2015年09月25日

自殺したくなったら見る映画『命美わし』

「あなたに、あたしたちが余計なお節介をしたように思うて、
 腹立ててなさるんじゃろうけど、
 そりゃあね、あなたが不幸じゃ思うとんなさること、
 あたしたちはどうすることもできんのじゃし、
 また先々のことを、どうしたげるわけにもいかんのじゃけん。
 でもねえ、死のうと思うとる人をみて、放っちゃおけんから、
 やっぱり声かけんわけにゃいかんのですよ、ね。
 ま、勘弁してください。
 死んでしまや、負けっぱなしですからね。
 ええお天気じゃありませんか。生きとればこそ、こんな空も見られるんです。
 元気を出しなさい」


 東北の静かな城下町(ロケ場面は会津若松だそうだ)。数年前、ある詩人と愛人が投身心中したのをきっかけに、城の内堀が自殺の名所になってしまい、観光客が訪れるほどになっている。
 堀のそばに地元の図書館長夫婦、笠智衆と杉村春子が息子二人と娘とで住んでいる。学校長までつとめた生真面目な図書館長の笠、何十年も見守ってきた杉村、夫婦の趣味は尺八と琴の合奏。はなから笠は、おなじみのガチガチ演技で、杉村のゆるやかさとの対比が微笑ましい。けっして重たく暗い映画にはしないという約束が、最初にされている。

 合奏していると、とつぜん笠がピンとくる。
「また予感ですか」
 と杉村。
「また誰か堀端に立っとる」
 と笠はもう立ち上がり、堀端へ向かう。
 四、五〇日も予感があったうちほんの四、五日しか当たっていないと苦笑しつつ、生真面目な図書館長は自殺者を救ってきた。「夜回り」をやりだして朝の調子がよくなったと冗談もまじえ、ゆるやかに「自殺の名所」は描かれる。戦後三大自殺者数ピークの最初の山がくる、一九五〇年代。

 この夜は「予感」が的中、悄然とした地元の若い女の子をつれ帰る。桂木洋子だ。
 ところが、長男の三国連太郎も、「死なして」と暴れる女を担ぎ込んだ。「目の前で飛び込みやがって」と怒りながら。こちらは淡島千景。
 杉村はあっさり「まあ今夜は大(おお)繁盛ですね」。
 と、桂木が苦しみだす。
 市議会議員の息子に誘惑され妊娠。この町にいられないと悲観しての自殺だ。流産してしまう。
 淡島は、派遣看護婦。大切な子どもを母一人子一人で育ててきたが、勤務中に子どもが預けさきで亡くなってしまった。生きがいを失い、骨箱を抱いて堀に飛び込んだのだった。

 日がかわり、長男の三国は並んで出勤する父に語る。
「一人ひとり助けたところできりがありませんからね。それよりも、もっと大きな社会問題として、根本的な解決を図らなくちゃ」
 三国は、小さい地方新聞の記者。桂木を苦しめた市会議員の息子を糾弾する記事を書く。
 いっぽう、その桂木のことが好きだったので悩み抜くのが次男の佐田啓二。詰襟姿での固いセリフ回しの若々しさがいい。
「胸が痛んで、じっとしていられないんです。羞恥心だけでも死を選べる心に、大人たちは誰も気づかない」  そういって、心から愛しているから自分が唯一の味方になれる、二人で誰の目にも触れない所へ行くと、桂木の手をとって家を出てしまう。兄へ投げつけた言葉はこうだ。
「社会なんて大きなことを言う奴に限って、冷酷なエゴイストが多い」
 
 笠が長男へ返した言葉はこちら。訥々と、そして生真面目に。
「しかし、どんな完璧な社会にしたって、そこからはみ出す人間はかならずいるもんだからね」 
 同じように、出奔した次男へはこう。
「生意気に保護してやるといっとる。けしからん奴だ。青二才の感傷にすぎん」

 長男の糾弾記事は即効とはいかず、地域に波風を立てるばかり。
 ゴタゴタづくしになってきた自殺者救助に疲れた笠は、「もう、夜回りはよすか」。
 せっかく長男に救われたのに「あんたに私の気持ちがわかるもんか『余計なお節介』ばかりして!」と荒れて叫ぶ淡島は、呑み屋の女給になってしまう。その店の客に、ちょっとばかりの袖の下で正義を放棄した、桂木の父親・宮口精二の姿。絶妙にヨレた演技で、長いものには巻かれろ主義を自嘲。
 長男の三国連太郎の姿もその店にある。腹立ちまぎれに呑めない酒に酔い、ケンカでケガ。この場面にはさらに、日時が前後する出来事のカットが説明的に挿入され、複数の場面と時系が入れ子になっている。「俺はしがない復員くずれ」と、戦争の影が残る時世を歌いながら入ってくるギター流しの二人組……。
 リアルな喧騒の中に登場人物のむなしさや寂しさが立ち上がる。見ている側はまったく混乱なく、そのひとつひとつに感じ入ることができる。職人技の演出だ。そしてこの場面がネガティブピークであることで、そこからは、話中のすべての困りごとが、おだやかに自然に解決していく。そこが「美わし」い。

 といってもそのあたりからラストシーンは、映画ずれした鑑賞者なら、いや映画など見たことなくとも現代人の斜に構えた感覚からは、間違いなく予定調和に見えるだろう。自分もかなりケツがこそばゆい。自殺するくらいなら見ろという感じの題をつけたけれど、本当に自殺しようとしている人には毒かもしれないと不安になってきた。
 
 平凡で微温的で、まるで昔の道徳の教科書みたいにも思える映画かもしれない。しかし登場人物のさまざまな思いは、角度こそ大きく違え、どれも真実なのではないか。自殺しようとする人も、自殺を止めようとする人も、いちどは聞いておくべきことだと思う。
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 人間には自分で自分の死を決める自由があると考えている。
 自殺肯定論者なのかといわれたら、そうなる。
 しかし「堀端に立っとる」人に気づいたら、どこまで「余計なお節介」になろうとも止める。
 矛盾しているとは、まったく思わない。

 死にたいと思っている人には、お節介が引き金になってしまうかもしれない。
 そっとしておいてあげるべきなのだろう。
 だから、いかにも弱って見える人には、いつしか誰ひとり声をかけなくなる。
 ありがたい同情のおかげで、死にたい人はどんどん、ひとりぼっちになり、死ぬことばかり考えてしまう。
 
 死にたいと思うとき、助けてほしいとはつゆ思わない。
「胸が痛んで、じっとしていられないんです」といわれたら……そんな「余計なお節介」を言うやつへの面当てで死にたくなる。
「大きな社会問題として、根本的な解決」といわれたら……いっている当人が本気でないと、すぐわかるお題目。
 そんなふうに、ひねくれるくせに、もし病気で間もなく死んでしまうと告げられたら、そうか死ねるのかとは思わない。いやだそんな死にかたは! と未練にさいなまれたりする。

 それでかまわない、ブレたいだけブレていいんだ、という、ひろい受け止めの気持ちを強い網にして人を救うにはどうしたらいいのか。いますぐ書けるほど簡単なことではない……。

 文の冒頭は、映画の中で、いつまでも頑なな態度の淡島千景に杉村春子がかけた言葉。抑揚といいテンポといい、のんびりと、のどかな晴天のように発する。しかしその一句一句に確信が織り込まれ、しみじみと聴き手に伝わる。名演とは劇的場面での爆発的感情表現でなく、こういう場面でのよどみなさだと思う。
 息子の行状暴露記事を書かれ、訴えるぞと脅しに来た市議を、飄々と撃退する場面といい、「息子たちの嫁には過去を持たん娘さんをと思うとりました」と一瞬、本音を出すが、すぐ「これも回り合わせで、当人たちが幸せなら」と言い直す場面といい、杉村の静かなる独壇場だ。
 その「当人たちが幸せなら」を受けて、笠智衆、「しかし、こうなるとワシゃあ、嫁を見つけるために毎晩あの堀端をうろついたようなもんだなぁ」と笑わせる。こうして映画「命美わし」は終わっていく。
  
 このところ、一九五〇年代くらいの松竹映画を熱心に見ている。
 小津安二郎を評するときの前説に、当時の松竹は典型的メロドラマ、ホームドラマ路線だとして、小津の映画はその凡庸な背景から突出した芸術であるように書く論者がよくいるが、いったいそのメロドラマやホームドラマを何本くらい見てそう言うのか、昔から気になっていたからだ。
「命美わし」は「君の名は」を大ヒットさせた監督の大庭秀雄、 脚本に柳井隆雄という一九五一年の松竹映画。芸術映画の定義はわからないが、芸術映画でなく凡庸な定石ドラマだといわれたら反論はできない。それでもやはり、死ぬと決めたらその前に、絶対に見てほしい映画だと思っている。(ケ)


Originally Uploaded on Sept. 26, 2015.

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2015年09月24日

ジェシ・コリン・ヤング──戦えない男は、男らしくないか

 ジェシ・コリン・ヤングの音楽が好きになり、おりよく東京であったライブに行ったことがある。といっても三〇年近くも前のこと。
 特徴あるハイトーンの歌声。線が細いのでなく、燻したような芯がある。オープンチューニングをいろいろ使うのか、響きの美しいギターが気にいった。
 八〇年代前半は流行のAOR調だったのを、素朴なギターの弾き語りを小編成のバンドとやるスタイルに戻していて、それで録音したレコード「THE HIGHWAY IS FOR HEROES」が発売されたばかりだった。
 
 当時、会社員になって二、三年目。
 めげていた。
 仕事での「攻め」に向いていなくて、無理とわかったのに、なぜか転職も退職もできずに。

 引っ込み思案で人ぎらい、集団行動が苦手、外出も好きでない。
 それでは一生ひきこもりになるかも、という脅迫感があり、わざわざ対人仕事が多く押しの強さも必要な職業を選んでしまった。
 やれる気でいたのか不思議だが、なぜか以後も同じ会社にしがみつく。だったら定年まで居座ればいいのに、かなり歳をくってから、ふとやめてしまった。自分のことなのに、よくわからない。

 ともかくバブル景気の時代に、めげていたのは、もったいなかったとは思う。
 あのころは、男らしくなく、めめしい社員は、さぞ目障りだったろう。「覇気がない」「小さくまとまるな」「打って出ろ」という説教が多かったのも当然か。地方勤務に出て鍛えてこい! とか。空き時間に本を読んでいるのを叱られたこともある。

 そんな八〇年代の末に行った、ジェシ・コリン・ヤングのライブ。
 ほとんど忘れてしまい、記憶にあることは二つか三つだ。

 さほど大きくない会場なのに、空席が目立ったこと。
 それに関係なく、レコードで聴けた音で、レコード以上の熱演だったこと。
 ある曲を演奏する前、長めの話をしたこと。演奏したのは「THE HIGHWAY IS FOR HEROES」収録曲。歌詞カードで内容は知っていて、客席の自分にも関係ある話ではと思ったが、英語がわからなかった。残念さが記憶に残ったわけだ。

 最近このライブの録画を偶然、見ることができた。当時テレビ放送されたらしい。
 英語の聞き取りは、繰り返し再生すればおよそわかる程度には進歩していて、三〇年前に聞き逃した話は判明。
 曲は「The Master」。当時アメリカで深刻になりつつあり、やや後に日本でも問題になるDV(Domestic Violence)のことを歌っている。米西海岸の爽やかなフォーク・ロックをやる人だと思われていたジェシ・コリン・ヤングだが、生まれ育ちはニューヨークのクイーンズ。環境問題や政治参加、反戦、反原発などについて音楽や発言で積極的な意思表明をしてきた人だ。

 長年、さまざまな音楽を聴いていると、自分が観客でその場にいたライブのCDやDVDも出ているが、この録画はタイムマシンでいきなり過去へ飛んだような、不思議な気持ちで見た。
 その夜の帰り道は記憶にないけれど、もしジェシ・コリン・ヤングの話が聞き取れていたら、どうしていただろう。

 つぎの曲は息子のために作った曲だよ、との前置きで語られた話はこうだった。

 息子がはじめて学校でケンカして帰ってきたときのことだけどね。
 目を真っ赤にして、ずっと泣いてたんだ。
 僕にはわかった。
 息子は、僕みたいな人間なんだってことが。
 争いごとは好きじゃないんだなって。
 その場で息子にこう言ってやれて、うれしかったよ。
 男になるために戦う必要なんてないんだぞ。父さんはね、お前らしいお前、傷つきやすくて、やさしい子のお前が好きなんだよ、ってね。
 核や戦争と、平和とのあいだで、僕らが、ぎりぎりのつりあいをとっているこの世界には、おだやかで、戦うことが好きじゃない男たちが必要なんだよ。

「The Master」は、こういう曲だ。自分で訳すことにした。

 Saw her in a parking lot
 Name in blather and called
 Her face a mask to hide the pain
 Her eyes as black as coal
 I know her old man beats her up
 But does he tell her why
 He must be the master
 Her old man in his pick up truck
 Another mask of pain
 Worked down at the factory
 Lost his job, who is to blame
 He always worked with chemicals
 The boss tells him "Hey you'll be allright"
 He can't explain his nervous near sight
 Or headaches in the night
 He is just working for the master
 Just working for the master
 What does he think
 Why does he do it
 Who is gonna turn to
 To stop this madness
 Just like a fever burns
 He thinks burning inside him
 If he is a believer
 I will destroy him

 The boy comes home from school
 He cannot hide his pain
 His eyes are red, his clothes are torn
 Wears them like a chain
 Cannot face his father now
 He doesn't like to fight
 He knows that he must be a man
 We tell him wrong or right
 Son, you must be the master
 Yes you must be the master
 Why does he stand up
 What are we doing
 Who that boy gonna turn to
 To stop this madness
 Just like a fever
 Burning inside us
 If we are believers
 God will destroy us

 Tell me how does he stand it
 How do we stand watching too
 Who we gonna turn to
 To stop this madness
 Just like, just like a fever
 Burning inside us
 If we are believers
 Yes, then truly, we are the master

 Tell me why must we be
 The master
 Why must we be the master


  駐車場で彼女を見た
  車の喧騒の中に埋もれた名を呼ばれていた
  その顔は痛みを隠す仮面
  目のまわりは真っ黒なあざになっている
  夫が彼女を殴っているのを知っているんだ
  夫は妻に
  なぜ自分が支配者でなければならないか
  話したことがあるのだろうか
  その夫がピックアップトラックで待っている
  彼もまた痛みに仮面をつけて
  ずっと工場で働き
  失業してしまったのは本当は誰のせいだ
  いつも化学薬品を扱わされているのに
  上司は「よう!大丈夫だよな」としかいわず
  神経をやられて近視だとも言えなければ
  夜に頭痛がするとも言えない
  ただ支配者のために働く
  ただ彼の支配者のために
  なにを考えてか
  なぜそうするのか
  燃えさかる熱のようなこんな気違い沙汰を
  止められるのは誰なのか
  彼女の夫は自分の中に燃えるもののことしか考えない
  それでもあいつに信心があるなんていうなら
  俺はあいつを殺してやる

  男の子が学校から帰ってくる
  痛みをかくせずに
  その目は赤く
  服は破れて鎖を着ているようだ
  父親の顔を見ることができない
  戦うことが好きじゃないんだ
  だが男らしい男にならなくちゃいけないとも思う
  俺たちは彼が間違っているか正しいか教える
  なあ、お前が支配者にならなければ
  そう、お前が支配者にならないとな
  なぜ息子は耐えているんだ
  俺たちは何をしているんだ
  誰がこの子に
  こんな気違い沙汰を止めさせられるのか
  燃え上がる熱のように
  俺たちの中に燃えている
  それでも俺たちに信心があるなんていったら
  神は俺たちを破滅させるだろう

  息子がどう耐えればいいのか教えてほしい
  俺たちがどう見守ってやればいいかも
  こんな気違い沙汰を止められるのは
  誰でもない俺たちなんだ
  燃え上がる熱のように
  俺たちの中で燃えているものを
  そして信仰があるなら
  そのとき本当に俺たちが支配者になれるんだ

  教えてほしい
  なぜ俺たちが支配者にならなければいけないのか
  なぜ俺たちが支配者でなければならないのかを

(ケ)
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当時買ったLPレコードを探し出したら、サインがはいっていた。


Originally Uploaded on Sept. 26, 2015.
二〇一五年九月二十八日、歌詞の邦訳をわずかに直しました。ご指摘ありがとう!
posted by 冬の夢 at 11:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 ロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
2015年09月22日

Japan's Brave Blossoms rock the Boks! 〜 日本34-32南アフリカ/ラグビーワールドカップ2015

まさか勝つとは思ってもいなかった。
ラグビーワールドカップ2015がイングランドで開幕。グループBの日本は初戦で南アフリカと対戦した。南アフリカは過去のワールドカップで優勝二回。かたや日本はと言えば、八度も出場しながら勝利がたったの一試合のみ。負けるために出るような、そんなチームだった。
ところが、その日本が王者南アフリカに勝ってしまった。
しかも、素晴らしくドラマチックな大逆転での勝利。世界中のラグビーファンが想像すらしなかった。特に日本のラグビー好きは揃って「何点差で負けるのだろう」としか考えていなかった。いやはやなんとも、言葉が出ない。2015年9月19日は、ラグビーファンの間で末永く語り継がれる日になった。

勝因はいくつかある。

@ハンドリングミスがほとんどなかった
日本は細かいパス回しで活路を開く戦術をとる。しかし、そのパスがつながらないことが多かった。そのほとんどはハンドリングのミス。よくまあこんなにポロポロやるな、というくらいノックオンが続く。それを拾われてあっという間に相手チームがトライするという悪いパターン。
ところが、南アフリカ戦では日本のノックオンはほんの2〜3回しかなかった。よって、ノックオンからの失点は皆無。バックスのパスは見事につながっていた。それはパスの精度やハンドリングの正確さにもよるのだが、パスをする選手間の距離が影響していて、すなわち適度に近いのだ。離れた味方への無理なロングパスは一度も見られなかった。距離感の統一がパスミスを減らした。

Aスクラムとラインアウトでマイボールを失わなかった
スクラムとラインアウトは攻撃の起点となる大切なセットプレー。相手ボールはともかくとしても、マイボールを確保しないことにはアタック出来ない。巨漢チームが相手だと、相手ボールのラインアウトからモールを組まれて22メートルライン付近から一気に持っていかれてトライされる、なんて場面がざらにあった。マイボールのスクラムでさえ、プッシュされてボールを失い、守備が整わないうちにサイドを破られていた。
それがなんと互角に渡り合った。さすがにスクラムは押されていたが、素速い球出しでマイボールをナンバーエイトとスクラムハーフが確保してバックスへ展開。日本の攻撃の起点は、まさにスクラムとラインアウトだった。

Bタックルが決まっていた
南アフリカ戦全体で、日本のディフェンスが破られたのは二回。ともにトライされたものの、八十分間戦ってたったの二回だったことが驚異であり、その二回以外はすべてのタックルを決めていた。
タックルのスキルレベルが上がったこともあるだろうが、相手選手に対して常に二人が同時にタックルに行くコンビネーションが冴えていた。そこで相手の攻撃を止めるだけでなく、ボールを奪う場面もあった。一人が腰から下にタックルすると同時に、もう一人が上半身に当たりながら相手が持つボールをチョップするのだ。バランスを崩しながら、ボールを放す南アフリカの選手。そこでターンオーバーしてキックで陣地を押し戻す。タフなタックルが試合のリズムを確実に作っていた。

Cブレイクダウンで反則を取られなかった
たとえば日本のバックスがボールを持って走り、相手のタックルを受けて倒れる。それが、ボールの奪い合いの接点となるブレイクダウン。味方のサポートが遅れればボールは相手に奪われる。サポートがあっても、相手のプレッシャーが強くて思わず反則を犯してしまうことがある。それが自陣であれば、相手のペナルティキックですぐに失点につながる。
南アフリカ戦では、まず、ブレイクダウンで負けなかった。センターが倒されればウィングがすぐにサポートする。そこへフランカーが加わり、壁を作ってマイボールを維持。
さらに、そこで反則をしない。
普段の日本チームならば、相手に取られまいとしてボールを離さないノットリリースザボールや、相手ボールが見えているところへラックの横から入るオフザゲートなどのペナルティを取られていた。そんな悪い癖が出なかったのは、ブレイクダウンで互角に競り合ったからだ。
逆に南アフリカの選手は再三ノットロールアウェイの反則を犯した。これはレフェリーの笛に左右されるプレーで、日本はフランス人審判のジェローム・ガルセスさんを大会前の試合で招聘し、レフェリングの傾向をつかんでいた。南アフリカは慣れない笛に反則を重ね、それが、五本のペナルティゴールによる日本の15得点に直結した。

Dキックの応酬を対等に戦えた
相手陣の22メートルライン付近への深いキックは、陣地の確保に有効だ。特に相手フルバックのキック力が不足している場合、ほぼ相手陣の中で試合を進められる。過去の日本はそれで陣地争いに負けていた。
その弱点は、五郎丸の存在だけで簡単に克服された。なにしろキックの伸び方が半端ではないのだ。南アフリカのフルバックが蹴った最初の位置までボールが戻ってしまうくらい深いキックを蹴ることが出来る。となると相手はもう深くは蹴って来ず、ハイパントを蹴るか、バックスに回すかのプレー選択になる。それは、すなわちブレイクダウンとタックルの勝負になり、上記のBまたはCのプレーで対応が可能。主導権は日本にあった。

こうして日本の勝因を振り返ってみると、これらの因子が単独ではなく、常に結合されることによって、日本がゲームを支配し得たのだとわかる。
南アフリカは日本から4トライしか奪えなかったのだが、うちふたつは、日本のミスからトライに結びつけたもの。
前半、南アフリカのハイパントを日本の選手がノックオン。そのボールを直接プレーしたリーチ・マイケルが反則を取られた。南アフリカはそこからタッチキックで陣地を進め、マイボールラインアウトをモールで押し込んでトライを決めた。
もうひとつは後半、スクラムハーフの田中のキックがダイレクトでタッチを割り、蹴った地点に戻されて相手ボールのスクラムに。バックスに展開され、ボールを受けた南アフリカのフォワードが日本のタックルをかわし、ステップを踏んでトライ。
このように、ブレイクダウンでノックオンをしたり、ミスキックから陣地を戻されたりすると、あっという間にトライまで持っていかれる。それがワールドクラスの相手と戦うときの日本のラグビーの常態であり、その最たるものが1995年のワールドカップで、ニュージーランドに喫した145対17という記録的大敗であった。

@からDまでを八十分間のゲームで貫き通すのは、容易なことではない。個々のプレーを全力でやり続けると、次第にフレッシュさが失われ、疲労が蓄積されていく。するとミスが出始めて、さらにミスをすることにナーバスになる。心身ともに疲れが増し、最後の十分間で相手にトライの山を築かれる。
ところが、南アフリカ戦の日本は、その容易ならざることを完璧にやり遂げてしまった。
それは、ノーサイドが近づくにつれてドライブがかかるように凄味を増してきて、逆に南アフリカの巨漢たちのほうに疲労の色が濃く見えるようであった。

南アフリカに3点リードされた最後のプレー。相手フォワードがノットロールアウェイを繰り返したことで、シンビンを出されて退場。時間的にもうワンプレーしか残されていないところで、日本のキャプテン、リーチ・マイケルはペナルティゴールでの同点を狙わず、スクラムを選択する。
ここで世界中のラグビーファンは残らず快哉の声を上げたに違いない。勝てるはずのない日本が、同点のチャンスを自ら捨てて、ワールドカップ二度優勝の王者、南アフリカにスクラムで勝負を挑もうというのだ。
どんな小説家も、シナリオライターも、マンガ家も、こんなあり得ないストーリーは書かない。けれども、日本の選手は、ゲームのスタートからそのときまで、@からDのポイントをほぼパーフェクトに実行できたことを全員で実感していたのだ。
「最後のワンプレーで俺たちはトライを取れる」
そう選手が確信したこと。日本と南アフリカの試合の行方は、このとき決した。
そして、その決まりきった結末に向けて、スクラムが組まれ、ボールはバックスに渡る──。あとは、繰り返し見たあのトライシーンが浮かんでくるばかりだ。

日本チームが成し遂げた世紀の番狂わせは、世界のラグビーファンを狂喜乱舞させた。試合が行われたブライトンのスタジアム全体がJapanコールに包まれたのはもちろんのこと、You Tubeで見ることができるパブリックビューイングでの日本贔屓の様子が見ものだ。ほぼ全員がアイルランドのユニホームを着ているにも関わらず、ラストワンプレーでの日本のトライに飛び跳ねて歓喜を爆発させる。ラグビーのプレースタイルが、国境や種族を超えてここまで共感を呼べるものなのだと驚かされてしまう。
南アフリカ戦の翌日以降、日本チームは地元メディアから「The Brave Blossoms」という愛称で呼ばれるようになった。単なる「桜たち」に「勇敢なる」という形容詞がつけられたのは、何もこちらから頼んだことではない。自らを「サムライなんとか」と名乗るのとは訳が違う。ラグビーの母国から「Brave」を冠せられたのだ。なんとも痛快で、カッコ良いことではないか。

ラグビーワールドカップ2015のオープニングセレモニーで流された映像は、開催国イングランドに相応しいラグビー発祥のエピソードを描いていた。ラグビー校の体育の時間、フットボールに興じていた生徒たちの中で、突然蹴ることをやめて、ボールを抱えた少年が独り走り出す。エリスという名のその少年が、時を超えて著名なラグビー選手に姿を変えて、走り続けるという演出だった。
ラストワンプレーで3点を狙ったペナルティキックを蹴らずに、スクラムからバックスを走らせるプレーを選んだ「The Brave Blossoms」。まさに、エリス少年の母国で開催される大会に相応しい、ラグビーの本当の姿を呼び覚ますチームだった。
「The Brave Blossoms」が世界中のラグビーファンの記憶に残るチームになったことは、実に誇らしい。そして、記憶だけではなく、ラグビーの歴史に残る勝利なのだ。
本当に信じられない。ウソみたいだ。でも、現実なのだ。
現実とは悪いものばかりだった。しかし、たまに、気分の良い現実もあるのだった。(き)


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※2015年9月23日に試合のVTRを再見し、プレーの記載に誤りがありましたので一部を訂正しました。
posted by 冬の夢 at 23:51 | Comment(2) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする