2018年11月13日

『海底軍艦』 〜 東宝特撮映画の中でも抜群の出来栄え!

日本映画専門チャンネルで連続放映されていた「東宝特撮王国」。ワールドワイドに特撮の古典となった『ゴジラ』の後、東宝は怪獣映画だけではなく、特撮SF作品を連続して平行投入した。あえて「怪獣もの」と「特撮もの」のジャンル分けをすると1960年代までの公開年次別には以下のような打順になる。

【怪獣もの】
昭和29年 ゴジラ
昭和30年 ゴジラの逆襲
昭和31年 空の大怪獣ラドン
昭和33年 大怪獣バラン
昭和36年 モスラ
昭和37年 キングコング対ゴジラ
昭和39年 モスラ対ゴジラ
昭和39年 三大怪獣地球最大の決戦
昭和40年 怪獣大戦争
昭和41年 南海の大決闘
昭和43年 怪獣総進撃
昭和44年 オール怪獣総進撃

【特撮もの】
昭和29年 透明人間
昭和32年 地球防衛軍
昭和33年 美女と液体人間
昭和34年 宇宙大戦争
昭和35年 ガス人間第一号
昭和37年 妖星ゴラス
昭和38年 マタンゴ
昭和38年 海底軍艦
昭和39年 宇宙大怪獣ドゴラ
昭和40年 フランケンシュタイン対地底怪獣
昭和41年 サンダ対ガイラ
昭和42年 キングコングの逆襲
昭和44年 緯度0大作戦

何をもってして「怪獣もの」と「特撮もの」を分けるのかという線引きの議論はあるにしても、「怪獣もの」とはゴジラを始祖とする恐竜的外見をもつ巨大生物が登場する一連の特撮活劇を指し、そこに入らないものはひとまとめに「特撮もの」とするのが妥当のような気がする。サンダやガイラは怪獣と呼ぶよりは「巨人」なのであるし、ドゴラは怪獣ではなく宇宙上の怪現象に等しい。いずれにせよ「怪獣もの」は「対決もの」という新ジャンルに移行することによって、平成の時代をも生き抜くことになった。かたや「特撮もの」は円谷英二という稀代の特殊撮影エンジニアの死とともに日本映画のジャンルから消え去っていくのである。
しかしながら、最も驚くべきは、この壮観たる作品群がひとつの例外もなくすべて本多猪四郎の監督作品であるということ。『ゴジラ』公開以降の十五年で日本の映画興行は奈落の底に落ちていくものの、週替わりで新作を二本立てで公開するプログラムは不変だった。その番組編成の中で「怪獣もの」「特撮もの」という、劇場映画においてはやや本流から外れた作品を、本多猪四郎はひたすらこつこつと作り続けていった。その点においては本多猪四郎も映画職人のひとりであった。素材にこだわってなかなか料理を出さないのが黒澤明なら、どんな素材でもちゃっちゃと料理してしまうのが本多猪四郎だ。晩年の黒澤が、助監督に本多を指名し続けたのは、どんな仕事も厭わずにこなす「早い安いうまい」の映画職人の腕を見込んでのことだったろう。

そんなわけで日本映画専門チャンネル「東宝特撮王国」では主に「特撮もの」が放映されていて、何本か続けて見ることになったのだが、その感想は「面白いんだけどつまらない」というのが正直なところだった。
着眼点は面白い。人間がガスになってどこにでも移動できるとか、ナチスドイツが発明した死なない兵士が現代に蘇生するとか、巨大彗星が地球に激突する軌道をとるとか、発想の豊かさと枠の打ち破り方は見事なものである。それを映像として表現する特殊技術はさらに面白い。おなじみのミニチュアセットに逆回転撮影やマット合成などを加えた手作り感満載の画面には、アナログであるがゆえの様々なほころびがある。デジタルのようなゼロイチの完璧さでないところが、特殊技術班の奮戦ぶりを伝えていて、見ていて嬉しくなってくる。
ところが、映画の土台である脚本。これが滅茶苦茶につまらない。科学技術面での設定が先行しているためにストーリー運びに無理があるし、ギャング団などの必然性のない登場人物が出てきて無駄が多い。物語の軸となる主要人物たちの行動にムラがあり、感情移入がしにくい。よってストーリーとキャラクターが噛み合わず、エモーションに動きが出ない。これでは物語にならないし、ひたすら特撮場面が出てくるのを待つだけでは、見ていること自体が辛くなってくる。
これは本多猪四郎の失敗というよりは、脚本家たちの技量不足が原因だ(※1)。脚本が悪い映画は料理人の腕がどんなによくても旨くはならない。わざわざ傍流の現場に出向いてきた俳優たちも、一貫性のない人物を演じさせられては精彩を欠くのも仕方ないところだ。たまにハリウッド女優かと見紛うばかりの女優に出会ったりする意外な愉しみ(※2)がなければ、録画再生で見ている気軽さから早々に停止ボタンを押していただろう。

そうした中で、これもつまらないんだろうなと思いつつ見始めた『海底軍艦』。なんとこれだけは「面白くて面白い」作品であった。

海底軍艦.jpg

土木技術者が失踪する事件が相次ぐ東京。海運会社の重役で元海軍少将の楠見も秘書とともに誘拐未遂に合う。彼らをさらおうとしたのはムー帝国の使者。かつて全世界を征服していた彼らは大陸が海に沈んだ後も地熱発電技術でエネルギーを得て太平洋の海底に巨大な帝国を築いていた。ムー帝国は世界各国にかつての自分たちの支配地を取り戻すことを宣言すると同時に「海底軍艦」の建造中止を宣告する。実は楠見の海軍時代の部下であった神宮司が太平洋戦争末期に日本軍を離脱して独自に新造艦「轟天号」を建造していたのだ。そして楠見の秘書真琴は神宮司のひとり娘で、神宮司が楠見に託したのだった。完成した「轟天号」は日本のためにしか使わせないと協力を拒否する神宮司であったが、ムー帝国に連れ去られた真琴を救出するために出撃を決意する。ムー帝国の攻撃でニューヨークや東京が壊滅の危機に瀕する中、「轟天号」がムー帝国の生命線である地熱発電装置を粉砕する。太平洋に火柱を上げながら消え去るムー帝国を楠見と神宮司は見つめるのだった。

というあらすじを一気書き出来るくらいに、『海底軍艦』はストーリーのプロットに芯がある。そしてそこに絡む登場人物たちにはそれぞれの心情がある。それに従った行動が素直で自然なので、荒唐無稽な設定であるにもかかわらず物語が流れをつかむ。登場人物ごとの流れは「轟天号」出撃に向かってひとつにまとまり、クライマックスに向かって奔流となって行く。他の「特撮もの」とは比べものにならないくらいに力強いストーリー運びが『海底軍艦』を支えている。
ストーリーが良いとキャラクターも生き生きしてくる。実質的な主人公は、楠見と神宮司。海軍時代の上司と部下であって、これを演じる上原謙と田崎潤が最高にカッコいい。二人とも「怪獣もの」にも「特撮もの」にも博士役や大臣役などでよく出てくるのであるが、どれも俳優としての格に合致しないちょい役でしかなかった。やっぱりきちんとした人物を演じさせると、基本がしっかりしている人たちだけに存在感が違う。軍人としてのリアリティがあるし、二人にしか通じない機微みたいな繊細さが画面に出ている。特に上原謙は、同時期に「若大将シリーズ」の常連として出演していたのを見慣れていただけに、これほど威厳のある上官役が似合うとは想像もしなかった。本作を骨太に仕上げた中心人物である。
トップビリングされていて本来は主役であったはずの高島忠夫と藤木悠は、上原・田崎の両御大の前では脇役に甘んじるしかない。けれど『キングコング対ゴジラ』のコンビをそのまま持ってきただけあって、開巻からすぐに絶妙な掛け合いとナチュラルな台詞回しで観る者を魅了する。「特撮もの」でこんなに自然で普通感のある演技を見られるとは思っていなかった。それくらいに高島忠夫と藤木悠の二人は肩の力が抜けている。なんでも当時は私生活においても親友同士だったと言うから、当たり前のコンビネーションだったのだろう。

そうした役者たちの充実ぶりの一方で、『海底軍艦』のタイトル通り、それなしでは語れない最重要キャラが「轟天号」だ。軍艦でありながら潜水艦でもあり、ジェット噴射によって中空を飛ぶ爆撃機にもなるオールマイティな巨大兵器。さらには艦首に装備された鋼鉄製ドリルを回転させて、海底を掘削して地中奥深くまで潜入することが可能。ドリル先端には、照射された物体を凍結させて戦力を奪う冷線砲を装備。地上最強、いや海底も含めて史上最強の究極兵器なのである。
そして素晴らしいのが「轟天号」のメカニックデザイン。流線型の造形美はもちろんのことディテールも凝っている。艦底部の前後左右には先端のドリルと連動する回転ノコギリが設置され、海底を掘削しながら艦体を前進させる動力となる。艦尾には掘り出した土砂を排出するための噴出口。突起物として邪魔になる艦橋部や尾翼は胴体に収納する仕掛けだ。細部に工夫を凝らしながらも外観はシンプルそのもので、ミリタリーグレーと赤に塗り分けられて鈍く光る船体が力強さを表現している。
多機能兵器であるとともに完璧な造形美を持つ「轟天号」が飛行し、着水し、潜水する雄姿を円谷組の特撮プロフェッショナルたちが映像として作り込む。「特撮もの」を見ながら思わず「おおー、カッコイイ!」と呟いてしまったのは初めてのことだ。

「轟天号」をデザインしたのは小松崎茂(※3)。「特撮もの」では『地球防衛軍』や『宇宙大戦争』でもコンセプトデザインを担当している。特に『宇宙大戦争』に登場する「スピップ号」のメカニックデザインはかなり秀逸であって、『サンダーバード』を世に送り出したジェリー・アンダーソンのクリエイティブを凌駕する出来栄えだ。『サンダーバード』がイギリスで製作・放映されたのは1965年(昭和40年)だから、小松崎茂の仕事はヨーロッパの一線級のクリエイターたちに強い影響を与えていたに違いない。
しかし、合縁奇縁と言うべきか、不思議なもので我々の多くは小松崎茂のことを小松崎本人だとは知らずに『サンダーバード』を通じて擦り込みされた世代なのだ。そう。言うに及ばず『サンダーバード』のプラモデルのパッケージデザイン。それこそが小松崎茂の手によって描かれた、商品価値を数倍に高めるようなイラストレーションだったのである。

今でも思い出に残っているのは、小学校に上がるか上がらないかの頃のクリスマス。和室に敷いた布団の傍らにいつも翌日の着替えが用意されていたのだが、クリスマスの朝、その着替えの間にはずっと欲しかったサンダーバード2号のプラモデルが箱に入ったまま置かれてあった。もちろん寝ている間に両親がそっと忍び込ませてくれたわけで、他愛のないプレゼントの渡し方だったけれど、子どもにとってはまさに夢のような出来事であった。自分では部品を接着剤を使って組み立てることは出来なかったので、父親がひとりで慣れないプラモ作りをやっていた姿が今でも脳裏に焼き付いている。それほどに出来上がるのが待ち遠しかった。そして、子どもたちをそんな興奮状態に掻き立てたのが、小松崎茂によるイラストだったのだ。
サンダーバード2.jpg
『サンダーバード』のようなTV映画のメカニックを描く一方で、小松崎が主業とするプラモデルの箱絵は、戦車であり戦闘機であり戦艦であった。販売に苦戦していた田宮模型の社長が無理を承知で小松崎茂に箱絵を依頼したところ、小松崎が快諾。そこからプラモデルメーカーとしてのタミヤの歴史が動き出したというのは有名な話だ。
そんな小松崎がデザインした「轟天号」は、『海底軍艦』以降も微修正を加えながら様々な映画作品に取り上げられて行く。TVドラマに登場した「マイティジャック」(※4)もある意味で「轟天号」の後継機と呼べるだろう。もっとも両機を並べると、翼や艦橋がやたらと目立って全体バランスを醜くしているマイティジャックに比べると、「轟天号」のシンプルかつゴージャスな佇まいがさらに目を惹くのであるが。

映画は「轟天号」の大活躍によってムー帝国が滅び去り、世界に平和が戻ってくるところで終幕となる。しかしムー帝国の最期を見届ける楠見や神宮司たちの表情は一様に暗く翳りを帯びている。
世界の平和とは何なのか。それは侵略者を滅ぼすことなのか。ムー帝国の皇帝は言う。かつて世界はムー帝国が支配していたのだ。だから我々がいない間にその世界を乗っ取ったお前たちを追い出し、我々の手に世界を取り戻すのだ、と。
『海底軍艦』は「特撮もの」として突出した完成度を持つ傑作である。同時に「共有」ではなく「略奪」を続ける人びとを俯瞰して見下ろすニヒリズムも持っている。ゴジラが出てくる『怪獣総進撃』の併映作品として再上映されたという記録があるから、たぶん子どもの頃に一度は見ているはずだ。記憶にまったく残っていないのは、そうした虚無的な視点が子どもにとってはあまりに苦過ぎたからか。いやいや。ただ単にゴジラを見に行きたいだけで『怪獣総進撃』を見終わった後は、映画館で眠りこけていたのだろう。(き)

轟天号.jpg


(※1)『海底軍艦』の脚本家は関沢新一。『大怪獣バラン』以降、数多くの「怪獣もの」「特撮もの」の脚本を書いている。よって一概に「脚本家たちの技量不足」と言い切るのは的外れであるかも知れない。

(※2)『美女と液体人間』の白川由美。強烈な美貌とスタイル。クラブで歌う姿が艶めかしい。

(※3)小松崎茂(1915〜2001)の作品を展示する常設館は現在では存在しないようだ。

(※4)『マイティジャック』は1968年(昭和43年)に放映されたTV特撮ドラマ。隊長を二谷英明が演じる一方で、主役である源田隊員に二瓶正也をあてたのはいかにもミスキャストだった。冨田勲作曲の主題歌は、TVドラマ史上に残る名曲だと思う。




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2018年11月06日

モンブランの首が折れた!


 とんでもない悪筆のくせに、なぜか万年筆が好きで、書きやすいペンを求めているうちに、いつの間にか雨後のタケノコのようにペンの数が増え、高級ブランドとして名を馳せているモンブランの万年筆も3本も所有している。そのうちの1本はマイスターシュテュック149という、万年筆の代名詞のような、正にthe Fountain Penと呼ばれてもおかしくないようなゴッツいもの。これは自宅からは禁帯出(サイズが大きすぎるし、どこかで紛失したりすると泣きたくなるから−−以前、お気に入りのモンブランのペンをノートと一緒になくしてしまい、しばらく立ち直れなかったことがある)、もう1本は現在は廃盤のノブレスというお洒落な名前と姿を持ったもの。これは極細字仕様で、手帳用にと思っていたのだが、もしかしたらコンバーターの具合が悪いのか(ひと昔前のモンブランをコンバーターで使おうとすると色々と問題があるらしい)、軸の中でインクが漏れることがあり、残念ながら使い物にならず(安心して外で使えない、ということ)、普段は引き出しの中で眠っている。そして残る1本がこれ。

マイスターシュテュック144.jpg

これも一応マイスターシュテュック(英語でいうmasterpiece=名人の品)なのだが、史上もっとも評判の悪い、そして最も廉価だった144というもの。わざわざ女性っぽいボルドーにしたのは、インクも赤系統のものを使って、文章の推敲や直しに使おうと考えていたから。

 万年筆というのはやけに面倒なところがあり、ペン先の微妙な個性(個体差)もさることながら、紙やインクとの相性というものがある。同じペンでも紙が違うと全く違った書き味になり、ときにはインクのフローが渋くなって、文字がかすれるどころか、書けなくなることさえある。あるいは、インクが滲んでしまい、やはり結果としては書けなくなってしまう。それなのに、同じ紙と万年筆でもインクを代えると、事態が一気に好転し、先ほどまでの難儀はいったい何だったのか、ということにもなる。そんなこともあって、なるべく万能の、いつでも安心して楽しく使える万年筆を探しているうちに、その数が少しずつ増えていってしまうわけだ。

 こうして、数えるのも恥ずかしいくらいの数の万年筆が目の前にあるのだが、その中で信頼が置けるペンは限られている。そのうちの一つがこのMeisterstück144だったのに(だった、と過去形で言わねばならないとは!)。

 男の手が使うにはやや華奢ではあるが、ノートに1〜2ページ程度の文章ならばサラサラと書けるような気にしてくれる、使い勝手のすこぶる良い万年筆で、当然ながら、購入当初の目的だった文章推敲用にも大活躍してくれた。ブルーやブラックのインクで殴り書きのようにして書いた文章の上に、ボルドーやブラウンのインクで書き足したり、二重線で消したりすることで、何となく能率が良くなったような気がしたものだ。おそらくは子供のお絵かきのような感覚なんだろうが、つまりはこれが万年筆を使う魅力の一端なんだと思う。

 ともかく、そうして使っていたこのペンが、ある日、キャップを外して、さあ何か書こうと思ったとき、どうもいつもと感じが違う。なぜだろうと訝しく思いつつ、最初の文字を書こうとした途端、あー、ペン先がグラグラする! まるで脱臼した腕のようではないか! とんでもない事態が起きていることは容易に予想がついた。書くのを止めて、両手で確かめてみると、首のところがグラグラ、ゆらゆらと揺れる。恐る恐るペンの胴と呼ばれる、インクカートリッジやコンバーターを挿すときにクルクルと回して分離する箇所を開けて見ると、ペン先が付いた首と呼ばれるパーツのネジ状の溝が切ってある部分がパックリと折れている。劣化だろうか。それともカバンの中で重い本かカメラの衝撃を受けた結果だろうか。上述の通り、この万年筆、Meisterstückというくせにはかなり華奢で、飾らずに言えば、安っぽい作りだ。したがって頑丈さなど、どこを探しても見当たらない。きっとそれが災いしたのだろう。

 そうはいっても、これは紛れもなく一大事。早速専門店に問い合わせてみた。そして、再度驚かされた。なんと、修理費の見積もりが1万6千円。運が良ければ1万2千円になるかもしれないが、いずれにしても、新しい万年筆が楽勝で買える金額だ。そこで、とりあえず、接着剤で修理してみることにした。そのときはこのブログに書こうなんて少しも考えていなかったので、折れた実態を示す写真を撮っておかなかったことが悔やまれるが、かなり複雑な割れ方をしていたので、はたして接着剤で修復できるのか甚だ疑問ではあった。が、ダメなら修理に出すだけだと考え、自らの不器用を省みず、割れた部分をとりあえずくっつけてみた。これがその写真。

ペン軸.jpg

 一枚目の写真をよく見るとわかるのだが、結果は全然ダメだった。接着したには接着した。接着剤がネジ状の部分に少しはみ出したものの、それでもとりあえずは首と胴もちゃんと合体する。グラグラはしない。が、ペンが微妙に曲がっている。つまり、割れた部分が少し歪んだ状態で接着したということだ。でも、これは致し方ないではないか? 接着するためには圧着する必要がある。圧着したとき、すでに割れて強度を失っている素材が歪まないはずがない。それに、多少曲がっているくらい、万年筆の機能や性能には関係ないともいえる。ちゃんと書けるなら、それでいいはずだ。が、しかし、何とも言えない敗北感を感じていることも事実。それに、いくら接着剤で補修したとはいえ、かなりの筆圧がかかる軸の部分に損傷を抱え込んでいるこのペンを、はたしてこれまで通りに安心して使えるのだろうか?

 だとしたら、やはり1万6千円を用意して、再度専門店の暖簾をくぐるべきか。あー、多分遅かれ早かれ、きっとそうなるのだろう……が、しかし、冷静になれば、こんな安っぽい万年筆の修理に1万6千円も出すのなら、まだ使ったことのない、例えばモンブランと双璧をなすペリカン社の相応な万年筆を購入する方が賢明なのではないか。が、しかし……

 煩悩止まることなし。 (H.H.)
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2018年10月07日

『半分、青い』と『ラ・ラ・ランド』を職業選択の視点から振り返る

NHKで放映されていた『半分、青い』が終わってしまい、毎日ドラマを見続ける楽しみがなくなってしまった。もともと朝ドラを見る習慣はなく、『半分、青い』を見るようになったのは、くらもちふさこのマンガが取り上げられると聞いたからだった。秋風羽織という男性マンガ家に設定は変えられていたけれども、朝ドラなんだからヒロインの鈴愛(スズメ)は、秋風先生に導かれて少女マンガの世界で功成り名遂げるのだと思って見始めた。だってそうでしょ。朝ドラとは女性の一代記であって、貧しさに負けずに夢を叶えるとか、ヘッポコ旦那を支えながら事業を成功させるとか、そういうお話なんでしょ。
ところが、『半分、青い』は違った。朝ドラの王道からは大きく外れていた。いや、そもそも王道などこれっぽっちも意識せずに作られていた。だからこそ毎日見逃すことなく、九月末まで引っ張られることになったのだけれど。
鈴愛はマンガ家を目指して上京し、秋風先生の元に弟子入りした後、マンガ誌にデビューする。成功だ。でも続かない。次第にアイデアに行き詰まり、自分の才能の無さに気づく。そこから踏ん張って、努力の末に再起するわけではない。マンガ家をやめてしまうのだ。このあっさりとした引き際。見極め。
そしてマンガ家の次に鈴愛が選んだ職業は、100円ショップの店員。そこで出会いがあり結婚して出産するのだが、夫に見捨てられて実家に戻る。食堂を営む実家は弟が仕切っていて、鈴愛の居場所はない。そんな中で鈴愛は五平餅カフェを始める。ところがフィギュアスケートに目覚めた娘のために再び上京。カフェ運営の人脈からモノづくりのスタートアップ=ひとりメーカーを目指す。そして、幼馴染の律(リツ)が合流して、二人メーカーになる。鈴愛と律の会社、スパローリズムは「そよ風の扇風機」を開発する。
このように鈴愛は、マンガ家→店員→五平餅→ひとりメーカー→協働事業者と職業を変えていくのだ。軽やかでしなやかなその翻り方が『半分、青い』の魅力であったと思うし、そこに幼馴染の律との関係が絡んで、最後まで視聴者を引き寄せ続けた脚本家北川悦吏子のストーリーテリングには、正直脱帽であった。

これまでの朝ドラのヒロインたちと鈴愛との決定的な違いは何か。それはヒロインの「職業選択」。従来の正統派ドラマにおいては、ヒロインは一心不乱にゴールに向けて突き進む。ゴールとは、生まれもって定められた家業を継ぐことであったり、子どもの頃に抱いた夢を実現するため専門的スキルを身につけたうえでの実業であったりしたはずだ。それとは真逆に鈴愛が目指す道はどこに繋がって行くのか、全く予測不能であった。

「職業選択」とは二十世紀初頭にアメリカで生まれた概念だ。産業革命によってヨーロッパから移民が押し寄せ、労働者たちは様々な職を転々としていた。そもそもそれ以前は、職業とは先祖代々受け継がれるもので、子は父の仕事を手伝ううちに自然とその職の後継者となるより他に選択肢はなかった。そうした定住的な暮らしは産業革命によって一変する。人びとは親元を離れて都市に集まり、そこで日々の食い扶持を稼ぐための職を探す。雇用主に気に入られなければ辞めて別の職を探さなくてはならないし、気に入らないのなら自分から辞めるしかない。そんなだから定職につくことが難しい時代であった。そこにパーソンズという社会改革運動家が現れ、世界初の「職業相談所」を開設する。以来、個人と仕事をいかにマッチングさせるかというのが職業選択の大テーマとなったのだった。

ところが1970年代以降、職業選択に関わる意思決定の考え方は変化する。
カナダ人の心理学者バンデューラは、「モデリング理論」を提唱する。人は他者の行動を観察し模倣することで自らの行動を決めるという理論だ。ここで話は『半分、青い』に戻るのであるが、鈴愛は、秋風羽織というマンガ家に出会って自分もマンガ家になろうと決意する。そして五平餅を作り続ける祖父からレシピを受け継いで、五平餅をカフェ展開しようとする。さらに再上京して訪れたシェアオフィスで好きなものだけを作って販売する女性を知り、自分もひとりでメーカーを立ち上げる。どれも身近なモデルを観察学習したうえでの行動で、鈴愛の職業選択行動はモデリングそのものであると言えよう。

鈴愛の行動パターンを読み取るうえでは、バンデューラの学習理論を発展させたスタンフォード大学の心理学者クランボルツの学説も大いに参考になる。クランボルツは、偶然に起こる予期せぬ出来事により人のキャリアが決まっているのだと説く。その偶発的な出来事が生み出されるように積極的に行動することが自らのキャリアを創造することになるのだと。
鈴愛は思いつきのように五平餅カフェを始めるが、そこを訪れた元広告代理店営業マンとの出会いがひとりメーカー立ち上げの契機となる。娘をスケートの教室に通わせたくて上京したのだったが、幼馴染の律はその娘から集団が横一列になってスケートを滑るのは難しいと語る会話から「そよ風の扇風機」の開発プランを思いつく。こうした偶然の積み重ねのうえに朝ドラのヒロインが職業選択していく様はまさに朝ドラのポストモダンであって、「計画された偶発性」と呼ばれるクランボルツの理論を地で行くようであった。

加えてクランボルツは「計画された偶発性」を自ら引き寄せ、活用するために五つのスキルが必要だと言う。@好奇心 A持続性 B柔軟性 C楽観性 D冒険心。なんと鈴愛の性格設定そのままではないか。何にでも興味を持つ好奇心。律を大切に思い続ける持続性。ダメなら次、とすぐに気持ちを切り替える柔軟性。いつもうまく行くと信じる楽観性。そして常にリスクに挑む冒険心。
平成最後の年の朝ドラが、伝統的な女半生記から、自ら予期せぬ出来事を引っ張り込んで、職業選択に活かしていくバイタリティをもった女性の物語を提示したのは、なにやら時代を象徴しているように思われるのである。

半分青い.jpg

さて、こうして朝ドラをキャリア発達の観点で捉え直してみると、最近見た映画の中にも似たような解釈が出来る作品があることに思い当たった。
デミアン・チャゼル監督の『ラ・ラ・ランド』。過去の様々なミュージカル映画へのオマージュが画面に散りばめられていて、楽曲も振り付けもカメラワークもすべてクラシカルで、なかなかの佳作であった。一方で見終わった後の妙な切なさも印象深く、あの切ない感じはどこから来ているのだろうかと、心のどこかに魚の小骨が刺さったような気がしていた。

切なさの正体は「起こらなかったこと」。恋人同士になったセバスチャンとミア。セバスチャンはオーセンティックなジャズクラブを開業するのが夢で、そのために自分のポリシーに反するロック系バンドの仕事に忙殺される。女優を目指すミアはオーディションに落ち続け、再起を期したひとり芝居公演も失敗し、遠く離れた故郷に帰ってしまう。そこへセバスチャンが追いかけてきて、公演の噂を聞いたプロデューサーがミアと会いたいと言っていると伝える。ロサンゼルスに引き返したミアがオーディションを受けると合格、その映画出演を契機にミアはスター女優に登り詰める。
映画のラストは、セバスチャンが経営するジャズクラブに偶然入ったミアが、ピアノを弾くセバスチャンと出会う場面。二人の初対面に遡り、セバスチャンとミアがともに仕事で夢を叶え、結婚して家庭を持つ幻影が流れる。でもそれは単なる幻。ジャズクラブと女優、それぞれの理想を実現した二人は、この先は会うこともなく、別々の人生を生きるのだった。

メリーランド大学のカウンセリング心理学者ナンシー・シュロスバーグは、人生の転機としてのトランジションがあると唱えた。転機には三つのタイプがある。「予測していた転機」「予測していなかった転機」「期待していたものが起こらなかった転機」。セバスチャンとミアにとって「期待していたものが起こらなかった転機」が二人の人生の分岐点となってしまった。二人で共に暮らすこと、すなわち結婚して家庭を持つことが「期待していたもの」。職業上の選択においては、二人とも自分の夢を実現したのにも関わらず、期待した結婚は「起こらなかった」のだ。
セバスチャンもミアも不幸なわけではない。セバスチャンはジャズクラブで気の合うミュージシャンに囲まれ、ミアは女優でありながら良き妻、良き母親でもある。しかし一緒に追いかけた夢のゴールは、全く別の場所にあり、だから二人は一緒にはなれなかった。トランジションの中でも「期待していたものが起こらなかった転機」は切なく哀しい。
そのトーンが『ラ・ラ・ランド』の全体印象を支配していたので、楽しいミュージカルなのだけれど、妙な切なさが残る映画に思えたのだった。

ララランド.jpg

こうして職業選択の観点からドラマや映画を振り返ってみると、キャリア発達の心理学者たちの理論をきちんと踏まえた設定になっていることがわかる。意図したものではないにしても、脚本家はある意味においては心理学者としての側面を持っている人たちなのかもしれない。いや、反対にドラマや映画で描かれる人生は、心理学者の学説などを簡単に飲み込んでしまう幅広さと奥行きを備えているものなのだろうか。
どちらにしても、朝、鈴愛と律に会えないのは寂しい。賛否両論あったようだが、『半分、青い』は観る者を中毒にさせる、十分に魅力のある番組だったと思う。(き)


(※)「新版 キャリアの心理学」(渡辺三枝子編著/ナカニシヤ出版)を参考しました。


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2018年09月19日

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2018年09月15日

国立劇場九月文楽公演『夏祭浪花鑑』 〜 簑助!玉男!勘十郎!

今年は災厄の神さまであるヤソマガツヒさんが、大阪を相手に意地悪をしているとしか思えない。震度六弱の揺れがあった六月の大阪北部地震、七月には台風が近畿から西日本へ逆走、そして今月の台風21号は関西国際空港を水浸しにして去って行った。どうしてこうも悪いことが重なるのか。そう思っていたところへアメリカからほんの少しだけ気が休まるニュースが。九月八日に行われた全米オープンテニス決勝戦で大阪出身の大坂なおみ選手がセリーナ・ウィリアムズを破って優勝。日本人として初めてグランドスラムシングルスを制覇したのだ。大阪生まれの大坂選手は四歳のときに米国に移住。でもテニスを始めたのは大阪市内にあるテニスクラブでのこと。大坂選手のキャラクターも相まって、災厄続きの大阪を慰めてくれる明るい話題となったのだった。

江戸時代に時間を巻き戻して、その大阪を舞台にしたのが『夏祭浪花鑑』(なつまつりなにわかがみ)。延享二年(1745年)に大坂竹本座で初演され、すぐに歌舞伎にも移植された人形浄瑠璃だ。
芝居の方は六月歌舞伎座公演で見たばかり。同じようなものなのかと思いきや、文楽で見る『夏祭』は人形の存在がググッとせり出してくるような、圧倒的な見せ場が続いて存分に楽しめる出し物であった。

まず、感動的でさえあったのが「釣船三婦内の段」(つりぶねさぶうちのだん)。
釣船三婦が団七から預かっている磯之丞は主家の子息。三婦女房おつぎが磯之丞を早く他の土地に逃がしたいと案じているところへ、徳兵衛女房お辰が国許へ帰ると挨拶にやって来る。ならば磯之丞を一緒に連れて行ってくれと頼むおつぎ。快諾するお辰。しかし釣船三婦が許さない。若い磯之丞を美しい人妻に預けるのでは三婦の男が立たない。「こなたの顔には色気がある」とお辰の美貌を褒めながらも「若い女房に若い男を預けて遣ったは聞こえぬとサ(中略)いっそこなたの顔が歪んであるか、かう半分削げてでもあったら、世間も済む」と言うのだ。
それを聞いたお辰。突然火鉢に掛けた鉄弓を取って自分の頰に火傷の痕をつけてしまう。「なんと三婦さん、この顔でも分別の、外という字の色気があらうかな」。そうまでしておつぎの頼みを引き受けるというお辰の覚悟。三婦も「お内儀、磯之丞殿の事を頼みますぞや」とお願いするしかなくなるのだ。
実はこの場面、歌舞伎でも女形のしどころのひとつで、だからお辰は格上の役者が演ることになっている。以前見たときの配役は玉三郎、六月の歌舞伎座では雀右衛門が演った。
ところがこの自らの頰を焼く芝居が、見ていてちっとも面白くない。たまたまの頼まれごとを「色気があるから」と取り下げられたならば、「あら、そうですか」と引き下がれば良いところ。それをそうまでして引き受けなければならないのは、磯之丞の親御兵太夫様が夫徳兵衛の親方筋に当たるから。そうなのだが、主のために美しい人妻が自らの顔に傷をつける気持ちが理解出来ない。玉三郎のときも変な女だなと思ったし、雀右衛門のときは半分寝ながら見ていた場面だった。

ところが、今月の文楽でその印象は180度ガラリと変わった。お辰の気持ちがシンプルに客席に届くのだ。私がやらずに誰がやろうか。それをこの三婦という男、何をつまらぬことで怯んでおるのだ。ならばぐうの音も出ないようにその「色気」とやらを消してみせよう。そのようにお辰の人形が言っているのだ。いや、言っているように見える。そうとしか見えない。
太夫の浄瑠璃にも語られないお辰の心根が、人形から発せられている。だから見物たちの意識は人形に集中させられる。お辰の真っ直ぐな背筋。三婦のほうを傾げ見る顔。目を伏せて考える首の動き。そして何かが決する。次の瞬間にはお辰は火鉢から鉄弓を取り上げている。
お辰を遣るのは吉田簑助。実はこの演し物に簑助が出るのだとは事前チェックを怠っていて全く知らなかった。だから「三婦内」が始まり、下手から出てきた簑助を見て、八十五歳にしてまだ舞台に立ち続ける気概に思わず拍手してしまった。
そして、床には呂勢太夫と鶴澤清治。私は文楽を見るときは、いつも舞台に向かって右側の一番端の席と決めている。その席から見ると、手前に床があって奥には舞台がある。そうやって眺めると、前傾姿勢の清治の三味線があり、その隣には呂勢太夫の語る横顔がある。そして、その向こうに焦点を合わせると、そこにいるのはお辰を遣る簑助。ああ、なんという眼福であろうか。
この光景は決して忘れられないし、忘れてはいけない。一昨年に人形遣い吉田文雀が亡くなり、今年四月には竹本住大夫が逝った。そして、今月初めの三味線鶴澤寛治(※)の訃報。私はまだ文楽を見始めてからたった六年しか経っていない。だから偉大な芸人たちの実際の芸に立ち会う機会は、ほんの数回のみだった。だからこそ、簑助・呂勢太夫・清治の顔合わせを目に焼き付けておこうと思う。そしてまた、簑助のお辰のおかげで「三婦内の段」の本当の良さを味わえたのだと思う。

この段階でかなりの満足感があったのだったが、さらにさらに、人形遣いの凄さを見せつけられたのが「長町裏の段」なのだった。
歌舞伎ではあまりに有名すぎる「殺し場」。団七が舅である義平次を泥まみれになって惨殺する壮絶な殺人の場面だ。六月の芝居では吉右衛門が橘三郎を相手に次々に決まって、様式美を際立たせていた。まさに歌舞伎ならではの場面だったが、文楽には文楽ならではの決まり方があるのだった。
団七を遣うのは桐竹勘十郎。ひと回りどころかふた回りほども大きな団七人形を、左遣いと足遣いとの三人で、大きく大きく動かして回る。その巨大さが客席に覆い被さるようで、圧倒的な圧迫感なのである。舅・義平次は吉田玉男。歌舞伎ではあくまでも汚く演じる型なのだが、玉男が遣う義平次はなぜかしらどこか美しい。団七に斬られ、のしかかられて、締められる。けれど義平次の動きがどこかしら優雅であるので、ストロングな団七とエレガントな義平次の二人は、死のバレエを踊っているかのようである。ここは太夫も掛け合いで、織太夫が団七を、三輪太夫が義平次を語る。太夫のほうもかなりのレベルでバトルをしているのに、それが霞んでしまっていた。それほどまでに、勘十郎と玉男の二人は舞台全体を支配し、圧倒的に圧殺するようであった。

そんなわけで、今月は人形遣いに惹きつけられた文楽だった。三業それぞれの良さがあるわけで、どこに着目しても特有の面白味がある。それをどう味わうかは見物の自由。六年経って、ますます面白くなってくる文楽の愉しみなのである。(き)


夏祭文楽.jpg


(※)鶴澤寛治(つるざわかんじ)
1928年9月27日〜2018年9月5日、1997年重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定、三味線の鶴澤寛太郎は寛治の孫。
謹んでご冥福をお祈りいたします。




posted by 冬の夢 at 00:01 | Comment(0) | 伝統芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする