2019年08月16日

古くて新しい日韓問題 (異様に長い!)

 連日の猛暑。自然環境とエネルギー問題に対して面目ないと思いつつも、クーラーなしでは眠ることもできないほどの不快指数、その最中に、西日本では追い討ちをかけるかのような台風10号の襲来、しかもタイミングが悪く、大潮とも重なると聞かされれば、以前には岡山県倉敷市にも住んだことがあり、現在は神戸市に暮らす身として、昨年の「西日本豪雨災害」が脳裏に浮かび、もうこれ以上の災害はご勘弁と、不安になるのが当然というものだ。そこで、普段よりも熱心にTVのニュース番組を見るわけだが、それがいけない。天気、台風関連のニュースには何の新味もなく、すでにわかりきっている、1時間前のニュース、いや、場合によっては15分前のニュースで話したことを金太郎飴のように繰り返すのみ。だが、台風関連のニュースであれば、たとえ15分前に同じニュースを報道したとしても、中にはそのニュースで初めてその内容を知ったという人もいるだろうから、TVに齧り付いて勝手な文句を言うこちらが悪いということにもなろう。だが、猛暑や台風と同様に連日報道され、一部(?)では大問題にもなっている、いわゆる日韓問題については、何とも言いようのない、非常に複雑な気分にさせされる。

 この件については先日も「政府・政権と『国』を混同してくれるな」という趣旨の小文をこのブログにも書いたばかりだが、もう一つどうしても気になって仕方ないことがある。どの報道機関、マスコミもこの問題(日韓問題)の真相、仕組みについて、全く明らかにしないどころか、もしかしたら率先して『日韓問題』の真の要因を隠蔽しようとしているのではなかろうか? この隠蔽がはたして巧妙に意図されたものなのか、それとも単にマスコミ文化人に蔓延する脳軟化症の表れなのか、愚生にはわかりかねる。が、事実として、現在繰り広げられている報道は、少なくとも日本の新聞とTVニュースを見ている限りでは、日本だけではなく韓国においても同様に、日本と韓国の間の深刻な葛藤に対する恐るべき盲目、恐るべき歪曲をまざまざと示している。そして、この盲目、歪曲が両国の世論形成に大きく影響していることは容易に推察できる。ということは、現在の両国民は、まるでブリューゲルの絵にもあるような、盲人に先導されている盲人の集団ということにもなるわけだ。

ブリューゲル.png 
(ブリューゲル:盲人の寓話)

 何が気に入らないのかというと、この問題に多少なりとも関心がある人であっても(関心がない人は、おそらく何も知らず、したがって、基本的には韓国をぼんやりと「気持ちの悪い国」くらいに思っているのではなかろうか)、今回の一連の騒動の原因を、1)いわゆる慰安婦への謝罪・賠償問題、2)いわゆる徴用工への補償問題、3)日本の、韓国に対するいわゆる経済的報復、の3点に求めている点にあることだ。平たく言えば、1)の慰安婦問題については、日本政府と朴槿恵大統領時代の韓国政府との間で「最終的かつ不可逆的な解決」を確認した「慰安婦問題日韓合意」が達成され、日本ではその合意を歓迎する意見が多数であったのに対して、韓国側にはそれを不十分とする意見が強く、結局は韓国の都合でご破算になった。これが日本側は気に入らない。2)の徴用工への補償問題については、これまた1965年の「日韓請求権並びに経済協力協定」で解決済みと思っている日本政府の公式見解に対して、韓国の司法が日本企業の補償責任を認めたことへの日本側の反発。3)については言わずもがな。

 しかし、ちょっと考えたらどんなアホでもわかりそうなものだが、こんなのは単なる表面上の現象に過ぎない。つまり、愛知トリエンナーレ事件で新たに脚光を浴びているいわゆる「少女像」の、雨後のタケノコのように増殖していく現象、あるいは徴用工をモチーフにした様々なヴァリエーションの出現、そして慰安婦支援の抗議集会も徴用工に沿った司法の判断も、これらは全て同じ根から生まれた現象に過ぎない。言い換えれば、これら一連の「騒動」は結果であって、原因ではない。マスコミや自称・他称の知識人に期待したいことは、どうして日本と韓国の間では、相互に観光客数も伸び、熱愛関係にある国際カップルも少なくはないはずなのに、奇妙に感情的な、おそらくは相互にコンプレックスにさえなっているような病的な現象が次から次へと生じるのか、その理由とメカニズムを明らかにしてもらいたいと切に願う次第。(真面目に、今の日本には「韓国コンプレックス」が、そして韓国には「日本コンプレックス」が発生しているように思う。もしかしたらすでにどこかの社会心理学者が手際よく分析してくれているかもしれない……)

 素人ながら推察してみよう。
 比較的わかりやすいところから始めると、いわゆる慰安婦にしても徴用工にしても、金銭的補償と、それとは別の、もう少し微妙な問題−−名誉の回復とか、政治的野心とか、欲求不満の解消とか−−という、二つのベクトルが明らかに存在しているのに、それをゴチャゴチャにして論じているという問題がある。例えば、「最終的かつ不可逆的な解決」だったはずの「慰安婦問題に関する日韓合意」では、金銭的補償は叶うかもしれないが、もう少し微妙な問題の方が全く無視されてしまうということがあるのだろう。
 関連して、こちらは明らかに自民党政権に重大な咎、致命的なマチガイ、つまり、狂気に匹敵するマチガイがあるのだが、国家間における国家レベルの補償と個人の補償の問題は全く別問題だということ。この点を歴代日本政府はどうしても認めることができないようだ。おそらくその原因は、極めて残念なことながら、日本の社会、文化に「個人」というものが未だに根付いていないためだろう。それがために、慰安婦や徴用工の問題について、1965年の「日韓請求権並びに経済協力協定」以後も個人の請求権は別扱いされるということが、日本の政治家や官僚、そして多数の市民にも理解できない。
 もっとわかりやすく言えば、非常に当たり前のことだが、一口に「慰安婦」といっても、個々人を具に見れば、その実態が多種多様であっただろうことは火を見るより明らかだ。何もかもを承知の上で、しかしなるべく好条件を求めて、その業務を自発的に遂行した慰安婦もいたことだろうし、逆に、完全に騙されて、まるで人買いに買われるようにして、しかもまるでレイプされるように毎日を過ごしていた慰安婦もいたことだろう。中には半殺しの目に遭い、最後には殺された慰安婦もいたかもしれない。当時の法の中で十分に保護されていた慰安婦もいれば、当時の法の中でさえも違法な扱いを受けていた慰安婦がいたことも、そんなことはどんなアホでも容易に推察できる。となれば、とりわけ残虐で違法な扱いを受けた人が、平和の世になった今こそ自身の名誉と地位の回復、そして法による救済なり処罰を求めることは、それこそ当然の権利だろう。再度言うが、「比較的恵まれた慰安婦」もいれば「非常に悲惨な慰安婦」もいたに決まっている。その人たちを十把一絡にして論じるのは、知性の退廃以外の何ものでもない。したがって、個人の請求権は絶対に認められるし、認められなければならない。
 金銭的補償であれば、おそらくは「慰安婦問題日韓合意」で片付けられるのかもしれない。しかし、「謝罪して欲しい」という個人の請求に対しては、たとえ日本政府が「慰安婦に関して当時の日本軍が組織的に責任を持っていたという事実はない」と言い続けたところで、当の被害者が「しかし、私の場合は斯く斯く云々」と主張し、ある程度の事実確認もできるのであれば、そうした過去の事実に対する謝罪なしに済まされるわけがない。こんなことは小学生でもわかることだ。無法に扱われた人をそのまま放置しておいていいはずがない。

 ここまで我慢して拙文を読んでくれた人の中には、「しかし、もうすでに謝罪はしたはずだ。例えば、1993年のいわゆる『河野談話』の中で『心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる』と、ときの内閣官房長官が言っているではないか。それとも韓国政府は日本の政権が変わる度に恒例行事のように謝罪することを要求しているのか?」と憤っている人もいることだろう。当然、マスコミは「河野談話」の事実をも再三再四伝えるべきなのに、現在の騒動の中で「河野談話」が言及されることはなさそうだ。恐ろしいことに、もしかしたら、大騒ぎしている韓国の人たちさえも過去に日本の政府要人が明確に謝罪した事実を忘れ去っている可能性もある。だとしたら、なおさらマスコミは日本と韓国の両方に向かって「河野談話」を何度も繰り返し報じる必要があるはずなんだが……
 
 けれども、もっとはるかに深刻な問題は、仮に韓国の人々が「河野談話」の存在も中身も知っていて、そして、1965年の国家間協定も知っていて、なおかつ今なお安倍政権からの謝罪を要求しているのかもしれないということだ。いや、これは「かもしれない」ではなく、おそらく事の真相はそうなのだろう。つまり、他ならぬ安倍首相の口から謝罪の言葉を聞きたいのだとしたら? 

 いや、もっと簡略に言ってしまおう。韓国の(一部の)人々の日本に対する不満と憤りは、歴史修正主義者がでかい顔をしている昨今の日本、そして歴史修正主義についてまともに考えたこともないようなネトウヨが撒き散らす「日本万歳」の大合唱、こうした風潮に向けられているのではないか。そして、この歴主修正主義の首領は他ならぬ安倍自民党総裁・日本国首脳であられるわけだから、彼らが "No Abe!"と叫びたくなるのも必然だ。
 
 1945年以前の日本が大東亜共栄圏の名の下にアジア諸国を支配・占領したことは紛うことなき事実だし、非戦闘民を巻き込んだ残虐な武力行使をしたことも否定しようがない。戦争となればどの軍隊でも大なり小なり同じような残虐行為を繰り広げるものだと言い張ったところで旧日本軍の罪が帳消しになるはずがない。(そんなことが可能なら、世の中から戦争犯罪というものが消えてなくなるだろう。)したがって、政治家が謝罪し、日本国の象徴である天皇が「深い反省」を表明するのも当然のことであろうし(悪いことをしたら謝るというのは、子どもでも知っている常識だ)、事実、官房長官も天皇も謝罪の言葉を確かに口にした。この点で、韓国の頭に血が上った人たちが「自分の眼前で謝るまでは赦さない!」とまで言ったとしたら、それは行き過ぎというものだろうし、「『深い反省』では謝ったことにはならない」と言うのであれば、端的に翻訳のマチガイというものだろう。日本語では「深く反省しています」というのは明らかに謝罪(自らの誤りを認める)表現なのだから。(そんなことを韓国の人たちが主張しているかどうかは知らないが、頭に血が上れば人はどんなバカなこともしかねないので、そんなこともあるかもしれない…。)

 さて、すでに官房長官も天皇も謝罪を表明しているにもかかわらず、相変わらず韓国はしつこいくらいに謝罪を求めてくる。いったい何度謝れば気が済むのか。というのが、少なからずの日本人が感じていることなのではなかろうか? 愚生にしても、TVでしばしば放映される、少女像や徴用工の銅像の偶像化に対しては一種の物神崇拝の臭いがして、正直な感想としては "Enough!"と言いたくもなる。が、これこそ一種の異文化コミュニケーションと諦め、物神崇拝に対しては純粋に価値観や文化の違いとして受け止めることもできるのだが、一部の支援団体が中心になって世界中に例の銅像を設置し続けることに対しては、これは正直なところ、「そろそろお止めになったらいかがなものか?」と、憚りながら心よりご注進申し上げたくなる。

 ここでちょっと寄り道をさせてもらうと、日本でも評判になった『ショーシャンクの空に(The Shawshank Redemption)という映画がある。冤罪によって投獄された有能な銀行員が、腐敗した刑務所の中でも希望を捨てず生き抜き、およそ20年かけて小さな鉱物ハンマーだけでトンネルを掘り、見事に脱獄に成功するというお話だ。その中で、相棒役の黒人(レッド)が、それまでに幾度となく却下され続けた仮出所の審査を受けているシーンがある。記憶に頼った記述なので間違いがあるかもしれないが、審査をする面接で、「更生したか、後悔しているか?」と尋ねられたとき、レッドは「自分がしたことを後悔しなかった日なんて一日もない。どんなに後悔しているか、お前さんにはわかるはずない」といった感じのことを、心からの叫びのような趣で言う。それは彼がどんなに深く自らの愚かさを悔いているかを十全に示した名場面だった。本当に心から悔いている人間には、その気持ちを表す適当な言葉が見つけられるはずがない。巧言令色鮮矣仁とはよくぞ言ったものだ。(もしも心からの反省、心からの後悔を表す言葉があるとしたら、それは詩の中にしか見つからないだろう。)

 あるいは、悪いことをした生徒を想起してもいいかもしれない。有島武郎の童話に「一房の葡萄」というのがある。横浜のインターナショナル・スクールに通う絵の上手な日本人の男の子が、ふとした出来心でクラスメート(アメリカ人)の絵具を盗んでしまい、それを咎められて、大好きな先生(アメリカ人女性)のところへ連れて行かれる。この子は恥ずかしさと後悔のあまり泣きじゃくることしかできない。そのとき先生は「もう絵具は返しましたか? あなたは自分が悪いことをしたと思っていますか?」とだけ尋ね、「明日はどんなことがあっても学校に来るように」とだけ言って、一房の葡萄を持たせて子どもを帰宅させる。この先生は愚生にとっては「良い先生」のモデルの一つでもあるのだが、もしもこの先生が何度も何度も「反省してますか?」と生徒に迫り、「どのくらい反省しているか、反省文を書きなさい」と強要し、さらには「その反省文をみんなの前で読みなさい」と言ったとしたらどうだろう? 残念なことに、そして恐ろしいことに、おそらくこんな先生が実際に少なからず存在しているに違いないが、ともかく、すでに反省している人間に向かってさらに反省を求めるのは屋上屋を重ねる愚に近いものがあろう。

 世界のあちらこちらに建立されつつある少女像=慰安婦像は、しつこく反省を迫る学校の先生を想起させずにはいられない。そんな先生に当たった日には、子どもは登校拒否になるしかないだろう。

 しかし、話を本題に戻すと、日本側がすでに謝罪しているにもかかわらず、何故韓国側はいっそうの謝罪を求めるのだろうか? それは、「一房の葡萄」の喩えを借りて言うならば、盗みをした生徒が「反省している」と言った舌も乾かぬうちに、別の機会には「みんなに怒られたから絵具はもう盗まないけれど、アメリカ人だけが綺麗な絵具を持っているのが悪いんだ」と言うに等しいことを日本政府がしているからだ。それでは、さすがに優しい先生も「あなた、本当に反省しているのですか?」と問い質したくなるにちがいない。つまり、「先の戦争では大変なご迷惑をおかけした」と言った舌の乾かぬうちに、よりによってA級戦犯が祀られている靖国神社に平然と(どころか、大威張りで)大臣たちが参拝し、実質的国定教科書からは従軍慰安婦や南京虐殺の記述が削除されていくとしたら、そして少なからずの日本人がそんな政治家や教科書を支持しているとしたら、「本当に反省しているんですか?」と問い質したくなるのも仕方あるまい。要するに、昨今の日本に蔓延り始めた歴史修正主義に対する反発こそが韓国側の不満の本体のはずだ。

 だとしたら、日本のマスコミが今すぐにすべきことは、愚生が以上に記したようなことをもっと正確かつ的確に周知し、日本と韓国の間に横たわっているわだかまりの正体を双方に向けて明らかにすることだろう。明らかに両政府は歴史をそれぞれに歪曲している。両国のネトウヨ、偏った愛国者たちはそれぞれに教育の犠牲者でもあるだろう。両国政府が歴史を好きなように利用している仕組みを明らかにできたとして、それで何かが好転するかどうかは知らないが、今のままでは少なからずの日本人、少なからずの韓国人が、ほとんど狂人のように喚き合い、本来なら良識のあるはずの人たちも心底ウンザリして、「どうぞ勝手に」という気分になり、結局は両国の国粋主義者、歴史修正主義者が濡れ手に粟ということになりかねない。(H.H.)
 
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(ゴヤ:理性の眠りは怪物を生む)
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2019年08月10日

ドストエフスキー『地下室の手記』 〜 四十年ぶりの再読

 本屋の文庫本コーナーで毎年夏になると開催される「新潮文庫の100冊」。1976年に始まったときは、本の売り出し企画があまり一般的ではなかったので、かなり注目を集めたと記憶している。本屋の平台に並べられた100冊の表紙を眺めた中学生の私は、そのほとんどを読んでいないことを思い知らされた。たぶん当時読んでいたのは、星新一の『ボッコちゃん』と北杜夫の『どくとるマンボウ漂流記』の二冊だけ。その年はちょうど高校受験のタイミング。高校に入ったら、来年の夏は新潮文庫の100冊を読んでやる。そう決意した中三の夏だった。
 翌年、高校で落ちこぼれかかっていたときに始まった夏休み。100冊を片っ端から読み始めた。いや、片っ端からというのは嘘。読んだのは、薄い本から順番に、だ。なにしろ高校一年の夏まで、ほとんどまともに本を読まずに過ごしたのだ。本を選ぶときもまずあとがきや解説を読んで、読み易そうかどうかをチェックしてから。そして出来るだけ短めの小説から手をつけた。たぶん、100冊の中で最初に読んだのは武者小路実篤の『友情』だったと思う。

 読書を始めてみると、短い小説ばかり選んでいるから当然のことだが、一冊があっという間に読み切れてしまう。だから次から次へと本屋に文庫本を買いに走った。開始直後の「新潮文庫の100冊」は売らんかなのキャンペーンではなく、青少年が身につけるべき最低限の文学的教養という視点で作品がセレクトされていた。夏目漱石『こころ』、太宰治『人間失格』、島崎藤村『破戒』、ゲーテ『若きウェルテルの悩み』、カフカ『変身』。エアコンなどなかったのに畳の上に寝転がっていつまででも本が読めたのは、その時代の夏がまだ普通の暑さだったからだろうか。
 けれども。なかなか手を出せない本があった。ドストエフスキー『罪と罰』。なぜか。まずぶ厚い。そして上下巻で二冊もある。そして表紙。グレートーンで刷られた陰険そうな肖像画。重い。いかにも重い。しかし、読まなくては。読まねばならない。でも手が出せない。すぐ横にあるツルゲーネフの『はつ恋』。魅力的に薄い。ロシア文学を読んだことにもなるし。そうだ。こっちにしよう。
元から安易な道に流される性格であった私の高校一年の夏休みは、ドストエフスキー未読のまま終わったのである。

 ドストエフスキーを読まねばならぬ。その強迫観念は、映画好きであった私には思いもよらぬプレッシャーであった。DVDやブルーレイのない当時、映画は映画館で上映されたときに見るものだった。上映期間は決められていて、公開中に見に行かなければ次にいつ見られるかわからない。だから日曜日に必ず映画館に通っていた。
ところが本は。いつでも本屋に並んでいる。手に取って買うも買わないもこちら次第。期限が定められていないので、今読まなければいけないわけではない。選択権は読み手にある。それがいけない。ドストエフスキーを読まなければならないのに、ドストエフスキーはいつでも読める。ならば今日でなくてもいいわけで。明日、いや来週にしよう。再来週でもいいか。まあ来年で。いっそのこと来世で。
そんなこんなを経て、私は高校二年の夏、やっとのことでドストエフスキーを読むことになった。あの重たい『罪と罰』ではない。ドストエフスキーの文庫本の中で一番薄そうに見えた一冊。『地下室の手記』が私の最初のドストエフスキー体験となった。

 四十年ぶりに再読してみて驚いたのは、新潮文庫版『地下室の手記』が江川卓の訳であったこと。訳者あとがきにも明記されているが、それまで『地下生活者の手記』の日本語タイトルで普及していたのを原語の意味に合わせて『地下室の』と改題したのも、江川卓の仕業であった。
江川卓と言えば「謎とき」シリーズでドストエフスキー研究に新たな領域を拓いた人。「『罪と罰』の罪(プレストプレーニエ)は"sin"ではなく"crime"を意味する言葉」「黒く塗るという意味の『カラマーゾフ』という言葉が固有名詞としてではなく普通名詞的に使われている」。ドストエフスキーがどんなロシア語を操っていたかに焦点を当てて、その背景にある文学的意図を照射したのが江川卓だった。
たぶん新潮文庫であえて本のタイトルを変えたのも江川卓なりのロシア語の読み取り方があったのだろう。早逝したような記憶があったのだが、調べてみると享年七十四。プロ野球巨人軍による「江川事件」のときには間違い電話が鳴り止まなかったと言うことらしい。

 さて、やっと『地下室の手記』の中身の話だ。小説は二部に分かれている。第一部が主人公の内部を示す独白。第二部は外部と接した複数のエピソードが並ぶ。将校に道を譲らない話、親しくもない旧友の送別会の話、娼婦リーザの話の三つ。
記憶というものは全く当てには出来ないもので、再読するまでの四十年間、第二部のほとんどが将校のエピソードだと思い込んでいた。

 ビリヤード場の通路を塞いでいた主人公は、ある大男の将校にひょいと身体ごと持ち上げられて通路を開けさせられる。それを自分への侮辱だと捉えた主人公は決闘を申し込むまで思い詰めるが、実行には至らない。将校が休みの日にネフスキー通りに繰り出す習慣だと知った主人公は、道ですれ違うときに一歩も道を譲らないことが将校への復讐になると考えつく。すれ違うためにわざわざ上司に金を借りて外出着を買い揃え、決して道を譲らないと臨んだ復讐のとき。主人公は将校としたたかに肩をぶつけ合う。将校は主人公のことには気づかず去って行ったが、自分は1センチも譲らなかったし、相手は気づかないふりをしていただけだ。主人公はそう信じて復讐をやり遂げたことを喜ぶのだった。

 私にはこの話が擦り込まれてしまっていて、今でも日常的にこの主人公の復讐まがいのことをする。狭い歩道を横に並んで歩いてくる二人組が正面に見えると、必ず一歩も譲るまいと決心してしまうのだ。そして話に夢中になって歩いている輩は、私とすれ違う瞬間だけうまく身をかわして衝突を避け、また元通りに二人肩を並べて歩き去る。二人組にとって私はまるで電柱のような扱いなのだが、私の心の中は「勝った」という喜びに溢れている…。
その度に『地下室の手記』の将校のエピソードは頭の中で反芻されていたのだったが、再読してみると第二部の冒頭に置かれたほんの短い導入部に過ぎなかった。主人公は、このような想念に取り憑かれながら、送別会で友人から侮蔑を受けたと感じ、娼婦のリーザに説教をし、リーザの気持ちを踏みにじって、また孤独な地下室の生活に戻っていく。

 『地下室の手記』はドストエフスキーの小説の中では短編に分類出来るくらいで、文庫本で200ページしかない。最後の長編『カラマーゾフの兄弟』は新潮文庫の上中下巻(※)で合計1500ページに及ぶ。それなのに『地下室の手記』の読中の感覚は、大長編に取っ組み合っているときとほとんど変わらない。
その感覚とは「思いが飛んでしまう」ことと「思いが引きずりこまれる」こと。短い中でもしっかりとドストエフスキーワールドが構築されていることに今更ながらに驚かされたのだった。

 「思いが飛ぶ」現象は、主人公がある概念を語るときや長広舌をふるうときにやって来る。目はページの文字を追っているのに、いつのまにか文字の意味は頭に入らなくなっていて、頭の中には別の想念が浮かんでいる。読むという行為は、文字の意味や主語と述語の関係や文節の繋がりを元にその文意を理解しようとするものである。ところが、ドストエフスキーを読んでいると、本を読み進むうちに頭の中で別のスイッチが入ってしまう。そうすると目は単なる視覚情報感知装置のみに機能が限定されて、文意を伝えるための文字ではなく、紙に印刷されただけの模様に変容する。そしてその模様は、それまで考えようともしなかった概念を呼び起こし、次々と溢れ出てくる白日夢の湧出を自分でも統制することは出来ない。
そして数枚、ページがめくられたところで、ハッと我に帰るのだ。今、何をしていたのだろうか。前のページに戻っても全く読んだ記憶がない。いかんいかんと思いながら、ここは確かに読んだ気がすると思えるところまで遡る。
困ったことに別のスイッチが入るきっかけがまるでわからない。あるときふいに「思いが飛ぶ」。このような本の読み方を読書と呼べるのだろうか。読んでいるのに読んでいない。読んでいないのに、読むことでしか立ち現れることがない様々な想念が頭の中を駆け巡る。過去に大長編を読んだ際に何回も遭遇したこの現象、『地下室の手記』の第一部を読むだけで数回現れたのだった。

 次に「思いが引きずりこまれる」。これは前述した将校ぶつかりエピソードに代表されるように、他のことから一切が切り離されて、小説世界側に身体ごと引っ張り込まれた状態。家で読んでいれば食事するのを忘れるし、電車の中にいたら確実に降車駅を間違える。なにしろ自分はここにはいないのであって、小説の中に移動して主人公たちを間近に眺める観察者になり切ってしまっている。
だから、送別会で孤立する気まずさに居たたまれなくなるのだし、自宅を訪問したリーザとは悦びあうのとは程遠い交合があったのだと感じるのだ。
この「引きずりこまれ感」はドストエフスキー特有のものではなく、面白い小説には欠かせない要素だ。けれども「思いが飛ぶ」感覚に陥った後でこの「引きずり」に会うと、その真逆な両価性に圧倒される。その総体が激流のような物語性と合わさって、「ドストエフスキー体験」的な読書空間を形成していると言えるだろう。

 それにしても。当たり前の日常の裏側に潜んでいる自我の醜さ。それを切り取ってわかりやすく見せるドストエフスキーの文章術は冴え渡っている。『地下室の手記』にもそんな表現が頻出するが、切りがないので一箇所だけ引用することにしよう。第一部に出てくる歯痛に苦しむうめき声についての一節だ。

彼自身が、そんなにうめいてみたところで、何の利益になるわけでなく、自分をも他人をもいたずらにくたびれさせて、いらだたせるだけなのを、だれにもまして承知している。いや、それどころか、彼がお目あての聴衆、彼の家族全員までが、彼のうめき声を聞いても嫌悪感をももよおすだけで、これっぽっちも本気にしようとせず、むしろ腹のなかでは、あんな手のこんだ仰々しい節まわしなどやめて、もっとすなおにうめけばよさそうなものに、あれでは鬱憤ばらしのあてつけに悪ふざけをしているだけだと考えていることまで、心得ているのである。ところが、じつをいうと、官能の喜びは、こうしたさまざまな自意識やら屈辱のなかにこそ含まれているのだ。

 こうして痛いところを容赦なく突いてくるドストエフスキーの前では、自分の薄っぺらい自我などは、すべて見透かされているのだ。お手上げのままひれ伏すしかない。
ここ数年、『罪と罰』から『カラマーゾフの兄弟』に至る五大長編を再読せずにいた。けれど一度このドストエフスキー調に触れてしまうと、さらに奥深いドストエフスキー体験にのめり込みたくなってくる。不愉快なほどに粘着質で、不如意な読み方を強いられ、不寝番で読み続けなければならなくなるあの世界へ。
手を出したくなるのは、日照不足の後の夏の異常な暑さのせいで、正気でなくなっているからかも知れない。(き)

地下室.jpg

(※)新潮文庫版『カラマーゾフの兄弟』は原卓也訳。江川卓の訳は集英社版世界文学全集に収録されているが絶版。アマゾンで中古本を探すと4000円以上の高額で売られている。


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2019年08月04日

たまには詩でも#10 〜ファシストに捧げる〜

ファシストは自分のことをファシストとは言わない
これはとても単純な事実
だから、ファシストは嘘吐きや裏切者よりもたちが悪い

嘘吐きや裏切者はときには自分が嘘吐きや裏切者だと自覚できるけど
真正のファシストは決して自分の姿に気づかない

なぜなら、嘘と裏切りは心を怯ませ
その醜さと臭気は
手にべっとりと付いてしまった返り血が
洗っても洗っても拭いきれないように
どうしても心から離れないから
嘘吐きや裏切者はいつか自分の姿に向き合う羽目になる
ところが、自らを全体の中に埋没させるのは
休日のベッドで惰眠を貪るのと同じ
ただひたすら安閑でいられる
ファシストである限りいつまでも「幸せ」でいられる
幸せなまま死ぬまで眠っていられる

それでも、ファシストは自分がファシストであることを知らない
知ることがない
それでこの国にはファシストが一人もいないことになる
これはとても単純な、道端の小石のような
自由で民主的な日本の事実             
(H.H.)

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2019年07月27日

On My Six

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00-32-29.JPG
 from the late 1980s to the early 1990s

(ケ)

2019 (c) 趣味的偏屈アート雑誌風同人誌  不許複製



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2019年07月23日

ビートルズのコピーバンドとモナリサ・ツインズの「恋のアドバイス」

 公正取引委員会がGAFAなどの大手ITプラットフォーマーに対して個人情報保護の観点から規制強化に乗り出すことが明らかになった(※1)。GAFAとは、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの大手四社を指す。個人データの不適切な収集・利用が独占禁止法違反に当たるという指針が示されることになる。
今更何をという感がなくもない。インターネットが人びとの生活を席捲して以降、氏名・住所はもちろんのこと、電話番号からクレジットカード情報まですべてを曝け出さないと、ネットの恩恵に預かることは出来ない。本屋に行かなくとも欲しい本のタイトルをポチッとクリックすれば、翌日には自宅の郵便ポストに本の現物が届いている。個人情報を登録するのはその利便性を手に入れるための交換条件であって、それを加工してビッグデータにしたり、外部に対して二次利用したりするのは、違法かどうかはともかく信義にもとる行為であることに間違いはない。
一方で個人情報の持ち主たる本人へ向けた個別販促施策は、本人の同意さえあればデータ利用の許容範囲と解釈されている。アマゾンで書籍情報を検索すると「お買い忘れではないですか」というメールが数日後に送られてくる。実際に気になった書籍ならば仕方ないかとも思うけれども、「あなたはもしやこんな本も買う気があるんではないですか」調の関連書籍のお勧めメールなどはいかにも余計なお世話であって、ほとんどは未読のまま削除、ゴミ箱行きとなる。送る方はシステムがやるから何ひとつ手間はかかっていないのに、送られる側が削除するにはクリック作業が必要だ。このメールが不特定多数の人びとに対して日に何億通も送付されているならば、メール削除の手間の総計はとてつもない時間になっているはず。なんと厄介で無意味な労力だろうか。

 GAFAの中にYouTubeの頭文字がないのは、YouTubeがGoogleの傘下にあるからで、よってYouTubeはグーグルのアカウントを使って利用すると、利用者の閲覧履歴に応じた動画を優先して提供する仕組みになっている(もちろん広告も)。このシステムによって、YouTubeを開くとホーム画面のトップには利用者の閲覧回数の多いカテゴリーの動画が現れることになり、例えば今の私のYouTubeは、大相撲の取組ダイジェスト動画がトップに表示されている。
わざわざ目次の中からお目当てのページを探さなくても良いわけだから、便利は便利。でも意外な映像を発見したり、偶然の出会いを愉しむ機会は少なくなる。さらには自分の志向の偏重ぶりを形にして再確認させられると、いかに毎日下らない動画ばかりを見ているのかと情けなくなることもしばしば。
ドライブレコーダーが普及して自動車事故の現場映像が大量に投稿されるようになって、車を運転する立場からたまに見入ってしまうことがある。すると翌日開いたYouTubeには、車が衝突したり、パトカーに追いかけられたりした映像がズラリと並んでいる。自己反省すると同時に、ますます異常な嗜好へ沈んでいくというのも一興なのだから、甘んじてYouTubeの世界に身を浸して行くしかないのだろうか……。

 前置きが長くなったが、YouTubeはビートルズの映像や音源の宝庫でもある。特にオリジナルアルバム以外のスタジオセッション音源やライヴコンサートの映像が次々に見つかるので、嬉しくなって更にYouTubeにのめり込むことになる。
大昔のビートルズファンは「ビートルズ事典」(※2)の巻末に掲載された海賊盤紹介ページをつぶさに読み込み、決して聴くことが出来ないデモテープやライヴ録音に思いをはせることしか出来なかった。それが今ではYouTubeでチョチョイと検索すればマニア垂涎の的たる秘蔵映像も貴重音源も見つけられてしまう。公式アルバムのコピーが著作権管理のシステムに引っかかるのかすぐに削除される一方で、海賊盤的な映像と音源はそもそも公式なものではないから、膨大な投稿動画のひとつと見なされるようだ。おかげでYouTubeでは思う存分にビートルズ三昧を楽しむことが出来る。

 そんなだからYouTubeが勝手におススメしてくれる私向けのトップメニューには、ビートルズ関連動画も常に並ぶことになる。その中に出てきたのが、ポール・マッカートニーとリンゴ・スターが並んでマイクの前に立っている画面。「おや?」と思いながら開いてみると、アップロードの日付はつい先日の2019年7月13日。なんとロサンゼルスのドジャースタジアムで行われたポールのライブコンサートにリンゴがサプライズゲストとして出演していて、その映像が瞬時にアップされていたのだった。早速動画を見ると、リンゴの登場はアンコール演奏の終盤。"Sgt. Pepper's"と"Helter Skelter"の二曲にドラムとして参加したリンゴは、夕暮れの屋外コンサートに集まった聴衆たちからの絶叫を一身に浴びていた。
以前ならこの現場に立ち会った取材記者がいなければ、当日の聴衆たちの中だけの奇跡の出来事として伝説化するしかなかったはず。もし誰かが記事にしたとしても、日本では音楽雑誌「ミュージック・ライフ」か「音楽専科」(※3)の一色刷りページの片隅に、海外最新情報というタイトルのもと数ヶ月遅れの外電として掲載されるのがオチだった。
誰もがスマートフォンを持ち、誰でもYouTubeへ投稿可能になった現代だからこそ、リンゴのサプライズ出演をほとんど時差なく知ることが出来る。ポール・マッカートニーが自分のライヴコンサートのスマホ撮影に寛容だということが大前提だけれども、GAFAが成し遂げてきたITの進化が音楽の愉しみ方を段違いに革新してしまったのは抗いようのない事実である。

 そんなポールとリンゴの映像を見た後で、クリクリとYouTubeのページをスライドさせていると、ビートルズのコピーバンド情報がアレコレと立ち現れてくる。
公式アルバム風を装って実は全曲がコピーバンドの演奏だった、というフェイクものもたくさんあって、そんなときには引っかかってしまった自分の落ち度を嘆くのだが、それとは別にこんなバンドもいるんだなという新たな発見をすることもある。
その発見が、モナリサ・ツインズ。一部にコアなファンが存在するようなので、何を今更偉そうにとお叱りを受けるかも知れない。しかし、このモナリサ・ツインズはビートルズのコピーの有り様を根本から爽やかに覆してくれる二人組なのだった。

 そもそもビートルズの音楽自体が、究極にシンプルに出来ていて、かつ至極に唯一無二の存在であるため、コピーバンドの目的は「完コピ」を向かわざるを得なかった。日本で最初に出てきたコピーバンドはザ・バッド・ボーイズ。1973年に"Meet the Beatles"のジャケットデザインを真似た「ミート・ザ・バッド・ボーイズ」というアルバムでメジャーデビューを果たしている。私が中学生のときに市の公会堂で開催された「ビートルズ音楽祭」にザ・バッド・ボーイズが出演し、生演奏を披露したことがあった。たぶんコンサートを記録した映像を上映したあとの第二部のスペシャルイベントとして。
当時の私はコピーバンドに何ひとつ価値を見出していなかったため、傲慢にも冷ややかな目で彼らの演奏を眺めていた。バンドメンバーが聴衆に向かってリクエストを募ると、元気の良い女の子が瞬発的に「ビコーズ!」と叫んだ。するとザ・バッド・ボーイズは「じゃあ"Because"の入っている『アビイ・ロード』のB面メドレーを演ります」と言って、"She came in through the bathroom window"の演奏を始めた。『アビイ・ロード』はビートルズがライヴコンサートをやめてスタジオにこもることになってからの最後のアルバムだったので、バカな中学生の私は『アビイ・ロード』メドレーは生で演奏することが可能なのか、と的外れな驚きを感じていた……。

 もちろん今ではビートルズのコピーバンドもひとつの立派な音楽ジャンルであると認識するようになり、コピーバンドの中では「本格派」とも言えるRAIN(※4)のコンサートを聴きに行ったこともある。会場を埋め尽くした中高年の男女が恥ずかしげもなく立ち上がって踊るほどの盛り上がりに居心地の悪さを感じたのは置いておくにして、ビートルズバンドとしての完コピぶりには圧倒されてしまった。三階席の端から見ていたのだが、遠目にはビートルズの本物にしか見えない(もちろん本物を見たことはありません)。直立して正面からマイクに向かうジョン役。ギターを胸辺りで抱えて少しガニ股気味にステップするジョージ役。背筋を伸ばしながら時折髪を振り乱すリンゴ役。そして、これが一番驚いたのだが、首をやや傾げながら片足を少し前に出してベースを弾くポール役が「左利き」であったこと。ビートルズをコピーする際、ポールの利き腕まで再現出来るバンドはほとんどなかった。けれども特にライブコンサートの見た目において、ポールがカール・ヘフナー500-1を左手で弾く図、つまりリンゴのドラムが後方の高いところにあり、上手からジョン右、ジョージ右、ポール左のギタリストたちが立ち揃うビジュアルアンサンブルは、ビートルズのイメージそのものなのだ。いくらコピーバンドと自称していても、ギターが右向きに三本並ぶビートルズなんてあり得ないわけで、そこがこれまでのコピーバンドの急所だった。しかしRAINは左でベースを弾くポール役を得て、本物感を高めることに成功した(RAINのメンバーは固定されておらず、右利きのポール役も存在している)。レベルの高い演奏やステージ衣装を変えてビートルズの変遷を辿る演出も楽しめる。完コピバンドのひとつの頂点であるような気がした。

 とは言っても、こうしたコピーバンドは畢竟モノマネなのであって、感心のしどころは「よくここまで似せることが出来たもんだ」に尽きる。ビートルズ以上になるなんてあるわけがないし、ビートルズ以外の何者かになろうとしているわけでもない。いや、コピーバンドたちはビートルズの影を踏む競争をしているのだから、ビートルズなしではその存在理由すら覚束なくなる。
ところが、YouTubeで発見したモナリサ・ツインズは違う。全く違うのだ。
何が違うって、まずは女子二人組だということ。ビートルズを「完コピ」するならば、女子であることはハナから「完全」を諦めることになる。諦めると言うならば、モナリサ・ツインズはそもそも「完コピ」などを目指してはいない。彼女たちはビートルズの曲を歌うことでプロのミュージシャンになったツインボーカルコンビなのである。

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 モナリサ・ツインズは、モナ・ワグナーとリザ・ワグナーの姉妹バンドでオーストリア出身。父親がミュージシャン兼作曲家で、かつ有名アーティストをプロデュースするレコーディングスタジオを運営していた。そんな環境で育った二人は、十三歳のときにギターを手に入れて歌を歌い始めた。YouTubeで彼女たちの"Two of us"を見ると、よちよち歩きの双子の赤ちゃんが、いたずらざかりに泥んこ遊びをしながら成長して、あるときギターという最高のオモチャに出会った記録を垣間見ることが出来る。そんな二人が自分たちの持ち歌に選択したのがビートルズナンバーの数々。そのとき新しいビートルズのコピーバンドが誕生したのだ。ビートルズの曲を専ら演奏するのにも関わらず、従来型の完全モノマネ的なコピーバンドとは全く違った、ビートルズソングを自分のものにしてしまうビートルズ「エンブレイス」バンドの登場だ。

 モナリサ・ツインズがいかにもビートルズを抱きしめながら歌っているように感じられる理由はたぶん声質にある。
姉妹は素晴らしいデュエットを聴かせて、絶妙なハーモニーとともにユニゾンが見事にハマる。それはすべて声質のおかげ。姉妹だから当然だけれども、声が似ている。似ているのだが、全く同じではない。その二人が一緒に歌うことで「同じだけど違う」「違うようで同じ」に聴こえる。これこそビートルズが多用したダブルトラックの録音技法が目指すところだった。ダブルトラックはジョンならジョンが自分のボーカルトラックに被せて、同じ歌を自ら重ねて録音するスタジオテクニック。ソロだけで十分に魅力的な歌声がダブルトラックによって多層的に聴こえて、リードボーカルの魅力がマシマシになる仕掛けだ。
ビートルズのレコーディングに欠かせないダブルトラック技法が、たまたま姉妹であったモナリサ・ツインズにおいては二人で声を合わせて自然に歌うだけで再現されてしまった。意図したわけではなかっただろうが、姉妹であることの前提条件によって他の誰にも出来ないビートルズのカバーの仕方が実現されたわけだ。
さらにはこの双子が女性だったということも重要な要素。ジョンもポールももちろん男性なのだが、そのボーカルが男性的かと言えばそうではない。もちろんジェンダーフリーの現代において「男性的」「女性的」という概念自体が不要になりつつあるものの、ビートルズのボーカルは元から「男の匂い」を感じさせないアンドロギュノス風味があった。腰を振りながら歌うエルヴィス・プレスリーがいわゆるセックスシンボルであったのとは違って、ビートルズはそうした男性の性を感じさせるところが皆無だった。だからビートルズのコピーバンドたちは無味無臭な歌と演奏を志向するのだったし、たまに間違って男を感じさせてしまうから「完コピ」にならない結果を招いてもいた。
ところがモナリサ・ツインズはそもそもが女性なのである。しかも双子の姉妹だ。そこには猥雑な雰囲気は微塵もあろうはずがない。そんな彼女たちだからこそ、ビートルズのエッセンスをそのままピュアな形で再構築することが出来た。ビートルズの演奏が、時代を超えて支持されているのも、存在自体が中性的でニュートラルだからかも知れない。

 そのモナリサ・ツインズの極めつけの一曲が「恋のアドバイス」。ビートルズの五枚目のアルバム「ヘルプ!」のA面に収録された"You're going to lose that girl"は、映画『HELP! 4人はアイドル』(※5)にも挿入歌として出てくる。ジョンのリードボーカル、ポールとジョージのバックコーラス。その掛け合いがまさしくゴキゲンでウキウキするようなポップソングだ。
この曲をカバーしたミュージシャンは数組しかいないし、そのどれもが中途半端なコピーでしかない。それは「恋のアドバイス」がいかにもビートルズらしい曲だからだし、ジョンとポールとジョージの歌でしか成立しないほどの明朗さと快活さに溢れているからだ。「君さ、このままじゃ彼女に逃げられちゃうよ」という歌詞なのに、あまりの朗らかさで楽観的な気分にもなってしまう。
そんな雰囲気をモナリサ・ツインズは見事に自分たちのものにしている。YouTubeを見ているだけで、嫌なことが自然と剥がれ落ちて良い気分になってくる。いつまでもモナリサ・ツインズの世界に浸っていたくなるほどゴキゲンな感覚だ。

 と長々と紹介してきたわりには、私はYouTubeで見ているだけで、モナリサ・ツインズのCDを実は一枚も持っていない。そんなニワカファンがここまで絶賛して良いものかどうか。もっとディープなファンがいたら、ぜひ力強くモナリサ・ツインズをご紹介いただきたいものである。(き)


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(※1)令和元年七月十七日 日本経済新聞より

(※2)「ビートルズ事典」(香川利一編・著)は1974年に立風書房から出版された。278ページ、販売価格2000円で、当時としては最も網羅的にビートルズを知ることが出来る豪華本だった。

(※3)「ミュージック・ライフ」はシンコー・ミュージック社が、「音楽専科」は音楽専科社がそれぞれ編集・発行していた。

(※4)「RAIN」はアメリカカリフォルニア州出身のバンド。「A tribute to the Beatles」というタイトルでコンサートツアーを行なっている。

(※5)『HELP! 4人はアイドル』は1965年公開のイギリス映画。リチャード・レスター監督。ミュージッククリップの歴史はここから始まったとも言える映像センスに溢れたコメディ映画だ。



posted by 冬の夢 at 22:13 | Comment(1) | 音楽 ロック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする