2017年10月14日

選挙が怖い

総選挙の話題が続きます、失礼。)

 第48回衆院選の投票を間近に控え、何だかとても怖い。もちろん、言うまでもなく、自民党・公明党の与党が再び過半数の議席を獲得することが怖い、ということはある。そうなれば、政治はこれまで通りで、平気で嘘を重ねる政治家たちの下品な阿呆面を眺め続けることになるだろう。それは苦痛だ。しかし、いっそう怖いのは、自民党も公明党も、維新の党も、さらには希望の党も、憲法の書き変えに非常に(異様に)積極的という事実だ。それとは対照的に、現行の日本国憲法を維持しようという勢力で、とにもかくにも政党として体を成しているのは、共産党、そして突如誕生した立憲民主党くらいなものだ。(社民党はもはや過去の遺物のようだ。)ということは、今度の選挙結果がどう転んでも、憲法の書き変えは必至だ。まさか自分が生きている間に日本国憲法が殺されるとは、正直、まだ信じられないでいる。

 だが、怖いと思うことはまだある。実際のところ、憲法を書き変えるには、国会での形式的議論(そろそろ誰かがはっきりと大きな声で指摘すべきだと思うが、日本の国会での議論は一から十まで、頭のてっぺんから爪先まで、全部単なる儀式・形式に過ぎず、時間の無駄だ。日本という社会には、議論を深めていく中でお互いに協力して最善の可能性を追求するという文化が存在しない)を経た後に、国民投票をしなければならない。それは敷島の大和の国の日本国始まって以来の、文字通りに初の試みだ。総選挙どころではない、とんでもない騒ぎになるだろう。そもそも、いまだかつて実施したことがないのだから、細かいルールなんぞ存在していない。これから急いで作らねばならないが、急ごしらえの例に漏れず、どうせろくでもない規定を作り上げることだろう。これも怖い。しかもそのくせ、もしかしたら、投票率が低すぎて、全く無駄な国民投票になってしまうかもしれない。これはもっと怖い。

 けれども、怖いことはさらにある。本当に、数え上げたら切りがないほどに。そもそも、なぜ今頃に総選挙が行われるのか? この突如降って湧いたような選挙は何なのか? 言うまでもなく、自ら率いる自民党に有利と判断して、首相がいきなり国会を解散したからだが、こんなあからさまな「反則」が、なぜこんなにも寛大に見逃されているのか? 例えば、もしも与党が選挙区の区割りを自分たちの都合の良いようにあからさまに変更すれば、それは悪名高いゲリマンダーとなり、厳しく非難されるはずだ。が、今度の国会解散・総選挙は、このゲリマンダーに負けず劣らず悪質だ。

 そもそもその正当性が最初から疑われる選挙で、そのような暴挙を平気でやり遂げた政党が順調に支持を集め、一方で、選挙で少しでも有利になるためには、正反対の主張をしている政党に平気で鞍替えするような代議士がウヨウヨし、さらには、何を勘違いしたのか、つい先日都知事になったばかりの、まだ見習い期間とさえ言っても過言ではない、「都民ファースト」の実質的代表(肩書きは「特別顧問」だそうだ)が、最優先すべき都民のことをさっさと放り出し、意気揚々と国政に乗り出してくる。(予想していたことだったが、この変わり身のあまりの早さ、あまりの厚顔無恥にはあらためて驚かされた。)そう、つまり、何が怖いって、これだけの恥知らずが、まるで腐った残飯に湧いたウジ虫のように集っているのに、何だかまるで当たり前のことが起きているかのように毎日が淡々と過ぎていく、これが本当に怖い。

 これって、もうどこにもモラルの欠片もないってことなのでは? もう誰も本気で他人にモラルを求めていないってことなのでは? だから、政治家は平気で嘘が言えるし、企業は平気で製品データの改竄ができるし、ときに従業員が過労死しても、勤務時間の抜本的見直しには繋がらない。そして、多くの人々は、こうしたモラルの決定的欠如を目の当たりにしても、「それも仕方ないね」の一言で軽く流しているのではないか。尋ねられれば、彼らも「とんでもないことだ!」と、一応は憤慨してみせるが、それは実は単なる振りに過ぎず、本当は誰も本気で怒っているわけではないのでは?(そのくせ、いわゆる「クソ真面目な精神」だけは、やたらと発揮したがるから、それもまた実に不思議だ!) 

今度の選挙を通して、今の日本のモラルの低さをイヤと言うほど見せつけられることになるのではないか。これが本当に怖い。 (H.H.)
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2017年10月13日

選挙と言葉 第48回衆院選の秋

 夕方の首都圏郊外、私鉄線駅前。
 衆議院議員選挙目前の街頭演説から、こんな言葉が聞こえてきた。

 わたしたちは憲法を
 変えるのではありません
 見直すんです


「国民の幅広い理解を得て、憲法改正を目指します。」と公約に明示している政党の候補者だ。
 もっとも、駅頭に立った候補者本人が言ったのではない。候補者の横でマイクを握ったオバハンが言っていた。

 ふと思った。
 どの時点で、どうなれば、「幅広い理解」が得られたことになるのだろう。
 いや、これは修辞疑問というやつだ。
 つまり「憲法改正を目指します」を公約する政党および追随する諸党に、もっとも「都合がいい」状態イコール「幅広い理解」である。
 その状態が確定するのは、早くもマスコミ各社が改憲勢力圧勝と予想している、まもなく行われる衆議院議員選挙後にほかならない。選挙結果が報道の予想通りになり、参院で改憲護憲勢力が逆転するような──もちろん改憲派議員が憲法改定発議可能な3分の2議席を超えている──党派再編が起きなければ。
 
 都合がいい状態を得たい勢力が通過儀礼にしている選挙なのだから、ここしばらく、あらゆる詭弁や甘言が臆面もなく弄されるだろう。昨今の北朝鮮の動向にかぶせた恫喝も使われるかもしれない。げんに「改憲与党」の公約の筆頭は「北朝鮮の脅威から、国民を守り抜きます。」だ。有事の際に同党議員全員が最前線で吶喊攻撃して「守り抜きます」と「公約」しているわけではないので、最初の公約からして、巧妙な言葉のアヤがあるが。

 憲法を変えてもいい。
 しかし「見直す」という言葉を本気で候補者たちに言わせているのなら、せめて、あなたがたの「都合がいい」ように容易には解釈できない文言に「変えて」ください。
 この七〇年間に、国連加盟国で戦争をしなかった国は十か国に満たないそうだ。国際紛争への派兵による戦闘死者を出していない国となると、日本のほかには1つか、2つしかないと思われる。それを、国際的責任を果たしていないととるか、そんなことよりはるかに重い責任を負い、それを果たし続けているととるか。
 
 あまりにも「都合がいい」言葉づかいに、ぎくりとなって足を止めた、その向こうを候補者名を連呼する選挙カーが過ぎていく。ちょうど選挙区の境界に駅がある、東京のある地域。周囲の選挙区を見渡すと、候補者の3分の2が改憲政党候補だ。(ケ)

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※本文中の「公約」は special.jimin.jp/political_promise/
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2017年10月12日

Pet Shop Booms 再開発が進んでいた懐かしい商店街

 都内の、ある商店街へ、ひさしぶりに行ってみた。
 五、六年前は、電車で駅ふたつ三つ乗ればすぐ行ける所に住んでいたので、その商店街は生活圏。週末にときどき行っていた。
 アーケードの長さが有名で、いわゆる「昭和の雰囲気」もあると、それ以前からメディアにもよく登場していたが、レトロなだけの寂れた商店街でなく、身の丈の安い店がいろいろあり週末はお客さんが多かった。実際、週末に行ったのは食品や鍋釜、服や常備薬など、ふつうの買いものをするためだ。

 その商店街の起点にあたる駅前周辺が、首都圏で続く大再開発地のひとつになり、「タワマン」つまり約四〇階建ての高層住宅や、商業施設が立ち並ぶ街になりつつある。
 ひと足さきに駅前ロータリーができ、本工事も始まって、まず、駅近辺にあったゴチャゴチャした飲食街が完全に姿を消した。オリンピック前年には「ヒルズ」的なピッカピカのニュータウン──「昭和用語」ですね──が出現する予定だという。
 もっとも、この再開発で商店街が姿を消すことはないそうだ。シャッター通りとは正反対のにぎわいを今日まで維持してきた商店街で、開発区域が工事中の現在も、元気にたくさんの店が営業している。新設の高層住宅すべて合わせると最大一〇〇〇世帯を超えるとみられる入居者たちが押し寄せるのは、まだ先のことだが、商店街の週末はすでに、かつて訪れていたころよりはるかに混雑している。「昭和」の感覚だと失礼ながら「都落ち」的なイメージの地域が、つぎつぎに「ピッカピカ」に生まれ変わっていくので、いまなら手ごろとみた三十歳代から四十歳代前半くらいの人たちは、さきに移り住むのだそうだ。いわれてみれば確かに、混雑する人波は昔と違い「若い」。自分が歳をくって、まわりがことさら若く見えることもあるけれど。

 それにつれ、商店街の店々もかなり様変わりしている。
 かつてよく行った店は姿を消したか、閑古鳥が鳴く昭和遺跡になりつつある。代わりに混んでいるのは、チェーンの飲食店、リサイクルショップ、雑貨店など。再開発が完了すれば、とうぜん地代や賃貸料は高騰するから、早めに退いた個人店と入れ替わったのだろう。いま首都圏で、個性的なショップだといって雑誌やテレビに出てくる店は、オーナー会社があるか、投資家の別事業である場合が多いから──自己資金の少ない若い世代が、都心に近い地域でオリジナルショップをいきなり開くのは無理だろう──当然の流れではある。

 昔は良かったと嘆息したいのではない。
 日本のどこであれ、そこに住み、もっとも活力を発揮してくれる人たちにとって、暮らしやすく楽しい場所であることが一番だと思っているし、そのための変化が求められているなら、日本の都市再開発はどれもあまり好きでないが、変わればいいと思っている。
 ならば、なぜこの文を書いているかというと、全国有数の大きな商店街ながら、以前はたしか見当たらなかった業種の店が、いくつか姿を現していて、それがとても気になったからだ。どれもとても目立つ店仕立てだ。
 
 ペットショップである。
 ざっと調べてみると、子犬専門店、子猫専門店、そして「猫カフェ」のあるペットショップが、ごく最近、その商店街に出店して──前の二つは同じ会社の別店舗──いる。
 
 ペットショップは、ひどく苦手だ。前を通るとき顔をそむけたくなるほどだ。
 たいていの店が、まぶしいほど白くて明るい。清潔に仕切られたブースに、これまた清潔でカワいい、ワンちゃんネコちゃんたちがコロコロしている。感覚的に耐えられないものがある。
 ちらと目をやると、お客さんに中高年はめったにいない。若い夫婦、子どもがまだ小さい世代の家族連れか、そんな姿が多い。
「タワマン」が出来て、若い世代がこれから家庭を築く街には、ペットショップが不可欠なのだとしたら、気味が悪い。
 好きなのを選んで買うために来ているのではなく、動物園がわりに見るだけ、という人が多いのだろうか。だとしても、いやな感じだ。

 かつて、都心に「ヒルズ」がつぎつぎに出現したころ、その住人たちがこぞって求めるのは「自転車」だと聞いたことがある。もちろん前後にチャイルドシートを装備した「ママチャリ」などでなく、ナントカとかカントカとかいうブランドロゴが車体にでかく書かれているようなやつだとか、アンティークふうの「ファッショナブル」なやつだ。
 まあ、自転車に難癖をつける気はまったくないが、それと同じようなものとして「生体」──ペットショップでは「商品」といわず、この語を使うらしい──が「ヒルズ」的な環境や「タワマン」での暮らしに「要るよね!」と思われているのだとしたら。
 たとえ当たっていないにしても、そう感じてしまう「ニュータウン」のケハイが不気味なのだ。イヌやネコをペットショップで売買することの是非よりも。

 東京の居宅は「ペット可」の集合住宅だが、動物は飼っておらず飼う気もない。イヌやネコを愛玩のために飼う人の気持ちは、申し訳ないが、まったくわからない。
 気持ちの問題を突っ込んで議論する気もない。というより、すでに飼っている人や、飼っていないが公園などで餌やりをする人たちは、「わからない」というとケンカ腰でくる。付き合う気がしない。
 関西の居候宅、そこは集合住宅ではなく戸建てだが、そのウチにはイヌがいる。家主さんに留守番を頼まれたときは、遊ばせたり餌を作ったりしている。動物ぎらいで、この話をしているのではない。(ケ)

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Originally Uploaded on Oct. 14, 2017. 04:20:45
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2017年10月11日

秋日和 U

*「gallery」へ移動すると、写真を拡大・前後送り表示できます
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(ケ)

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2017 (c) 趣味的偏屈アート雑誌風同人誌  不許複製


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2017年10月03日

大磯町の学校給食は「事故」なのか──教わった学校給食のしくみ

 映像の衝撃が大きかった。
 神奈川県大磯町立中学校の、給食の食べ残し。

 給食総量に対する食べ残し量の割合を「残食率」──いやな感じの言葉だが──というそうで、去年、配達式弁当給食にした、ふたつの大磯町立中学校のそれは平均26パーセント※1。すでに全国平均※2の4倍近い異常な数字だが、残りものの映像を見ると、そんなデータはまだ甘く、ほとんど全部捨てているように見える。
 食べものを粗末にしてはいけない、好き嫌いで食事を残してはいけないと、わたしは学校でも家庭でもしつけられた世代。給食を遊び半分で食べたり、嫌いなものをごみ箱に捨てたりでもしたら、たいへんなことになった。だから、映像をみて最初に感じたのは怒りだ。なにをゼイタクいっているんだ! 殴るぞ! 大磯町立中学生!

 いや、すまん! 事情を知ると、かならずしも中学生のワガママではないことがわかった。
 おおざっぱにいうと「まずさ」と「異物混入」が原因の「拒否」といっていい。
 わたしは、外食弁当の味など知れていると思っているし、包装の切れっ端ぐらいなら、よけて食っちゃう世代だけれど、冷やして食べる習慣のない料理がつねに冷たく、混入するはずのないものが信じられない頻度で見つかる弁当だとしたら、そんなわたしでも、フタを取る気もしなくなる。
 そもそも、わたしが学校給食を食べていたのは一九七〇年前後。ファストフードもファミレスも、コンビニ弁当もない。いまの小中学生やその親たちの「ランチ」感覚を知らずにモノはいえない。しかも、「残さずたくさん食べる」習慣が身についたわたしは、いまや生活習慣病だ。たまに病院で検査しなければならない。食べ残しが「悪」だと怒る前に、食事に問題があるサインと考えるべきだろう。
 
 そこで、事情をさらに知りたくなったが、学校給食の現状からしてわからない。報道をたどり直しても、起きたことを騒ぎ立ててはいるが、大磯のことが特別な「事故」なのか、それともいまの学校給食の構造的問題なのかも不明だ。身近に中学生も、その年齢の子どもがいる友だちもいないし、自分の給食経験は小学校まで。実感をもって知ることができない。

 ふと、かつて仕事で縁があった人がいま、ある給食事業会社におられることを思い出した。この人に聞けば、さまざまなヒントが得られそうだ。
 その給食会社は、給食委託がはじまったころから三〇年にわたり学校給食にかかわっていて、学校の給食室──「自校式」という──運営や、給食センターでの大規模な調理配送を、各地で展開している。業界ではトップクラス企業だそうだ。企業ランクが高ければその情報すべてが正しいというわけではないが、教わってみると、かなり勉強になった。
 なので、ここからは、わたしが知ったことを、いちいち感想や意見をまじえず書くことにする。教えてくれたかたに目を通してもらった。

       *

■なぜ、冷たくて、味がしないのか。

 冷たいのは、遠方の給食工場で作って運搬したから。食中毒事故ゼロは学校給食の絶対命題。「生」提供できるのはフルーツのみだ。
 大磯町が発注していた給食会社の規模からみて、かなり早い時間から調理していたとも考えられ、冷却も必須だっただろう。じつは、違う温度や食べかたの料理を同じ容器に入れる弁当方式のほうが配膳方式より、おいしく食べてもらう技術は難しい。
 味が「ない」のは、同様に衛生面で「過調理」するから。お料理番組の「そこで火を止めて!」を大幅に超えて煮たり焼いたりし尽くしてあるのだ。しかも多数の給食を工場で作る場合、ふつうイメージする「調理」とはかなり違う。カレーや豚汁のように加熱調理するものは、ふつうの「調理」と同じだが、野菜は、サラダにする場合もすべて湯通し。和え物の野菜も完全にゆで上げて急速冷却、冷めてから味をつける、という工程になっている。

■給食の味つけは、誰が決めているのか。

 旧世代としては、作ってから時間を置いて食べるオカズは「濃い味」にするのではと思うが、いまの学校給食は「薄味」が基本だ。
 各給食会社が個々決めているのではなく、自治体(市町村)の栄養職員の指導による。とうぜん給食のメニュー、調理方法なども、その指導を受けている。給食会社の立場は、なにごとも「お伺いを立てる」ような形だ。入札・受注ベースの業種なので、とうぜんではあるが。なお、自治体で給食の栄養、メニュー指導などを行う職務は、栄養士資格は必要だが、調理仕事の経験は問われていない※3
 給食会社には、もと本職の料理人が勤めている場合がけっこうある。同じ予算と材料で「腕をふるえる」人たちがいるわけだが、上記の仕組みから、個人技術でオリジナルな味を作ることはできない。

■大磯町のできごとでは「食育」という語がたびたび繰り返されたが、学校教育法や学校給食法ほかで、どのような定義で、この言葉は使われているのか。

 定義されていない。

■大磯町ではなぜ、わざわざ遠方の給食会社に発注していたのか。地元に安い材料があるように思うが。

 神奈川県は、中学校の学校給食実施率が極端に低い※4。親が弁当を作って持たせられない家庭に配慮し、業者の弁当を昼食にしている割合が高い。給食室=自校式の給食を実施しない/できないなら、業者からの配送となる。いっぽう、遠方搬送では冷えた給食しか提供できないとか運送コストなどの問題があるため、受注を見合わせた給食会社が多かったようで、大磯町の入札に参加したのは、県外の給食業者わずか2社だった。

■給食への異物混入は、よく起きていることなのか。

 千単位から万という数の給食を作る工程では、異物混入をゼロにすることは不可能。製造機械片など重大事故につながるものの混入は絶対になくす努力をしている。ただし大磯町の場合は明らかに多すぎるいっぽう、数が積み上がるまま対処しなかったことが問題。

■学校給食の予算は足りているのか。給食費未払い問題や貧困問題もあるなか、予算がぎりぎりなので「安かろう悪かろう」なのでは。

 中学校給食の1食あたり給食費負担は300円程度。材料費に消える額だ。ただし、それに近い額の補助が自治体から出ている。合計が1食あたり予算。
 なお、子ども(17歳以下)の貧困率は13.9パーセント※5。給食(就学援助による給食費支給)がないと昼ごはんが食べらない子どもはいまもいる。いっぽう未払い給食費回収は教師の日常業務をいちじるしく圧迫するため、すでにそれ専門の業者もいる。
 
■かつての「給食室」は、いまどうなっているのか。

 500人分の給食は、調理係6人が4時間で作るのがふつう※6。少子化で運営が難しくなり、給食センターの配送給食にとって代わられた。公立校の給食室で調理していた人たちは、自治体職員だったので、人口、税収減下での人件費問題も大きかった。しかし首都圏の公立校では現在も給食室──アウトソーシングによる自校式──で作った給食がじつは多い。早くから運用を外注化するなど合理化を試みたか、自治体補助額が大きい。

■大磯町の食べ残し映像を見ると、ご飯にほとんど手がついていないのも目立つが、いまの中学生はパン好きなのでは。

 米飯給食は基本的に好まれている。かつて週1度だったが、いまは週4回ペース。大磯の場合は、ご飯によほど、何かあったのでは。

■食べ残しが出るくらいなら、子どもが好きなものを軸にメニューを回してはどうか。たとえば人気のハンバーグをさまざまに変化させる。チキン、魚つみれ、野菜バーグなど変化をつけ「タレ」に凝れば、さまざまな素材も食べられるが。

 前述の「指導」で、ほぼ不可能と思われる。さまざまなメニューでバランスよく食べさせることにならない、と指導されるだろう。

       *
 
 はじめに書いたとおり、できもしない案や根拠のない意見を結論にしないで、ここで終わりにする。
 ただ、いまの学校給食事情の一端を教わってみると、大磯の給食残し問題は、かならずしも特別なできごとだとは思えなくなった。

 日本は夢のような食の王国だ。いくつかの外国での外食や家庭での食事体験と比較しても、これほどバリエーション豊かで、世界じゅうの料理さえある食事が、美味、豊富、簡易、廉価に食べられる社会はないと思っている。
 なのに、その社会が子どもたちに提供している食は、どうも「ずれている」。生活水準に関係なく平等に同じものが食べられる給食は、すばらしいとは思うけれど。
 今回、さまざまなことを教えてくれた給食会社のかたには、そうとうな困難は承知で、1校でいいので圧倒的に素晴らしい昼ごはんが毎日食べられる学校を作ってみてほしい、とお願いしておいた。この世の中、わざわざ障壁を増やしておいて「できない」と決めつける仕組みだらけだ。だが、成功例を目にすると恥も外聞もなく「あれをやろう」となる。その「成功例」を、障壁を増やしている人たちに思い知らせてほしいからだ。
 できれば、料理番組で日本でも人気のシェフ、ジェイミー・オリヴァーの給食改善運動※7のように、「苦労はあるが楽しく」やれたらいいが。かんじんの子どもに読めない、幕府のおふれ書きみたいなものを掲げて、さあ給食を食えといわれても、それだけで食べる気がしなくなってくる。(ケ)

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※1 大磯町 二〇一七年五月〜七月調べ
※2 環境省 二〇一五年調べ=全国の小中学校平均6.9パーセント
※3 大磯町の募集要項参照
   www.town.oiso.kanagawa.jp/kosodate/kyusyoku/1438235344715.html
※4 中学校の完全給食実施率は全国平均88.1%。 文部科学省 学校給食実施状況等調査・平成二十七年度結果の概要から
   www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa05/kyuushoku/kekka/k_detail/1381230.htm
   神奈川県は25.7%。 神奈川県内の学校給食実施状況 平成二十七年度版
   www.pref.kanagawa.jp/cnt/f417837/p480074.html
   神奈川県は人口急増に対応するため、一校あたり二億円といわれる自校式の給食室建設を後回しにしたといわれている。
※5 厚労省 平成28年 国民生活基礎調査の概況 4年前より2.4ポイント上昇
※6 文科省基準による「学校給食調理員の定数算定の基準に関する規則」の一例(奈良県吉野郡大淀町)。
   www.town.oyodo.lg.jp/reiki/reiki_honbun/k437RG00000492.html
※7 イギリスの公共テレビ「チャンネル4」で二〇〇五年に放送された「Jamie's School Dinners」。日本版DVDが出ている。
   また、この番組で給食改善を試みた各校を1年後に再訪した番組「Jamie's Return To School Dinners」では、
   ジェイミーのアイデアが簡単にはうまく行かなかった実態、新たな案の実行と結果を放送した。



posted by 冬の夢 at 16:34 | Comment(1) | 時事 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする