2021年01月16日

『西鶴一代女』再見 〜 溝口健二という暴君または名監督

 溝口健二の『西鶴一代女』を数十年ぶりに再見。最近は映画を見ながら「これは凄い…」と呟くことなどとんとなかったのだが、久しぶりに映画に圧倒される体験だった。最初に見たのは学生時代、当時のフィルムセンター大ホール。そのときに溝口健二の映画自体を初めて見て、長回しの移動ショットにえらく感動した覚えがある。再見してはっきりと蘇ったそのショットは、竹林の中を主人公お春が母親に追われながら走る、あの有名な場面。キャメラは茅葺屋根の家から飛び出るお春をややロング気味で捉えたまま右へ移動。なだらかな傾斜を上るようにして竹林に入ると、キャメラとお春の間に映る竹が、走るお春の倍の速さで画面を右から左に横切って行く。その速さが、枯草だらけの地面に倒れ伏して泣くお春の慟哭に直結されていて、「これが映画だよなー」とひとりごちたのが昨日のことのように思い出されたのだった。
 このショットがきっかけとなって溝口健二に目覚めフイルムセンターに通い詰めた、という流れには全くならなくて、次に溝口作品を見たのは割と最近(とは言っても十年くらい前)で、NHK-BSで放映された『雨月物語』『山椒大夫』『近松物語』の三本だった。『近松物語』には、香川京子と長谷川一夫が山の坂道を転げ落ちてくる、先の竹林の移動ショットを彷彿とさせるようなシーンがあって、『西鶴一代女』を含めてこれらの作品は、クレーンを使った移動ショット(移動を伴うから当然ワンショットの尺は長くなり、結果的に長回しになる)によって構成された溝口健二の代表作なのだった。

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 代表作と言うのであれば代表しない作品もあるわけで、数ある作品の中でこれぞこの人と呼べるもの以外にも選外とするには惜しい作品群が、巨匠たちにはある。黒澤明で言えば、代表作は文句なく『七人の侍』『生きる』『赤ひげ』あたり。『野良犬』や『天国と地獄』は代表作とは言えないかも知れないが黒澤明らしい作品だし、『隠し砦の三悪人』や『椿三十郎』なども選に漏れましたからもうどうでもいいやとはならない黒澤映画の傑作なのである。
 ところが溝口健二となると先に掲げた四本がそのまま代表作であり、それ以外には「これぞ溝口」と呼べる作品を見つけることが難しくなる。たぶん戦前の『浪華悲歌』『祇園の姉妹』『残菊物語』がそれに近い位置付けにあるものの、溝口を代表しているとは思われない。いわんや『雪夫人絵圖』『武蔵野夫人』『お遊さま』などにおいてをや。そのように振り返ると、黒澤明が初めて三船敏郎と組んだ『酔いどれ天使』からキャリアの頂点となる『赤ひげ』までの全作品において一点の曇りもなく「ザ・黒澤映画」を作り続けたのに対して、溝口健二は映画人生を通じて数本の名作を残した、と総括出来てしまうのかも知れない。もちろん黒澤とて『どですかでん』以降は作風が大きく変化してしまい、観る側からすると黒澤らしさが失われてしまったような気もするので、一概に溝口健二らしさを数本のみに引っくるめてしまうのは暴論と言えよう。けれども『西鶴一代女』に至る溝口健二の映画をやや突き放して見てみると、溝口らしさに到達するまでの溝口健二には巨匠としての揺るぎなさよりも、一映画人としての揺らぎを感じざるを得ないのである。

 このような思いに捉われるのは、『西鶴一代女』を再見する前に溝口健二のことをおさらいしておこうと、サイレント映画『折鶴お千』を皮切りとして未見だった溝口作品を製作年代順に沿って見続けたからだった(※1)。少し前に『残菊物語』を見たときには、戦前の作品にすでに移動ショットを使いこなしつつフルショットを基本として登場人物たちをエモーショナルに描くその技量に改めて感じ入ったのだったが、戦後になるとその面影はすっかり消え失せてしまう。先に掲げた『雪夫人絵圖』『武蔵野夫人』『お遊さま』の三本は、それなりに面白くは見られるものの、ステレオタイプのキャラクターたちがありがちなプロットの上であらすじだけをなぞる通俗的な作品で、溝口健二だと言われなければ監督のことなど気にもならないよくある物語映画だった。それはすなわち俳優の台詞によってドラマが進行するだけの映画を指すのであって、その演技を撮影したショットを脚本に示された場面の順番通りに繋げばそれで一丁出来上がりと言った体のものでしかない。『西鶴一代女』の直前に作られたこの三作品を見て、ひょっとして溝口健二という映画監督は数本の代表作だけで異常に過大評価されてしまっただけなのではないかという考えが頭を擡げたのである。
 それに追い討ちをかけたのが、新藤兼人による溝口健二の記録映画『ある映画監督の生涯』(※2)だった。新藤兼人は溝口作品の脚本も数本書いているし、その基本スタンスは溝口信奉者なのではあるが、新藤自らインタビュアーを務めて生前の溝口健二を知る人たちからさまざまな証言を拾い集めたこの記録映画は、旧弊な体質に染まった撮影所において絶対的権力を振りかざした暴君としての溝口を暴き出すドキュメンタリーにもなっていた。
 『近松物語』の次に撮った『楊貴妃』で、溝口健二が女優の入江たか子を降板させたのは有名な話らしく、その当事者たちがそのときの状況をそれぞれの立場で答えている。

増村保造(当時の助監督):一番オタオタして困ったのは『楊貴妃』でも『元禄忠臣蔵』でも溝口さんではないですか。手に入ったものにはほとんど文句は言わないけど、わからない不得手のものには逆上して大騒動になる。

荒川大(当時の小道具):入江さんはかつて入江プロダクションとして溝口健二を雇っていた立場。そんなことがあったせいか、溝口さんは現場で入江さんに厳しくあたってましたね。「入江くん、君は猫ばっかりやってるから(※3)そんな芝居しか出来ないんだ」と。

入江たか子:これは私から辞めさせていただきたいと言った方が穏やかに物事が全部進むんではないかと思いまして…。


 この騒動は結果的には入江たか子が自ら役を降りて、杉村春子が代役を務めたと言う経緯を辿る。『ある映画監督の生涯』で溝口健二のことを語る関係者たちを見ると、映画監督溝口の仕事に対する情熱に畏敬の念を持つと同時に、溝口健二をひとりの人間として見た場合には誰もが尊敬どころか敬遠したくなるような気持ちを抱いていたように思える。
 どんな世界でもトップに立つ人物は温厚篤実だけではやっていかれない。才能とは狂気に近く、狂気は自己陶酔の中にあり、自らを信じるものは徹底的に他者を排除する。企業経営者にもよくいる、業界やマスコミの受けは良い一方で、社内では独裁者のような振る舞いをするタイプ。『ある映画監督の生涯』は新聞社の取材に答える溝口の肉声から始まる。その声は極めて柔和で話の内容も謙虚さに溢れているが、メディア相手だからかまるで猫をかぶったような慇懃さだ。また、戦中に映画製作準備のため大陸に渡る際、佐官待遇では不満で将官扱いでないと行かないとごねたと言う逸話も紹介されている。すなわち権威や権力には媚びへつらう一方で、上位者であることを笠に着て下にいる者に圧力をかける。おだてられれば木にも登るが、遺恨を持ったらとことん相手を虐め抜く。そんな溝口健二像が浮かんで来るのだった。

 しかしそれは撮影所の現場での振る舞いであって、プライベートでは極度にシャイでウブな人でもあったらしい。田中絹代は多くの作品で主役に起用された当時、溝口健二と田中絹代が結婚するという噂が流れたことについて次のように語っている。

新藤兼人:溝口さんは田中さんに恋愛を感じていたのでは?はにかみ屋で照れ性でなかなか田中さんに告白はなかったと思うんですけど。

田中絹代:これはお答えするいいチャンスですね。私と先生はスクリーンの上の夫婦ですね。それは絶対的で、私的なことはほとんど存じません。もし先生が田中にそのようなことを思ってくれていたなら、それは役の上、田中に演らせた女性像に惚れちゃっているんです。

新藤兼人:「ぼくは田中くんに惚れているんだけどなんとかならんかね」と言われたことがあるんですよ。

田中絹代:それは小津先生にも誰にでも言っていたこと。結納はいつかと言う取材もありました。とっさに「溝口健二という演出家には惚れているけど、あの人は亭主にするような理想の夫ではない」と若さの力で答えました。それをその方が溝口先生に伝えたら、先生は「ぼくは田中絹代に振られましたよ」とこう言われた。先生はユーモアはない、日常生活の面白味はありません。


 まあ「面白味がない」と一刀両断されたら溝口健二も立つ瀬がなく同情には値するが、たぶん実際にジョークも言えず無粋でぶっきらぼうな男性だったのだろう。田中絹代に振られたというエピソードを入江たか子降板事件と重ね合わせると、後になって溝口が田中絹代と訣別した顛末にもなんとなく納得が行く。小津安二郎の薦めによって田中絹代が監督業に進出しようとしたときに、溝口は「絹代の頭では監督なんか出来ない」と言い放ち、それ以来田中絹代は溝口健二の最期を見舞うまで没交渉を貫いた。事の真偽はともかくとして、失恋相手を貶めてやりたいという気持ちが溝口には確実にあり、田中絹代は溝口の心根に気付いていたのだった。

 寄り道が長くなってしまったが、退屈な三作品と新藤兼人の記録映画によって、溝口健二という映画監督への評価値が大きく下がりかけていたところで、『西鶴一代女』を再見したわけだった。そして実際に見ていると、そんな不安を感じたのが恥ずかしくなってしまうくらいに、『西鶴一代女』は偉大なる映画監督の手によって紡ぎ出された畢生の傑作なのだった。
 傑作の心棒となるのが冒頭にも記した移動ショット。前作まではアクセントのように使用されていた移動ショットが、本作においては映像表現の中軸となって全編を通して多用される。竹林の横移動のような感情表現が冴え渡るのはもちろんであるが、シーン全体を一筆書きするようにしてひとつのショットのみで語り尽くしてしまう演出力には平伏するしかない。例えばお春一家が京洛外追放となる場面。京奉行の役人を先頭にして、旅姿のお春は両親とともに俯きながら歩く。大勢の奉公人たちがその後を続く。橋を渡ったところで、役人が踵を返して「見送りの者はここまで」と宣告する。両親とお春は深々とお辞儀をして歩み出す。奉公人が名残惜しそうにして三人を見送る。お春一家は川沿いの道を去って行く。普通の監督なら少なくとも五つくらいのカット割りで描く場面を、溝口はこれをワンショットに収めてしまうのだ。このワンショットを撮るためには、橋と川と遠景が揃ったロケーションが必須であり、横だけではなく橋の下を縦に動いてキャメラを仰角に向けられる移動装置の敷設が必要となり、画面に映る十余人の俳優全員の動きを統一することが求められる。そして何よりその指示を出すためには、ワンショットの完成形が完璧にイメージされていなければならない。そのイメージは溝口健二の頭の中にしかあり得ないのであるから、そのイメージの現実化に関わるスタッフとキャストはひとり残らず溝口健二の要望に寸分違わずに従わなければならないのである。
 このように考えを及ぼすと、撮影現場で溝口が暴君のように振舞ったのも理解出来るような気がしてくる。溝口にとっては自分にしか描けない映像を周到な準備の上で完成させる最終段階が撮影現場そのものだったのだ。何ひとつ揺るがせに出来ないから、現場にいる全員に極度の緊張を強いて、頭の中のイメージに一致させるまでテイクを繰り返す。俳優が何度もNGを出されたという話はよく聞くが、キャメラを移動させる撮影助手も果てしなくやり直しさせられたはずである。
 その点では「天皇」と呼ばれた黒澤明においては、表現者としての本質は編集にあった。マルチカム方式で様々な角度からアップやロングなどサイズを変えたショットを数多く撮っておいて、そのフイルムをいかにカットしていかに繋げるかが黒澤映画のダイナミズムに直結していた。現場はその素材作りの場であって、だからこそ黒澤はスタッフに混じって板磨きをしたり砂を撒いたりしたのだろう。黒澤の真骨頂たる編集はひとりでムビオラを覗く作業。その孤独な工程は溝口にこそ相応しいようにも感じるが、撮影現場で孤高の道を貫くことが皮肉にも溝口のスタイルだったのである。

 『西鶴一代女』の傑作たる所以はもう一面あって、それは二時間半に及ぶ長尺に観客を没頭させる引き込み力である。そのひとつが語り口。ストーリーの基本線は封建時代において虐待され抑圧された女性の一生であるものの、語り口は陰鬱ではなく、どちらかと言えば滑稽味がある。それは封建社会において女性を思うように操りたい男性の側の根拠のなさから醸し出されるのであって、男性に弄ばれ流転するように見えるお春こそが最も自分の意思を貫き通す。三船敏郎演ずる勝之介との恋愛を主張するお春に対して、父親は狼狽えお春を非難するばかりだし、松平家の殿様は正室がお春を追い出すのを止められない。笹屋の主人はお春の身元を知って「タダで傾城遊びが出来る」と喜ぶばかりで、大番頭はお春を手込めにしようと丁稚を小遣い銭で懐柔する。本作に登場する男性どもは、恋愛のために斬首される勝之介以外全員が例外なくその場の享楽のことしか考えない。自らの信念を真剣に果たそうとするのはお春だけだ。男性どもの情けなさはお春の不運な成り行きを上回るほど惨めで卑しい。その卑小さがそのまま本作の滑稽味となり、語り口がどこか可笑しさを誘うのは男性どもの小物ぶりが笑えてしまうからである。
 また、そうした登場人物たちにリアリティを与えているのがセットや衣裳、小道具などの美術チームの仕事だ(※4)。お春が流転するに伴い、舞台設定が次々にうつろう。御所から一軒屋へ、大名家から遊廓へ、大店から尼寺へ、廃屋から羅漢堂へ。そのどれもが丁寧に作り込まれているために、あるひとつの時代にスリップしたような感覚に陥る。特に普通の時代劇には出てこない、庶民や街娼が佇む景色は実物など見たこともないのにリアルに感じられる。崩れた塗壁や傾いだ戸板など細部までのこだわり。美術がモノクロームの画面を落ち着かせ、落ち着きのない男たちが情けなく右往左往する。それらを背景として、お春の姿がくっきりと立ち上がるのだった。

 堕ちてはいくものの自らを見失うことなく生き抜くお春。『西鶴一代女』の英語版タイトルは”The Life of Oharu”と言う。『西鶴一代女』と呼ぶよりは「お春の生涯」の題名こそ相応しい本作は、溝口健二が映画監督としての人生に新たな扉を開いた乾坤一擲の傑作であった。そしてタイトルを「お春の生涯」からなぞったであろう『ある映画監督の生涯』と並べてみると、秀逸なる劇映画は詳細なる記録映画を一蹴するものなのだと気づかされたのでもある。(き)

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(※1)昭和二十五年から二十九年までの五年間の溝口健二監督作品は以下の通り。
昭和二十五年『雪夫人絵圖』
昭和二十六年『お遊さま』『武蔵野夫人』
昭和二十七年『西鶴一代女』
昭和二十八年『雨月物語』『祇園囃子』
昭和二十九年『山椒大夫』『噂の女』『近松物語』

(※2)『ある映画監督の生涯 〜 溝口健二の記録』(昭和五十年公開・新藤兼人監督・近代映画協会製作)はその年のキネマ旬報ベストテンで第一位に選ばれた。

(※3)戦前の人気美人女優だった入江たか子は、戦後バセドウ病を患った後、大映で『怪談佐賀屋敷』など「化け猫映画」に出演した。

(※4)美術監督の水谷浩はヨーロッパでは溝口健二と同等に有名人だと言う。



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2020年12月31日

Silent Songs 8


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2020年12月25日

村薫『冷血』とカポーティ『冷血』を読み比べしたこと

 年末になると必ず思い出されるのが、2000年12月30日深夜から翌未明に東京都世田谷区で発生した一家殺人事件のこと。大掃除や買い出しを終えた夕方に家人の実家を訪れたときにひどい事件が起きたのを知らされ「大晦日なのに…」と絶句した憶えがある。大晦日は殺人事件に最も相応しくない日のように思えたからで、外国人犯行説が流れたときには妙に納得してしまった。指紋や遺留品が数多く残されていたのに犯人が不明のままなのは、ご遺族や関係者にとってさぞやるせないことだろう。早く事件が解決されることを祈るばかりだ。

 この世田谷一家殺人事件を題材とした小説が村薫の『冷血』。村薫は『レディ・ジョーカー』でも江崎グリコと森永製菓が標的となった青酸入り菓子ばらまき事件を取り上げている。なので『冷血』を読み始めたときには、あの大晦日の悲惨な事件を追体験しなければならないのかと気分が沈み込み、冒頭を読んだだけで一年以上放置してしまった本だ。しかし、読み進めてみると世田谷の事件を想起させるのは導入部だけで、小説自体は本のタイトル通り、トルーマン・カポーティの『冷血』(※1)を村薫流に換骨奪胎したものだった。

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 東京西が丘で歯科医一家四人が惨殺された。警察は逃走車から割り出した犯人を逮捕する。井上と戸田の二人は犯行を認め取調べに応じるが、警察は二人に殺人の動機がないことに困惑する。捜査が終了した後も、担当刑事は判決を待つ二人と連絡を取り続けるのだが…。

 小説の章立ては三つに分かれていて、第一章では殺す側の二人と殺される側の四人の事件当日に至る日常が交互に叙述される。第二章は捜査本部の地道な聞き込みと科学捜査によって犯人が捕まるまで。第三章では、犯人の取調べを経て判決から執行への経過が描かれる。カポーティの『冷血』に似ているのは、両作ともにカポーティが創始者とも言われているノンフィクション・ノベル風に書かれているからで、特に村薫の『冷血』は日付と時間を節ごとに明記し事件を時系列に追っていて、それがいかにもルポルタージュ的な装いになっている。しかしながら、カポーティがカンザス州で起きたある殺人事件の事実を徹底的に取材して小説として再構成しているのに対して、村薫は世田谷一家殺人事件の衣だけを借りた創作に終始している。もちろん捜査の段取りや送検手続きなどは微に入り細に入り現実に即したリアリティを追求しているが、本質的には完全なフィクション作品なのである。
 ふたつの『冷血』の小説としての共通点は、殺人事件などまるで関係のない普通の幸福な日常を送っている家族が突然皆殺しにされること。殺人を犯すのがディックとペリー、井上と戸田という男二人であり、いわゆるステレオタイプの極悪な犯罪者ではなく、どちらかと言えば周囲を惹きつける魅力を持った人物であること。そして犯人の片方が鎮痛剤を服用していること。その程度だ。
 逆に全く相容れずに大きく違っているのが、殺人の動機について。カポーティ版では、ディックは現金強奪の目撃者を残さないために予め一家全員を殺害することを明言しているし、相棒のペリーもそれを否定しない。更に言えば、犯行後にペリーは最後の目撃者でもあるディックこそを殺しておくべきだっと悔やみさえする。かたや村薫の『冷血』では、留守だと聞いて金目当てに侵入した家の一家が外出前だったことから、井上がたまたまその家の主人を殴り倒すことになり、そこにたまたま現れた妻を脅そうと思いつき、しかしたまたま目が合ったから殴りつけたと言う経緯で殺人が起こる。それがきっかけとなって、戸田は勘定合わせをする気持ちで子ども二人を殺す展開になり、それは井上も戸田もほんの少しも想定しなかった出来事だった。だから、事件は無計画でも場当たり的でも衝動的でもなく、ただ単に殺人という事実だけが生じてしまった結果なのだった。
 ところが、警察が容疑者を送検するにはそれでは通用しない。すべての犯罪には犯人がいて、犯人がいる限りにおいては犯行を生じさせた動機が必要で、その動機に沿った行動を筋道立てて言葉で説明しなくてはならない。なぜならそれが犯罪を立件するために不可欠だからだ。供述調書とは、その名の通り尋問に対して答えたことを文章として記録したもので、書名押印されると裁判で証拠として採用されることになる。その供述には動機がないなどと言うことは許されないのだ。
 井上と戸田が逮捕された後の取調べは精緻に描写されるが、その中で検察の担当検事は警察の捜査担当者にこう告げる。

 「今後の取調べの重点項目としては、先ほども言ったとおり、まずは動機です。(中略)何度も言いますが、これが解明されないことには話にならない」「次に故意。これも慎重に願います。(中略)ある時点で強盗に変化し、ある時点で殺害行為に至ったことについて、確定的な故意か未必の故意かを、慎重に見極めること」(第三章 2003年4月14日月曜日)

 しかし、取調べの過程で井上と戸田から発せられるのは「分からない」「覚えていない」「何も頭になかった」「理由はとくにない」「何となく」「思い出せない」などの言葉ばかり。それでも警察の捜査本部は、二人の過去まで丁寧に洗い出して、第三者から見た井上と戸田の人物像を浮かび上がらせていく。それらは最終的には主語と述語と目的語が明快にされた文章に取りまとめられて、裁判での起訴状になり、冒頭陳述書になって行く。すなわち殺人を犯した本人たちですら自覚していなかったり曖昧だったりしたことが、裁判向けに5W1Hに沿って理路整然と語られる行動記録へと変容するのだ。村薫の『冷血』の怖さは、殺人事件のおぞましさよりも、むしろこのようにして裁判用の事実が作られる公訴システムにある。犯人は確かに殺人を犯した主体者ではあるが、犯行時の意識と行動はシステムによって支配されている。公訴された途端に犯人は個人ではなくなり、必要書類に登場する人物としての役割の中に埋没してしまうのだ。
 検察が犯人を起訴することを仕事とする一方で、取調べを行う警察の捜査担当者は犯人とは直に人対人として接している。真相を解明しようとすればするほど、人は非常時においては、一貫性も統一性もなく支離滅裂な行動をするものだと気付く。そんな人の弱さへの共感があるからこそ犯人も捜査官に本音を話すのだ。ところがその本音だけでは供述にはならない。調書を作らなければならないから、犯人の本音とは違う文章が作られることになる。
 その狭間に置かれながら『冷血』の主人公である捜査本部の合田雄一郎は、井上に「利根川図志」という本を与え、戸田とは映画「パリ、テキサス」の話をする。留置場の犯人と手紙のやりとりをする合田は、事件と向き合ううちに殺人を犯した二人の人物と心を通い合わせ始める。合田にとっての二人は単なる残忍な殺人犯ではない。井上も戸田も普通の人たちと同様にそれぞれの人生をそれなりに歩んで来た生活者なのでもある。けれどもそんな刑事と犯人の交流は、当然のこととして突然に中断される。戸田の獄中死と井上の死刑執行によって。
 カポーティの『冷血』でも、ネイティブ・アメリカン(原作ではインディアンの表記)の血が流れるペリーは、留置場兼家屋の主婦から同情され、小さな窓伝いにリスを手懐ける。小説に登場するペリーは、実際にクラッター一家殺人事件の犯人ペリー・スミスその人であり、トルーマン・カポーティは特にペリーに興味を持って文通を始めたと言う。カポーティはペリーと交流しつつ、ペリーが処刑されることを待ち望む気持ちを抱いていた。実在したペリーは、合田雄一郎ほどの共感者は持たないままに処刑されたわけだ(※2)。村薫はカポーティとペリーの関係を合田雄一郎に置き換えて小説化した。しかし村薫が創作したフィクションに比べると、カポーティのノンフィクション・ノベルのほうが、より残酷な成り行きであったのかも知れない。

 ところで本作は村薫によるいわゆる「合田雄一郎シリーズ」の第四作に当たる。『マークスの山』で初登場した合田雄一郎は、『照柿』『レディ・ジョーカー』を経て、本作では捜査本部で捜査員たちを管理監督する立場になっている。歩きやすいからとスーツなのに白いスニーカーを履いているという設定は当初から変わらず、しかし『照柿』と『レディ・ジョーカー』で見せた絡みつくような執念深さは影を潜めて、本作の合田雄一郎には実務経験の積み重ねがもたらすゆるぎなさのような佇まいが感じられる。
 小説を映像化した作品で、この合田雄一郎というキャラクターを演じたのは、中井貴一(映画『マークスの山』)、三浦友和(TVドラマ『照柿』)、徳重聡(映画『レディ・ジョーカー』)、上川隆也(TVドラマ『マークスの山』『レディ・ジョーカー』)の四人。三浦友和が良かったらしいのだが、NHK製作のドラマは未見。それでもこの四人とも「何となく」合田雄一郎のイメージとは違うような気がする。誰がぴったり来るのかと問われれば納得の回答は出来ないのだが、現役の俳優では加瀬亮あたりがそれらしい雰囲気を持っているのではないだろうか。やや線が細く暗めで、キレるとトンデモなさそうな感じ。昔の役者なら『人情紙風船』に出ていたときの河原崎長十郎なんかが似合いそうと思うものの、まあさすがに古過ぎるか。(き)

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(※1)『冷血』(トルーマン・カポーティ著/佐々田雅子訳/2006年新潮文庫刊)

(※2)アメリカ合衆国カンザス州は死刑を廃止していないが、1976年以降、死刑は執行されていない。(日本弁護士連合会調査より)




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2020年12月18日

「男はつらいよシリーズ」全作品鑑賞苦行記 C(にて打ち止め)

 「男はつらいよシリーズ」連続鑑賞。第三十五作まで見て、ついに棄権することにした。理由は後述の通り。製作順、タイトル、公開年、マドンナ女優、採点(双葉十三郎基準)、特徴、満男の動向の順です。


[27]『男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎』1981年8月 松坂慶子 ☆☆☆
【特徴】お墓参りに来た松坂慶子に寅がいきなり声をかけるのはどうしたって無理筋。墓場でナンパなんてあり得ないだろと見ていたら、これがなんと大阪を舞台にした上出来な喜劇。松坂慶子の夫役は先日亡くなった斉藤洋介。芦屋雁之助はもちろんのこと、脇がしっかりした拾い物。
【満男】松坂慶子の嫁ぎ先の対馬がどこにあるか寅に優しく説明してあげる満男。中村はやと君には申し訳ないが、吉岡秀隆は段違いの存在感。

[28]『男はつらいよ 寅次郎紙風船』1981年12月 音無美紀子 ☆☆★★★
【特徴】音無美紀子が「うちの亭主から俺が死んだら女房を頼むとか言われなかった?」とわざわざ訊いているのにウヤムヤにする寅。テキヤ女房経験者でリリーよりよっぽど現実感のある相手なのに踏み出せない。ま、寅が結婚したらシリーズも終わってしまうんだけど。
【満男】「朝、目が覚めたら死んでたりしてな」と言う寅に「死んだら目は覚めないよ」と誤りを正す満男。少しだけ台詞が増えて来た。

[29]『男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋』1982年8月 いしだあゆみ ☆☆☆
【特徴】人間国宝の陶芸家役を十三世片岡仁左衛門が段違いの品格で演じる「先生もの」。陰があるけど肉体を感じさせるいしだあゆみが、寅のいろんな意味での不器用さを露わにしてしまう。中盤までとらやに帰らない構成も珍しい異色作。キャメラがズームを使い過ぎだけど。
【満男】デートに引っ張り出された満男は「帰りの電車でおじさん泣いてたよ」と報告して居間に消える。本作では立派なバイプレイヤーだ。

[30]『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』1982年12月 田中裕子 ☆☆★★
【特徴】沢田研二と田中裕子の仲を取り持つキューピッドもの。「飯食って、糞して、恋をするんだ」と言う寅だが、本作では恋をしない。田中裕子と何も気にせず手を繋いで歩くのがその証拠だ。若い二人が互いに好きになる理由が伝わらない脚本のまずさにも関わらず、沢田研二は関西弁でいい味を出している。
【満男】恒例である巻頭の夢から満男も登場するようになる。全盛期のジュリーが歌い踊る撮影現場に立ち会えるとはなんて幸運な子役だろうか。

[31]『男はつらいよ 旅と女と寅次郎』1983年8月 都はるみ ☆☆★★
【特徴】マドンナが有名人という設定は『ノッティングヒルの恋人』を先取りしているが、失礼ながら都はるみではジュリア・ロバーツに比べようもない。
【満男】運動会騒動の際に「お父さんやお母さんがいない子もあるんだから」とか「おじさんから電話があったら謝っておいて」とか殊勝な台詞が目立つ満男も、もう六年生なのだった。

[32]『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』1983年12月 竹下景子 ☆☆★★
【特徴】竹下景子が寅の告白を求めて備前高梁から上京したのに、寅は最後まで逃げまくる。マドンナの失恋のさせ方があまりに無惨で見るに忍びない。寅が博の父親の墓参りをする場面で始まる本作公開の前年、志村喬は七十六歳で亡くなっている。
【満男】博が工場へ投資をしたお返しにタコ社長からパソコンを買ってもらった満男。NECがPC8001を発売したのが1979年だからかなり初期の段階で小六の満男はパソコンに触れていたことになる。

[33]『男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎』1984年8月 中原理恵 ☆☆★
【特徴】保護者面した寅、寅を求めつつ渡瀬恒彦との仲に口出しするなと言う中原理恵、ラストの結婚式で熊に襲われる寅など、変化球がすべてすっぽ抜けていて、見ているのがツライ。そんな中でどんなことを聞かれても真面目に論理的に答えてしまう博の可笑しみが目立つ。
【満男】中学に入学してブラスバンドでフルートを担当。パソコンも続けている様子で、明らかに体育会系ではないことがわかる。

[34]『男はつらいよ 寅次郎真実一路』1984年12月 大原麗子 ☆☆
【特徴】証券マン米倉斉加年が酔った寅を自宅に泊める。翌朝妻大原麗子はいきなり「寅さん」と呼び、その後夫が失踪するととらやで一緒に食事する。そんな話、あるわけないだろ!と怒りが込み上げてくる。なぜ大原麗子がマドンナをやると脚本がめちゃくちゃになるんだろう。会議室のバナナのシーン以外、見る価値なし。時間の無駄。
【満男】いきなり背が伸びて、もう子どもではなくなった満男。ブラスバンド仲間の女の子が迎えに来たりしていい感じ。

[35]『男はつらいよ 寅次郎恋愛塾』1985年8月 樋口可南子 - - - -
【特徴】樋口可南子は祖母の最期の一日の様子を寅に聞きたいだけ。それだけの女性が寅に「会いたい」と手紙を出したり、突然訪問して来た寅を一人暮らしの部屋に入れたりするだろうか。シリーズはついに寅の恋のために他のキャラクターをハチャメチャにしなくてはならない構造にはまり込んでしまった。禁じ手の早送り見をしたため、採点する資格はありません。
【満男】反抗期っぽい設定で、将来は音楽家になりたいと言う台詞もあるが、単なる点景で終わる。結局のところとらやの人びとも絡みようがないと言うことか。


 完走するつもりだったがもうダメ。喜劇だから笑って見るはずの映画なのに、見ているうちに腹立たしい気分にさせられるようになってしまった。『男はつらいよ』の魅力の根本は、世間の常識に捉われない車寅次郎の自由な生き方にあったはず。同時に、寅の自由さに励まされてマドンナが新しい人生を歩んで行こうとする、女性の成長物語でもあった。その意味において寅次郎はマドンナにとってのメンターであって、メンターたる寅は女性たちに世間を気にすることなく自分らしく自由に生きることを、言葉ではなく態度や行動で助言してきたのだった。その独特なメンタリングに感謝するマドンナたちの気持ちを、寅次郎が自分に対する愛情と勘違いしてしまう。その感情のすれ違いが『男はつらいよ』のおかしみであり、渥美清が寅次郎を演ずる楽しさだった。
 ところがいつのまにかシリーズはエモーションではなくシチュエーションのみに傾いてしまう。ワンパターンからの脱却を図るためには仕方がなかったのかも知れない。さらには渥美清の加齢とともに、寅次郎は明らかに恋をする年代ではなくなった。マドンナが寅の自由さから学びたくなるような感情を持ち得ないとしたら、強引に寅とマドンナを引き合わせる状況を設定しなければならない。
 例えば『真実一路』。「今回は夫が失踪してしまった人妻を寅が助けると言うシチュエーションで行こうか」と言う状況設定が先にあったとしか思えない。だから寅は大企業のサラリーマンと知り合わなければならないし、そのサラリーマンの家に行かなければならないし、その家にいる妻と二人きりにならなければならなくなる。夫が酔っ払って深夜自宅へ連れ帰ったどこのどいつだかわからない中年男に、甲斐甲斐しく朝食を用意する妻なんて、世の中に存在しますか?しかもいくら夫がそう呼んでいたからと言って、いきなりその中年男を「寅さん」と呼びますか?あり得ない、あり得ない、絶対にない!さらに悪いのは、妻が寅を追いかけていく状況を作るために、寅が御守りを忘れて妻がそれを走って届ける展開にしたこと。寅が首から下げた御守りを外したところなんて見たことないし、そんな大事なものをどうして置き忘れることがあるのか。あるとしたら、故意しかない。つまり寅は忘れ物を届けてほしいからわざと御守りを置いて家を出たのだ。
 そんな勘ぐりをさせてしまうほど、登場人物のエモーションが全く描けなくなってしまった。普通に考えればあり得ないことを、シチュエーション重視で無理矢理に独善的に進めてしまう。すると本来すべてのものから自由で無心だったはずの寅次郎が、どんどん下心の塊に見えてくるのだ。おまけにマドンナとの年齢差は離れるばかり。マドンナが美女であればあるほど、寅が下品なスケベ爺に堕してしまう。渥美清は真面目な人だったから与えられた脚本の通りに忠実に演じたのだろう。しかしいくら生粋の喜劇人であった渥美清と言えども、エモーションがない人物を喜劇的に演じることは出来ない。面白くもおかしくもない喜劇はたくさんあるけれど、見ていて不愉快な気分になる喜劇は少ない。残念ながらそんな稀少な映画になってしまったのが、「男はつらいよシリーズ」の三十作以降なのだった。
 1980年代は、日本映画が公開本数において初めて外国映画に抜かれた低迷期(※1)。松竹や東宝などの大手メジャー映画会社は自社製作のリスクを取らず、配給だけで興行収入を上げることに専心していた。そんな中で「男はつらいよシリーズ」は数少ない松竹の自社製作作品。作れば必ずヒットする定番コンテンツだ。作品の質が落ちたからと言ってシリーズを打ち切る決断は、当時の松竹には誰にも出来なかった。それ自体が日本映画低迷の証左でもある。

 そんなわけで完走出来なかった悔しさはあるものの、もう見なくてもいいんだと言う解放感もある。だからこそ「苦行」だったわけだが、シリーズへの悪印象を持ったまま棄権するのは辛いものがある。さらに言えば、渥美清が亡くなった日、TVで追悼番組として放映されたのが『寅次郎真実一路』(※2)だったらしい。あーあ、なんで『相合い傘』か『夕焼け小焼け』をやってくれなかったのかなあ。偉大な喜劇人を追悼するには一番相応しくないセレクションだったと思う。(き)


■「男はつらいよシリーズ」全作品鑑賞苦行記 @〜B は→こちら←


真実一路.jpg


(※1)日本映画産業統計(一般社団法人日本映画製作者連盟が1955年から公表)によると、邦画公開本数が洋画を初めて下回ったのが1987年。そのまま低迷し続けた邦画が洋画を追い抜くのは2006年のこと。

(※2)渥美清は1996年8月4日に六十八歳で亡くなった。8月9日の日本テレビ系「金曜ロードショー」では急遽予定していた作品を変更して『寅次郎真実一路』を放映した。



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2020年12月12日

In Darkness (for some people in Hong Kong)

In Darkness

Sitting by this dark window,
Not knowing what can be done,
I’m staring at the darkening world;
The sun has set, and shapes of beings are blurred
Gradually, steadily, and relentlessly.

There’s no seeing one from another.
There’s no telling what is lost.
This is exactly like a childish nightmare−
She seems totally possessed both in mind and body;
With fiendish words uttered,
Blatantly, mindlessly, and desperately,
She proclaims that disastrous decree.
She, Chief Executive of Hong Kong.
Is it for money? for status?
Or possibly for her own life?
Being obsequious and sychophantic−
Those young boys and girls are arrested and imprisoned everyday.

How can this happen?
Right to criticize your government;
Right to read and watch your favorite stories;
Right to go to wherever you want;
Right to vote to whomever you like;
Hoping that you could continue to enjoy
All what you have enjoyed so far;
People with such natural and innocent requests
Are seized and put in jail day by day.
Threatening prevails to destroy their beings.

A nation is a monster−
I thought I knew this to the bone thoroughly.
Still I can’t but feel horror with a shudder;
How Chinese government crashes people’s lives,
Grinding their beings into nothing,
Burning down their hope to ashes.

This is indeed a fire on the opposite shore;
Yet I can see nothing but darkness out of the window.
(H.H.)


posted by 冬の夢 at 18:21 | Comment(0) | 時事 国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする