2015年10月31日

上田敏「落葉」覚書

 秋も次第に深まり、今日は夕方から部屋の中にいても長袖一枚では心許ないほど寒く感じられた。だから、というわけでは必ずしもないが、以前に別のところで話題にした上田敏の『海潮音』に収められている、おそらく誰もがご存知の「落葉(らくよう)」について、その翻訳・意訳の卓越振りについて書き留めておこうと思う。

「落葉」が日本語の近代詩の中で、翻訳、創作を問わず、とりわけ有名である事実はわざわざ指摘するまでもないだろう。したがって、ここに全文を引用するのも気が引けるが、以下の話の便利のために、原詩と並べてご登場願うことにしたい。

Chanson d'automne

Les sanglots longs
Des violons
De l'automne
Blessent mon coeur
D'une langueur
Monotone.

Tout suffocant
Et blême, quand
Sonne l'heure,
Je me souviens
Des jours anciens
Et je pleure

Et je m'en vais
Au vent mauvais
Qui m'emporte
Deçà, delà,
Pareil à la
Feuille morte.


落葉(らくえふ)

秋の日の
ヴィオロンの[ヴィは本来は旧字]
ためいきの
ひたぶるに
身にしみて
うら悲し。

鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。

げにわれは
うらぶれて
ここかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉(おちば)かな。


原詩に体現されている極めて高度な音楽性と、単純に考えてしまうとその音楽性と矛盾すると思われかねない単調さ(monotone)を明確に意識した上で、そのような詩の「構成原理」を日本語で反映するために、5音節の単調な繰り返しからなる詩形が慎重に選ばれたにちがいない。原詩は極端に短い行で構成されており、あたかも本来であれば1行でもよかったものが3行に分割されたような形式になっているが、それゆえに、詩の進行を抑制するように機能している。つまり、詩のテンポは、力ない吐息や足を引き摺る歩みと同様に、遅々としたものであり、上田敏の翻訳もそのテンポを正確に反映している。この訳詩を速いテンポで読もうとする人間は滅多にいないと思われる。

さらに細かく見ると、第二連の冒頭の一行だけが6音節で構成されている事実が目を引く。全体18行の中で破格なのはこの一行だけであり、唯一の例外は通常それだけで十分注目に値する。なぜここだけが文字通りに破格の扱いを受けているのか? 言うまでもなくそれは、この箇所に読者の注意と注目を集めるためである。それ以外に理由はない。

この6音節を5音節に整えることは極めて容易、あまりに容易であるという事実を最初に確認しておこう。「鐘のおとに」を「鐘の音(ね)に」と変更しさえすればすむことであり、それは日本語として全く自然であるばかりか、訳詩全体をいささかも損なわない。おそらく翻訳者自身にとっても「鐘のおと」と「鐘のね」の選択は問題となったのではなかろうか。そして、結果的に、読者の特別な注意をこの一行に傾けさせるために、「鐘のおと」が採用されたのであれば、この一行に注目すること、つまりは「鐘のおと」に注意することを通して、何か特別な意味や詩的効果が生まれることが自ずと期待される。

訳詩のみで、即ち、日本語のみで考えてみた場合、5音節が6音節に変わることによって生じる変化の第一は詩のスピードである。つまり、6音節になることで詩はさらに一段と遅くなる。試しに「鐘のねに 胸ふたぎ」と「鐘のおとに 胸ふたぎ」を並べて比較してみれば、この二行を休みなく一気に読み通す可能性が前者の場合により多く、後者の場合により少ないことは確かであろう。あるいは、「鐘のね」があたかも一語のように感じられるのに対して、「鐘のおと」はどうしても二語に感じられ、それだけいっそうボリューム(言葉の厚み)が生まれると言ってもよい。第二に(とはいえ、こちらの方がより重要な変化であったかもしれないが)、音調に変化が生じる。鐘のねに(kane-no-ne-ni)に顕著なのはn音である。一方、「鐘のおとに(kane-no-oto-ni)」と発音した際に顕著なのはt音の判然とした響きであろう。特定の音価に対して生じる印象は決して普遍的ではなく、また必ずしも一定ではないとしても、(ne-no-ne-ni)という繰り返しには滑らかさと同時に一種の粘着性を感じる。とすると、整った5音節をあえて6音節に変えた理由は、この幽かな粘着性、鐘の音を連想させるにはいささか柔弱と感じられる音感を避けるためであったのだろうか。

もしかしたら「きっかけ」はそうであったかもしれない。「鐘のねに」よりも「鐘のおとに」の響きの方が心地よいと感じられたために破格の行が挿入されただけかもしれない。しかし、この破格によって生じる「効果」はそこで止まることはない。「なぜここだけが6音節なのだろうか?」という疑問がいったん生じてしまえば、その疑問からさまざまな意味が派生することを抑えることはもはや不可能になる。こうして、詩が生まれる。

「鐘のおとに」という破格の一行は、その鐘の音に、鐘の音の響きに読者の注意を向けさせる。だが、「ヴィオロンのため息」に続いて現れた「鐘」とはどのような鐘なのだろうか。明治の同時代の読者にとってこの鐘は事実として「お寺の鐘」であるより他なかったであろうし、あるいは現代でもこの基本は変わっていないかもしれない。いずれにしても、秋の寺の鐘は「過ぎし日の おもひで」を呼び覚まし、それゆえに詩の主人公は「胸ふたぎ 色かへて 涙ぐむ」ことになる。しかし、残念なことに、日本語の訳詩を眺めていくら精神を集中してみても、秋の寺の鐘の音が過ぎ去った昔を思い起こす「直接の」因果関係を見出すことは困難である。「過ぎ去った日々を懐かしんで、それが心を苦しませるのだろう」と類推することは容易だが、なぜ鐘の音が回想を呼び覚ますきっかけになるのか、その理由を推測することさえ難しい。「鐘の音」、さらには「鐘の声」が諸行無常と盛者必衰を連想させたとしても、それでもこの詩の悲哀との関連は薄いと言わざる得ない。

一方、原詩を読めば、「鐘のおと」と「過ぎし日のおもひで」との連関は明白である。そもそも原詩には「寺院」や「教会」は言うまでもなく、「鐘」という単語さえも出てこない。ただquan / soone l'heureとあるだけである。即ち、直訳すれば「時が鳴る」であり意訳すれば「時を告げる鐘が鳴る」となる。したがって、ここで決定的に重要な働きを担っているのはl'heure=時ということがわかる。だからこそ「過ぎし日のおもひで」が、端的には過ぎ去った時間が、いや、むしろ時間が過ぎ去るという人にとっての宿命が、悲哀を帯びたこの詩の主題となるのである。さらに言えば、落葉を弄ぶように吹き散らす「嫌な悪い風」(le vent mauvais)とは非情な時間(とき)の仮装であり、表象である。人間とは時という非情な風に翻弄されるばかりの儚い存在に過ぎない。

もちろんこの程度のことは上田敏にも自明なことであったに相違ない。むしろ、だからこそ、この一行を6音節にしなければならなかったと考えるべきであろう。つまり、「鐘のおとに」という破格の表現が必要だったのは、この「鐘のおと」こそがこの詩の中で決定的に重要である事実を示唆するためであった、と。

外国語の詩を日本語に移すに当たり上田敏が周到に彫琢を加えたということが、この一例から容易に推察される。『海潮音』が名訳詩集として誉れ高いことも当然であろう。ところが、自身東京帝大の英文科を卒業し、またその同じ学科の教壇に(夏目漱石と同時期に)立った経歴を持つ、師のラフカディオ・ハーンからも英語の達人としてのお墨付きをいただいたこの御仁が、英語の詩を訳す段になると、なぜかところどころどうにも不可解なことをしでかしているのであるが、それはまた後日の話。以上、秋の夜のお粗末なお話でした。 (H.H.)
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2015年10月30日

若大将シリーズ「大学編」(加山雄三/星由里子)全記事さくいん

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wakadaisyou1.jpg 喜寿を迎えた加山雄三と『大学の若大将』[2014/10/10] 筆者(き)

  監督・杉江敏男 公開:1961年07月08日 併映「香港の夜」

141208gw.JPG「銀座の若大将」の加山雄三とステーキ [2014/12/08] 筆者(ケ)

  監督・杉江敏男 公開:1962年02月10日 併映「明日ある限り」

140105wk.jpg「日本一の若大将」で東京を走った加山雄三 [2015/01/13] 筆者(ケ)

  監督・福田純 公開:1962年07月14日 併映「香港の星」

150310hw.jpg「ハワイの若大将」 おすすめ!星由里子 [2015/03/14] 筆者(ケ)

  監督・福田純 公開:1963年08月11日 併映「マタンゴ」

umi.jpg「海の若大将」と加山雄三の「恋は紅いバラ」[2015/08/19] 筆者(き)

  監督・古沢憲吾 公開:1965年08月08日 併映「フランケンシュタイン対地底怪獣」

141012eg.jpg「エレキの若大将」で輝く加山雄三 [2014/10/11] 筆者(ケ)

  監督・岩内克巳 公開:1965年12月19日 併映「怪獣大戦争」

150222ap.jpg「アルプスの若大将」 加山雄三、パンナム、苗場 [2015/02/24] 筆者(ケ)

  監督・古沢憲吾 公開:1966年05月28日 併映「クレージーだよ奇想天外」

150324lg.jpg「レッツゴー!若大将」の香港と星由里子の目 [2015/03/22] 筆者(ケ)

  監督・岩内克巳 公開:1967年01月01日 併映「社長千一夜」

150501sp.jpg「南太平洋の若大将」 青大将という生きかた [2015/05/02] 筆者(ケ)

  監督・古沢憲吾 公開:1967年07月01日 併映「その人は昔」

GoGo.jpg「ゴー!ゴー!若大将」 意外?予想通り?加山雄三のホンネ [2015/07/24] 筆者(ケ)

  監督・岩内克巳 公開:1967年12月31日 併映「日本一の男の中の男」

151030wk.JPG「リオの若大将」 サンバ! ボサノバ! サイケロック! [2015/10/28] 筆者(ケ)

  監督・岩内克巳 公開:1968年07月13日 併映「年ごろ」

※若大将シリーズ「大学編」は上記11作。
「日劇『加山雄三ショー』より 歌う若大将」(公開:1968年09月10日)を第8作として全12作とする数え方もあります。


【総まとめ】

「若大将シリーズ」加山雄三・星由里子コンビ編総まとめ [2014/12/19] 筆者(き)

加山雄三の「若大将」を製作年度順に見てはいけない [2015/03/11] 筆者(き)


【おまけ】 若大将シリーズ・サラリーマン喜劇編(加山雄三・酒井和歌子…全5作または6作)

150104wk.jpg「俺の空だぜ!若大将」の加山雄三とBG女優・ひし美ゆり子 [2015/01/12] 筆者(ケ)

 監督・小谷承靖 公開:1970年08月14日 併映「バツグン女子高生16歳は感じちゃう」

141125wk.JPG「若大将対青大将」と加山雄三 [2014/11/25] 筆者(ケ)

 監督・岩内克巳 公開:1971年01月09日 併映「初めての旅」


【おまけ】 加山雄三・主演作

もうひとつのゼロ 映画「ゼロ・ファイター 大空戦」[2015/08/17] 筆者(ケ)




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2015(c)趣味的偏屈アート雑誌風同人誌 無許可大量転載ご遠慮ください
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2015年10月29日

尖端恐怖症でも書くのが楽しくなるエンピツ削り!

 こんなふうに削れるエンピツ削りがあるとは、知らなかった。
 近所の文房具屋さんで、税込み216円。
 ふつうのエンピツも、新品の色鉛筆のように、鈍角の円錐形に削れる。
 昔から、あったんですかね。
 もしあると知っていたら、早々にエンピツで書くのをやめてしまうことはなかったのに。

 シャープペンシルの登場でやめたのではないんです。
 尖端恐怖症!
 尖った芯の書き心地と木の軸の握り感が好みのくせに、ヤリみたいな鋭い円錐形が大の苦手。だからロットリングや、ステッドラーもたしか出していた、芯だけ入れて使う、ホルダーという品名だったか、そういう筆記用具を代わりに使っていた。
 古びたエンピツを掘り出してきて、しゃこしゃこ削っているのは、パソコンがいかれてきたから。「爆弾」伝説で有名な会社製だが、同社はすでにパソコン事業を売却し撤退しているから、修理して使う気にはなれない。
 このエンピツ削りが見つかったおかげで、エンピツで書く気になれるといいけれど。
 
 友だちに文房具屋さんをやるのが夢だという人がいる。
 年齢を考えると、いまから開店するのは難しいかもしれない。
 けれど、自分にどんな応援が出来るか、よく考える。

 文房具、それも高級品よりは面白い文具に凝って仕事をしたいなというのが自分の「夢」だったけれど、会社支給の殺風景な筆記具や用紙を使いちらし、いや、手で書くよりパソコンばかりで、勤めは終わった。
 久しぶりに何かコチャコチャした文房具を二つ三つ買いたいなと、東京・銀座の大型文具店、伊東屋に行ってみた。
 この六月に改装再オープンしたそうで、すっかりおしゃれな高級店になっていた。「大人の駄菓子屋さん」みたいな文具売り場が好きだったけれど、いまの時代、低単価商品を品数ばかり並べても商売にならないことはわかる。
 文具店をやりたいという友だちは、どんなお店をイメージしているのだろう。まだ、具体的に話してくれたことはない。(ケ)
150130pn.JPG
クツワの「2WAYシャープナー」。4色あるようだ。
削り口が2つ。ふつうのエンピツ型にも削れる。
ステッドラーなどからもこういう削り器が出ている


Originally Uploaded on Oct. 31, 2015.
 
 
 
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