌詞の中で明らかになるわけで、そこにほろ苦い味わいがある。そのような感覚は「誰にも奪えぬこの想い」という日本語タイトルではなかなか伝わりにくい。
ガーシュイン兄弟はアステアが歌うことを前提に作ったのであるが、歌手ではなく踊りが本職のアステアは、この曲に限って言えば、歌声に深みがなく歌詞の印象を薄めているように聞こえる。たぶんアステアの歌い方ではエレガント過ぎて、歌詞本来の苦味が出しにくいのだろう。

ビリー・ホリデーやエラ・フィッツジェラルドといった女性歌手のビッグネームたちも揃ってカバーしていて、彼女たちが歌うと当然ながら"me"は女性ということになってしまう。なぜだか歌の世界では、歌詞に登場する"I"は、男性が歌うときは男、女性が歌えば女の設定に早変わりする。その点、演歌を中心として日本では、男性歌手が女の気持ちになりきって歌うことが当たり前にあるわけで、歌の上では日本のほうがジェンダーフリーが進んでいたと言える。
それはともかく、"They can't take that away from me"はアステアがロジャースに向けて歌う場面での挿入歌なのだから、歌の中の「私」は男性として考えたい。映画よりも歌だけがスタンダード・ナンバーとして残っている今となっては、アステアの優雅さよりもフランク・シナトラの飄然とした歌い方がよく似合う。
そのシナトラの歌声をイメージして、歌詞を訳してみよう。


The way you wear your hat
The way you sip your tea
The memory of all that
No, no, they can't take that away from me

The way your smile just beams
The way you sing off-key
The way you haunt my dreams
No, no, they can't take that away from me

We may never, never meet again
On this bumpy road to love
Still I'll always, always keep the memory of...

The way you hold your knife
The way we danced till three
The way you've changed my life
No, no, they can't take that away from me
No, they can't take that away from me


きみの帽子の被り方
きみの紅茶の飲み方
そんないろんな癖の記憶
ハハ!こいつを僕から取り上げるのはムリ

きみの笑顔のキラめき方
きみの音階外れの歌い方
僕の夢によく出てくるし
ハハ!こいつを僕から取り上げるのはムリだね

僕ら二度と再び会うことはないんだろうな
愛というにはでこぼこ道ばかりだったから
それでも僕はいつもいつまでも憶えておくつもり
それは──

きみのナイフの持ち方
ふたりで三時まで踊ったね
きみが僕の人生を変えてしまったこと
ハハ!この思い出を僕から取り上げるのはムリだよ
は〜、この思い出を僕から取り上げるなんてできるわけないさ



シナトラの歌を聴いていても、失恋の痛手のような暗さはまったく感じられない。明るい曲調とも相まって、愛した女性のちょっとした仕草や癖を思い出しては笑っているという感じだ。
キーワードの"that"が指すのは、恋人のそうしたディテール。「折れたタバコの吸い殻で/あなたのウソがわかるのよ」(※2)と言うように、洋の東西を問わず、深い関係になればなるほど、相手の癖が記憶に鮮明な刻印を残すものなのだ。
恋をなくしても、彼女の愛すべき振る舞いの残像が蘇る。たぶん、帽子の被り方も紅茶の飲み方もどこか少しファニーだったに違いない。笑顔はメチャクチャ輝いていて光線を放つようである一方で、歌はキーがはずれている。フォークの使い方は完璧だけど、ナイフの持ち方はなんだかマズい。
そんな魅力溢れた女性との日々はバンピーな道のりを経てダメになり、今は離ればなれに。ふとした仕草を思い出すうち、自分の心はすっかり彼女の面影で支配されていることに気づく。それはもう取り戻すことは出来ない。歌の最後には"that"は、愛した女性との思い出そのものに変わっている……。

シナトラ.jpg

ところで、フレッド・アステアをはじめて見たのは、『ザッツ・エンタテインメント』(※3)における「踊るニューヨーク」のタップダンスシーン。RKOでのジンジャー・ロジャースとのコンビを解消しMGMに移籍したアステアが、パートナーをエレノア・パウエルに替えて踊った映画だ。「ビギン・ザ・ビギン」にのった二人だけのダンスは約三分間。それをわずか二つのショットだけで見せる。フルショットのカメラは、ダンスの動きに合わせて左右にわずかにパンするのみ。要するに、アステアとパウエルの至芸をとくとご覧あれ、という撮り方なのだ。観客にとって価値があるのは二人のダンスそのもの。余計な撮影テクニックや演出は不要。だから全身フルショットの長回し。シンプルでベストだ。

これ以外にはない当然の撮り方が普通に映画になっていた良き時代は、今はもうない。いや、絶えてからもう五十年くらい経過してしまった。TVの音楽番組やミュージッククリップなどを見ても、演出演出演出技術演出の繰り返し。もちろん「技」が絶滅したことも要因としてあって、演出しなければ見せられないという事情もあるだろう。でも、じっくり芸をみたいときでも、必ず映像とカメラと照明が邪魔をする。踊りを見たいのになぜ顔のクローズアップを入れる必要がある?コンビネーションを見たいのになぜひとりだけスポットライト?カット割りがすべての流れを分断することがなぜわからない?

不満ばかりの現代において、便利になったことも一方ではある。YouTubeで検索すれば、アステアのダンスなど溢れるくらいにひっかかってくる。もちろん「踊るニューヨーク」もPCやスマホですぐに見られる。いい時代になったものだ。
そんなYouTubeを眺めていたら、1970年アカデミー賞授賞式にアステアがプレゼンターとして登壇する映像が出てきた。
当時の授賞式の司会者はボブ・ホープと決まっていて、オスカー像を渡し終えたあとのアステアはボブ・ホープに促がされてステージの真ん中へ。そこに音楽が流れだすと、アステアの身体がたまらずに動き出し、ダンスを披露してしまうという趣向。このときアステアは七十歳。細身の体型は寸分の狂いなく変わらず、そしてダンスは全盛期と同じくエレガントでシャープ。TVクルーも往年の映し方を知っていたのか、画面はひたすらフルショット。こんな素晴らしいアカデミー賞授賞式もあったのか、という歓びでシビレてしまった。

さらにおすすめ画面を繰ってみると、RKO時代の『踊る騎士』でアステアがドラムをパートナーにして踊るシーンが出てきた。アステアとドラムの組み合わせは『イースター・パレード』の玩具店でのダンスシーンが有名なのだが、その原典がRKO作品にあるとは知らなかった。そして、ドラムパフォーマンスは『踊る騎士』のほうがはるかにすごい!パートナーがドラムと言うよりは、アステアがドラムの一部分になってしまったかのような、アステアの楽器化。もはや人間技ではないレベルに達してしまっている。その技が1937年に完成されていたことを考えると、授賞式でのダンスなんてまさしくオチャノコサイサイであったに違いない。

最後にアステアの歌について補足しておくと、七十歳を超えてからレコーディングしたスタンダード・ナンバー集での"They can't take that away from me"は、段違いに良くなっている。と言うか『踊らん哉』が映画のワンシーンとしての表現だっただけで、映画以外では昔から良かったのかも知れない。
シナトラの絶対的な美声とは違ったアステアらしい枯れた歌い方。ダンスと同じようにリズムの取り方は譜面にぴったり一致するのだろう。
正確無比なゆとり感。アステアにしか醸し出せないアステアらしさである。(き)


(※1)監督はマーク・サンドリッチ。原題 は"Shall we dance"。
製作会社のRKO(Radio Keith Orpheum)は「電波塔」のイラストと「RKO/A Radio Pictures」の文字によるオープニングロゴが有名。映画草創期からプログラムピクチャーを量産したメジャースタジオだったが、50年代半ばに倒産・消滅してしまった。ヒッチコックの『断崖』『汚名』やオーソン・ウェルズの『市民ケーン』もRKOの作品。

(※2)中条きよし「うそ」。作詞山口洋子、作曲平尾昌晃で、昭和四十九年にヒットした。

(※3)MGMミュージカルの名場面を編集した1974年のアメリカ映画。監督のジャック・ヘイリー・ジュニアは『オズの魔法使い』のブリキ男の息子。この映画が公開された後、日本で「エンターテイメント」という言葉が一般化した。


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2015年11月26日

スティービー・ワンダーとクルマでカラオケ!

「もう一度、聞きますけど、本当に運転、大丈夫ですよね、僕、ちょっと心配で……」

 と、番組ホストのジェイムズ・コーデン。
 ニヤニヤしながら運転席に坐っているのは誰あろう、スティービー・ワンダー!

「免許は持ってるよ」
「ほ、本当に」
「え〜と、あれ、ないな!」(ポケットをさぐる)
「後ろの荷物に入れてるんですか」
「いや……君、私のポケットをいじらなかったかね」

 このかんイギリス人のコーデンの英語のマネで話し続ける御大に、コーデンが「その訛り、やめてくださいよ!」と叫び続ける、爆笑のオープニング。(下段で番組クリップを見ることができます

 米CBSの人気トーク&バラエティ番組「レイト・レイト・ショー」の司会者が十年ぶりに交代となり、イギリスのコメディ俳優、ジェイムズ・コーデンが今年春から四代目ホストになった。アメリカでは知名度がなかったコーデンだが、ゲストとのトークをそつなくこなし、番組の五年追加契約をものにしている。
 話題のコーナーはこの「Carpool Karaoke」。カープールつまり「あいのり」ですね。クルマをころがしながらのトークは日本の深夜バラエティ番組でもおなじみだが、世界的なスターがコーデンの運転するクルマに「あいのり」し、軽いトークをしながら自分のヒットナンバーを歌いまくるという企画だ。
 
 席を代わったコーデンがスタートさせた車内に響きわたるのは「迷信」のあのイントロ! いきなり爆唱モード! そりゃそうだ! スティービー・ワンダーって軽くカラオケで歌ってくださいという設定でも、あの歌い方なんだと納得! ハーモニカも吹く!

151129sw.jpg CBS

 夫が今日の仕事でスティービー・ワンダーといたとは信じてくれそうにない、コーデンの嫁に電話。

「やあジュリアっ! イギリスから電話してるスティービーだ。君が知ってるスティービー・ワンダーじゃないよ!」

 と笑わせるスティービーは、『I Just Called to Say I Love You(心の愛)』を「I just called to say James loves you」と、コーデンの嫁に電話で歌って聞かせてあげる。運転席のコーデン、思わず涙ぐむ。そりゃあそうだろう!
 となりの席で軽くハーモニカを吹くスティービーにむかって、何か教えてもらえませんか、とハーモニカを取り出したコーデンが、「だめ、だめ、絶対にハーモニカにはさわるな」とマジで叱られる(笑)場面(その後、スティービーはぽつりと『ハーモニカは私のためのものなんだ……』とつぶやく)などをおりまぜ、車内では『Sir Duke(愛しのデューク)』『Isn't She Lovely(可愛いアイシャ)』などが歌われる。とてもひさしぶりに聴いたけれど、こりゃコーデンじゃなくとも唄いたくなるわ! 昔はちょっと苦手だったスティービー・ワンダーの曲の明朗さって、くやしいような気もするけど、新鮮だ。

「ロサンジェルスの交通事情は悪夢のようですけど、あいのりしていると、気分がぜんぜん違いますね」
「私も楽しかったよ、いっしょに乗る友だちが必要なのさ、私たちには」
「ええ」
「仕事だって必要だ。連絡してくれ」
「マジですか」
「連絡してくれ」

 ということで最後は「人生で初めて、ぼくを必要としてくれる、ぼくの夢をかなえてくれる人に出会えた」という曲『For Once In MY Life』で終わる。

 CBSのテレビスタジオがあるロサンジェルスで収録しているせいか、あまり車のスピードを出さずに(コーデンがゲストに渋滞を詫びる場面がよくある)コーナーがやれるということもあるし、太めで愛嬌のあるコーデンの親しみやすさも功を奏した。この回はスティービー・ワンダーの公演プロモーションも兼ねている。
 テレビ番組だから、いろいろな仕立てがあるわけだが、それでも、こちらまでがキモチよくなる「そと歌」(車内カラオケだけれど)は、ひさしぶりだ。
 おもてで、明るく楽しく歌を歌う、ということがなくなったのは、いつごろからだろうと、ちらほら調べていた。カラオケのせいで人は「そと歌」をしなくなったのではないかと。そうしたら逆にこの「カラオケ」企画を見つけたというわけ。
 
 パリでの事件直後、フランス人が集まって国歌を唄う様子には違和感がある、という意見をいくつか聞いた。
 自分が見たニュース映像では、夜、現場に置かれた花の周囲にロウソクを灯し、あまり数多くない人たちが手をつなぎ、ボソボソと唄っていた。
 その歌詞と曲調のように愛国と戦意を昂揚しようという唄いかたには見えなかったが、放送のされかたからは、献花献灯をし国歌で〆という「手順」に見えるので、同じことを東京で「君が代」で、と思うと確かに違和感はある。

 わたしたちが明るく爽やかに、手をとり肩を組んで「そと歌」を歌ったのは、いつのことだったろう。自分の経験した「そと歌」には、どことなく偽善がまとわりついていて、愉快な記憶がない。
 わたしが生まれる前だと、戦後民主主義を、それこそ「うたいあげる」ような映画のハイキングなどの場面に出てくるけれど、あれも偽善だったのだろうか。
 一九四九年の初映画化版「青い山脈」。たしかサイクリングのシーンで有名な主題歌をみんなが朗らかに唄っていたのでは。自転車をこぎながら出演者が唄うのか、場面のBGMだったのかは忘れてしまっていて、また見たいから、音質や画質がよくなったリマスター版が出ているかどうか調べた。

 そのとき知った。
 原節子が亡くなっていたことを。(ケ)

 www.youtube.com/watch?v=qqrvm2XDvpQ
Originally Uploaded on Nov. 29, 2015.

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2015年11月21日

ブルース・コバーン「Lovers in a dangerous time」と無力感について

 無力感、というものは、歳をとったくらいでは消すことができない。
 有力者という立場があるが、同年輩で社長や市長や組長をやっている人は、有力感を感じるのかなと、たまに思う。

 無差別テロは許さない。しかしフェイスブックのタイトルにすぐフランス国旗の三色を貼ってアピールするのは、いかがなものか──が、ある程度は教養がある日本人にとっての「正解」らしい。
 復讐の連鎖に陥ってはいけない。悲劇を無限に繰り返すだけになる。
 そのことに反論はない。ないが、そういう「正解」には、無力感がつきまとう。そういう「正解」をメディアやウエブに公表する人は、自分で納得なのだろうか。自己満足ではないか、という気がするのだが……。
 
 西洋医学は即効性ある対症治療、時間をかけた体質治療が東洋医学。であるならば、いまの世界に必要なのは西洋医学、ということか。自分も西洋医学には、さんざんお世話になっている。
 しかし、化学薬品を与えたり、からだの一部を切除したり──人間の場合、他者の犠牲なく新しいパーツが得られる場合は多くない──して治すのが西洋医学だとして、テロを「切除」するような方法があるのだろうか、また、世界はその方法に耐えられるだろうか。
 もっとも鍼灸や体操では、ここまで病んだ世界はすぐには治癒しないだろうし、気が遠くなる時間がかかりそうだ。

 歌を聴くことに逃避するつもりはないけれど。
 ブルース・コバーンが、何か歌っていなかったかなと思いつき、探してみた。
 もともとフォークソング、とくにプロテストソングは、好きでない。
 ふらりと入った呑み屋がライブバーだといわれ、シンガーソングライターだという人がギターを弾いて歌いだすと、ケツが浮いてくる。
 かつて日本のフォークシンガーたちの演奏はかなり聴きに行ったのに、ボブ・ディランは熱心に聴かなかった。ディランの盤を買い集め、ライブに行くようになったのは、自分がかなり歳をとってからだ。

 が、このカナダのシンガーソングライター、ブルース・コバーンは、かなり昔から盤をちょいちょい買って持っている。
 理由はわからない。
 一九六〇年代末の活動開始から十年ほどは、心情表現のような音楽だったが、八〇年代から社会派的立場を明確にし、実際に紛争地を訪れるなど状況にかかわりながら音楽を作るようになった。七〇歳のいまも現役だ。
 アコースティックギターの名手といえると思うが、アメリカのバークリー音楽院でジャズを正式に学んでいて、ジャカジャカとギターを鳴らして戦争がどうのこうの、ではない不思議な音空間づくりをする人だ。はっとする歌詞と、弾く音のアンバランスなバランス、そこが魅力だったのか。歌詞カードなしに聴ける英語力はなかったから、ギター奏者として好きだったのかもしれない。

「Lovers in a dangerous time」という曲を見つけた。
 一九八四年発表のヒット曲で、同時代にコバーンがコミットしていたグアテマラ難民の問題か、当時の同性愛者たちのことを歌った曲では、といわれている。
 コバーン自身は、ティーンエイジャーのカップルを見た印象を冷戦時代の陰鬱な空気感との対比で曲にしてみたらしいが、解釈が広がることは嬉しいといっている。いまだからこそ、この曲を聴いていい、と思う。
 当時のプロモーションビデオを見ると※1、八〇年代って日本も世界も、なんておかしな時代だったんだろうと悲しくなるが、コバーン本人も本来はこう弾くつもりだったんでは、という近年の演奏も見られ※2、もちろんそちらのほうがずっといい。
 
 歌詞を訳すのは、むずかしい。
 いろいろなふうに解釈できて、日本語にしにくい。
 そのせいか、あらためてブルース・コバーンの音楽が好きになった。
 それはいいとして、たとえば「grace」にあてる日本語の重みの度合いで、訳全体に影響が及んでしまう。
 また、聴いている側への命令形なのか、自分の意思の叙述なのか、分からないまま日本語でどちらかに限定すると、曲の感じがかなり変わる。
 そこで今回は、あらかじめ添削してもらい、せめて大間違いだけはしないようにして、紹介することにした。

Lovers in a dangerous time

Don't the hours grow shorter as the days go by  一日また一日と日が過ぎても 時は短くはならない
You never get to stop and open your eyes      立ちどまることも 目を開けることもできない
One day you're waiting for the sky to fall       ある日 空が落ちてくるのを待つことになる
The next you're dazzled by the beauty of it all   つぎの日には そのあまりの美しさに目がくらむ
When you're lovers in a dangerous time        きみたちは危機の時代の恋人たちだから
Lovers in a dangerous time                 危機の時代の恋人たちだから

These fragile bodies of touch and taste         もろい身体 ふれること 感じること 
This vibrant skin this hair like lace              震える肌 細く透ける髪
Spirits open to the thrust of grace             神の恵みを受け入れるしかない魂
Never a breath you can afford to waste           一度とてむだにできない呼吸
When you're lovers in a dangerous time         危機の時代の恋人たちであるからには
Lovers in a dangerous time               危機の時代の恋人たちであるからには

When you're lovers in a dangerous time           危機の時代に恋人どうしでいると
Sometimes you're made to feel               愛し合うことは罪であるかのように
            as if your love's a crime        感じさせられることもある
But nothing worth having comes               けれど すこしでも戦わないと 
            without some kind of fight    持つ価値のあることを 手にはできない
Got to kick at the darkness 'til it bleeds daylight     闇をけとばせ 陽の光がこぼれてくるまで
When you're lovers in a dangerous time          危機の時代に恋人どうしでいるのだから
Lovers in a dangerous time                   危機の時代の恋人たちだから
And we're lovers in a dangerous time            ぼくらは 危機の時代の恋人たち
Lovers in a dangerous time                    危機の時代の恋人たち

(ケ)

151122bc.JPG



※1 www.youtube.com/watch?v=8dGNDUdtNh8
※2 www.youtube.com/watch?v=NKjgJ3oLJqE
添削ありがとう!
*二〇一六年八月六日、手直ししました。管理用
Originally Uploaded on Nov. 22, 2015.

posted by 冬の夢 at 23:55 | Comment(1) | TrackBack(0) | 音楽 ロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする